アートと文藝のCafe

アート、文芸、映画、音楽などを気楽に語れるCafe です。ぜひお立ち寄りを。

掌編小説 『幽霊狩り』

 

 コロナ禍で夏休みも短縮され、長女が宿題として出された「幽霊の標本作り」が間に合わないというので、仕方なく夏休みの最後の土日は、長女を伴って幽霊狩りに出かけた。

 

 私はあまり幽霊に関心がなかったから、長女の話を聞いてびっくり。
 いま、子供たちの間では幽霊の標本作りがブームになっていて、ここ4~5年は学校でも、「幽霊集め」を夏休みの宿題として提出させるようになっているという。

 

 世の中もずいぶん変わったものだと思い、念のためにネットで調べてみたら、確かに、「幽霊狩り」、「幽霊ハンティング」、「幽霊標本」、「レア幽霊」などという検索ワードがずらりと並んでいるではないか。 

 

 Wikipedia を読んでみると、この「幽霊狩りブーム」の発端は、大手印刷会社の大日販印刷が蒸着フィルムを作る技術の延長で、幽霊のような実体のないものでも、スクラップブックなどに貼り付けられる特殊な糊を開発したからだという。

 

 その糊で貼り付けている限り、幽霊はどんなにジタバタ暴れても、標本箱やスクラップブックから逃れられないらしいのだ。

 

 「幽霊狩り」に関連する情報をなおも検索してみると、興味深いものがいっぱい出てきた。


 
 それらによると、どうやら幽霊も、その生きていた時代によって価値が変わるらしい。

 

 一般的に、江戸時代以前のものはレア物として珍重されるとか。
 2004年に、七里ヶ浜で、鎌倉期の甲冑を身にまとった幽霊が捕獲されて以来、レア物幽霊は “レアレイ” と呼ばれ、マニアの間で高額取引されるようになったという。

 

 特に、歴史上有名な人物の幽霊は、投機の対象にもなるらしいのだ。
 私は見逃していたが、2016年の記録によれば、「武蔵坊弁慶の幽霊を捕まえた」という人が、テレビの『開運 ! とんでも鑑定団』に出てきたことがあったらしい。

  

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 その人物は、岩手の衣川古戦場近くで土産物を営む店主で、古戦場近くを歩いているとき、全身に矢を浴びた法衣を被った甲冑姿の武者幽霊と遭遇。執拗に追跡して捕捉し、衣裳や表情から弁慶の幽霊だと確信して狂喜乱舞。

 

 「鑑定団」の番組に出たとき、当人は5,000万円の評価額を掲げたが、弁慶とは別人の僧兵であることが分かり、50万円の評価に落ち着いたという。

 

 鑑定団の中島尊之助さんは、「弁慶ではありませんが、平安末期の僧兵であることは間違いないので、とても貴重なもの。どうぞいつまでも大切に飾ってあげてください」というコメントを残したそうだ。
 
 
 別のネット情報では、岐阜県の関市あたりで、もじゃもじゃの頭髪とヒゲを伸ばした体毛の濃い幽霊が捕捉され、「縄文人の幽霊が捕らえられた」と大反響を巻き起こしたが、けっきょく昭和中期のホームレスの幽霊だったことが判明し、世間をがっかりさせた  なんていう話も紹介されていた。

 

 ちなみに「幽霊標本」という言葉で検索してみると、どこかの学校の校長先生の談話がPDFになっていて、次のようなことが書かれていた。

 

 「ネット環境の進み過ぎで、子供たちは自然から遠ざかるようになった。そのため、当校では、夏休みの課題として、幽霊を補足して標本をつくるというテーマを与えることにした。
 それがことのほか子供たちの関心を集めることになり、テレビやパソコン、スマホなどに夢中だった子供たちが、幽霊を探して野や山をのびのびと遊びまわるようになった」
   というのである。
 
 その先生の談話は、
 「なお、幽霊が出没しやすい “幽霊屋敷” などといわれるところは足場も悪く、危険区域に指定されていることも多いので、幽霊狩りには保護者の同伴が必要」
 と結ばれていた。

 

 なるほどと思い、私は長女を呼び出し、「幽霊屋敷に連れていってやろうか?」と聞いてみた。

 

 「お父さん何も知らないの ? 」
 と、長女は言い返す。
 「夏休みの後半の幽霊屋敷はどこも子供がいっぱいで、整理券を手に入れていないととても入れないのよ」

 

 そんなすごいことになっているとは知らなかった。

 

 幸い我が家にはキャンピングカーがあったので、前夜から幽霊屋敷に出向き、早朝から並んで整理券を手に入れることにした。

 

 金曜日は会社のパソコンを使い、仕事をしているフリをして「幽霊屋敷」を検索し、川崎の工業団地の奥で、かつて病院だった建物が廃墟となり、「幽霊屋敷」として脚光を浴びているという情報を得た。

 

 そこで、金曜の夜から、幽霊狩りに使えそうな網とロープを用意し、キャンピングカーで出かけた。

 

 しかし、やはり幽霊狩りブームを反映してか、その前夜から “幽霊病院” に通じる道路は大渋滞。
 臨時に設けられた駐車場にはガードマンがずらりと並んで、交通整理をしている始末。

 

 なんとか駐車場の一角にもぐり込むことに成功。
 整理券は早朝の5時から配られるというので、それまで4時間ほどクルマの中で仮眠することにした。

 

 すると、トントンとボディをノックする音が。
 窓から覗いてみると、隣のキャンピングカーのお父さんが、缶ビールを掲げてニコニコ顔で立っている。

 

 「いやぁ、やはり幽霊狩りですか ? 」
 と、そのお父さんが訊いてきた。
 「ええ、子供の夏休みの宿題なもので」
 「同じですな。どうですか ? 子供はもう寝たので、外で軽く一杯」

 

 私たちは、森の奥にある病院の廃墟を眺めながら、缶ビールに口をつけた。

 

 「それにしても何ですな。明日は朝から幽霊の争奪戦ですな。たぶん、ここに集まってきた人全員には行き渡らないのではないかな」
 と、彼はいう。

 

 「幽霊って、そんなに少ないんですか ? 」
 と私は聞く。
 
 「ここは病院だったから、病棟で死んだ人も多いでしょう。だから、普通の幽霊屋敷よりも多いんじゃないかな。でも、最近はやつらも逃げ足が早くなっているから、捕まえるのは昔より難しくなっていますね」
  
 「ほぉ。では、上手に捕まえるコツってのがあるんですかね?」
 「慣れてくれば簡単ですよ。足のある幽霊を狙えばいい」

 

 「幽霊って、みんな足がないはずじゃ …… ?」

 

 「いや、新しい幽霊なら足はありますよ。幽霊って、だいたい自分を虐待した人に恨みをはらすために出てくるじゃないですか。
  でも、幽霊が半永久的な生命を与えられているのに対し、恨みを買った人間の方は幽霊に比べて長生きするわけでもないでしょ?
 恨む相手が死んじゃうと、化けて出るモチベーションも希薄になってしまうから、幽霊の “出現力” も衰えて、徐々に足が退化するらしいんですよ」

 

 「知らなかった

 

 「そういう足のない幽霊は、体全体も透き通っていて捕まえにくい。だから足のあるヤツを狙えばいいんですよ。
 昭和・平成に死んだ幽霊は、まだ足があるヤツが多いから捕まえやすいよね。レア物はいないけど


 翌朝の病院の廃墟は、異様な熱気に満たされていた。
 目を釣り上げた父母たちが、網やらロープやら虫カゴなどを手に抱え、門が開かれるのを待って殺気立っている。

 

 開門は朝の7時。
 「整理番号順に並んでくださ~い ! 」
 というガードマンの声も虚しく、門が開くと同時に、堤を切ったように人が病院内に突入した。

 

 相手もいちおう幽霊だから、手をダラリと下げて、「うらめしや~」 と脅したりするのだが、欲に目がくらんだ人間たちを押しとどめる力もなく、次々と引き倒され、洗濯物のように畳まれて虫カゴの中に放り込まれていく。

 

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 慣れない私など、人の波に呑まれて、手も足も出ない。
 すると長女が、
 「あ、お父さんあっち。『リング』の貞子みたいなのがトイレに逃げていく ! 」
 と私の手を引っ張るので、貞子型の幽霊を追ってトイレに踏み込んだ。

 

 トイレの中には、壊れたテレビが転がっていて、貞子はあわてて、そのテレビの中に逃げ込もうとしているところだった。


 私はその足を捕まえ、引きづり出そうとしたが、さすが若い幽霊の敏捷さにはかなわず、間一髪のタイミングで逃してしまった。

 

 「せっかくのチャンスだったのに ……
 と泣き出す長女をなだめすかし、私はその貞子の入ったテレビを持ち上げて、クルマに運ぶことした。

 

 以来、そのテレビをずっと書斎に置いて、出てくるのを待っているのだが、あれから3ヶ月経っても、一向にテレビに変化は訪れない。

 

 残念なことに、長女の夏休みの宿題には間に合わなかったが、それでも私は貞子が出てくるのを楽しみに、今晩もウィスキーをチビチビとなめながら、何も映らないテレビを見続けている。    

 

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※ この物語はフィクションであり、登場する団体・人物名などの名前はすべて架空のものです

「半沢直樹の時代」が意味するもの


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 TBSのドラマ『半沢直樹』は、今や社会現象化している。
 その平均視聴率は25%。
 この日曜日に放映された第8話は25.6%を記録した。

 

 特に、ドラマ展開のカギを握る大和田常務(香川照之 54歳)のアドリブ。
 「お・し・ま・い・DEATH!」
 「死んでもやだね」
 などという名セリフは、子供に宿題を迫る親たちに対し、「死んでもやだね」などという子供の反応を量産していると聞いた。

  

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 このドラマ。
 何がそれほどウケるのか?
 一言でいうと、“役者の力” である。

 

 あれほど誇張されたセリフと “顔芸” のオンパレードは、並みの役者が演じると “ギャグ” としても通用しない。


 しかし、このドラマでは、それが不自然にならず、むしろ他のドラマにはない緊張感を叩き出している。

 

 特に香川照之が表現する “顔芸” は、もうただの “芸” を通り越して、「芸術」ですらある。 

 

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 もちろんこのドラマの主人公は堺雅人の演じる「半沢直樹」だが、視聴者は心の奥底で、密かに香川照之の方を “主人公扱い” にしているのではなかろうか。

 

 香川の “ゴジラ級” ド派手演技に引っ張られ、堺雅人の顔芸もどんどん “鬼化” してきた。 

 大音量で叫ぶ「半沢直樹」の顔アップが登場するたびに、
 「このドラマは役者全員が妖怪化してきた」
 と思わざるを得ない。

 

 もちろんいい意味で言っている。

  

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 ドラマのテーマは銀行・金融業界の舞台とした現代ドラマであるが、その根底には、勧善懲悪を目指した時代劇、派手な大だちまわりの歌舞伎、あるいは犯人捜しのサスペンスといったすべてのエンターティメント要素がてんこ盛りになっている。
 
 それを盛り立てているのが、香川照之市川猿之助片岡愛之助という、一癖も二癖もあるヒール軍団だ。 

  

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 このような、個性の強い “憎まれ役” たちが “主役” になってきたというのは、どういう時代になったことを物語るのか?

 

 陰翳の乏しい二枚目(イケメン)俳優の時代が終わろうとしているといっていい。

 
 いわゆる、清潔感あふれる端正なイケメン。
 10年ほど前は、こういう人たちが主役を張らなければドラマは成立しなかった。

 

 たとえば、福山雅治
 あるいは、ディーン・フジオカ
 竹内涼真
 故・三浦春馬

 

 かつては、こういう人たちが画面に登場するだけで、周りの空気がさぁ~っと浄化されるような清潔感が生まれ、それがドラマのカタルシスを生み出していた。

 

 しかし、そういう時代が終わろうとしている。

 

 今は「清潔感」だけでは、ドラマが成立しない。
 そうではなく、香川照之のような “あくどさ” 。
 あるいは、片岡愛之助のような “ねちっこさ” 。
 さらに、市川猿之助のような “いやらしさ” 。

 

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 そういうヒールの味わいが誇張されるような演技を視聴者が理解するようになったのだ。

 

 

 「イケメン」という概念が定着して、すでに20年経つ。
 20年前は、「イケメン」であれば、精神的成熟や知性などは問題にされなかった。

 

 しかし、さすがに20年経つと、「イケメン」にも付加価値が必用となってきた。

 
 20年前ならば、「ジャニーズ」という男性アイドル集団は、歌って踊れるだけで、価値があった。

 
 だが、今のジャニーズはみな高学歴になり、クイズ番組で知識を披露したり、小説を書いたり、ニュース番組でMCを務めたりしなければならなくなった。

 

 それは、男性アイドルを求める女性層が、イケメンにも付加価値を求めるようになったからである。

 

 たぶん、今年の暮れにジャニーズの「嵐」が解散すると同時に、ジャニーズは2極分解するだろう。
 
 キスマイ、キンプリ、セクシーゾーンといった従来のジャニーズ路線で活躍できる若手軍団と、役者としての存在感を確立した井ノ原快彦、岡田准一といったベテランが存在感を競い合うようになって、中間層が没落していく。

 

 山Pや亀梨は徐々に活躍の場が少なくなり、“大御所感” が増してきたキムタクも危ない。

 

 キムタクは、日産のCMで、「やっちゃえ日産!」などといって、ヤンキー路線に帰ろうとしたり、マクドナルドの “ちょいマック” シリーズでお茶目な個性を強調しているけれど、そこには47歳を迎えた彼自身の焦りと同時に、事務所の焦りが見てとれる。

 

 繰り返すけれど、付加価値のないイケメンは、これからは、役者としても歌手としても食べていけない。

 

 「カッコいい」という概念が変わったのだ。
 人間の美醜だけが評価に対象となった時代は終わった。

 

