アートと文藝のCafe

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『麒麟がくる』初回はまぁまぁかな

 
 それにしても、今回のNHKの大河『麒麟がくる』の番宣はすさまじかったなぁ。
 いろいろな歴史企画で “明智光秀特集” を組むし、主役の長谷川博己トーク番組に出演させて、役作りの抱負を語らせたりするし。
 「絶対に外せない !」
 というNHKの意気込みがひしひしと伝わってきた。

 

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 その甲斐あってか、初回を見た限り「悪くない」という印象を持った。
 近年の大河ドラマで気に入ったのは、『龍馬伝』(2010年)と『真田丸』(2016年)であったが、久々にそれらに匹敵するようなレベルの作品になりそうな気がする。

 

 今回の『麒麟 』で評価できるのは、昔からの大河ファンの好みをある程度すくい上げているところだ。

 

 大河を見る人間というのは、基本的に “歴史好き” である。
 それも、司馬遼太郎やら吉川英治井上靖などの小説を読みあさって、登場人物に対して、それなりの予備知識を持っている人が多い。

 

 こういう視聴者はうるさい。
 役者の顔かたちやセリフ回しが自分のイメージと違うだけで、
 「ミスキャストだ」
 とか、
 「脚本家を代えろ」
 などと叫ぶ。

 

 時代考証に間違いがあれば、
 「あの武具は源平時代の大鎧じゃねぇか。この時代は当世具足だろ !」
 とか、突っ込みを入れる。

 

 俺なんかさ、大河を見始めたのは、『赤穂浪士』(1964年)からだぜ。
 当時14歳。
 中学2年だよ。
 「すげぇなぁ ! 大人のドラマだなぁ!」
 と、ため息をつきながら、モノクロの映像に見入っていた。

 

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 ほんとうに大河が楽しみになったのは、『太閤記』(1965年)からだ。
 緒形拳という(当時は)まったく無名の役者が抜擢され、主人公の豊臣秀吉を演じたのだが、その緒形拳(写真下)の演技に魅せられて、歴史ドラマの味わい深さというものを知った。

 

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 このときに織田信長を演じたのが、高橋幸治(写真下)だった。
 彼は、信長という男の冷徹さやカッコ良さを格調高く演じて、時には主役の緒形拳を食ってしまったこともあった。

 

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 もうひとつ忘れられない大河は、『国盗り物語』(1973年)。
 当時の俺は、夜遊びばかり繰り返すチャラ男のバカ学生だったから、家などにはまともに帰ったことがなかった。
 それでも日曜日の夜だけは、大河を見るために家に戻った。
 

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 この『国盗り 』の原作は司馬遼太郎
 主人公の斎藤道三を演じたのは平幹二朗(写真上)。
 信長役は高橋英樹(写真下)。

 

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 番組の途中からは、近藤正臣(写真下)が登場し、明智光秀を演じた。

 

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 結局、60作品に近い大河ドラマのなかで、この『国盗り物語』が俺さまのベスト1である。
 役者たちがみな素晴らしかったが、やはり司馬遼太郎の原作の面白さに負うところが大きい。 

 

 あまりにも原作が面白かったので、けっきょく生涯に4度読み返している。
 この時代の司馬遼太郎の文章はもう神がかりといっていい出来映えで、信長が桶狭間の戦いに出撃するために館を出るところなどは、ほとんどそらで覚えている。

 

 だから『麒麟がくる』というドラマの時代背景も、『国盗り 』をはじめとする司馬遼太郎の戦国モノを読みあさっていたので、だいたい頭に入っている。

 

 そういう戦国オタクの俺さまから見ても、今回の『麒麟 』はまぁまぁのスタートだった。

 

 あまり現代的な社会観・政治観を持ち込まないところもよかった。
 こういう戦国ドラマを企画するとき、
 「どうしたら戦争のない世の中がくるだろうか?」
 とか、
 「人の命を大切に思う時代が早く来ないだろうか?」
 などといった近代的ヒューマニズムを平気で語らせる脚本家がいるけれど、戦国ドラマが安っぽくなっていくのは、そういうところからである。

 

 『麒麟 』では、その視点が最小限にとどめられているのもよかった。

 

 主役を演じる長谷川博己がどんな光秀を演じるのか、最初はそこに不安もあったが、時にお茶目、時に生真面目という性格の配分に違和感はなく、それなりに存在感が感じられた。
 『シン・ゴジラ』の矢口を演じていた頃よりもずいぶんうまくなったような気がする。 
 これで、いいんではないの?

 

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 問題があるとしたら、染谷将太の信長(写真下)かなぁ

 

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 なにしろ、俺にとって “大河の信長” といえば、1に高橋幸治、2に高橋英樹だから、それ以外の信長というのが、ちょっと許せない。 
 特に、“丸顔” というだけで、(俺にとっては)致命的だ。

 

 信長の頬は尖っていて、細長くなければならない。
 俺さまの勝手な理想をいえば、伊勢谷友介(写真下)だな。
 憂鬱そうな表情がうまく、さらに意地悪さが顔に出るような役者じゃないとダメだ。

 

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 染谷君、まぁ頑張ってくれぇい。

  

 

中国はなぜ「自由」や「人権」を嫌うのか

習近平主席の訪日の意味

 

 この春、訪日が予定されている中国の習近平(シー・チンピン)国家主席を “国賓扱い” にするかどうかで、いま政権与党内でも議論が起こっている。

 

 「国賓」ともなれば、天皇が主催する国家行事となり、いわばわが国がもろ手を挙げて、現在の中国政府の政治姿勢をすべて承認するということになる。

 

 その中国は、日本に対しては、相変わらず尖閣諸島への領海侵犯を繰り返すのみならず、理由も明らかにせず日本人を拘束し、香港の民主化デモには強硬路線を貫き、台湾の総選挙にも圧力をかけている。

 
 さらに、新疆ウィグル自治区に住むテュルク系住民を強制収容所に送り込み、人権を無視した監視行動を押し進めている。

 

 他国に対する露骨な領土侵害や政治介入。
 自国内の異民族に対しては、人権を無視した管理強化。
  
 中国の政治・外交方針は、習近平政権になってから露骨に強圧的な姿勢を強めている。

  

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 もちろん、それに対する西側諸国の警戒感も強まってきたが、今の中国はそれを気にする態度も見せず、ひたすら膨張政策をはっきりと打ち出すようになってきた。

 

 「習近平氏の国賓待遇はいかがなものか?」という議論が日本で沸き起こってきたのは、国際社会の世論に反する中国の強硬路線に “免罪符を与える” ことになりかねないのでは? という懸念から生じたものである。

 


カネにあかして弱小国を味方にする

 

 実際、いまの習近平路線は、「なりふり構わず」という態度を露骨に見せるようになってきた。

 

 この18日に、ミャンマーを訪問した習近平主席は、アウン・サン・スーチー女史と会談。
 ミャンマーイスラム少数民族ロヒンギャ弾圧を容認したスーチー女史の方針を支持する姿勢を示し、ミャンマーのインフラ整備や通商協定を全面的に支援すると述べたという。

 

 「カネにあかして、弱小国を味方に引き入れる」
 
 これが今の中国の外交方針であり、その矛先は、南太平洋の島々に点在する小国家や経済力に乏しいアフリカの小国家に伸びている。

 

 中国からインフラ整備などで多額の融資を受けても、弱小国にはその返済がかなわない。
 そのときは、中国系企業がそこに入り込み、経済を支配し、政治的には親中国系政権を打ち立てる。

 

 習近平主席は、21世紀も後半になれば、アメリカに代わって「中華帝国」が地球の覇者となると間違いなく信じているはずだ。

 

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習近平主席に “焦り” はないのか?
  
