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イエス・キリストのトークショー

イエス・キリストとは編集

     
  
エッセイ・歴史
世界史上 最大のスター
  

 世界中に22億人の信徒がいるといわれているキリスト教
 それだけの大宗教でありながら、その始祖たるイエス・キリストの「人となり」を語った話というものに、あまり触れたことがない。

 もちろん、教会などに行けば、彼の言動や行動を語ったお話などはたくさん聞けるのだろうけれど、そこではイエス・キリストは最初からもう「生まれときから神童」みたいな “神の子待遇” であって、彼が父親の大工のヨセフとケンカしたのかしなかったのか、大工仕事を押し付けられそうになって何を思ったのか … みたいな話は出てこない(気がする)。

 「キリスト伝」を人間的な視点で解釈し直した研究書などもきっと多いだろうが(多いはずだ ! )、不勉強な私は、そういうものにも接したことがない。

 

 これがイスラム教の最高預言者であるムハンマドマホメット)の場合などは、わりとその人物像がはっきりしている。
 彼が商人として、どのようにその地位を確立していったのか、布教を開始したときに、どういう敵対者たちがいたのか。
 そんなことが分かってくる。

 だから、洞窟にこもっているときに「アラーの教えを得た」と伝えるコーランの話を聞いても、そういう戦略を打ち立てたムハンマドのプロモーションの巧みさも見えてくるのだ。

 しかし、イエス・キリストの場合は、彼がどのようにして「キリスト教」をつくっていったのかという思考過程のようなものが、よく見えてこない。

 だから、イエス・キリストってどういう人だったんだろう … と、ときどき想像する。

 もしかしたら、彼は世界史上 最大のスターだったのではなかろうか、と。

 

エスの詩人としての才能

 

 ひとつ言えることは、多感な青年だったということ。
 文化的な教育を受けたとは思われないのに、詩人としての天賦の才に恵まれた人だったように思う。
 『聖書』のことはよく分からないけれど、日常的に漏れ伝えられる彼の言動を聞くかぎり、比喩が抜群にうまい。

 たとえば、
 「金持ちが天の国に入るのは、ラクダが針の穴を通るよりむずかしい」
 
 「あなた方は地の塩である。だが塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味を付けられよう」
 
 「人はパンだけによって生きるにあらず。神の口から出る一つひとつの言葉によって生きる」

 「狭い門から入れ。滅びに通じる門は広く、その道はなだらかでこれに入るものは多い」

 どれも、キリスト教徒でなくても、たいていどこかで聴いたことのある有名な言葉だ。

 ラクダが針の穴を通る。
 あなた方は地の塩。
 人はパンだけによって生きるにあらず。
 狭き門。

 なんかうまいなぁ !  と思う。
 天性のコピーライティングの素養があった人なんだろう。

 だから、彼の説法を聞いていた人たちは面白くてしょうがなかったはずだ。
 当時、こういう詩的な表現を身につけた人たちというのは、旧約聖書に通じたインテリの富裕層だけだったろうから、イエスが語る場に足を止めた庶民たちは、「ほぉ~、洒落たことを言う若者だな」と大いに感心したかもしれない。

 

▼ キリストの生涯を描いた映画のひとつ『キング・オブ・キングス』(1961年MGM)で、イエスの山上の垂訓を描いたシーン。ジェフリー・ハンターがけっこう美男のイエスを演じていた

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 こういう子を持った父のヨセフは、大工仕事に興味を感じない我が子を怒れなかっただろう。
 逆に、自慢したかったかもしれない。
 「あいつは教育のない家に育ったクセに、妙に頭がいい」 とか。

 

アイドル級のイケメンだった可能性

 

 顔つきはどんなだったか。
 西洋には、イエス・キリストを描いた絵画・彫刻のたぐいが “ごまん” とあるが、基本的に、長髪でヒゲづら。それも、磔刑に処せられたときの姿を描いたものが多いので、苦悶に喘いだせいか、老けた表情をしている。

 しかし、きっとデビュー当時はなかなかのイケメンだったと思われる。
 いつの時代でもそうだが、人気スターになるには、まず女性の支持がなければならない。
 名もないイエスが辻説法を始めたとき、まず足を止めたのは間違いなく女性であったはずだ。

 「あら、いい男」
 という感じで、女どもが立ち止まる。
 すると、きっと爽やかな笑顔なんか浮かべながら、
 「奥さん、私が与える水を飲む者は、決して渇くことがありません。わたしが与える水はその人のうちで泉となり、永遠の命の水がわき出ます」
 なんて語り出したんだろうな。

 