 それを『半沢直樹』は教えてくれる。

 ヒール役として、いま脚光を浴びている役者たちは、歌舞伎畑の人で占められている。

 

 香川照之(九代目 市川中車
 片岡愛之助
 市川猿之助

 

 それは何を意味するのか。
 「日本の伝統芸」という “付加価値” をたっぷり備えた人たちなのだ。

 

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 言ってしまえば、そういう「伝統芸」の厚みが、そのまま彼らの「知性」、「教養」になっている。
 そういうことを、『半沢直樹』は教えてくれる。

 

 

 

 

ホラー小説「眼鏡の少女」 


 夏も終わろうとするのに、地獄のような猛暑が続いています。
 それを乗り切るには、全身にサァーッと鳥肌が立つような「怪談」が効果的です。
 残暑厳しいこの季節。このブログでもときどき「怪談スペシャル」をお送りしたいと思います。
 
 
 
第一回 眼鏡の少女 
 
 「平野愛子です」
 と、電話口で名乗った女性は、
 「旧姓、吉沢愛子といえば、分かるかしら?」
 と言い直して、クスっと笑った。
 
 10年経っても、その声は忘れない。
 
 別れた女。
 正確にいうと、「去っていった女」だ。

 
 
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 「見てもらいたいものがあるの」
 
 夕刻、オフィスビルの中にあるカフェに座った愛子は、そう言ってバッグから1枚の写真を取り出した。

 運動会の一コマを押さえたものだろうか。
 赤い運動帽を被った小学生ぐらいの女の子が、土の上に引かれた石灰の白線の上を懸命に走ってる。
 
 「これが何か?」
 
 写真から目を上げて、私は愛子の顔を見つめた。
 目の周りには小ジワが目立ったが、10年経っても愛子は美しかった。
 
 この間、「未練はなかった」といえば嘘になる。
 一時は、社会で功なり名を遂げて、愛子を見返してやりたいと思わぬこともなかった。

  

 しかし、この年になっても、相変わらず愛子の旦那より偉くなるどころか、自分一人の食い扶持を確保するのもままならぬ安サラリーマン生活を維持するだけで精いっぱいだ。
 
 「あれはもう死んでしまった女だ」
 そう思い込むことで、いわば記憶の底に封印してしまった女。
 
 その愛子が、10年ぶりに目の前に座って差し出した写真。
 自分の娘が走っている子供の運動会を見せて、どうするつもりか。
 懐かしさのこもった甘い言葉を期待していた私は、正直、意表を突かれて、少し鼻白んでいた。
 
 「この写真を見せるために、わざわざ電話を?」
 愛子はそれには答えず、私を試すように、
 「2番目に走っている子はどんな子?」
 と言って、私の顔を覗き込んだ。
 
 「2番目?」
 もう一度、写真に目を落とす。
 
 赤い帽子を被った女の子のすぐ後を、白い帽子を被った眼鏡の女の子が追いかけている。

 その2人がコーナーを回って競り合っており、その後は3~4人がダンゴ状になっているために順位が明瞭ではない。たぶん愛子の言った「2番目の女の子」とは、その白い帽子の眼鏡の子を指すのだろう。
 
 「白い帽子を被った眼鏡の子が、2番目にいるけど 
 
 そう言いながら、愛子に視線を戻した私の目に、恐怖にひきつったような、愛子の見開かれた目が飛び込んできた。
 その異様な表情に圧倒され、理由の分からない不安が私の身体にも広がり、気づくと両腕に鳥肌が立っていた。
 
 「あなたには見えるのね?」
 愛子は念を押すように、私の顔を覗き込んだ。
 
 「見えるって?」
 思わず聞き返した。
 
 「眼鏡の女の子」
 
 とっさのことで、愛子の言っている意味が分からなかった。
 
 何かの謎掛けか。
 それとも、ひょっとしてゲームか。
 
 「何を言いたいのか、教えてくれてもいいだろう」
 私がそう言うと、愛子は真顔で答えてきた。
 
 「その眼鏡の女の子は、私以外の誰の目にも存在しなかったの。あなたが見つけるまでは。
 ねぇねぇ、ではこっちの写真を見てくれない」
 
 愛子がバッグから取り出したもう1枚の写真は、家族のピクニックの情景だった。
 芝生の斜面に敷かれた水玉のビニールシートに、3人の人物が腰を下ろしている。母親と子供たちという感じだ。真ん中にいるのは愛子だ。
 
 2~3年ほど前の写真か。目の前にいる愛子より頬がふっくらして幸せそうだ。

 

 その右側には、先ほど運動会で先頭を走っていた赤い帽子の女の子が陣取り、得意満面の笑顔を浮かべてピースサインを送っている。たぶんそれが愛子の娘なのだろう。
 
 そして、その隣りに、ちょっとはにかんだ笑いを浮かべている眼鏡をかけた女の子がいる。

 先ほど見た運動会の写真で、愛子の娘を追いかけていた少女だ。
 愛子の娘よりはシャイなのか、照れ笑いを浮かべている。

 しかし、そのはにかんだ笑顔から真面目そうな性格がしのばれて、愛子の娘よりも可愛い感じもする。
 
 どこにもありそうな、ピクニックを楽しむ親子と、その子の友だち。
 不自然なところが何もない、平和で、のどかで、平凡なスナップだ。
 
 「まさか、ここに写っている眼鏡の女の子も、ほかの人には見えないとか ?」
 私が言いかけた言葉を継ぐように、愛子が続けた。
 
 「そうなの。この写真は私と娘だけがいるところを撮ったものなの。そのとき周囲には誰もいなかったのよ。カメラを構えていたのは主人だから、いたずらのしようもないわ」
 
 「この女の子に心当たりは?」
 
 そう尋ねた私に対し、愛子は無言で、首を横に振っただけだった。
 
 「これはデジカメではなくフィルムカメラだろ?  ということは、素人ではそんなに簡単に画像をいじれないということだ。ネガと見比べてみた?」
  
 「みたわ。ネガにはこの眼鏡の子は写っていないの。
 しかし、プリントすると、私だけには見えるのよ、この子が。
 主人にも、娘にも、学校の友達にも、誰にもこの娘は見えていないの。
 何度プリントしても同じ。現像所を変えても同じ。私、自分で気が狂ったと思ったわ」
 
 「で、ついにこの女の子の姿が見える人間が、この世にもう一人現れたと
 しかしねぇ、俺には理解しがたいね。信じられないといった方がいい。
 だって、これは心霊写真なんてもんじゃない。細部まではっきりと見える。なにもかも。

 周りの人に、君をからかう理由がきっとあるんだよ。みんなで示し合わせて、こういう合成写真を作ったんだ。からかわれる理由を考えた方が早い」
 
 「私、知り合いの精神科の先生にも相談したことがあるの」
 「そうしたら?」
 「先生は写真を見て、『疲れていますね』と精神安定剤をくれただけ」
 
 そういう愛子の表情を見るかぎり、ふざけているようにも、冗談を言っているように見えなかった。
 
 私は、もう一度、実在しないという眼鏡を掛けた女の子を見た。
 
 確かに、何か妙だ。
 愛子の娘が、いかにも親の愛をたっぷり受けてすくすくと育った女の子に見えるのに対し、その隣りにいる眼鏡の子は、愛子の娘より一歩引いている感じがする。 
 
 王女にかしずく侍女。
 本妻の子に対する妾の子。  
 そういう “日陰者のはかなさ” がその子から漂ってくる。
 たぶん今どき珍しい黒ブチの眼鏡をしているせいかもしれない。
 
 しかし、その黒ブチ眼鏡には、愛子の娘を目立たせるために自分がブスの役を引き受けようという、その女の子の意志すら感じられる。

 

 だが、黒ブチ眼鏡の子は、端正な顔をしている。ひょっとしたら、愛子の娘よりもきれいかもしれない。
 なのに、なぜこの子は愛子の娘の方を立てて、自分は一歩下がろうとしているのか。
 
 その顔には、後悔と諦めが潜んでいるようにも見える。
 「来てはいけないところに来て、見てはならないものを見た」
 そういう意志を、その子の表情から読みとることができる。

 

  そのはにかんだような笑い顔の底に、幸せな家庭を外から見つめながら、自分ではそれを諦めざるをえない人間の哀しみが浮かんでいた。
 
 そのことを愛子に伝えると、愛子は思い詰めたように自分の膝に目を落とし、ため息をついた。
 そして、うめくように、言った。
 
 「この女の子は、きっとあなたの子よ。私が堕ろした 。だからあなたにも見えるのよ」 
 
 「まさか
 今度は私が絶句する番だった。
 
 
 愛子と別れて、一人で居酒屋に入った。
 バカバカしい話を、アルコールで流してしまいたかったからだ。
 しかし、酔えば酔うほど、「ありうる話かもしれない」という気もしてくる。
 愛子が最後に言った言葉が、頭のなかで鳴り響く。
 
 「この子は、今まで別の世界で独りぼっちで生きてきたのよ。自分の親たちを捜していたんだと思う。
 だけど、この子の暮らす世界では、この子の親は見つからなかったの。
 そして、こちらに来て、ようやく母親だけを見つけたんだと思う」
 
 だったら
 と、私は、手酌でお猪口に日本酒を注ぎながら、うめいた。
 その娘を、独りぼっちで闇の世界に送り出したのは誰だ!
 
 愛子は、私よりあの男を選ぶために、私の元を去っていった。
 そして、結婚の障害になるというので、こっそり私との間にできた子供を堕ろした。

 

 俺と愛子が一緒になっていれば、あの眼鏡の女の子は、この世を恨むことも、はかなむこともなく、すくすくと育っていたんだ。
 
 私は気づかないうちに、居酒屋のカウンターで涙をこぼしていた。
 そして、夜の街をさまよい、深夜になってから独り住まいのアパートに戻った。
 
 アパートには、窓ガラスから明かりが漏れてくる部屋は、ひとつもなかった。
 錆びた鉄骨に支えられたアパートの階段を登る。
 
 鍵穴にドアキーを差し込むと、部屋の中で音がした。
 
 廊下をこちらに向かって歩いてくる誰かの足音。
 かろやかな、女の子の足取りを思わせる音。
 
 私がドアのノブに手を掛けると、中から聞いたこともない、幼い女の声が漏れてきた。
 
 「お父さん、お帰りなさい」

 

日本人は「夏歌」を作るのがうまい

 

 

  夏をテーマにしたJ ポップには名曲が多い。
 
 その理由は、前回のブログ(竹内まりやの『夏の恋人』)でも書いたが、夏という季節が、その真盛りにおいても、「終わりの気配」を秘めた季節だからである。

 

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 つまり、夏を歌うことは、「哀切感」と向き合うことを余儀なくさせる。
 そこに、“夏歌” 独特の情緒が生まれる。

 

 これは、日本の四季が明瞭に異なる表情を見せることと関係している。

 

 夏はもっとも生命力の輝きが旺盛な季節だが、それだけに、その季節の終末は、生命のいとなみの終焉を予感させる。
 それをいとおしく思う日本人の気持ちが、夏の名曲をたくさん生み出した。


 
 たとえば、桑名正博が歌った『さよならの夏』(1977年)

 
 タイトルそのものが、「夏の終焉」をうたっているのだが、メロディーも、歌詞も、盛夏の陽光に混じり始めた “秋の気配” を見事にたぐり寄せている。

 

▼ 桑名正博 

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 同名の曲は、他のアーチストたちが作ったものにもたくさんあるが、この歌はそのなかでも飛びぬけた輝きを放つ。
 のみならず、日本人のつくった “夏歌” のなかでも「秀逸」といいきれる作品だ。

 

 とにかく聞いてほしい。

 桑名正博 『さよならの夏』

 


 

 この曲の贅沢感は、どこから来るのか。
 とにかく、クレジットに記載されているクリエイターたちの格が尋常ではない。

 

 作詞:松本隆
 作曲:筒美京平
 編曲:萩田光雄
 
 Guitar: 高中正義
 Bass: 後藤次利
 Drums: 高橋ユキヒロ
 Keyboards: 羽田健太郎
 Percussion: 斉藤ノブ
 Sax: 村岡健

 

 よくもまぁ、これだけの豪華メンバーを集めたものだと感心する。

 

 たぶん、これだけのメンバーが集まると、細部まで打ち合わせをしなくても、もう誰もが頭のなかで、「吹き渡る海風」、「夕暮れ間近の陽の光」などをイメージできるのだろう。

 

 だから、イントロが流れた段階で、一気にゴージャス感が全開となる。
 イントロのサックスとストリングスの絡みだけで、もう70年代ソウルミュージックの空気感をまき散らしているのだ。

 

 それに続く、甘いメロディー。
 この時代「メロー」という言葉が流行ったが、こんなに「メロー」なサウンドに満ち溢れたJ ポップはこの時代ほかになかった。

 

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 筒美京平という作曲家は、当時、日本のポップスを手掛ける作曲家のなかでいちばん洋楽のエッセンスを身に付けていた人だが、それを荻田光雄のアレンジがうまく引き出す。

 

 さらにいえば、“夏の哀しみ” を見事に表現した松本隆のセンスも見逃せない。
 歌われているのは、心が離れていく恋人たちの心象風景だが、それが見事に「夏の終わり」と重なり合っている。

  「贅沢」がすべてに凝縮した曲である。
 

 

山下達郎 『夏の終わりに』

 

 山下達郎は、「夏」の好きなアーティストである。

 

 「高気圧ガール」
 「さよなら夏の日」
 「夏への扉

 …… など、夏をテーマにした彼の曲には、みなきらめく陽光の輝きと、潮騒のざわめき、そして頬をかすめる風の匂いがする。

 

 しかし、彼がまだシュガーベイブで活躍していた時代の傑作『夏の終わりに』を聞かずして、山下の “夏歌” を語ることはできない。

 

 この曲が生まれたのは1975年。
 今はもう伝説のバンドとなった「シュガーベイブ」の持ち歌として、大ヒット曲の『ダウンタウン』と並ぶ名曲として人気があった。

 