 ただ、習政権にまったく焦りがないか? というと、そうともいえない。
 中国の総人口は、ついに14億を超えたが、長年にわたる「一人っ子政策」のために人口増加率は鈍化。

 今後は、日本以上の少子高齢化社会を迎えるかもしれないと言われている。

 

 そうならない前に、「世界の中華帝国」を樹立するための盤石の布石を敷いておきたい。
 最近の露骨な対外姿勢を見ていると、習主席のそういう焦りも見えてくる。

 


吹けば飛ぶような「自由」と「民主主義」

 

 もし、習近平路線が、東アジア諸国に強大な圧力をかけ始めてきたとき、日本はどうなるのか?


 当然、日本も “東風(とんぷう)” に巻き込まれることになるだろう。

 

 その結果、何が待ち受けているのか?

 

 それは、日本人がこれまで信じてきた欧米的価値観を見直さなければならなくなるときが来るということなのだ。

 

 すなわち、「自由」、「民主主義」、「人権」などといった20世紀的価値観が通用しなくなる時代を覚悟しなければならなくなる。

 

 われわれ日本人は、戦後70年、経済的にも、安全保障上においても、アメリカの傘に守られて、ぬくぬくと過ごすことができた。

 

 だから、「自由」、「民主主義」、「人権」などといった欧米的な価値観がフェイドアウトしていくような社会が来ることを想像できなくなっていた。

 

 しかし、すでにアメリカのトランプ大統領は、かつての歴代のアメリカ大統領ほどには、それらの価値に重きを置いていない。

 

 上記の三つの価値観が国民的に共有されるためには、その国を構成する膨大な中間層が必要となるが、アメリカにおいてもヨーロッパにおいても、そういう中間層の没落が顕著になり、富裕層と貧困層の格差が広がり始めている。

 

 そうなると、「自由」、「民主主義」、「人権」などという思想は次第に効力を失っていく。
 もちろん日本も、徐々にその気配を見せ始めている。

 

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どこの国も民主主義にかかる
コストを支払えなくなってきた


 中国の習近平政権が力を得てきたのは、世界のそういう事情と呼応している。
 
 政治・宗教問題の新しい思想家として脚光を浴びてきた佐藤優氏(写真下)は、習近平政権の台頭をこう分析する。

 

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 「習近平プーチンなどの独裁的な権力者が増えてきたのは、彼らの権力欲だけでは説明できない。
 それは国際情勢がきわめて流動的になり、その変化の激しさに、これまでの政治手法が通用しなくなってきたことを物語っている。
 すなわち、“民主主義的な手続きによる時間のコスト” に政治が耐えられなくなってきたということなのだ」

 

 この説明をそのまま日本に当てはめると、「桜の会」に象徴されるような名簿・資金の流れを隠蔽しようとする現在の安倍政権のやり方にも、民主主義的な時間コストを省こうとする強引さが感じられるということになる。 

 

 
中国的な独裁政治を支えるテクノロジー
 

 世界の指導者が独裁的な傾向を強めるようになったのは、何もいま始まったことではない。
 第二次世界大戦を引き起こしたヒットラームッソリーニも、典型的な独裁者だった。

 

 しかし、あの時代の独裁者たちと、いまの習近平主席では、決定的に違うことがある。


 習近平主席は、ヒットラームッソリーニも持ち得なかった画期的な民衆支配のテクノロジーを手に入れている。

 

 それがAI を駆使した情報統制システムである。
 たとえば「ウィーチャット」などのメッセージアプリをベースにしたシステムがそれにあたる。

 

 現在中国では、「ウィーチャット」に登録した個人ユーザーのデータなどは、やがて中国政府の監視下に移行されるようになっている。

 

 それが分かっていても、多くのユーザーはもうこれを手放せなくなっている。
 なぜなら、このアプリを使うと、通信機能のほか、QR・バーコード決済サービスを受けられたり、数々のクレジットカードが利用できたり、他のユーザーへの送金などをアプリ経由で可能になるといった途方もない便利さを享受できるからだ。

 

 神戸大学の梶谷懐教授は、このことを次のようにいう。

 

 「中国では、快適な生活を享受するために、政府や大企業に個人情報を提供することを当たり前のように考える市民が増えている。
 つまり、中国では、人々の功利主義的な欲求に支えられた “幸福な監視国家” が誕生しつつある」
 (朝日新聞 2020 1月16日)

 

 このような社会を支えるものが、AI の進化である。
 AI は、人間の顔認証や音声データの管理などを得意とするが、個人の学歴、資産状況、趣味なども簡単にデータ化してしまう。

 そのため、中国の若者の間では、婚活も、恋人探しも、すべてAI による個人データを頼るようになってきたという。

  

 
ジョージ・オーウェルの『1984年』の世界が来る


 こういう社会の行き先には、何が待っているか?

 普通の人間には耐えられないような “過酷な競争社会” がやってくる。
 
 そう答えるのは、経済学者の岩井克人氏(写真下)だ。

 

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 「現在、人間の評価は、まだ完全に数値化されていない。人の優しさや上品さというのは、まだ数値に還元されないものとされている。
 しかし、そういうものまでが、やがてデータアップされることになってしまえば、人間の評価軸はスペックだけとなり、一つでも上位の人間が下位の人間を露骨にさげすむ冷酷な社会が到来する」
 (NHK BS放送『欲望の資本主義 2019』)
 
 そして、そういう方向に向かい始めた中国を、岩井氏は「監視経済社会」という言葉を使って警戒している。

 

 それは、イギリスの小説家ジャージ・オーウェル(写真下)が1949年に書いた近未来小説『1984年』の世界にほからないという。
 オーウェルは、その小説で、民衆が高度な監視社会に苦しむディストピア(暗黒の理想郷)を描いたが、今の中国はまっしぐらにそこに向かっているとも。

 

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根本にある儒家思想が
西欧的価値観を排除する

 

 では、なぜ中国は、20世紀に西側諸国が掲げた「自由」「民主主義」「人権」などという価値観を何の未練もなく捨てられるのか?

 

 中国には、最初からそういう思想がなかったからだ。
 西側諸国の価値観というのは、ここ200年ぐらいの間に形成されてきたもので、4,000年に渡る中国の歴史に照らし合わせてみると、まだ底が浅い。

 

 「底が浅い」かぎり、中国人は、そのような考え方を普遍的な価値観として認めるわけにはいかない。
 習近平政権の指導部の人たちは、みなそういうふうに考えているはずだ。

 

 ヨーロッパ人たちが20世紀になってようやく価値を認め始めた「自由」「民衆主義」「人権」などというのは、すべて狭い大陸の小国同士で争っていたヨーロッパ人の考え方で、4,000年以上も昔から広大な領土を統一するために知恵を絞ってきた中国人には通用しない。
 
 そういう彼らの考え方の背景には、儒家の思想がある。

 

 儒家とは、紀元前552年に生まれた孔子の教えを守る人たちのことであり、その根本精神は、
 「民の幸せは安定した国家運営だけが実現する」
 と考えるところにある。

 

 すなわち、儒家の教えでは、個人に「自由」とか「人権」などを与えるよりも、争いのない統一国家を実現することの方が優先される。
 そこまで徹底しなければ、民族も言語も宗教も異なる広大な中国大陸を統一することは不可能だったろう。

 