 もちろん、そこで、彼が壺かなんかに入った水を売り出したら、それは今でいうサプリかなんかの宣伝マンになっちゃうわけだけど、もちろんイエスが言っているのは比喩だから、その言葉の清冽さに、悩みを抱えた女性なんかは思わず引きこまれたに違いない。

 それでいて、口げんかを売るのもうまい。
 ユダヤ教の律法主義者たちとの論争は、いろいろ形で採り上げられているけれど、イエスは、ユダヤ教原理主義者たちを相手に、怯むことなく言いがかりをつける。
 そして、たいてい言い負かしてしまう。(だから嫌われて処刑されるわけだが )。
 
 ある売春婦を、石打の刑に処しようとしていた民衆が集まった時、彼は群衆の前に立ちはだかり、
 「あなた方の中で、罪を犯したことのない者だけが石を投げなさい」
 と言い放ったという(あの有名な ! )エピソードがあるけれど、たぶん口調は静かであったろうが、その表情には、人を脅すことに慣れたヤクザ者も太刀打ちできないような凄みが浮かんでいたのだろう。

 口がうまい。イケメン。ときに「凄む」のも上手。
 それでは、女が放っておかないわな。
 実際に彼は、ファンの女性たちの家に招かれ、けっこう食事をふるまわれたりしている。
 
 このように、キリスト教ユダヤの地でどんどん信者を獲得していったのは、イエスという人間のキャラクター的な魅力が大きかったような気がする。

 もちろんそれは、大教団になっていく過程で神格化されていく。
 神格化されたキリスト像から彼の本当の姿を推測するのはむずかしい。
 今では、厳格で深遠な意味を込めた金言として定着している数々の言葉のいくつかは、キリストが発したときは、笑いを取るためのジョークだったかもしれず、それを聞いて笑い転げた民衆の姿があったかもしれぬ。

 

聖書のなかの意味不明の言葉は何を語っているのか?

  

 キリスト教が、今日のような世界宗教になったのは、その弟子のパウロの力によるものだったと、よく言われる。
 パウロは、生前のイエスには会ったこともない後期の弟子だが、彼は文章を書くのもうまく、ギリシャ語の才があった。

 キリスト教の教義が、ユダヤの地を離れてヨーロッパに広まっていったのも、パウロがキリストの言葉をギリシャ語に翻訳したからだという。
 
 当時ギリシャ語ができるというのは、「英語がペラペラ」みたいなもので、それによってローマ帝国内の教養人が、まずイエスの言葉に注目するようになった。
 もしパウロがキリストの言葉をギリシャ語に翻訳しなかったら、イエスという青年は、単なる「ユダヤ教内での革新的セクトのリーダー」に過ぎず、よほど詳しい歴史書の中でしか語られることのなかった人かもしれない。 

  

 こうして、イエスの言葉はギリシャ語に変換されて、ヨーロッパに波及し、やがて世界に広がっていくのだが、たぶんパウロが訳した段階で、イエスの語った土着的なジョークだとか、人を楽しませるような要素は削ぎ落とされていったのではないか。

 

 そういう土着的なジョークというのは、聖書のなかのイエスの意味不明な言葉として、かすかに残されているような気がする。
 たとえば、空腹を感じたイエスが、いちじくの木を見つけ、食べられる実があるかどうか近寄ってみた。
 しかし、そこには葉があるばかりで、実はなかった。
 そのとき、イエスはこう言うらしい。
 「今後は、永遠にお前の実を食べる人がいないように」
 弟子たちは黙ってそれを聞いていたという。

 

 このエピソードンなんかは、イエスが何を言いたかったのか、にわかに伝わりにくい。

 聖書学などによると、
 「いちじくはユダヤ教の神殿を象徴し、イエスは形骸化したユダヤ教を批判したのだ」
 などと解釈されるらしい。

 しかし、もしかしたら、それはイエスが「くそぉー ! 」と、いちじくの木にいまいましい思いを込めてののしったジョークだったかもしれない。
 弟子たちは、そんな無邪気な師の姿を見て、ただ笑っていたのだ。

 

 こういうニュアンスが、教義化された聖書講義では、きれいに漂白されてしまう。
 イエスの残した一つひとつのエピソードが神格化され、何やら “深遠な” キリスト教神学に発展し、多くの神学者がとてつもない教義を導き出す。

 それは、イエスにとってありがたいことなのかどうか。
 仮にイエスがよみがえって、今のキリスト教の教義を聴いたら、どう思うだろう。
 
 「オレそんなつもりで言ったんじゃないけどな」
 と戸惑いながら、苦笑いするかもしれない。