シュガーベイブ

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シュガーベイブ 『夏の終わりに』


 シュガーベイブは、山下達郎を中心に、大貫妙子村松邦男伊藤銀次など、後にビッグネームとして知られるアーチストが結集したバンドであった。

 

 そのサウンド的特徴は、一言でいうとAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)。
 ギラギラのロックでもなければ、フォークでもない。もちろんブルースっぽさも皆無。
 
 「カクテルなどを飲みながら楽しむ大人のロック」
 というわけだが、強いていえば、ビートルズ以前のアメリカンポップスの明るさを感じさせる曲作りに特徴があった。

 

 コーラスはビーチボーイズ風。
 楽曲的には、メージャーセブンス系のコードを多用して浮遊感を演出するところがお洒落であり、当時、こんなサウンドを響かせるバンドはほかになかった。

  

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 この曲のテーマは、もちろん「夏の終わり」。
 しかし、そこには、夏とともに消えゆく男女の愛が重ね合わされている。


 
 そこだけ取り上げると、前述した『さよならの夏』(桑名正博)と似た構成になっているが、桑名の歌が成熟した大人の男女の別れを歌っているのに比べ、この山下の曲は、「恋」を語ることすらもどかしいような、若い男の子の失恋を歌っている。

 

 「夏の終わり」を見つめている彼には、まだ別れてまもない相手の気持ちを想像する余裕はない。
 自分のことだけで精一杯だ。

 

 しかし、その “未熟さ” が、この歌の “爽やかさ” の秘密になっている。
 
 
 
はっぴいえんど 『夏なんです』

  

 「日本語ロックの創始者」という看板が定着している「はっぴいえんど」。

 

 今では、その存在自体がレジェンドとなっているが、1971年にデビューしたこのバンドの革新性に気づいたファンは、当時それほど多くなかった。

  

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 なにしろ、71年という年は、洋楽ファンの神様としてエリック・クラプトンカーペンターズCCRキャロル・キングなどがヒット曲を飛ばし、日本の歌謡曲では、尾崎紀世彦五木ひろし小柳ルミ子はしだのりひこいしだあゆみなどがレコードの売上げを伸ばした年だった。

 

 「はっぴいえんど」というバンドは、そういう洋楽や歌謡曲のファンが “耳なじんだ” ヒット曲の方程式にことごとく逆らうような曲作りを始めた。

 

 それは、どんな感じか。

 

 次の『夏なんです』(1971年)を聞いてみると、よく分かると思う。

 

 ここには、ヒット曲を狙うような “けれんみ” はまったくない。
 はっきりしたメロディーラインも、あるような、ないような

 

 歌詞にも、「愛」や「悲しみ」などという、誰もがヒット曲に期待する劇的な言葉は一向に出てこない。

 

 だが、これほどまでに、「日本の(昭和の)夏」を見事に歌い切った曲はほかにはない。


 「奇跡」という言葉を使えるなら、この曲は奇跡である。

 

 この歌には、まぎれもなく、エアコンが普及していなかった時代、すなわち昭和50年ぐらいまで日本にあった、あの “けだるい夏” がタイムマシンに乗って襲ってくる。

  

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 「打ち水」、「風鈴」、「うちわ」、「かき氷」などでしか涼をとることができなかった、今は消えたあの昭和の夏。
 
 それを経験していたシニア世代はもちろん、経験したこともない平成や令和の世代にも、昔の日本の夏とはどんなものであったのかと想像させる力が、この歌にはある。

  

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はっぴいえんど 『夏なんです』(LIVE)y
 この曲の最大の特徴を、一言でいえば、「アンニュイ」である。
 けだるさ。
 あるいは、物憂さ。

 

 歌詞のなかには、「ほこりっぽい風」という言葉が登場するが、それを視覚化するような効果を上げているのが、クルックルッと輪を描くように奏でられるギターである。

 

 このギターの音が、リスナーの耳に舗装されていない土の道の熱さを伝えてくる。

 

 さらに、
 「風が立ち止まる」
 という言葉の魔術がすごい。
 
 風とは、ふつう流れ去っていくものだが、その風が「立ち止まる」というところに、いつまで経っても熱気が抜けない田舎道の空気感が表現されている。


 のみならず、夏休みを持て余している少年の退屈感もその言葉から浮上してくる。

 

 ここには、日没が永遠に訪れない “少年の時間” がとり上げられている。 

 

 作詞は、松本隆
 作曲は、細野晴臣

 この2人の作り出す歌の世界は、単なる「音楽」を超えて、まさに「文学」であり、「アート」である。

 


愛奴(あいど) 『二人の夏』

  

 愛奴は、シンガーソングライターの浜田省吾が1975年に仲間と結成したバンドである。
 
 デビューと同時に、この曲がアルバム『愛奴』(CBSソニー)からシングルとしてカットされた。
 作詞・作曲は、浜田省吾
 編曲は、町支寛二、青山徹など、グループ全員によって行われた。

 

 グループは、デビューシングルを出したあと1年で解散してしまったが、この曲は浜田省吾がソロで歌ったり、山下達郎もとり上げたりして、伝説入りを果たした。

 

 

 

 聞いて分かるとおり、この曲も、シュガーベイブと共通して、ビートルズ以前のアメリカンポップスを彷彿とさせるサウンドになっている。

 

  さらにいえば、ビーチボーイズのパクリともいえる雰囲気もある。

 

 アメリカンポップスの “甘さ” 。
 ビーチボーイズ風の “爽やかさ” 。
 1970年代の夏ソングは、みなこういうつくりを特徴としていた。

 

 70年代というのは、日本のポップスが洋楽の影響を色濃く受けていた時代だった。
 この時代、演歌や歌謡曲ではなく、日本語のポップスを目指していた人たちの心には、メロディラインやアレンジにアメリカンポップスの匂いが沁み込んでいた。

 

 このようなアーティストたちの洋楽志向が、四季の変化がはっきりした日本の土壌に定着して、化学変化を起こした。

 

 つまり、日本独特の “過ぎゆく夏” の切なさを、洋楽のエッセンスと絡めて描き出す力が身についたのだ。

 

 『二人の夏』は、そういう曲の代表曲。
 洋楽っぽい雰囲気を色濃く残しながら、日本の川原で行われる「花火大会」のようなチープ感(よい意味で )が漂う。

 

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 ジャケット写真に描かれるワンピースの女の子と白シャツの坊やとは微妙に異なる浴衣姿の少年・少女の方がぴったりくる。

 

 ソフトクリームをなめながら … というよりも、一つの綿菓子を分け合いながら、夏祭りを楽しむ若いカップルの姿が目に浮かぶのだ。 

 

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 まだまだ日本の夏歌はいっぱいある。

 

 夏となれば、かつてはどこの「海の家」でも、チューブばかりかかっていた時代があった。

 でも、私の好みではなかった。

 

 また、サザンオールスターズ矢沢永吉松田聖子などが採り上げられないことに違和感を持つ人もいるかもしれない。

 

 基本的に、私はテンションを上げることを目的につくられた夏歌が好きになれない。

 

 夏歌というのは、心をクールダウンさせてくれる曲だと思っている。
 つまり、「けだるさ」、「物憂さ」、「アンニュイ」などの要素が不可欠だ。

 

 そういう基準で選ぶと、上記の4曲ぐらいになる。
 それに、竹内まりやの『夏の恋人』を入れて、ベストファイブとしたい。

  

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竹内まりや 『夏の恋人』

  
 四季の中で、いちばん寂しい季節は、秋でも、冬でもなく、夏だ。
 
 草原も樹木も、燃え立つような生命感をみなぎらせる夏。
 空と海が、限りなく膨張していくような解放感を漂わせる夏。
 
 しかし、だからこそ、ちょっとした陽の陰った軒先や、光り輝く樹木の葉の裏を黒ぐろと染める影には、どことなく、一足早い夏の終わりを匂わせる気配が立ち込める。

  

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 夏のいちばん美しい瞬間は、燃え立つ陽光の中に、終末の影が通り過ぎていく時に訪れる。
 
 「明るく、美しい。だからこそ、はかない夏」
 
 それは、
 「幸せというものは未来永劫続くはずなどないのだ」
 という、人間が古来よりつちかってきた智恵が招き寄せる詠嘆なのだ。
 
 竹内まりやの『夏の恋人』は、まさにそのような「はかない夏のいとおしさ」を謳った歌である。
 

 

竹内まりや 「夏の恋人」(1978)



 この歌には、寂しさや悲しさを表現した箇所はひとつもない。
 むしろ、全編が、恋の予感を楽しむ若者の喜びに満たされている。

  

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 しかし、この歌の美しさそのものが、実は「終末の予兆」を背景に浮かび上がってきたものであることを見逃してはならない。
 
 それを、何よりも物語っているのが、この心地良い「けだるさ」だ。
 プールに反射する陽のきらめきを思わせるギターの響き。
 そして、退屈なまでに同じ音を繰り返す潮騒の音をアレンジしたような、エレピとサックス。
 
 しかし、それは恋の予兆にときめく人間の歌ではなく、すでに恋の成就のあとに訪れる心地良い疲労感に身をゆだねている人間の歌だ。
 
 つまり、そこには、幸せの絶頂にいながらも、さざなみのように静かに迫り来る終末の予兆を見つめている人間の心が歌われている。

 

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 歌詞をたどってみよう。
 
 「こぼれたワイングラスに、浮かぶしずくが光って
 
 「まるで、いつか観た映画の中のひとコマみたいね」
 
 「不意に風が止まる、それは愛の始まりの静けさ」
 
 どれも甘いときめきの中にまどろむ幸せな人間の心理を歌っているように思える。
 
 しかし、
 
 「こぼれたワイングラス」
 「いつか観た映画」
 「風が止まる」 
  
 そこには、「愛が始まる」という歌詞とうらはらに、むしろ “終わってしまったもの” の影が、ひっそりと刻印されている。


  
 だから、歌の中の主人公は、その不安を打ち消すように、
 「きっともうすぐだわ、胸に迫る、まぎれもないハッピーエンド」
 「見事なハッピーエンド」
 と、自分に言い聞かせるように、繰り返さざるを得ないのだ。


 
 そもそも、ハッピーエンドそのものが、すでに終わり(エンド)なわけだから、そこから先には、もう何もないのだ。

 

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 この曲には、夏の真っ盛りにたたずみながら、すでにその夏を、はかなく、いとおしく感じるという「終焉の場」から夏を振り返る視線が導入されている。
    
 日本語で歌われた “夏の歌” で、これほど甘く切ない歌をほかに知らない。

 

 

 

コロナ禍で解く『風の谷のナウシカ』

 
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 「新型コロナウイルス」という人類がはじめて遭遇した未知の “病原体” との戦いが長引くにつれ、
 「コロナとの戦いは、人間に何を教えようとしているのか?」
 ということを考える機運が、あちらこちらで生まれている。

 

 たとえば、人類がこれまでに残した過去の文学書などから、その答を求めようとする動きも出てきた。
 この春、カミュの『ペスト』や、小松左京の『復活の日』などの書籍が再び脚光を浴びたのも、そういう流れの一つだろう。

 

 つい最近では、NHKのBSテレビで、福岡伸一氏、藤原辰史氏、伊藤亜紗氏の3方が宮崎駿の『風の谷のナウシカ』(1982年)を語りながら、“コロナ時代を生きる現代人” への提言」というトーク番組をやっていた。

  

▼ 左から福岡伸一氏(生物学者)、藤原辰史氏(歴史学者)、伊藤亜紗氏(美学者)

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 正直に書くが、私は宮崎駿の『風の谷のナウシカ』という作品をまだ見ていない。
 ただ、上記の三方が語る “ナウシカ論” は非常に興味深いものだったので、その後、ネットなどで同作品に対する基礎知識をフォローした。

 

 非常に複雑な構成の物語で、(しかも原作の漫画とアニメでは内容の異なる部分もあり、)単純化することは難しいが、福岡氏らの解説によると、『風の谷のナウシカ』というのは、次のような作品であるらしい。


 
 未来の地球で “最終戦争” が勃発し、生き残った少数の人間がそれぞれ小部族を形成して、互いに争いながら暮らしている。

 

 汚染された大地には、「腐海(ふかい」という菌類に覆われた森が広がり、絶えずそこからは「猛毒のガス」が放出されている。
 そこに棲めるのは「蟲(むし)」と呼ばれる異形の動物だけである。

  

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 もし、人間がその「腐海」のそばを通るときは、「腐海マスク」という器具を付けて身を防御しなければならない。 

 

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 つまり、ここに描かれた「人間」と「腐海」の関係は、そのまま、今のコロナ禍における「人間」と「ウイルス」の関係をなぞっているともいえるのだ。
 
 とある部族のリーダーである少女ナウシカは、自分の部族を率いて、この「腐海」の広がりと戦っているが、ある日、仲間を救出するために、「腐海」の深部に迷い込んでしまう。

 

 そこで不思議な体験をする。

 

 人を殺す毒素を排出しているはずの「腐海」の中心部は、意外や意外、大気は清浄で、静謐な空間が広がっている。

 

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 やがてナウシカは、人間に害をなす「腐海」や「蟲(むし)」といわれるものが、実は、昔の世界大戦で疲弊した旧人類が、地球全体を清浄な状態に戻すために仕組んだ遠大な “浄化装置” だったことを知る。

 

 この浄化装置は、何千年という時間をかけて、ゆっくりと荒廃した地球を蘇生させ、清らかな空気と大地を取り戻させるように働くようになっていた。

 

 しかし、世界がくまなく浄化されたとき、ナウシカのような新人類は、逆に生きていくことができなくなる。
 なぜなら、ナウシカたちは、すでに “適度な毒” がないと生きられない身体になっているからだ。

 

 やがて、ナウシカは、旧文明のつくった “浄化装置” の中心的な遺跡のある場所にたどりつく。

 

 

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 そこは「墓所」と呼ばれる神殿のような施設で、旧文明が仕組んだプログラム通り、地球の浄化を目指して稼働し続けている。

 

 ナウシカは、決断を下す。
 なんと、彼女はその「墓所」と呼ばれる施設を破壊し、地球の浄化をストップさせ、ナウシカたちが「腐海」の毒と共存しながら生きていく世界を選び取るのである。

 

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 福岡氏は、この結論に、
 「けっきょく人類は、コロナのようなウイルスと “共生” して生きていくしかない」
 という宮崎駿の思想を読み取る。

 

 もし、現在の新型コロナウイルスを絶滅させても、やがて新しいウイルスがやってくる。
 
 それをも駆除し、地球の浄化を何度繰り返したところで、やがて、人間が地球環境に適応していく力そのものが失われていく。

 

 図式的に整理してしまえば、福岡氏が『ナウシカ』の結論から導き出した答は、そういうところに収まるだろう。

 

 福岡氏は語る。 

 

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 「コロナウイルスは、“自然” からどんどん乖離していく人間の “文明” の行き過ぎを警告しています」
  
 どういう意味か?