 習近平政権というのは、中華帝国を守るために腐心してきた歴代の皇帝がやってきたことを、ただ忠実に履行しているだけのことかもしれない。

 

 だから、中国の “膨張政策” というのは、万里の長城を築いて北の蛮族の侵入を阻止したような、彼らの“防衛政策” にすぎないのかもしれない。

 

フェルメール『デルフトの眺望』

 

絵画批評
世界の裏側まで見通す「明晰な視界」

  
 フェルメールの絵のなかでも、『真珠の耳飾りの少女』の次に人気があるといわれている『デルフトの眺望』。

 

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 しとやかな優しい光。
 建物も運河の水面も、細部までくっきりと描かれることによって伝わってくる明晰さ。

 平和的で、安定した構図。

 

 『デルフトの眺望』が鑑賞者に与えるものは、豊かで心地よい安らぎ感である。
 この安らぎ感は、いったいどこから来るのだろう。

 


「不安」というものがまったくない絵

 

 フェルメールの絵には、(いい意味で)ドラマ性がない。
 同時代のライバル(?)であったレンブラントと比べて、ハッタリの精神もなければ、人を驚かそうとするような茶目っ気もない。

 

 彼の描く絵のテーマは、17世紀のオランダの市中に暮らす庶民たちのささやかな日常生活の一場面を、ごく控えめに、それこそ遠慮がちに切り取ったものばかりだ。

 

 この『デルフトの眺望』という風景画においても、「いつもと変わらない街の朝がまた訪れた」という日常性のさりげなさが追求されている。

 
 しかし、フェルメールの絵が鑑賞者に与える “安らぎ感” というのは、安定した日常性が約束するものとは、少し違っている。

 

 「安定した日常性」が保証するものは、退屈感である。
 だが、『デルフトの眺望』が鑑賞者に与えるのは、退屈感ではなく、目を洗ったときに感じるような爽やかな明晰さだ。

 

 言ってしまえば、この絵から得られる “安らぎ感” の正体は、クリアな視覚を得ることによって、自分の精神の健全さを自覚できるところから来るものなのだ。

  

 濁った視界が人間にもたらすのは「不安」である。
 目の前にある対象をよく見定めることができないとき、人はその対象を不気味に思うだけでなく、「不気味に思う」自分の精神もまた不健全ではないのか? という怖れを抱く。

 

 しかし、明晰な視界は、その不安を取り除く。
 取り除くばかりでなく、「クリアな世界を手に入れた」という絶対的な自信にもつながっていく。

 

 なぜなら、明晰な視界は、人間を「闇の不安」から脱出させ、「認識の優位」すなわち「知の勝利」を約束するものだからだ。

 

 『デルフトの眺望』がもたらす感動というのは、「知の勝利」の感動にほかならない。

 

フェルメールが『デルフトの眺望』を描いた実際の場所

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地球の “裏側” に到達したオランダ人

 

 こういう精神性は、実は、フェルメールと同時代を生きたオランダ人全体の精神生活を反映したものだともいえる。
 
 17世紀のオランダ人は、卓越した造船技術を発揮し、世界の海へ勇ましく漕ぎ出していった。
 大西洋からはるかインド洋を横切り、地球儀ではオランダの裏側ともいっていい日本までやってきて、日蘭貿易を始めた。
 その過程で、彼らは、「世界の裏側まで到達した!」という実感を持ったに違いない。

 

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 当時のオランダ人がそう感じていたという証拠に、フェルメールの絵には、地図および地球儀が数多く登場する。

 

フェルメール『地理学者』(上)/『天文学者』(下)

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 彼の後期を代表する『天文学者』および、『地理学者』では、研究者たちの肖像のほかに、地球儀や地図そのものがテーマになっている。

 

 それだけでなく、一般女性のつつましい日常を描いた『窓辺で水差しを持つ女』(下)のような絵でさえ、その背景には、くっきりと世界地図が描きこまれている。

 

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 地図と地球儀。
 この二つの小道具が語っているものは、オランダ市民がみな「地球の裏側まで見た」という共通認識を持っていたということである。

 

 つまり、フェルメールの『デルフトの眺望』は、デルフトというオランダの小さな町を眺望していることを意味するだけではない。
 フェルメールの目が、「地球そのものを明晰に眺望していた」ということを表現しているのだ。

 


「クリアな視界」は魔法の
ような技法によって生まれた


 では、「クリアな視界」を実現したフェルメールは、具体的にはどういうテクニックを使ったのだろうか。

 

 フェルメールは、この絵に二つの技法を導入していたという。
 一つは、「ウェット・イン・ウェット技法」。
 もう一つは、「グレーズ技法」。

 

 まず「ウェット・イン・ウェット」というのは、厚塗りした最初の絵具が乾ききらないうちに、さらに別の絵の具を重ねていく手法のことをいう。
 こうすると、厚塗りの下絵の上で、新しい絵具が複雑な凹凸を作ることになり、それによって、光の微妙な乱反射が実現される。

 

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 もう一つの「グレーズ技法」の “グレーズ” というのは、透明感が出るまで絵具を薄く延ばす技法のことをいう。
 運河の水面に揺れる光の反射に当たる部分に、この技法が使われている。

 

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 まず、最初に白い絵具で下塗りをしておく。
 その下絵の上に、フェルメールが愛好する「ラピスラズリ(青い天然鉱石)」を顔料としたウルトラマリンブルーを油で溶いて、薄く延ばしていく。
 
 こうすると、絵に光が当たったとき、光が薄い青のグレーズ層を通り抜けて、下地の白い部分を明るく反射させるため、まさに「水に揺れる光」の効果を生むことになる。 

 


「広い空」がもたらす効果

 

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 『デルフトの眺望』が実現した “クリアな視界” というのは、このような技法上のテクニックによって導き出されたものが中心となるが、構図上の工夫も見逃せない。

 

 空が広い。
 
 画面の3分の2は、開放感にあふれた大空で構成されているのだ。
 しかも、上空の雲をわざと暗くし、その奥に広がる空には、明るい青空と白い雲を配している。


 この空が暗示するものは、黒い雲が吹き払われた後にやってくる「明るい未来」だ。

 

 「眺望」とは、単に空間的な広がりを意味するだけではない。
 それは、時間的にも、将来「安全と安心」が保証されるという安堵感を伴うことを意味する。

 

 そもそも、なぜ人類は、遠くまで見渡せる場所を確保したときに喜びを感じるのだろうか。
 たぶん それは人類が “サルの仲間” として、樹上生活を営んでいたときの習性の名残である。

 

 人類は、肉食動物に襲われる危険を知りながらも、より生活を進化させるために樹から降りて、大地に立った。

 

 もちろん樹上にいた方が、肉食動物の動きを相手より先に察知できるため、より確実な安全を確保することができただろう。
 それを承知で、人類は樹に頼る生活から決別したのである。
 しかし、樹上にいたときの “安堵感” を忘れることはなかった。

 

 「見晴らしの良い場所」に立ったときに得られる快感というのは、大地で生きるようになる前の、樹上生活の記憶から来るものである。
 
 そういう人類の選んできた道さえも、この『デルフトの眺望』という絵に描き込まれていると思うと、なんとなく感無量になる。

 


半径500mの世界から
一生出なかった男
  

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 フェルメールは、終始このデルフトという町を離れなかったという。
 
 絵に描かれた新旧二つの教会。
 右の新教会は、フェルメールが洗礼を受けたところであり、左側の旧教会は、彼の墓があるところだ。

 