 

 福岡氏にいわせると、
 「人間は、“ロゴス” と “ピュシス” の両方を内に抱えた生き物である」
 という。

 

 いきなり言われると、何のこっちゃ? … だが、要は、ロゴスというのは、「言葉」、ないしは「論理」のこと。
 すなわち、文明を構築するときの基礎となる概念である。

 

 それに対し、ピュシスというのは、「自然」そのものをいう。
 ロゴスもピュシスも、ともにギリシャ語である。

 

 人間は、生物としてはピュシスとして生きている。
 ピュシスを前提とした生物の遺伝子は、「産めよ、増やせよ」という種の存続だけを至上命令として生きるようにプログラムされている。

 

 しかし、一方で人間は、ピュシスの原理から離れ、ロゴスの力を借りて、法やルールを整備し、産業を興し、効率性や生産性を高めていく存在でもある。

 

 ロゴスの領域で生きる人間は、ピュシスと乖離するかたちで、物質的な快楽や利便性を追求する存在になっていく。

  

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 ナウシカの話に戻る。

 

 けっきょく、ナウシカが見つけた「墓所」と呼ばれる旧文明の “地球浄化装置” は、確かに、人間に住みやすい環境を整備しているように見えながら、実は、自然そのものの “復元力” をスポイルしてしまうニセの浄化装置にすぎないことを、ナウシカは見抜いたのである。

 

 それは、一見、地球環境を改善し、人間に清潔で、快適で、安心できる生活空間を約束してくれるようにみえる。

 

 しかし、そういう “ケガレなき場所” というのは、ほんとうに人類の理想郷なのか?
 
 人間というのは、ケガレや毒や不潔な環境(といったノイズ)を克服しながら生き抜くことで、逆に自分たちの健全さを維持できるようにプログラムされた生き物なのではないか?

 

 ノイズを完全に消し去った世界には、人間は逆に生きられない。
 ナウシカを心の中で、そう悟ったのだ。 

 

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 それが、「墓所」という浄化装置を破壊しようとしたナウシカが選んだ結論だ、というわけだ。

 

 ナウシカにとって、“ノイズ” を消し去った静寂に満ちた清らかな世界というのは、いわば「死の世界」である。
 生きていても、思考停止を余儀なくされた世界だ。


 

 これまで人類は、自然界の「ノイズ」を消し去り、より快適で、より便利な生活を実現するために、ロゴスの力を借りて、ここまで文明を高めてきた。
 
 しかし、徹底的に管理された文明社会は、逆に、「自然の逆襲」を迎え撃つ力を失ってしまう。

 

 経済振興を優先するがゆえの森林の伐採、無秩序な都市開発、海洋資源の乱獲といった自然環境の破壊は、地球そのものの寿命を短くしていく。

  

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 新型コロナウイルスの蔓延は、まさに、そのような行き過ぎた自然破壊への警鐘である、と福岡伸一氏らはいう。

 

 そもそもウイルスというのは、その昔、野生動物が抱えていたものだった。
 最初から人間に感染するようなものではなかった。

 

 だが、人類は、野放図な自然破壊を進めてきた結果、野生動物の生態系を壊し、彼らの生息域を極端にせばめていった。

 

 その結果、人間と彼らの生活圏が近づき、動物にしか寄生しなかったウイルスが、より棲みやすい宿主(しゅくしゅ)を求めて人間に触手を伸ばすようになったのだ。

  

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 話は、コロナウイルスに限ったことではない。
 真夏の異常気象や乾燥化による山林火災、河川が都市を濁流に呑み込む水害なども同じ原因から起きている。

 

 このような自然の暴威というのは、自然が傷ついてしまったことのシグナルなのだが、それでも人間は、自然をコントロール下に置くことをあきらめない。

 

 なぜなら、人間そのものの中にも「ピュシス(自然)」が生きているからだ。

 

 人間は、地球の自然をコントロールすること以上に、自分自身が内に抱える「自然」をコントロールしなければ「文明」は維持できないと、人間の理性を支配する「ロゴス」は言い続ける。


 では、人間の内なる「ピュシス」を、理性をつかさどる「ロゴス」は、いったいどう形でコントロールしようとするのだろうか?

 

 それは、人間を「徹底的な管理社会」に組み込むことにほかならない。

 

 人間の中にある「ピュシス」は、ともすれば、文明からドロップアウトして、自由気ままに一人歩きを始める。

 

 そうすれば、人間たちは野生動物と変らない無秩序な群れになっていくだけである。
 だからこそ、これまでの文明社会ではリーダーの統率力を強化し、個々の人間の自由を拘束していかなければならなかった。

 

 つまり、人間は、ロゴスの象徴ともいうべき「法と秩序」を前面に掲げ、人間のピュシスが志向する “多様性” を制限する形で、社会を維持する方向を確立してきた。

 

 これは、ある意味では当然のことであり、社会ルールを守るという観点からいえば、まったく「その通り !」というしかない。

 

 しかし、近年どの国家においても、人間を強権的に弾圧し、監視の目を強化する傾向が際立つようになってきた。

 

 具体的にいえば、国民の「自由と民主主義」を制限し、人権を抑圧する方向で国家統制を図ろうとする手法である。

 

 その極端な例は、北朝鮮金正恩政権であるが、それを領土的にも人民的にも大規模に行っているのが、中国の習近平政権である。
 また、ロシアのプーチン大統領も独裁権を強化する形で、それに続いている。

 

習近平政権 

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 現アメリカ大統領のトランプ氏も、独裁権強化を図るという意味で上記の国家元首たちの同じスタンスをとり続けている。

 

 これら地球上の独裁的国家元首たちに共通していることは、持続可能な地球環境を模索するよりも、自国の経済を最優先することだ。

 

 そして、軍事的には、あくまでも核保有の姿勢を貫くことに徹している。

 

 さらにいえば、このコロナウイルスの脅威を逆手にとって、それぞれ対コロナワクチンの開発で他国を出し抜こうとしている。

 

 「ワクチン開発」といえば聞こえはいいが、各独裁国家の本音をいえば、自国開発ワクチンを政治的にも経済的にも利用し、国際政治の場で、自国優先主義を訴えようということにすぎない。

 

 現に、ワクチンの開発競争を進めているアメリカのトランプ大統領は、ロシアの開発したワクチンなど、「猿にも投与する気持ちはない」と、子供のケンカのように言い張っている。

 

 こうしたバカバカしいケンカも、人間の「ロゴス」がもたらすものなのだろうか?
 
 そうかもしれない。
 ロゴスとは、「他」と「自己」の力を計算して、比較するときにもっともその力を発揮するものだからだ。

 

 そして、「自・他」の力を比較し、他者より常に自己の方が有利になることで、人類は他文明との競争にうち勝ってきた。


 そういう競争は、人間の文明を発展させるために必要不可欠なものだった。

 

 だが、今の地球には、独裁的な国家元首たちのわがままを許容する余裕があるのだろうか?

 

 46億年の地球の歴史を1日(24時間)に換算する “終末時計” によると、温暖化や核の脅威を取り除かない限り、人類に残された時間は、残り “100秒” だという。

  

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 地球の滅亡は、本当に “秒読み” になったのか?
 それとも、人類は、この土壇場に英知を発揮し、滅亡への回路を遮断して、地球環境をリセットするのだろうか?

 

 『風の谷のナウシカ』は、もう40年くらい前に、そういう疑問に答えようとしていたのかもしれない。

 

 

 

 

中華思想によるグローバルスタンダード

 世界の「民主主義」って、これからどうなっていくのだろう?
 最近、そんなことをずっと考えている。

 

 たとえば、香港の「自由と民主主義」を守ろうとする運動などが報道されるたびに、あからさまに、それを弾圧しようとする中国政府の方針に私などは疑問と憤りを感じるが、もしかしたら、今の中国政府は「自由と民主主義」などという政治思想は、「もう過去の遺物でしかない」と宣言したつもりでいるのかもしれない。

 

▼ 香港民主派の象徴的活動家の周庭氏

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 「自由と民主主義」というのは、戦後教育を受けた私たちの世代(1950年生まれ)にとっては、疑うことのできない至上の政治理念だった。

 

 そういう政治思想の旗頭がアメリカを筆頭にしたドイツ・フランス・イギリスなどの “西側諸国” であったが、最近、そう信じるに足る状況が遠のき始めている。

 

 それは、現在「自由と民主主義」を国是としている(はずの)アメリカのトランプ政権が信頼できないからだ。

  

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 トランプ大統領のいちばんの関心事は、今年の11月行われる大統領選でしかない。
 それを有利に進めるためには、氏はなりふりかまわず、自分の理念も政治思想もコロコロと変える。

 

 現在トランプ氏は、「香港の民主主義を守る」といって対中国強硬路線を繰り広げているが、昨年暮れまでは、習近平氏と会談したときに、「アメリカの農産物を買ってくれれば、中国が進めている他国への人権問題を見逃そう」と取引をしていたのだ。

 

 政治的駆け引きというよりも、トランプ氏は、アメリカ経済を振興して自分の支持者たちを喜ばすことしか考えていない。

 

 ほかにもある。

 

 新型コロナ対策における見通しの甘さ。
 人種差別反対運動への弾圧的な姿勢。

 

 トランプ氏の政策は、やることなすことすべて場当たり的で、徹底的に “自分ファースト” でしかない。
 
 そういう人が、今の中国に対して、「自由と民主主義を守れ」と批判すること自体、おそろしく説得力を欠く。

  

 
 一方の中国。
 アメリカとの対立が浮き彫りになることによって苦しい立場に追い込まれているようにみえるが、本音は逆だろう。

 

 つまり、アメリカのトランプ氏が、薄っぺらな態度で「自由と民主主義」を標榜すればするほど、その理念の疑わしさが際立つことを歓迎しているはずである。

 

 なぜなら、アメリカに次ぐ経済大国となった中国は、政治理念においても、アメリカを超える新しい世界秩序をちゅうちょなく宣言できる条件が整ったからだ。

 

 中国が目指している新しい秩序とはなにか?


 それは、「中華思想」を根幹に据えた “新” グローバルスタンダードである。

 

 極東からヨーロッパに至るまで、ユーラシア全域を中国の支配下に置こうとする「一帯一路」構想。


 ファーウェイや TikTok などのIT サービスにおける中国テクノロジーの標準化。
 さらには、世界保健機関(WHO)などの組織への影響力強化。

 

 そういう中国型の国際秩序を構築したあかつきには、これまでの「自由と民主主義」に代わる新しい政治理念が樹立されるだろう、と中国はみている。

 

 歴史的にいえば、中国の掲げる政治思想の厚みは圧倒的だ。
 なにしろ、4000年の蓄積がある。

 

 イギリスが19世紀末に世界の覇権を手にするまで、歴代の中国王朝が築き上げた国家は、地球上のどこの国も凌駕する世界帝国であり、ヨーロッパでそれに迫れるのは、古代ローマ帝国ぐらいなものでしかなかった。

 

 その統治思想の根幹には、「安定的平和」を実現するために国家を敬うことを奨励する「儒教の教え」があり、人間と人間を上下関係で規制する徹底した管理術が完成している。

 

 そこが、たかだか200年の歴史しかない欧米諸国の「自由と民主主義」などとは違う。

 

 そのような中華式の統治理念は、具体的には、どのような形で実現されるのだろうか?

 

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 中国共産党が人民統治の頂点に立ち、網の目にように張りめぐらされた監視機構によって、この世から人々の「争い」の芽を摘んでいく超強力監視社会という形をとる。

 

 こう表現すると、SF小説SF映画に出てくるディストピアを想像してしまうが、そういう監視社会が実現すれば、確かに、この世から「争い」はなくなり、絶対的な「平和社会」が訪れる。

 

 中国政府は、その「理想」を大真面目に実現しようとしているように見える。

 

 彼らは、
 「この世に戦争が絶えないのは、自由と民主主義という中途半端な政治理念にいつまでも固執しているからだ」
 という信念がある。

 

 彼らの心を占めているのは、香港の人々が求める「自由と民主主義」こそ、人間に争いの火種を植え付ける「悪」だ、という危機感だ。


 中国共産党の幹部にすれば、「お前たち、ほんとうの “平和” は欲しくないのか?」と、香港の民主派に叫びたい気持ちなのだろう。


 しかし、「自由と民主主義」を失った社会に、いくら恒久平和が訪れようと、それはほんとうに人類が求める “理想社会” なのだろうか?