 そして、二つの教会の間に、フェルメールの生家があり、すぐ近くに結婚して住んだ場所がある。

 

 その半径500m圏内が、彼の人生のすべてだった。
 そのような狭い生活圏にこもった状態で、世界の隅々までクリアに見通せる視点を持ち得たということは驚きに値する。

 
 そういう “視線” こそ、彼の生きた時代のオランダの精神風土そのものが持っていたものかもしれない。
 

 
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campingcarboy.hatenablog.com

 

印象に残る人、印象に残った言葉

 
 もう5年ぐらい前の話だ。
 NHKで、終戦からバブル崩壊までの70年の歴史を追った特番が企画されたことがあった。
 タイトルは忘れたが、“戦後70年を振り返る” という言葉が入っていたような気がする。

 

 そのとき、NHKが保存していた1945年から1990年までの実写フィルムが次々と流され、登場したコメンテーターたちがその感想を語り合った。

 

 コメンテーターたちが誰だったのか、そして何を語ったのか、実はあまり覚えていない。
 ただ、1人印象に残ったのはタモリだった。
 そのとき私は、タモリのクレバーぶりと、その含羞のこもった発言の味わい深さにほんとうに感心した。

 

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 Wiki によると、タモリは、1945年生まれ。現在74歳だという。
 その番組に出たときは70歳だったので、“戦後70年” を語る生き証人のような役割を与えられて登場した。

 

 彼は、70年の人生のうち、
 「いちばん印象に残る時代はいつでしたか?」
 というアナウンサーの問いに対し、
 「バブル以降ですね」
 と明確に答えた。

 
 
 彼が芸人として世に出たのは、1970年代中頃。
 世は高度成長のまっただ中だった。

 

 しかし、タモリは、どうもその時代を好きになれなかったらしい。
 高度成長期は、とにかく “重厚長大” なものを尊重する風潮が強すぎて、それに対する息苦しさみたいなものを感じていたという。

 

 そして、それに続くバブルの時代は、今度は一転して、軽くて派手なものばかりが珍重されるようになった。
 しかし、それに対しても、彼は違和感を抱いていたとも。

 

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 タモリはいう。
 「バブルの頃というのは、誰もが時代に乗り遅れまいと必死に狂騒のなかに身を投じていたんですね。それは、そうしないと自分自身と向き合うことになってしまうから」

 

 すごい言葉だと思った。
 こんな簡潔にバブル期の人間の心象を的確に表現できる人など、ほかにいないのではないか。

 

 私はタモリの説明で、バブル文化にずっと感じていた自分の違和感の正体を教えてもらったような気がした。
  
  
 戦後の日本が繁栄した時代は、「高度成長期」と「バブル期」の二つに分けられる。

 

 その前半に当たる高度成長期は、とにかく「重厚長大」をよしとする風潮が強すぎて、その時代に生きた人たちは、自分のサクセスのイメージを「成長」というキーワードでしか語れなかった。

 それでも、当時の人々は、それなりに “自分” を確立するためにもがいていたともいえる。

 

 ところが、バブル期に入ると、「自分を確立する」というのはもっとも “ダサい” 行為となった。

 

 「自分の “顔” はひとつではない」
  
 誰もが、いろいろな局面に応じて自分の “仮面” を使い分け、その場その場の “ノリ” で多様なキャラクターを演じながら遊ぶようになった。

 

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 そして、それが常態になっていくにしたがって、みな心のどこかに漠然とした不安を抱えるようになっていった。
 いろいろな “仮面” を付けたり外したりしているうちに、誰もが本当の自分というものを見失ってしまったのだ。

 

 しかし、タモリは、そういう「混乱」と「不安」の中にこそ、人間が自分を見つめ直す契機がある思っていたようだ。


 だから、「バブル崩壊後」の時代の方が、タモリにとって、本来の人間と触れ合うことのできる時代に思えたらしい。

 そう語るタモリの姿は、実に印象的だった。

 

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 小島慶子というラジオパーソナリティーがテレビに活躍の場を移し始めていた頃、彼女もまた、朝日新聞のインタビューに答え、印象的なことを話した。

 

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 彼女は、「人の顔」がけっして映し出されることのないラジオというメディアの特質を、次のように語った。

 

 「人の姿は、けっこう遠くにいても見えます。では声は? 近くにいないと聞こえないですよね。つまり、声が聞こえるということは、生活空間に他者が現れるということなんです」

 

 このとき彼女の言った「他者」という言葉にシビれた。
 それは、「目の前に突然 “人” が現れた」という意味で使われた言葉だった。

 

 彼女はラジオ時代に、電話を通じて、リスナーからいろいろな相談を受けるコーナーを持っていたという。

 

 電話を通じて話しかけてくる相手は、もちろん顔も見えず、素性も分からない。

 
 その “まったく知らない相手” が、のっぴきならない不安を抱え、会ったこともな小島慶子に向かって、必死に何かを訴えかけてくる。

 

 そのときの相手の真剣さ、熱っぽさ、必死さが、いつのまにか小島慶子の目の前で、鮮やかに人間の輪郭を取り始める。

 

 それを彼女は「他者」と呼んだ。
 そして、その言葉から、電話を通じて自分のふところに飛び込んできた相手を丸ごと抱きかかえるという、小島慶子の覚悟のようなものが伝わってきた。

 

 こういう印象的な言葉に触れたとき、なるべく自分はそれを書き写すようにしている。

 
 そのときは意味が分からなくても、書き写して、何度か読んでいるうちに、何かが見えてくる。


 その「何か」が、今度は次の言葉を探す力を与えてくれる。 

 

「はてなブログ」を始めて1年

 
 「はてな」というブログサービスを利用させてもらうようになって、ほぼ1
年経った。
 
 それまでは、「自動車」や「鉄道」に興味のある方が集まる「ホビダス趣味ログ」というブログで、14年間、キャンピングカーや映画、文芸ネタを中心に記事を書いてきた。

 

 しばらくは、この二つのブログを同時に運営していたのだが、今年に入り、「ホビダス」がブログサービスを終了すると通告してきたので、そちらには「お別れの挨拶」を残し、こちら一本に絞ることにした。
 
 「はてな」を始めた最初の頃は、「ホビダス」との違いにかなり困惑した。
 まず感じたのは、静かな「地方都市」から、いきなり東京や大阪といった「大都市」に出てきてしまったという戸惑いだった。

 

 ・ 人(ブロガー)が多い。
 ・ ディスプレィ(記事の見せ方)が華やかで都会のネオンのよう。
 ・ ブロガーたちの扱うテーマが多様。
 ・ 記事の平均的レベルが高い(つまり、参加者の意識レベルが高い)。
 ・ 情報の消費速度が早い。

 

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 みんな何をテーマに、どんな読者対象を想定してブログを書いているんだろう?

  と、気にしながら、いろいろな「はてなブログ」を読んでいると、まるで満員電車に揺られながら、「あ、降ります! 降ります!」と叫んでいるうちに、新しい乗客が開いたドアからどっと突進してきて、ドアからさらに遠いところに押しやられるような気分だった。

 

 ま、最初のうちは、そういう “混雑ぶり” に圧倒されたけれど、逆に、ある意味で、「はてな」は統一されているという印象も持った。
 行儀のいい人たちが多いという気がするのだ。

 

 つまり、参加者がみな優しい。
 極端な “はみ出し者” がいない。
 みなお互いに気をつかい合っている。

 

 記事内容も、ルールとマナーをわきまえているというか、他人を極端に誹謗中傷するようなものがない。
 誰もがネガティブなネタに傾くことを極力避けようとしている。

 

 そういう “空気” は、またブログサービスを管理している「はてな」という会社の方針から生まれてきているともいえる。

 

 とにかく、参加者が心地よくブログ管理を継続できるようにするための「はてな」事務所の気配りは徹底している。
 不穏な内容の記事が蔓延しないような管理は行き届いているし、健全なブロガーのモチベーションが下がらないようにするための様々な仕掛けを考案することにも余念がない。
 
 私が「ホビダス」で記事を書いていた頃は、かなり挑発的なコメントを送ってくる読者もいた。
 もちろん、それは、私が政治的・思想的に他者を批判する記事を書いたことへの反発から来たものだが、読者から厳しい反論が寄せられると、それはそれで、心地よい緊張感も覚えた。

 

 私のブログは、特に、思想的に右寄りの軍事オタクから反発を買うことが多く、旧日本帝国軍の軍事思想のお粗末さを指摘した記事などには、そうとう食らいついてきた人がいた。
 もちろん、そういう読者への反論を用意するときは、こちらも血がたぎった。

 

 その方とは、ゼロ戦の開発思想や、旧日本軍の戦車のお粗末さなどをテーマに、そうとう議論を重ねた記憶がある。

 

 しかし、「はてな」ユーザーは、(運営会社の管理が行き届いていることもあって)概して紳士的である。
 みな、日本人的な節度をわきまえている。

 

 だから、私も、「はてな」では、誰か(あるいは何か)に対する誹謗・中傷記事は書かないようにしている。

 

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 「はてなブログ」の記事の傾向で、ひとつ気づいたことは、「PV数」や「アフィリエイト」の収益報告をテーマにした記事が多いということだ。
 現状報告と同時に、いかにしたらアクセス数と収益額を向上させるかというノウハウを教えてくれるサイトもたくさんある。

 

 こういうテーマは、「ホビダスブログ」を14年間やってきたときには一度も見かけなかったので、最初は奇異な感じがした。

 

 しかし、それは、この「はてな」ブログの参加者がそれだけ多いことを意味しているのかもしれない。
 つまり、アクセス数を確保するための努力を怠ってしまうと、誰もがすぐ埋もれてしまうということなのだろう。

  

 
 「はてなブログ」を始めて、もう一つ気づいたことは、けっこう悩みを抱えている方が多いということだった。

 

 それは、ここに参加されているブロガーの年齢層も関係していそうだ。
 「若い人が多い」
 最初に感じたのはそれだった。

 

 若ければ、人生上の迷いも多い。
 「若者には未来がある」とよく言われるが、それは、それだけ「迷う時間」がたくさんあるということだ。

 

 私が関わっていた「ホビダスブログ」は、「自動車」や「鉄道」の趣味に特化した “大人のブログ” だったから、人生上の悩みを告白するブロガーはいなかった。

 

 しかし、「はてな」は、(匿名性を保ったままだが)個人的な悩みをカミングアウトする人が多いと感じた。

 

 それは悪いことではない。

  

 「書くことが救いになる」

 

 人間には、そういうところがある。
 心に溜まってきた鬱屈(うっくつ)したものを書き出すことによって、書いた人の心は軽くなる。


 日記のようなものには、備忘録という役割とともに、そういう機能もあるのだ。

 ましてや、ブログのように、自分の書いたものに、コメントや☆マークという形で、共感や励ましの合図を送ってくれる読者がいるということは、記事を書いた人間からすれば、すごく救われた気持ちになるはずだ。

 

 「はてなブログ」には、そういう良さがある。
 このブログサービスが健全に推移していくかぎり、「モノを書く日本人の文化」はすたれないと思う。

  

短歌とは狂気を飼いならす作業である

  

 短歌作家 穂村弘の『ぼくの短歌ノート』を、この前ようやく読了した。

 この本については、一度このブログで触れた(↓)。 

 

 https://campingcarboy.hatenablog.com/entry/2019/01/29/072856

 

    そもそも、読み始めたのは、ちょうど1年前だ。
 つまり、1冊の本を読むのに、丸1年費やしたことになる。

 

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 なんで、それほど時間を要したのか。
 紹介されている一つの短歌を味わうのに時間がかかったからだ。

 

 この本を開くのは、散歩に出かけたついでに立ち寄った喫茶店などが多い。
 そこで、印象に残った短歌に出会うと、本を閉じ、窓の外に広がる木立などを眺めながら、心のなかで反芻する。

 

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 そういう “贅沢” を味わうための本だから、急いで読み終えてしまうのが惜しかったのだ。
   

 
 なぜ、短歌に惹かれるのか。
 それは、短歌という文芸形式が、「答のない謎」だからだ。

 

 言葉の数でいえば、短歌を構成する文字は31文字。
 作者は必ず 五七五七七 という文字数のなかに収めなければならない。
 
 31文字しか使えないのだから、余計な言葉は捨てるしかない。 

 

 そのとき、“捨てられた言葉” が、山の斜面にこだますエコー(残響)のように震えながら、読者の意識の底に降りていく。

 

 つまり、短歌に触れるというのは、言葉としては拾うことのできないエコー(残響)に耳を傾ける作業なのである。

 意識の底に降りてしまった言葉には、美しさは残っていても、意味が残っていない。
 それは、「答のない謎」に向き合うようなものだ。
  

  
 たとえば、この本には、こんな歌が紹介されている。
 
  三越のライオンに手を触れるひとりふたりさんにん、何の力だ
   (荻原裕幸 作)

 

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 三越デパートの入り口には、確かにライオンのブロンズ像が左右に置かれている。
 そこで人と待ち合わせなどしていると、つい手を伸ばして無意識にそのライオンを撫でてしまう。

 

 たったそれだけのことを述べた歌なのに、「何の力だ」と結んだとたん、ライオン像が魔法の生き物に変わる。

 

 この歌に批評を添えた穂村弘氏は、こう語る。

 

 「何の力だと指摘されなければ、そんな風には意識しなかったのに、この言葉が出てきたとたん、ちょっと怖くなる。触りたくなるのはライオンだからなのか。ラクダだったらどうか」

 

 穂村氏が言おうとしているのは、この「何の力だ」という言葉の前後には、文字として記録されることなくエコー(残響)となって散っていった無数の言葉があるということなのだ。

 

 その “言葉の形をとらなかった無数のエコー” が、ただのブロンズ像でしかないライオンに不思議な生命力を注入している。
 だから、読者は無意識のうちの、このライオン像に “魔物の気配” を嗅ぎ取ってしまう。

 
 こんな歌も収録されている。

 

 ・間違って押してしまった階数にきちんと停まる誰も降りない
  (礒部真実子 作)

 

 この歌も、当たり前の現象をそのまま歌っているにすぎない。
 なのに、読んでいると、妙な胸騒ぎがする。
 背中をそぉっと冷気が通り過ぎるような怖さもある。

 

 この “怖さ” の正体を、穂村弘氏はこう説明する。

 

 「間違って押してしまった階数でエレベーターが停まったとき、目の前にぽっかり開いたのは、実はもう一つの人生の入口だったのではないか。
 ぼんやりと立っている<私>の横を通り抜けて、もう一人の見えない<私>が降りていったのかもしれない」

 

 穂村氏の解説を待つまでもなく、この歌が、日常の光景に隠れた非日常を歌っていることは明白である。

 