 

 なんともいえない。

 

 「自由と民主主義」のかわりに、「便利で快適な暮らし」が与えられたとしたら、「そっちの方がいいや」と思う人たちも出てきそうに思えるからだ。

 

 実際、いま中国では、人間の能力や個性をAI を使って数値化していくことがブームとなり、結婚でも企業への就職でも、AI による人間評価が重視されつつある。

 

 なぜ、そういう傾向が生まれてきたかというと、多くの中国人は、「その方が便利で快適な生活」が手に入るからだという。

 

 彼らはいう。
 「そんなに “自由” が欲しいとは思わない。快適な生活が保障されれば、その方がありがたい」

 

 つまり中国では、新しい “人間観” が生まれつつあるのだ。
 中国人民が手にするそのような人間観においては、もう「自由」という価値はそうとう下位のランクに落ちている。

 

 代わりにランクアップしてくる価値は、(前述したように)AI を駆使した人間管理システムが保証してくれる「快適」、「便利」、「効率化」といった価値である。

 

 その方が、「自由」などというものより尊いと思う人は、今後の中国で多数派になっていくのだろう。

 

 すでに、日本でも、そう思う人が増えていきそうに思える。
 いつの世でも、「楽ちんの方が幸せだ」と思う人がマジョリティになる。 
  
 「自由と民主主義」派の人たちは、果たして、そういう “楽ちん思想の誘惑” に耐えられるか?

 

 

コロナ禍で「美女」の基準が変わる

 新型コロナの感染拡大がいっこうに収束する気配を見せない。

 

 流行の兆しを見せ始めた春先には、「夏になれば勢いが弱まるだろう」という楽観論が趨勢を占めていたが、夏本番を迎えた今、「第二波」が到来したことを疑う人はいない。

 

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 医療専門家のなかには、「この状態は、少なくとも今後2年は続くだろう」という人も出始めている。

 

 現在、コロナ禍の収束を期待する人々の口にのぼるのは、「ワクチンが開発されるまでの辛抱」だというが、専門家によると、そのワクチンが、臨床試験などを受けて認可されるまでに、「2年かかる」というのだ。

 

 なかには、「決定的なワクチンはできないのではないか?」という悲観論を唱える人もいる。

 

 けっきょく、人類がこれまでに成功した唯一のワクチンは、「天然痘」だけだったとか。

 

 それ以外のウイルスとは、「事態の鎮静化」を祈りながら “共存” してきただけであり、この新型コロナウイルスも、おそらくそういう “折り合い” の付け方に収まるだろうという。 

 

 そうなると、このコロナ禍と最低でも2年付き合っていくうちに、いろいろなものが変っていくだろう。

 

 変化は、経済や文化にとどまらない。
 われわれのライフスタイルも著しく変化していくはずだし、それにともなって、感受性や美意識まで変わる。

 

 たぶん、男女がお互いに好意を感じる顔の “好み” なども変わっていく。

 

 マスク着用が当たり前のようになっていくだろうから、「イケメン」とか「美女」という基準も、鼻と口をマスクで覆った “目” や髪形などで判断される時代がやってくる。

 

 

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 この前、BS-TBSの「にっぽん!歴史鑑定」という番組を見ていたら、平安時代の貴族たちの恋愛模様を特集していた。

 

 恋愛を語る場合、どの時代においても「美男美女」の基準というものが設けられているが、平安時代の「美男美女」の基準は、現代とだいぶ異なるらしい。

 

 平安時代の美女といえば、よく、「引き目、かぎ鼻、下ぶくれ」などといった造形的特徴を持っていたといわれるが、そういうこと以上に、「髪が長くて艶やかである」とか、「手が細くて長い」というような、顔の造形とはまったく異なる身体的特徴が、美女の基準であったそうだ。

  

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 たぶん、平安貴族の男女は、昼間に顔を合わせることがなく、恋を語らうのは夜だけ。
 となると、顔の造作などよりも、ロウソクの灯りなどで識別できる “髪の長さ” といったようなものがエロスの対象となったのだろう。

 

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 マスク社会が到来したわれわれの時代においても、マスクの鼻を覆う比率とか、眼とマスクのバランスなどといった基準が、新しい “美男美女の基準” になっていくはずだ。

 

 また、「ソーシャルディスタンス」の思想が定着していくなかで、男女の接触も、肉体的に距離を縮めるよりも、距離を保ったまま、精神的交流を活発にさせる方向にシフトしていくはずである。

 

 つまり、ハグしたり、手をつないだり、肩を組んだりするようなスキンシップよりも、会話の刺激が優先される。

 

 平安貴族の男女の交流は、和歌を詠み合うことから始まった。
 すなわち、まず男が “気の利いた歌” をつくり、女性の住む館の下女などに渡して様子を見る。

 

 すると、その歌のセンスに関心を覚えた女が、今度は男に情緒たっぷりの歌を返す。

 

 だから、平安時代の男女は、歌のやりとりで気心が知れあうまで、お互いがじっくり見つめ合って顔の造作を確かめるようなチャンスを持たなかった。

 

 それでも恋愛は成立した。
 「イケメン・美女」などといった顔の造形による好みよりも、和歌をつくるときのセンスが恋愛感情の決め手となったからである。

 

 コロナ禍時代の恋愛も、やがてそれに近くなっていく。
 お互いにマスク越しに見つめ合うことが当たり前になるので、インスタやツィッターをまとめるセンスの良さが、顔の好みより優先するようになる。

 

 ある意味で、知性的かつ情緒的な恋愛文化が生まれて来る。

 

 今はそんなふうに実感できないかもしれないが、男女の好みなど、時代の文化によって、あっという間に変っていくものだ。

 

映画『人間の条件』をめぐる論争

  例年この時期は、テレビなどで(太平洋戦争の)終戦にまつわる特集が組まれる。

 

 WOWOWなどでも、映画『日本のいちばん長い日』、『アルキメデスの大戦』、『連合艦隊司令長官 山本五十六』、ドキュメンタリー映画東京裁判』などが、ほぼ連日にわたって放映されていた。

 

 「太平洋戦争」は、もう75年も前の出来事である。
 当然、ほとんどの日本人の意識からは遠のいた “過去の話” かもしれない。
 しかし、ことあるごとに、私たちはあの戦争が何であったのか、考え直す機会を失ってはならないと思う。 

 

 昔、「ホビダス」というブログサービスに頼って、個人ブログを運営していた頃、小林正樹監督の『人間の条件』という映画の感想を書いたことがあった。

 

 その感想文のコメント欄に、一読者から反論が寄せられた。
 それに対し、私もまた再反論のコメントを返した。

 

 私とその読者の論争のテーマは、
 「旧帝国陸海軍の思想と戦術をどう評価するか」
 ということだった。

 

 そのやりとりを読み返しているうちに、私が昔書いたブログ記事だけでなく、そのときのコメントの応酬そのものをここに再録するのが面白いと思うようになった。

 

 以下に、『人間の条件』という映画に対する当時の私の感想をまず記し、その後に、ある読者から寄せられたコメントを付記する。

 

 あらかじめ断っておくが、その読者とは同映画をめぐって意見の応酬を交わしたが、それ以降はお互いに好意的かつ紳士的なやりとりを繰り返した仲となった。 
 

 
………………………………………………………………………………………
『人間の条件』という映画の感想(2011年初出)

 

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 2011年にBS放送で、『人間の条件 第3部望郷篇』(小林正樹・監督/仲代達矢・主演)を観た。


 第二次世界大戦のさなか、当時の日本が、どのような形で人々の「人間性」を損なうような戦争を遂行していったかという過程が、まさにドキュメントタッチといえるほどリアルに描かれていた。
  
 原作は、五味川純平の小説であった。
 旧満州で、製鋼所の社員として働き、軍隊に召集されてソ連国境を転戦し、捕虜生活を送ったという作者の体験が、そのまま生かされているという。

 
  
 その小説を基にした映画が公開されたのは、1959年。
 9歳だったとき、私は、この映画をリアルタイムで観ている。
 母に連れられて、吉祥寺の映画館に行き、第3部「望郷篇」を観賞したのだ。

   
 当時の私に、この映画のテーマが理解できたとは思えない。
 ただ、おそろしく重苦しく、かつ恐ろしい映画であったという記憶はずっと残った。
 旧帝国陸軍という組織が、いかに理不尽で非人間的なものであったかということは、ほぼこの映画で知ったように思う。

 

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 その後、昭和初期の日本軍が、いかに無意味な精神性ばかり強調した奇怪な組織であったかということを、いろいろなところで見聞きするようになった。

 
 今なら、それは、戦局観の稚拙さ、兵站戦略のお粗末さ、兵器に対する認識眼の貧弱さなど、理詰めの部分でいくらでも批判することができる。


  
 しかし、その奇怪な「組織」の中で、人間がどのような受苦を経験したかということは、やはり理屈だけでは分からない。多大な誇張があるにせよ、この映画は、そこのところでひとつの「真実」を提示しているように思う。

 

 ただ、今回久しぶりにBS放送で観て、少し複雑な気分になった。
 「人間」という言葉についてである。
  
 私は一時、「人間性の解放」などという言葉を無邪気に使って自分の議論を進める人たちに、かなり懐疑的になっていた時期がある。
  
 「人間」という言葉を振りかざすことで、“錦の御旗” を打ち振るように、あらゆる敵対者をヒステリックに断罪する考え方に、どこか馴染めないものを感じていたのだ。

 
  
 私は、そこに古臭いイデオロギーの匂いを嗅いだ。
 つまり、旧左翼思想家がよく使っていたロジックの欺瞞性を感じたといっていい。


 「人間」という “誰にも反論できないような概念” の力を借りて主張する人々の傲慢さが、鼻持ちならなかったのだ。
  
 そういう気分は、たぶんに70年代以降の新しい思想潮流の中から醸成されてきたようにも思う。

 

 たとえば、ミシェル・フーコーは、すでに1960年代後半から、
 「“人間” というのは、たかだか18世紀から19世紀にかけて発明された観念でしかない」
 などといい始めていた。
 
 私は、その言葉を原典から引いたわけでもないのに、軽率にも、当時の現代思想のダイジェスト版のようなものからその言葉を拾い上げ、しばらくその文脈で「人間」という言葉を理解していた時期があった。

 

 だから、この『人間の条件』という映画を改めて観て、あまりにも無邪気に「人間」を振りかざす脚本に、最初のうちは辟易(へきえき)したことも正直に書く。


  
 しかし、途中から、「でも、やはり “人間” は大事だ」と思い直した。
  
 「人間」という言葉が何を意味するかなど、議論していても何も始まらない。

 

 その言葉がどのように使われようが、旧軍隊のように、人の命を軽く扱い、人のプライドをずたずたに切り裂く「組織」が当たり前のように機能していた時代があったとしたら、それに抵抗するために、「人間」という言葉にすがるのは当然ではないか、と思い直したのだ。

 

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 この映画に対して、左翼イデオロギーに毒された「自虐史観」の映画だと批判する声も耳にした。満州支配下に置いた日本軍と、日本企業の醜悪な部分だけを誇張しているという。

 

 しかし、この映画(や原作の小説)に描かれた世界を、すべて「自虐史観」という言葉で片づけてしまっていいものなのか?
  
 「自虐史観」とは、Wikipediaによると、
 「太平洋戦争後の日本の社会や歴史学界、教育界における特定の歴史観を批判・否定的に評価する言葉。日本の歴史の負の部分をことさらに強調して日本を貶めていると批判する際に、用いられる」
 とある。

 

 この説明自体が、すでに、ある一定のバイアスによって変形されたものだと思う。

 

 つまり、「自虐史観」という言葉は、(その言葉を使いたがる人々にとって都合の悪い)具体的な事実を捨象してしまおうというときに使われる言葉なのだ。
  
 たとえば、司馬遼太郎は、戦車兵として満州で戦い、日本軍戦車の設計思想の劣悪さから、当時の日本軍の人命軽視の戦略やコスト意識の希薄さを鋭く見抜いている。

  
 日本の誇る零式戦闘機だって、(私はこの飛行機が大好きだけど)、人命軽視とコスト意識の希薄さにおいて(つまり優秀なパイロットを維持するのにどれだけのコストがかかるのかという計算が不足していたという意味で)、真に優秀な兵器とは言いがたい。

 

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 この映画は、そういう総合的な知見の上で語られねばならない。
 「自虐史観」と断定する人たちは、そういう力の足りない人たちなのだろう。

 
  
 旧日本軍の戦略的稚拙さを分析する言論は、今はどこにでも流布している。
 しかし、その組織内にいた人々が、どのような生き方を強いられてきたかという証言は、時代を経るごとに乏しくなっていく。
 フィクションとはいえ、この映画は、その一端を後世に残す意味でも、貴重だ。

 

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上記の記事に対する1読者からのコメントが下記の文章だ。(名前は仮名にしてある)
 


パンサーグルッペより 

 

 初めまして、パンサーグルッペと申します。
 『人間の証明』などの古い映画の評価と実際の帝国陸軍の思想とは随分かけ離れていることが、近年明らかになっております。

 

 「零戦」(海軍ですが)に防弾装備が無いのは、エースパイロット専用の特殊な艦上戦闘機であったからで、本来量産されるべき局地戦闘機雷電」では十分な防弾装備が施されております。


 「零戦」と同期の陸軍機である「隼」は、初めから十分な防弾装備が施されており、以降も逐次強化されております。

 

 戦車についても、97式中戦車の装甲は同期の他国戦車より厚いくらいです。ノモンハン事件で対決したソ連のBT-5は13mmしかありませんが、97式中戦車は25mmあります。

 

 戦車砲もあくまで当時は対歩兵用の砲を搭載するのが常識で、BT-5の45mm砲も歩兵砲として搭載しています。


 その後、日本が新型戦車を配備しなかったのは、単に航空機に資源を重点配分したからです。

 白刃突撃にしても、国力の限界から銃砲弾の補給が続かない中での継戦を考えたからです。

 

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町田より 

 

>パンサーグルッペさん、ようこそ。

 

 こちらこそはじめまして。
 私は近代戦の軍事的な専門知識にはあまり詳しくない者ですから、パンサーグルッペさんからお寄せ頂いた情報は非常に勉強になるものでした。それに関しては、素直に御礼申し上げます。

 

 しかしながら、(失礼な言い方になるかもしれませんが)パンサーグルッペさんの兵器の構造分析には、やはり欠けているものがあるように思います。
  

 まず、零戦に関してですが、「エースパイロット専用の特殊な艦上戦闘機であったから、防弾装備が薄くて良い」という理由はいったいどこにあるのでしょう?
 零戦のライバルであったグラマン・ワイルドキャット、ヘルキャットも同じように艦上戦闘機ではなかったですか?
 
 この両者の違いは、やはり「人の命」をどう考えるかという点にあったように思います。

 

 別に、ヒューマニズムがどうのこうの というつもりはありません。結局は、エースパイロットの教育と維持にどれだけコストがかかるかという算出方法の問題です。
 両者の違いは明瞭で、グラマンの方は、装甲の厚さと火力強化に重きを置き、その運動性能の劣化を防ぐために馬力アップで補いました。

 

 従って、グラマンパイロットは撃墜されても生き残る率が零戦よりも高く、再び戦線に復帰できる者もいました。


 そのため、アメリカ軍は経営的に、いちばんコストを要する戦闘員の確保が容易であったことが挙げられます。

 

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 一方、零戦は続距離を伸ばし、旋回性を優先させるために装甲を薄くしましたが、被弾してしまえば操縦士が生き残る率も低く、優秀なエースパイロットが死んでいくにつれ、戦闘継続能力も減少していきました。

 
  
 また、局地戦闘機雷電」や陸軍機「隼」は十分な防弾装備がなされていたとしても、それが活躍できる現場はどれだけあったのでしょう?

 

 大東亜戦争の主戦場が圧倒的に太平洋であったことを考えると、それらの兵器を配備する基本戦略において、すでにアメリカに劣っていたと言わざるを得ないのではないでしょうか。
  
 また、戦車戦においても、同じようにノモンハン事件の終盤に投入された日本軍戦車(89式)は、装甲の厚さと火力においてソ連軍戦車隊にかないませんでした。

 
 
 ご指摘のように、その後に投入された97式においては、ようやく世界水準に達する装甲と火力を装備することができましたが、それが誕生した頃には、アメリカ、ドイツ、ソ連ともどもが戦車開発競争の第二段階に入っていたために、たちどころに旧式になってしまいました。
  
 もともと、生産力の乏しかった日本が、戦車のような高コストのものを造ってしまったのが間違いだったのかもしれません。それよりも、日本の優秀な航空機の開発力を生かし、戦費を戦車の5分の1のコストですむ航空機生産の方に回すべきだったと思います。
  
 しかし、大事なことは、そのような兵器の構造比較ではないように思います。
 最大の問題は、なぜ日本はあのような戦争を始めてしまったのか。それを止める方法はなかったのか、ということです。

 

 パンザーグルッペさんは、 「人間の “証明” (← “人間の条件” だと思いますが)などの古い映画と実際の帝国陸軍の思想とは随分かけ離れていることが、近年明らかになっている」 とご指摘されていますが、それはいったい、どなたがそのような分析をされたのでしょう?

  

 たぶん、そのような説と同じくらいの量で、それと対立する説や主張も新しく生まれているはずです。
  
 帝国陸軍の思想がどうであるかなどということは、実はどうでもいいことです。
 それよりも大事なことは、パンサーグルッペさんご自身が、あの戦争をどう評価し、そこから何を感じられたかということです。
  
 ≫ 「国力の限界で銃弾の補給が続かないために、白刃突撃はやむを得なかった」とお考えになるのなら、そのような戦略を取らざるを得なかったあの戦争自体を、どう評価されるのか。

 

 そこのところを棚にあげて、兵器だけの性能比較をすることは、あまり意味がないように思うのですが。
  
 失礼な書き方になってしまっているとしたら、申し訳ございません。お許しください。お気を悪くされなかったら、またお越しください。
  

…………………………………………………………………………


パンサーグルッペより 

 

 当時の制約条件下で、日本に何ができたかを考えて頂きたいと思います。
 戦艦大和は無駄の象徴のように言われますが、あの時期日本は「たった」2隻しか戦艦を作っていませんが、アメリカは10隻作っております。
 
 戦闘機の隼は東南アジアで十分すぎる活躍をしていますし、雷電も航続距離ではそこまで酷くはないですし、計画された昭和14年ごろにラバウルからガダルカナルまで攻撃に行けということが想定できたでしょうか?

 

 当時は、日本近海に「攻めて」来る、「優勢な」アメリカ艦隊をどう「凌ぐか」が課題だったはずです。

 

 零戦については、特殊作戦機であったにも関わらず、戦局に適合しすぎたのが悲劇としか言いようがありません。当時の技術(今でもそうでしょうが)で戦艦の上空を10時間守り続けろと言われれば、ああいう設計になるでしょう。

 

 

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 戦車にいたっては、日本が開発できた事自体が奇跡に近いです。


 97式中戦車が登場した当時の1937年頃って、アメリカはM2中または軽戦車、イギリスは巡航戦車Mr.1及び歩兵戦車マチルダ1(機銃のみ)」、ドイツは1号戦車、フランスはR35 、ソ連はBT-7やT-26です。

 
 こう見ると、まともな自動車産業も無い東洋の片田舎の国が、世界情勢に良く付いて行けたというか、先に進んでいたと、感動すら覚えます。

 

……………………………………………………………………………


町田より 

 

>パンサーグルッペさん、ようこそ。

 

 コメントと同時に、パンサーグルッペさんのHPも拝読し、パンサーグルッペさんがどのように太平洋戦争下の日本の軍備を評価されていたのかを理解いたしました。それに対しては、まったく異論もありません。
  
 ただ、「戦争」に対する評価や解釈を、軍事技術の面だけで語るというのはものの本筋を見誤るおそれもあります。
 「戦争」は軍事比較だけでなく、政治、経済、国際社会の動向、そして思想、哲学など総合的に語らなければならないと私は思います。
 
 しかし、パンサーグルッペさんの軍事技術的研究の深さを無視するのではありません。


 日本の技術開発力の優秀さに関しては、私もまたパンサーグルッペさんと同じように評価いたします。

 

 問題は、それを運用する軍の上層部の思想と戦略が貧しかったと私は理解しています。


 今回のコメントの応酬は、やはり、旧帝国陸海軍の戦略思想と日本の兵器製造の技術力を分けて考えた方がよかったかもしれませんね。

 

 今回は、いい勉強をさせていただいたと思いましたので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
  

 

人の嗜好は生まれる3ヶ月前に決まる

 PCが相変わらず不調で、なかなかブログを更新する条件が整わなかった。

 

 具体的な症例としては、まず起動するのに、そうとうな時間がかかるようになった。
 下手すると、初期画面が現れるまでに、20分以上かかることもあった。

 

 次に、アプリの作動が安定しない。
 マウスを当てて動かそうとすると、フリーズしてしまうのだ。

 

 運よくインターネットにつながったときは、PC不調の情報を取得してトライしてみた。

 それがうまくいくと、一時的に正常に機能することもあったが、一度シャットダウンすると、次に起動するときに、また同じ状況を繰り返す。

 

 結局、ハードディスク容量の限界が近づいてきたのだろうと気づいた。
 
 そこで、ローカルディスクに溜め込んでいた画像データを古い順から消してみた。
 画像容量の多いデータを2000個ほど削除してみると、少しだけサクサクと動き始めた。
  
 それで少し様子を見ることにした。

 

 で、久しぶりにブログの更新である。

 

 いつのまにか、盛夏になっていた。
  
 世界はコロナ禍でたいへんな状況になっているが、個人的に夏が好きであることにはかわりない。 

 

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 年をとり、夏を乗り切るような体力も失せてきているというのに、相変わらず「燃えるような夏」が好きだ。

 

 もちろん、誰にでも好きな季節というものがあるはずだ。

 

 一説によると、その人にとって「好きな季節」というのは、誕生日からだいたい3ヶ月ぐらい後の季節であるらしい。

 

 つまり、7月生まれの人は10月頃。
 12月生まれの人は3月頃。
  
 それには理由がある。

 

 人間が母親の胎内から外に出るということは、どうやら想像を絶する苦痛を味わうことになるらしいのだ。

 

 それはそうだ。
 最も適切な温度に守られ、栄養は自動的に供給され、この世で最高の生存環境を整えられた “母胎” で暮らしていれば、そういう環境から切り離される「出産」は、人間が「世間の過酷さ」を知る最初の体験となるわけだから。

 

 ま、そうはいっても、赤ん坊もシャバの空気を吸っているうちに、徐々に新しい世界になじんでいく。
 不安と不快に満たされた周りの環境を脱し、次第に周囲に適合しようとし始める。

 

 その慣れるまでの期間がだいたい3ヶ月だという。

 

 3ヶ月経つと、乳幼児にも、自分を包んでいる空気感や窓からこぼれる光などがようやく意識されるようになり、子供の心身に深く刻印される。

 

 つまり人間にとって、生後3ヶ月ぐらいに感じた世界というものは、その人間が、最初に知覚した「世界」なのだ。
  
 最初に知覚した「世界」は、一生を左右する。
 それは、自分を生んだふるさとであり、死するときに還るべきところでもある。

 

 そして、そのとき自分の周りを包んでいた「季節」は、その人間の感受性の原点ともなりうる印象深い季節となる。

 

 私の「夏好き」は、生まれが4月28日であることから来るものだといえる。

 

 その3ヶ月後といえば、7月28日。
 盛夏だ。


 だから、夏は、これまで自分にとっていちばん幸せな季節だった。

 

 ただ、今回だけはコロナのせいで、たいへんな夏になってしまった。  

 

 

サラリーマンたちが演じる“やくざ映画”『半沢直樹』

 やっぱ『半沢直樹』は面白いわ。
 7月27日(日)に放映された第二話の視聴率は22.1%だったという。

 

 私は、この視聴率がどれほど高いものなのかはよく分からないが、NHKがしきりに番宣を繰り返す大河ドラマ麒麟がくる』の平均視聴率が15~16%台だといういうことを考えると、『半沢 … 』は、ドラマとしてはいい線をいっていると思える。

 

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 面白さのツボは、ケンカの見せ方にある。

 主人公の直樹と、その敵役が見せる相手を恫喝するときの “顔芸” の迫力。
 小気味よい啖呵(たんか)の応酬。

 

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 肉体を使った殴り合いこそないものの、このドラマの本質は、対立するもの同士の「言葉」と「顔」によるケンカだ。

 

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 そういった意味で、これは、サラリーマンたちによる “やくざ映画” なのだ。

 

 『半沢直樹』を見ていて、私が思い出したのは、もう50年前につくられた東映やくざ映画仁義なき戦い』(写真下)シリーズだ。

 

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 やくざ映画というのは、派手なアクションを売り物にする “バイオレンスドラマ” だと思われがちだが、実はアクションシーンというのは、本当の見せ場ではない。
 
 その手の映画でいちばんスリリングなのは、俳優たちが肉弾戦を演じる前のセリフの応酬である。

 

 敵対する組織同士が縄張りを主張したり、自分たちの利益を確保するために、相手の組を恫喝したり、牽制したりするときの “言葉の輝き” 。

 

 怒号を爆発させる前に、ときに静かな笑いを浮かべ、ときに相手を嘲弄するイヤミを並べ、お互いに侮蔑と威嚇の限りを尽くす。

 

東映仁義なき戦い』の1シーン

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 そういうときに使われるセリフと “顔芸” は、素人にはそう簡単にマネできない。

 

 それは、やはり “ケンカのプロ” として日頃から訓練を積んできたやくざ者同士の “芸” の世界に属するものだ。
 
 映画『仁義なき戦い』におけるやくざ同士の口喧嘩は、たび重なるシナリオの練り直しによって、完璧な芸として完成されていた。

 

 それを、その時代のもっとも芸達者な役者たちが競い合って演じた。
 だから、見ていると、惚れ惚れするような “しゃべりのドラマ” が実現していた。 

 

 『半沢直樹』は、この伝統的なやくざ映画の見せ場を、銀行マンや証券マンといったサラリーマン世界に移し替えたドラマなのである。

 

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 特に成功しているのは、間の取り方だ。
 
 敵対する相手側が討論の現場で、半沢直樹を窮地に落とし入れる。
 絶体絶命の直樹。

 

 しかし、彼は、相手の顔をじっと見つめてから、(ときに笑みを浮かべ)、
 「お言葉を返すようですが」
 とか、
 「おっしゃりたいことは、それだけですか?」
 などと一呼吸を置いて、反撃に転じる。

 

 この “一呼吸” のテンポが、このドラマでは絶妙なのだ。
 
 ロックンロールやブルースにおける “ブレイク” のような効果がここで生まれている。
 つまり、単調な演奏が、とつぜん一拍ズレることによってリズムが跳ねるような、シンコペーションの小気味よさが発生しているように思える。

 

 これが視聴者の生理的な快感を生む。

  会話の流れもよく計算されたドラマだという気がする。

 

 



 

 

7月のテレビ番組雑感


 パソコンの調子が悪い。
  ということを、ブログの更新が途絶えた “言い訳” にするつもりもないのだが、テキストを入力したり、画像検索をしている途中で、モニターが突然ブラックアウトしてしまう。

 

 原因は分からず。
 ただ、強制終了するか、電源を一時的に抜いたりすると、復旧することがある。
 
 しかし、安定しない。
 作動し始めたと思って安心すると、また画面が暗転してしまう。

 

 そんな状況がここ一週間ほど続いているので、仕事もできないが、ブログを書くのもいやになってしまった。
 
 というわけで、このブログ記事も最後まで書けるかどうか分からない。
  

 
 とりあえず、行けるところまで行く。

 で、テーマは、手っ取り早いネタにすることにした。
 最近のテレビを見て感じたことをランダムに書き散らすつもりである。

 

 
半沢直樹

 

 まずドラマから。
 久しぶりに見た『半沢直樹』は、やはり面白かった。
 テンポがいい。

 