 「誰も降りない」
 という言葉のなかに、すでに「誰か」がたたずんでいる気配がある。
 穂村氏は、それを<もう一人の私>と説明したが、<私>などという存在とはもっと別の、それこそ言葉では説明できない “何者” かが、じっと<私>の背後に息を潜めているようにも思えてくる。

  
 こんな歌はどうだろう。

 

 ・いま死んでもいいと思える夜ありて異常に白き終電に乗る
  (錦見映理子 作)

 

 一読しただけでは、この歌の真意を測ることは難しいかもしれない。
 ただ、作者の精神に “ただならぬこと” が起こっていることだけは分かる。

 

 これに関しては、穂村弘氏の解説をほぼ全文載せよう。

 

 「“いま死んでもいい思える夜ありて” とは、<私>の身に一体何があったのだろう。この歌の底には異様なテンションがある。
 文体が静かでどこか虚ろな分、こいつは本気だという感じが伝わってくる。
 最大の読み所は “異常に白き終電” だろう。
 確かに、“終電” の車内は深夜にしては明るいものだが、ここではそれ以上の非現実的な白さが感受されている」

 

 穂村氏も、謎の多い歌であることを認めている。
 
 そして、一つの解釈として、この “異常に白き終電” とは、“いま死んでもいい” という思いを秘めた<私>の脳から、何か特殊な麻薬的物質が分泌されているために感じられたものではないか? 
  と付け加えている。

 

 もちろん、作者以外に、この「異常に白き終電」の謎を解くことはできない。
 もしかしたら、作者にも “白き終電” の謎は解けていないのかもしれない。

 

 だからこそ、短歌というものは面白いのだ。
 「謎」の奥に、さらに「謎」がある。
 作者にすら解けない「謎」というものもある。
 謎と謎がエコー(残響)となって響き合い、美しい韻律に姿を変え、読者の無意識の淵に沈んでいく。 
  

 選者の穂村氏も衝撃を受け、私もまたびっくりした歌がある。
 
 ・畳のへりがみな起ち上り讃美歌を高らかにうたふ 窓きよき日よ
  (水原紫苑 作)

 

 穂村氏の感想を紹介しよう。

 

 「一読して、異様な高揚感に圧倒される。ここまで引用したどの歌よりも現実世界の理を覆す度合いが激しい。
 “畳のへり” が “みな起ち上り” とは、いかなる状況だろう。
 壁のようにずずっと伸び上がったのか。しかも “讃美歌を高らかに歌ふ” とは、“畳のへり” は和風に見えてクリスチャンなのか。
 この歌の特徴は、ハイテンションでありながら、その理由が読み取れないところにある。
 失恋とか、キスとか、青春とか、死とか、そういう背景がまったくわからない。
 強いていえば狂気だろうか。
 結句の “窓きよき日よ” には、この世の因果関係を寄せ付けない危うい至福感が充ちている」

 

 短歌の方も衝撃的だが、それを読み解こうとする穂村氏の解説も秀逸である。
 原文がはらんでいる「謎」には手を付けず、「謎」の味わい方だけに目を凝らしている。
 さすが歌人である。

 

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 短歌がはらんでいる「謎」とは、「狂気」の別名かもしれない。
 誰も、人間の「狂気」がどこから来るのか知らない。

 

 そもそも、「狂気」とは “出自の分からない感情” のことを指す。
 「喜怒哀楽」のすべての要素を持ちながら、そのどれにも所属しないのが「狂気」だ。

 

 「狂気」は、「喜怒哀楽」の彼方にある。
 だからこそ、恐ろしくもあり、崇高でもあり、哀しく、美しい。
 
 短歌の制作とは、その「狂気」を飼いならす作業である。

  

あっさり醤油味のラーメンが好き

 テレビで安定した視聴率を稼げるのは、スズメバチ駆除の話と、人気ラーメン店の紹介だという話を聞いたことがある。
 つまり、画面にハチかラーメンが映っていれば、「どの番組が面白そうかな 」と、コントローラーをちゃかちゃか動かしていた人の手が止まるということだろう。

 

 ハチは、まぁいいとして、ラーメンが画面に登場すると、私もついついテレビを見入ってしまうタイプである。
 つまり、ラーメンという食べ物は、映像を見るだけで、それを口に運んだときの汁の濃淡や辛さ、麺の食感、具材の味わいなどを想像しやすい食物になっているということなのだ。

 

 で、私の好きなラーメンは、あっさり醤油仕立ての “東京ラーメン” 。
 若い頃は、九州系の濃厚な豚骨味とか、北海道のこってり味噌味などを好んで食っていたけれど、齢(よわい)60歳を超えたあたりから、さっぱりした醤油ベースのラーメンじゃないと食べる気がしなくなった。

 

 年とって、胃が脂っぽいものを受け付けなくなったというわけではない。
 いまだにトンカツはロースだし、ハンバーグなんかも、バターの切れっぱしを上に載せて食べている。ハムサンドなどは、「これでもかぁ !」というほどマヨネーズでまぶす。

 

 だが、ラーメンに限っていえば、あっさり醤油の “東京ラーメン” のうまさがようやく理解できるようになった。

 

 で、下のラーメンは、吉祥寺駅南口(東京・武蔵野市)にある『おおむら』のラーメン(650円)。

 

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 中央線の南口改札を出て、井の頭公園に向かう階段を降りて10秒。
 駅の真正面にある店(写真下)だ。

 

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 なんと、私はここに50年近く通っている。
 店舗は1回だけニューアルされたものの、味は昔のままだ。

 

 麺は潅水がほどよく効いた中程度の太さの縮れ麺。(最近はうどんみたいな太麺を食べさせるラーメン屋も増えたが、私はそういう麺をうまいとは思わない)

 

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 具材は、チャーシュー1枚、メンマ少々、海苔1枚、ネギ少々という、まぁ東京ラーメンの定番ともいえるシンプルさが特徴。
 「もう少しメンマが多いといいなあ  」 
 とか、
 「海苔をもう1枚
 などと思うこともあるのだけれど、トッピングの選択肢はなし。


 しかし、食べ終わる頃には、各具材の量が計算されたちょうどよいものであることが分かる。

 

 で、ここのメニューのもう一つの看板が、チャーハン(800円)なのである。
 この味も絶妙。

 

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 米が一粒ずつふっくらと立ち上がっている感じで、口に入れたときの玉子のまろやかさと、塩味の配分と、脂の乗り方がもう芸術品の域に達している。
 肉片として、刻んだチャーシューが入る。
 これがまたうまい。

 

 悩むのは、ラーメンもしっかり食いたい、 けどチャーハンも食いたいと二択を迫られたとき。
 
 そんなお客のために、ここでは「ラーメン+半チャーハン」(950円)というセットが用意されている。
 店内で見ていると、実際にこのオーダーがいちばん多く通っている。
 誰もがこの店のうまいものをよく知っているのだ。

 

 もうひとつお薦めは、やきそば。
 これもハマる。
 味が単純なソース味ではない。
 醤油をベースにして、ラードやごま油などで味を調えている。
 この味の作り方も神技だ。
  
 やっぱり「店長」と呼ばれる人の腕がすごいのだ。
 私は、この店長が小学生ぐらいの頃から店の手伝いをしていたのをずっと見てきたが、そういう年季を重ねて出来上がった味はやっぱり違う。絶品である。
 (その彼も今では還暦だという)

 

 で、ここの餃子も悪くない。
 ただ、白いご飯と合う味なので、チャーハンをオーダーしてしまうと、お互いの味が相殺されてしまい、すごくもったいないことになる。
 むしろ、ラーメン+餃子の方が相性がいい。
 しかし、そうなるとトータルの金額が1,050円になってしまい、「ラーメン+半チャーハン」のセット料金より高くなる。
 ここが悩むところだ。
 