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 あいかわらず、悪役たちの “顔芸” も魅力のひとつだ。

 

 このドラマは、昔の『水戸黄門』のように、画面に登場しただけで、その役者が悪役かどうかがすぐ分かるのが特徴。

 

 そういった意味で、最後まで真犯人が特定できない一般的なサスペンスドラマの対極にある。
 そういう明快さが、この『半沢直樹』というドラマを力強いものにしている。

 

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 ただ、自分が見ているテレビドラマは、それほど多くない。
 楽しみにしているのは『麒麟がくる』と、『雲切仁左衛門』だが、『麒麟 』は8月になるまで再開されないし、『雲切 』は、「4」が終わってしまって、「5」が始まるまでには多少時間がかかるようだ。

 

 そんなわけで、もっぱら見るのはBSの映画かドキュメンタリーである。

  

 
黒澤明 vs 勝新太郎
 
 昨日見たNHK BSの『アナザー・ストーリーズ』がよかった。


 「黒澤明 VS 勝新太郎」というタイトルで、映画『影武者』(1980年公開)で、主役に抜擢されていた勝新太郎が、なぜ監督の黒澤明とケンカして降板したのかという事件に迫る企画だった。

 

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 番組では「2人の天才」という言葉が使われていた。
 黒澤を “天才” と呼ぶことに多くの人はためらわないだろうが、一方の勝新太郎だってまぎれもない天才であった。

 

 勝新が自ら主役を演じ、ときに監督も務めた『座頭市』シリーズなど、黒澤にも負けない素晴らしいドラマであった。

 

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 今回の『アナザー・ストーリーズ』では、ケンカ別れした頃の黒澤と勝新の当時の状況を語る証人たちが何人が登場した。

 

 彼らが口をそろえていうには、黒澤明という人は、とにかく「完璧主義者」で、細部まですべて自分が緻密に構成することにこだわり、他人の意見や判断が加わることを極度に嫌ったとか。

 

 一方の勝新は、すべてを「その場で作り上げていく人」。
 人から提案されたものよりも、自分のひらめきを常に優先する人で、彼の作劇においては、脚本や演出がその場でコロコロ変わっていくことが当たり前だったという。

 

 そういう人間同士がうまくいくわけはない。
 黒澤は、勝新の “ひらめき” が、「無計画な人間の気まぐれ」に見えただろうし、勝新の方は、黒澤の厳格主義が窮屈だっただろう。

 

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 つまり、これはクラシック音楽とジャズの対立のようなものであったのかもしれない。
 
 黒澤は、クラシック音楽を構築するつもりで、スコアもすべて自分で書き、オーケストラの人員配置もすべて自分で決め、そして寸分の狂いもないようなタクトを振るった。

 

 それに対し、勝新は、最初から即興演奏(インプロビゼーション)こそ音楽だと思うジャズ奏者の心境だった。

 

 昔のジャズ奏者は、チャーリー・パーカーにせよビル・エバンスにせよ、“神がかり的な即興演奏” を求めて、ドラッグに手を染めることが多かった。

 

 勝新も、そういうことに目くじらを立てるような性格ではなかった。
 実際に、彼もマリファナとコカインの不法所持で逮捕される経験を持っている。

 

 ところが、黒澤は、そういうものを極端に嫌った。
 最初から、2人のウマが合うわけがなかったのだ。

 

 でも、自分は勝新太郎武田信玄(の影武者を演じる)映画を見たかった。

 

 
ネアンデルタール人の正体 
 
 NHK BS1でやっていた『人類誕生 未来編』というドキュメンタリー番組も面白かった。

 

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 これは、2018年頃にNHKで作られたドキュメンタリー番組をベースに、多少手を加えて再編集したものらしい。


 人類がサルと分かれた経緯から始まり、ネアンデルタール人と現世人類との比較、そして、いかに海を越えて各大陸に広がっていったかということを3回に分けて放映した。

 

 なかでも、第2回目に流されたネアンデルタール人と現生人類(ホモ・サピエンス)との比較という企画が面白かった。

 

 現生人類(ホモ・サピエンス)が今日のような肉体的特徴を獲得するまで、実にさまざまなヒト科の生命が誕生しては絶滅していった。

 その進化の最後に位置したのが、ネアンデルタール人と現生人類であった。
 
 では、この2種類のヒト科生命体のうち、ネアンデルタール人の方はどこに行ってしまったのだろうか?

 

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 番組によると、現生人類よりも、ネアンデルタール人の方が身体が壮健であり、力も強く、脳容量も大きかったという。

 

 昔は、ネアンデルタール人というのは言語をしゃべるような喉の構造を持っておらず、そのため、コミュニケーション力が弱かったという説がまことしやかに喧伝された時代があったが、最近の説では、彼らも現生人類と同じような “しゃべる能力” を十分に持っていたことが確認されるようになった。

 

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 さらに、ネアンデルタール人も埋葬という文化を持っており、「死後の世界」に思いを馳せる想像力も獲得していたことが分かっている。

 

 つまり、能力的に、ネアンデルタール人と現生人類との差はほとんどなかったことが明らかになってきた。

 

 ただ、狩りの仕方に違いがあった。
 ネアンデルタール人の狩りは、マンモスや大型草食動物のような動物たちと真っ向から向き合う肉弾戦のような狩りだった。

 

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 そのため、狩りの途中で傷ついて死んでいく若者も多く、彼らの平均寿命は30歳ぐらいだったそうだ。

 

 それに対して、力の弱かった現生人類は、ヤリを投げるときの補助道具(アトラトル 写真下)などを考案し、エモノから離れたところで戦う技術を磨いていった。

 

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 また、現生人類は、他の生き物より力が弱かったというマイナス面をカバーするため、人間同士が結束し、仲間意識を持つことで “弱い面” をカバーしようとした。

 

 こういうときに、技術(道具)は進歩する。
 誰かが一つの技術を考案したとき、仲間が多ければ、その技術をより優れたものにするためのアイデアが集まりやすい。

 

 この差が、ネアンデルタールと現生人類の生き延びるときの明暗を分けたという。

 

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 ネアンデルタール人のつながりは、基本的に「家族」を中心としたものだったらしい。
 だから、共同生活するときの人数も10人前後。多くても15人規模。

 

 それに対し、現生人類は一つのグループが150人程度のメンバーで構成されていたらしい。


 だから、構成員たちがいろいろ切磋琢磨して、技術(道具)の進歩が劇的に進んでいったことが考古学的にも証明されるという。

 

 一方、構成員の少ないネアンデルタール人の場合は、何万年経っても、ほとんど道具(技術)の進歩は見られなかったとも。

 

 この差は、そのまま人口の差となった。

 

 マンモスのような大型動物を狩ることで食料を確保していたネアンデルタール人は、マンモスのような動物がヨーロッパ大陸から姿を消していく時代を迎えると、食料を確保することが困難となり、それが人口減を招くことにつながった。

 

 そして、彼らは、イベリア半島の海辺の洞窟で暮らしていたという2万年ほど前の生活の痕跡を残したまま、地上から姿を消した。

 

 ただ、昔いわれたような、現生人類が戦いの結果、ネアンデルタール人を滅ぼしたという事実はないという。

 

 彼らは、生活様式も文化も異なるため、互いに無関心であった。
 2万年前のヨーロッパには、今のような人口がいなかったから、お互いが接触することすらほとんどなかったかもしれない。

 

 それでも、男女の個体が、森や草原で偶然出会う機会があり、そこで生殖行為が発生したということは大いに考えられるだろう。

 

ネアンデルタール人の少女といわれるCG画

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 それを実証するように、今の我々のDNAのなかには、2%ほどネアンデルタールの遺伝子が混じっているという。


 ヨーロッパ人だけでなく、アジア人もまたネアンデルタールの遺伝子を持っているのだそうだ。

 

 ただ、ネアンデルタール人の研究はまだ発展途上のままだという。
 今後、彼らに対する知見はさらに塗り替えられていきそうだ。

 


超常現象

 

 同じくNHK BSプレミアムで放映されていた『超常現象』という企画も面白かった。

 

 これは、幽霊、生まれ変わり、透視、テレパシー などという超常現象を、すべて合理的な科学の手法で解決しようという番組であった。

 

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 第一回は、イギリスで評判の “幽霊城” に科学者たちが集まり、電磁波や低周波音測定器などの最新機器を総動員して、様々な心霊現象を解き明かすという企画だった。

 

 結果的に、およその超常現象は、科学的な手法で解明されるということが突き止められた。

 

 また、仮死状態のときに、自分が空中を飛翔し、自分の遺体を見下ろすという臨死体験


 さらには、幼い子供が、ときどき生まれる前の他人の記憶を語り出すという “前世の記憶” の正体も、脳科学的や心理学の手法で解明された。

 

 ただ、そのなかでも、いまだに十分な説明ができないものが、予知能力だという。

 「虫の知らせ」という言葉があるように、人間は、ときにこれから起こりうる事件を事前に察することがある。
 「第六感」とか、「霊感」とか呼ばれるものだ。

 

 もちろん、こういう認知能力にも、やがて “科学のメス” が当てられるだろう。

 

 現段階でいえることは、こういう “能力” は、原始人はみな持っていたかもしれないということだ。

 

 こういう “力” は、自然のなかの空気の流れとか、水の匂いなどで、天候の変化を読み解くように、古代の人間は当たり前のように持っていたものだという気がする。

 

 恐ろしい肉食獣などといった天敵への備えに敏感な原始人たちは、逆にこういう能力がないと、サバイバルできなかった。

 

 しかし、そういう能力は、文明化される過程で、少しずつ退化していった。
 それでも、かすかな力として、現代人にも残っているのが、「第六感」。
 こういうのは、それほど不思議なことでもないような気がする。

  

アリシア・キーズのエジプトメイク

 Alicia Keysの『The Life』という曲が気に入っている。
 どこかカーティス・メイフィールドの『Give Me Your Love』に似たリズムを持っていて、心地よい。

 

Alicia Keys 『The life』

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 で、俺、こういう目つきの女に弱いのよ。

 

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 仕事に疲れてくると いや、疲れてこなくても、YOU TUBE で彼女の画像を拾って、かなり長い時間、「いい女だなぁ 」とため息をついて、その画像を見入ることがある。

 

 何に惹かれるのか ?

 

 美人なんだけど、意地悪げだからだ。
 下の写真など、本当に “意地顔” だろ ?

 

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 こういう目つきは、背後に「物語」を抱えている目だ。
 「あなたが一番好きよ」とか口では言うが、心の中で何を考えているのか分からない女の目。

 

 笑い顔の奥に、「別の人格が潜んでいる」という目つきなのだ。
 つまり、それは、その内面に “ドラマ” が存在していることを暗示する目だ。

 

 俺は昔から、そういう女が好きだった。
  
 もちろん、俺は実際のアリシア・キーズのキャラクターというものを知らない。
 ま、Wiki などを読んでみると、一筋縄ではいかない恋を成就させた女性のようで、そうとうな “肉食” 系だということを想像させる。

 

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 どうよ。なんか、男を取って食いそうだろ ?
 (↑)
 いいねぇ、そういう女。

  
 彼女の意志がどこにあるのか。
 それはメイクを見れば分かる。

 

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 とか、

 

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 欧米じゃないんだよな。

 

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 目の下側のアイラインを強調したメイクは、明らかに壁画などに残る古代エジプトの化粧法にインスパイアされている。(※ なにしろ息子の名前が「エジプト」君だもんな !! )

 

 つまり、彼女の気質には、エジプトに象徴されるような、非ヨーロッパ文化の血が流れている。
 
 3,000年の文化を積み重ねてきた民族の厚みのようなもの、ヨーロッパ人たちよりはるか昔から、「崇高」なものと同時に、「背徳」も「快楽」も知り尽くしてきたアジア・アフリカの文化の香りがする。

 

 「I Love You」という言葉が、同時に「I Kill You」でもあった時代のメイク。
 たぶん、シーザーも、クレオパトラのこういう目にやられたんだろうと思う。

 

▼ 映画の中のクレオパトラエリザベス・テーラー

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 クレオパトラは、自分の命と引き換えに、ローマを手に入れようとしていたシーザーと手を組むという大博打を打った。

 

 さすがに恋の手練手管にかけてはクレオパトラより一枚上手のシーザーはそれに気づいて逃げ出したが、シーザーの部下であった若いアントニウスは、ものの見事にクレオパトラに食われて破滅した。

 

 もちろん、クレオパトラも自分の乳房をコブラに噛ませて、自ら舞台に幕を引いたけど、代わりに “不滅の美女” という伝説を残していった。

 

 アリシア・キーズの目には、そういう力がある。

 

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 こういうアリシア・キーズの顔を見ていると、この人の内面には2重、3重の幕があって、さらにその奥にブラックホールのような巨大な “闇” が隠れていそうな気がする。
 

  

蘇れ!マカロニ・ウエスタン

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 作曲家のエンニオ・モリコーネが亡くなった(2020年7月6日)。
 追悼ニュースでは、『アンタッチャブル』、『ニューシネマ・パラダイス』などといった映画音楽の作曲家として紹介されていた。

 

 しかし、私のようなシニア世代からみると、エンニオ・モリコーネ(写真下)といえば、マカロニ・ウエスタンのテーマ曲を作り続けた人というイメージが強い。
 『荒野の用心棒』とか、『夕陽のガンマン』とかいったやつだ。

 

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 そんなわけで、久しぶりに、エンニオ・モリコーネが手掛けたマカロニ・ウエスタンのテーマ曲をYOU TUBEで拾い出して聞いてみた。
 
 これがみな素晴らしい!
 昔、ラジオでさんざん流れていた頃は、「単なるヒット曲」という程度の意識しかなかったのに、いま聞いてみるとすごく新鮮だ。

 

 もちろん映画も面白かったが、音楽がこれほどカッコいいという認識は当時はなかった。
  
  
 最初に、エンニオ・モリコーネの音楽を聞いたのは、もう50年以上も前になるだろうか。

 