…………………………………………………………………………

 下は、三鷹駅南口(東京・三鷹市)から歩いて2分程度のところに店を構えている『中華そば みたか』というラーメン屋である。

 
 ここにもときどき顔を出す。
 雑居ビルの地下にある店だが、そこに降りる階段に、いつも常連客が列をなしている。

 

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 この店に通うようになって、やはり40~50年は経つ。
 店の名前は、以前は『江ぐち』といった。


 オーナーが変わったが、味は先代の味をそのまま踏襲している。
 というのも、先代が『江ぐち』を閉めるとき、それを惜しんだ常連客の一人がその味をなんとか世に残したいということで、修行に励み、店を引き継いだからだ。

 

 この店のラーメン(550円)も、あっさりした醤油ベースの “東京ラーメン” 。
 麺は多少太めで、どちらかというと和風味。だから醤油ベースのスープとの相性はいい。

 

 ここはトッピングの自由度が高くて、チャーシュー、メンマ、もやし、玉子などを別オーダーできる。
 ただし、この店にはラーメン以外のメニューはない。

 

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 私が頼むのは、メンマを増量したチャーシューメン(写真上 850円)。
 『江ぐち』の時代から、常連客はこれを「竹の子チャーシュー」と呼んだ。
 だから、私もそうオーダーする。


 で、「メンマ入りのチャーシューメンね」とか頼んでいる客を見ると、心のなかで「お前はまだ新参者だな」とバカにすることにしている。もちろん顔には出さない。

 

 ここのチャーシューは好きである。
 脂身が多いのだが、それがうまいのだ。

 

 ただ、チャーシューをかじりながら、麺をすするときの配分が難しい。
 なにしろ、ここのチャーシューメンを頼むと、もうドンブリの中に麺が入っていることが分からないほど、表面が大量のチューシューで覆われる。

 
 だから、普通のラーメン屋で出されるチャーシューメンの配分で食っていくと、後半になって、チャーシューだけが丼の底に大量に残ってしまうことになる。

 

 そのため、多少「贅沢だな」と思いつつ、麺と一緒に大量のチャーシューを一気に口に入れてしまった方がいいのだ。
 そうすると、スープを飲みほす後半戦になって、麺とチャーシューが同じ配分で減っていくことが確認できて気持ちがいい。

 

…………………………………………………………………………

 吉祥寺・三鷹で、もう一軒だけ、お気に入りの “町中華” を挙げるとすれば、それは「ちくせん」である。

 

 三鷹駅の南口をまっすぐ南へ。
 距離として、駅から500~600メートル。
 時間にして、徒歩5分といったところか。 

 

 ここも古い店だ。
 先代のご主人が亡くなられたあと、今は若い夫婦が店を切り盛りしているが、料理の味にはしっかりと先代の味が受け継がれている。

 

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 お薦めは、店の看板にもなっている600円の「昔ながらのあっさり味の東京ラーメン」。
 まぁ、年配の方ならば、スープを最初に吸っただけで、「あ、これは昔懐かしい味だ!」と思うはず。

 

 ここは、チャーハン(写真下)もうまい。
 ラーメンとチャーハンの両方を食べたい人には、 
 「ラーメン&半チャーハン」
 と、
 「チャーハン&半ラーメン」
 の2種類のセットがある。 

 

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 だけど、個人的にお薦めなのは、餃子である。
 これは本当にうまい!
 
 1人前5個で480円だが、3個で300円という「ミニギョーザ」というメニューも用意されている。
 私はいつもこの二つをいっしょに頼んで、8個(780円)にして食べている。

 

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 忘れてならないのは、ラー油である。
 この味も、ほかの店ではお目にかからない。
 たぶん自家製。
 容器の底に、粉末の唐辛子がしっとりと沈んでいて、その唐辛子の粉をたっぷりすくいとって、小皿に注ぐと、ほんとうに幸せな気分になる。

 

 その小皿に、醤油と酢を少々。
 醤油4に、酢6ぐらいの配分がよいようだ。

 

 そして、いよいよ餃子を小皿に浸け、餃子の裏・表にたんねんにラー油をからめ、白いご飯といっしょにほうばる。

 

 食べ終わっても2日ぐらい幸せな気分が続く。
 
 東京の吉祥寺駅三鷹駅近くに住んでいらっしゃる方で、まだこの3店に足を運んだことがない人がいらっしゃったら、一度お試しあれ。

 

ネズミの社交性

 
 一人っ子なのである。
 だから、基本的に一人遊びが得意。

 居酒屋の片隅で、一人で黙々と酒など飲んでいるのが、全然苦痛じゃない。

 

 数学者の森毅さんが面白いことを言っていた。
 「一人っ子は協調性があまりないけれど、その足りない分を、社交性で補う」


 当たり!
  と思った。

 

 協調性と社交性は、似たような感じがするけれど、中身はまったく別もの。

 

 人の群のなかに混じって、苦労して、協力し合って、ひとつの成果を出していくのが「協調性」 。


 それに対して、「社交性」ってのは

   やぁやぁ元気、いやぁしばらく! 
   お、楽しそうだねぇ、素晴らしいですね。
   それ、私にも頂戴ね。じゃ またね。

 

  と、他人のふところに飛び込んで調子よくなついた後、てきとうな頃合いを見計らって、さぁっと立ち去るのが社交性。

 

 ま、自分にはそういう傾向がある。

 

 社交性というのは、弱者の武器だ。
 力もなくて、気が弱い人間が、自分の身を守ろうとするときに発達する。

 

 もともとは、恐竜の時代に、森の中でひっそりと暮らし始めたほ乳類の智恵だ。
 たとえば、ネズミなんてのがその代表。
 あいつらが生き延びられたのは、仲間同士の “社交性” があったからだ。

 

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 ジュラ紀とか白亜紀といった恐竜全盛時代に生まれたネズミのようなほ乳類は、昼間は、草原にエサを探しに行くことができない。
 行けば、小型恐竜なんかにパクっと食われて、自分がエサになってしまう。

 

 しかし、自分の巣穴にじっとしていれば安全、というわけにもいかない。
 今度は、ネズミの気配を嗅ぎつけたヘビがそぉっと忍び寄ってきて、いきなり鎌首もたげ、パクリと丸呑みしてしまう。

 

 だからネズミたちは、周囲の情報を取り込むために、聴覚・嗅覚といった情報収集器官をフルに働かせて、仲間同士のコミュニケーションを密にし、恐竜やヘビの脅威から身を守ろうとした。

 

 それが、ネズミから進化したわれわれ人類の「社交性」の母胎となった。

  って、ホントかね。
 いま思いついたヨタ話だけどさ。

 

 だけど、社交性ってのは、周囲の動きに敏感になることから生まれるのは確かだ。
 「人の顔色をうかがう」とか、
 「ゴマを擦る」とか。
 そういう姑息な気づかいが身に付くことで、社交性が育つ。

 

 つまり、今の自分が置かれている状況では、何が危機で、何が面白いのか。そういうことに敏感な精神が「社交性」の母胎となるのだ。

 

 自分にもそういう傾向があって、一人で黙々と居酒屋で酒を飲んでいても、耳だけダンボで、周りの情報収集だけは抜け目ない。

  

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 この前、こんなことがあった。

 「あんたもういい加減にこれ以上飲むのをやめなよ。体を壊してまで飲むんだったら意味ないんだから」
  って言っているのは、カウンターの隣りに腰掛けている水商売風のおバアさん。