 その頃、BGM用のムードミュージックとして、『世界残酷物語』の「モア」とか、チャップリンの『ライムライト』のテーマ曲などが街のレストランでよく流れていた。

 

 そういうメロンソーダみたいに甘い曲が流れるなかで、『荒野の用心棒』のテーマが流れてきたときは、魚を釣っていたときに、突然サメがかかったような気分になった。

 
  
▼ マカロニ・ウエスタンの大ヒット作品『夕陽のガンマン』。
エンニオ・モリコーネの美学が貫かれた代表作のひとつ。
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 いま思えば、彼のスコアは、それまでの西部劇の音楽を変えた。
 当時流行り始めていたエレキギターを前面に押し出し、それに哀切感きわまる口笛の旋律を絡める。
 
 エレキギターの異様なテンションと、さびしい口笛の確信犯的なミスマッチ。
 それがまさに、マカロニ・ウエスタンによく登場する荒涼たる原野に吹き渡る「無慈悲な風」を連想させた。
 
 その頃、マカロニ・ウエスタンを「西部劇」と言い切ることにためらいを持つ人々もいた。
 「西部劇のシチュエーションを借りた、ただのアクション映画」

 
 
 1960年代の中頃から70年代初期にかけて世界的ブームを巻き起こしたマカロニ・ウエスタンに対し、当時そういう批評も多かった。
 
 しかし、個人的には、マカロニ・ウエスタンという映画ジャンルは衝撃だった。
 それまでの「西部劇」の思想的な衣をはぎ取ったリアルな開拓時代の実像を視たような気になったからだ。

 

 それは、まさに東映のヤクザ映画が、“ヤクザの思想” を美的に形式化した任侠路線から、粗暴なチンピラたちの暴力をリアルに描く『仁義なき戦い』シリーズに移行したときの感じに近かった。
  

 マカロニ・ウエスタンでは、舞台背景も簡素化された。


 ジョン・ウェイン主演の『アラモ』や、ゲーリー・クーパーとロバート・ランカスターが共演した『ヴェラクルス』みたいに、セットにもロケにもふんだんにお金を使った豪華絢爛なハリウッド映画とは違い、マカロニ・ウエスタンに登場するのは、同じメキシコ国境近く町や村を描いても、みな貧相。お金をかけないB級映画のチープ感が濃厚に漂う。

 

 エキストラも少ないから、町はみなゴーストタウン状態。
 そもそもロケ地には、スペインや昔のユーゴスラビアなどが選ばれていたというから、アメリカ的な “荒野” とはまた違った寂寥感があった。
 

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 人間の描き方も違う。
 主人公も含め、登場人物たちには「正義」も「理想」もなく、ただ貪欲にカネを稼ぐため(もしくは女を手に入れるため)だけに生きている感じ。

 

 その主人公たちのすさんだ精神と、荒涼とした町や村の様子がぴったりと重なりあって、それが、SF映画における「核戦争後の地球」のような不思議な終末感を漂わせていた。

 
 だから、マカロニ・ウエスタンには、西部劇(時代劇)でありながら、むしろ近未来的な匂いがした。無慈悲なバイオレンスや裏切りが描かれても、それが過去にあったものではなく、むしろ、これから起こりそうなリアルさを持っていた。

 

 
 マカロニ・ウエスタンのシリーズでも、やはり面白いのは、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(1964年)、『夕陽のガンマン』(1965年)、『続・夕陽のガンマン』(1966年)といった初期のものだ。
 特徴をいえば、みなクリント・イーストウッドが主役を張った映画だ。

 

 小学生時代にテレビで『ローハイド』を観ていた世代だから、そのドラマに準主役として登場していたクリント・イーストウッドに対する印象は強く残っている。


 
▼ 『ローハイド』 時代のイーストウッド

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 しかし、その後イーストウッドの活躍を日本で知ることがなかったので、「消えた役者」ぐらいにしか思っていなかった。

 

 もちろん現在は、映画監督としてもかずかずの名声を獲得した人として揺るがない有名人だが、この頃のクリント・イーストウッドを見ると、まだサクセスストーリーの主人公になるという予兆はない。

 

 だから、当時彼がイタリア製の西部劇に出たことを知って、「都落ち」とか「出稼ぎ」という言葉がすぐに浮かんだ。
 
 実際、薄汚れたポンチョを身にまとって、とぼとぼと荒野をさまようイーストウッドの姿には、まさに「賞金稼ぎ」に身を落とした “食いつめ者” の雰囲気が漂っていた。
 
 でも、そのやるせなさが、逆に不思議な存在感につながっていた。
 『ローハイド』でにやけた二枚目を演じていた名残りはすでになく、食うためにイタリアまで流れていった男の悲壮さが、そのニヒルな立ち居振る舞いに横溢していた。
 

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 このクリント・イーストウッドにはしびれた。


 生活のなかに「笑い」を感じる時間を失ってしまった男。
 境遇の悲惨さに、内面まで侵食されてしまった男。


 そんな男が漂わす、飢えた肉食獣のような飢餓感。
 そういう生活が、もう骨の髄まで染み込んだことを自分で悟ってしまったことへの虚無感。
 
 一言でいうと、「ハードボイルド」。
 非情の美学。
 描き方としては、主人公の内面描写をいっさい省き、ひたすらその行動のみを冷徹な “カメラの目” で描ききるというクールさに尽きる。

 

 そのときの無表情な眼だけが、主人公の心を推測する唯一の手がかりとなる。
 イーストウッドがそういう主人公を演じた瞬間に、「西部劇」は変わった。
 

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 クリント・イーストウッドアメリカに帰った後も、マカロニ・ウエスタンはフランコ・ネロジュリアーノ・ジェンマのようなイタリア人の人気スターを次々と輩出させた。特にジュリアーノ・ジェンマは、日本でも女性人気が高かった。
 
 しかし、私が好きだったのは、そのような美男系の主役たちよりも、たいてい準主役のように登場するリー・ヴァン・クリーフのような役者だった。

 

 あの猛禽類を想像させる鋭い眼で見つめられたら、相手が敵意を持っていないことが分かっても、自分などは膝の力が抜けてへなへなと崩れおちていくように思えた。


 
▼ リー・ヴァン・クリーフ

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 さらに好きだったのは、『荒野の用心棒』と『夕陽のガンマン』で、悪役として登場したジャン・マリア・ヴォロンテ


 彼の表情や演技には、人間としての常軌を逸した、一種 “神がかり的” な悪役を演じていて鬼気迫るものがあった。

  
▼ ジャン・マリア・ヴォロンテ

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 どの映画か忘れたが、彼が、部下に火をつけさせたタバコ(一説によるとマリファナ)を吸うシーンがある。

 

 普通、タバコを指にはさむ場合は、人差し指と中指を使う。
 しかし彼は、タバコを中指と薬指ではさみ、口全体を手のひらで覆うように吸った。
 それが、その男の常人とは異なる性癖を描いているようで、いたく印象に残った。
 

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 とにかく、主人公も悪役も、マカロニ・ウエスタンに出てくる人間はみな、どこか壊れていた。
 
 で、またエンニオ・モリコーネの音楽が、そういう登場人物たちの心情を見事に表現していた。

 

 いま聞くと、マカロニ・ウエスタンのテーマ曲は、みなひたすらチープで、通俗的
 しかし、頼れる者を周りに持たない荒野の住人たちの、ヒリヒリするような孤独感だけはしっかりと伝わってくる。

 

 『荒野の用心棒』も、『夕陽のガンマン』も、「あの音楽があったから、あの映画が成立した」と思えるような名曲に恵まれたと思う。
 
 特に『続・夕陽のガンマン』で使われた「黄金のエクスタシー(The Ecstasy Of Gold)」は、映画音楽を離れて、 つまり映像画面の助けを借りなくても観賞できる傑作であるように思う。
 

 

▼ 「黄金のエクスタシー」 ソプラノで歌うスザンナ・リガッチの声が特にいい
Ennio Morricone - the ecstasy of gold

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▼ 『続・夕陽のガンマン

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 マカロニ・ウエスタンのブームは、数年も続かなった。
 一説によると、60年代中期から70年代初期にかけて、500本近い本数が撮られたともいうが、後半になると粗製濫造となり、人々が飽きるのも早かったという。
 
 今では完全に過去の遺物である。
 しかし、一度魅せられた人たちにとっては、永遠不滅のジャンルのようである。

 

 その証拠に、マカロニ・ウエスタンを論じたネット情報は、みな驚くほど緻密で、しかもレベルが高い。それぞれが、さまざまな情報を取り込みながら、読ませるに足る独自の見解を披露している。

 
 
 映画としては駄作も多いといわれているのに、これだけ秀逸なレビューを集める映画のジャンルがほかにあるだろうか。
 そのことが意味するものは、まだ私にも十分に分からない。
   

 

黒光りの季節

 梅雨。
 カラッと晴れることもなく、湿度だけ高いいやな季節だ。

 

 この時期は、あの、黒光りした背中をテカテカと光らせた、あいつの季節でもあるなぁ。
 
 年をとってきたせいで、夜中にもトイレに立つ機会が増えてきたけれど、ある日、電気を付けると、階段の一段目の下に、あいつがいた。 
 
 何を使っていじめてやろうかと、とっさに考えて、とりあえず手元にあった新聞を丸めて、床をビシバシ叩いて追い立てのだけれど、もとよりそんないじめに動じるヤツじゃない。

 

 くるりと宙返りして塀を飛び越す忍者のように、あっという間に暗闇に消えた。
 逃げぎわの鮮やかにおいては、天下一品だ。
  
 こいつのことを、「アブラムシ」といった時代もある。
 江戸時代だそうだ。
 現在、一般的に流布している名称はゴキブリ。

 

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 冬場はあんまり見ることはなかったが、「梅雨」といわれる季節に入ってからは、道路でも、ときどきこいつを見かけるようになった。

 

 この前、
 「どの家に入ろうかな
 と物色している表情で住宅街の歩道を歩いているあいつを見つけたことがあった。

 「踏んでやろうか」
 と思った瞬間、そいつは側溝のフタの奥に身を隠した。 
 
 元来、「生命」を尊ぶ気概に満ちた優しい私は、うっかりアリを踏んでしまっただけでも慙愧の念に耐えないぐらいの気持ちになるが、こと、この黒光り野郎だけは、恍惚たる殺意が高揚していくことを抑えることができない。
 
 子供たちに人気のクワガタだって、カブトムシだって、黒光り野郎であることには変わりないのに人類に愛されている。
 ゴキだけが、人間の殺意を引き出すというのは、やはりあの逃げ足の早さが「しゃくにさわる」からだろう。
 
 セコイというか、こまっしゃくれているというか、人を小馬鹿にしているというか。
 とにかく憎たらしい。
 
 なんでも、黒光り野郎の逃げ足は、秒速1.5mだそうである。
 昆虫界のサラブレッドなのだ。
 「エリート」という意味じゃなくて、「速さ」という意味で。
 
 それにまた、どんな狭いスペースにもスルリと潜り込んでしまう、あの薄っぺたさ。

 

 逃げ場をひとつひとつツブして追い立てて、「さぁ、もう観念しろ」とイヒヒと笑った瞬間に、ドアの隙間から逐電するスマートさも、並みの虫とは違う。
 怪盗ネズミ小僧を追い詰めた役人たちが、いつも最後に地団太を踏む悔しさというのは、こんなものだったのだろう。
 
 さすが3億年の年月をかけて、どんな環境にも生存できる身体をじっくり進化させてきたヤツは違う。
 生存への意志が、身体構造にも脚力にも反映された “完全無欠の生き物” だ。(映画『エイリアン1』にも、そんな表現があったな
 
 
 昔、ゴミ屋敷のような家に両親と住んでいた時代のことだった。
 深夜、家族が寝静まったリビングで、テレビの歌謡ショーを眺めていたとき、カシカシとTシャツの袖をひっぱるヤツがいた。

 

 「誰だよ? 何の用だよ?」
 と、振り向きざまに腕を伸ばしたら、ゲジゲジという感触の足に触れた。
 
 ギャ-っと叫んで飛び上がった瞬間、天井に頭をぶつけた。(あいつが じゃなくて、俺が)
 驚いたばかりに、そいつの行方を追えなかったことが、今でも悔しい。

 
 
 昔、会社勤めをしていた頃、ふとデスクの下を見下ろしたら、真っ昼間からあいつがいた。

 ひとつ生け捕りにしてやろうと、生きたまま捕獲したことがある。


 ぴくぴくヒゲをうごめかして警戒しているヤツの真上から、そぉーっと円筒形のプラスチック製フィルムケースを近づけ、バクっと被せた。

 

 水平方向から接近する敵にはやたら警戒心を働かせるヤツだが、真上からの奇襲には意外と弱いということを知った。
  
 フィルムケースの蓋に空気穴を開け、しばらく飼った。


 真横から顔を覗くと、案外可愛い顔をしている。
 情が湧いて、残業夜食のケンタッキーフライドチキンなどに付いてくるコーンをエサとして与えた。
  
 しかし、食わない。
 毒を盛られることを警戒したのかもしれないし、もしかしたら、散りぎわを潔くして、ゴキブリとしての意地を貫こうとしたのかもしれない。
 
 結局、ハンガーストライキを貫徹し、あっぱれにもゴキブリとしてのプライドを保ったまま散った。
 遺体は丁重にティッシュで包んで、ゴミ箱に埋葬した。


 
 南米には、足の長さを含めて体長20㎝ほどの仲間もいるという。
 そうなると、「虫」というよりスリッパだ。

 

 スリッパで叩こうにも、うっかりすると間違えてしまう。
 ゴキブリの方を掴んでスリッパを叩いたんじゃ、洒落にもならない。
 
 人類の生息域にどしどし侵入してくるインベーダー。
 一般的にはそのように思われているけれど、もしかしたら、人間の住環境の方がゴキブリに近づいてしまったのかもしれない。