 

 「てぇやんでぇ。俺は飲みてぇんだよ、今晩は。 帰りたければ、てめぇが一人で帰ればいいだろ」
  って息巻いているのは、定年退職して、毎日やることがなくて鬱屈していそうなオジイさん。

 

 一見、夫婦の会話のようにみえるけれど、
 「あんたんとこの奥さんに、またワタシ怒鳴られるのもう嫌だよ。ねぇ、もう帰ろうよ。夜も更けてきたんだからさ。医者に止められたんだろ? 酒
 … ってなことをオバアさんがいうからには、なんだかワケ有りのカップルのようにも思える。
 夫婦ではないが、夫婦以上の親密度を保った仲のようだ。
 
 そういう関係に甘えたジジイがさらに吠える。
 「関係ねぇだろ。俺が生きようが死のうが、俺が決めることだ」

 

 夫婦気分になっているバアサンが答える。
 「バカだねぇ、死んじまったら、残されたワタシはどうなるのよ」

 

 こういう会話って、ちょっとした場末の「人生劇場」じゃない?

 さぁ、続きはどうなる?

 

 …… と、舞台で繰り広げられる役者の演技を楽しんでいたら、いきなりこっちにも役が振られた。
 「ねぇ、そこの人」

 

 オジイさんが振り向いて、俺に向かって話しかけてくるのだ。
 「飲みたいときに、好きなだけ飲むってのが楽しくねぇかい? そこの人」

 応援部隊の出動よろしくね、っていう心境なんだろな。

 

 こっちは森の中でコソコソ生きているほ乳類だから、こういうときの対応にも抜かりはない。

 

 「でも、心配してくださる人がそばにいることが、人間には大事なことですから。奥様のお言葉にも耳を傾けてあげないと
  ってな、三流週刊誌の人生相談の答みたいな言葉が、シレっと口をついて出てくるのが、オレなんだな。

 

 ここで「奥様」って言葉を使うのがミソ。
 オバアさんが本当の “奥様” であろうとなかろうと、そんなことは関係ない。
 そのオバアさんが、そのとき “奥様” の役目を務めようとしている気持ちを汲んであげることが肝心だ。

 

 案の定、オレがそう答えたら、「そうよ、そうですよねぇ」と、オバアさん上機嫌。
 で、オジイさんの方も、オバアさんが笑顔になれば、それはそれで、まんざらでもないんだな。

 

 これでそのカップルも円満。

 でも、そういう社交性を発揮する自分って、ホントに太古の森でイジイジ暮らしていたネズミみたいなもんだと、自分では思っているんだけどね。
 

陽水の歌が漂わす「死の匂い」

 

 テレビなどで、シンガーソングライター井上陽水の特集を見る機会が増えた。

  

 昨年(2019年)11月27日には、作家の高橋源一郎朝吹真理子、音楽家小室等らが陽水の世界観を “文学” のように語り合う『深読み音楽会』(NHKBSプレミアム)という番組が放映された。

 

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 暮れの12月27日には、NHK総合テレビで、『5人の表現者が語る井上陽水』という企画が組まれ、松任谷由実玉置浩二奥田民生宇多田ヒカルリリー・フランキーらの5人が、それぞれ陽水との親交を語った。 

 

 このような “陽水特集” が続いたのは、令和元年(2019年)が彼のデビュー50周年だったからだ。

 

 井上陽水、1948年生まれ。
 現在(番組収録時)72歳。
 団塊世代(1947年~1949年生まれ)のど真ん中に位置するアーチストである。
 
 この世代というのは、日本がちょうど高度成長を遂げようとしている時期に “青春” を迎え、豊かな生活に馴染み始めた世代だ。
 どこの家庭でもカラーテレビ、クーラー、自家用車などという(当時としては)贅沢品を購入できるような時代が来ようとしていた。

 

 陽水とほぼ同時代を生きたシンガーソングライターの松任谷由実(1954年~)は、『5人の表現者が語る井上陽水』という番組で、こう語っている。

 

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 「陽水の歌にはセンチメント(感傷)とか、メランコリー(憂鬱)といったニュアンスが常に漂う。
 こういうネガティブな雰囲気は、貧しい時代だったら視聴者の共感を得られなかったろう。
 しかし、豊かな時代がくると、それが逆に「贅沢」な感覚になる。

 そういう「贅沢感」が生まれたところに、私たちが登場した時代の豊かさを感じる。
 私は、その豊かさをポジティブに歌ったが、彼はネガティブな情感を喚起する方向で、豊かな時代が来ることの問題点を歌った」

 

 この指摘は、さすがに松任谷由実という音楽家だからこそいえた言葉だ。

 

 彼女の『中央フリーウェイ』(1976年)などは、まさにマイカーを手に入れ、中央高速を日常的な “遊び場” として使い倒している裕福な若者たちの生活を表現している。

 

 それに対し、陽水の『傘がない』(1972年)などは、その豊かな社会に馴染めずに死んでいく若者と、恋人に会いに行くための傘がないことの方が問題だと開き直る若者の、ヒリヒリするような分裂を歌いあげている。

 

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 ここに挙げたユーミンと陽水の歌のテーマは、どちらも「高度成長」だ。
 日本経済の興隆期に沿って、バラ色の生き方を享受できた若者と、その裏で「高度成長の犠牲」となっていく若者。

 
 ユーミンと陽水は、どちらも “団塊世代の精神風景” を、メダルの裏と表として描いた。

 

▼ 『傘がない』

https://youtu.be/SwNRn3ly8Ns

 

都会では 自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない


行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ

  

つめたい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は考えられなくなる
それはいい事だろ?

 

 この『傘がない』の歌詞だけを拾ってみると、井上陽水は、時代の社会問題に鋭く切り込む “社会派シンガーソングライター” のように見えるかもしれない。

 

 しかし、これは、この時代の社会問題を浮き彫りにした歌ではない。
 むしろ、この時代の底に潜む “空虚感” を見つめた歌なのだ。 

 

 リスナーは、『傘がない』と嘆く主人公に共感した段階で、時代の「虚無」と向き合うことになる。 
 それは、「高度成長期」という日本の明るい時代が内側にひっそりと抱え込んでしまった虚無にほかならない。

 

 繁栄が「闇」を抱えるのは、社会の必然でもある。
 「繁栄」というものは、必ずその底の部分に、「繁栄から取り残された部分」を残すからだ。

 

 それが松任谷由実が指摘した “陽水のメランコリー(憂鬱)” の正体であり、そこには、常に「死の匂い」が漂っている。

 

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▼ 『リバーサイドホテル』(1982年

https://youtu.be/OPoSXc_ODdg

 

 誰も知らない夜明けが明けた時 町の角からステキなバスが出る
 若い二人は夢中になれるから 狭いシートに隠れて旅に出る

 

 昼間のうちに何度もKissをして 行く先をたずねるのに疲れはて
 日暮れにバスもタイヤをすりへらし そこで二人はネオンの字を読んだ

 

 ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド
 食事もリバーサイド Oh リバーサイド

 

 チェックインなら寝顔を見せるだけ
 部屋のドアは金属のメタルで
 シャレたテレビのプラグは抜いてあり
 二人きりでも気持ちは通い合う

 

 ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド
 食事もリバーサイド Oh リバーサイド

 

 『深読み音楽会』(BSスペシャル)でこの『リバーサイドホテル』がテーマになったとき、この歌から不吉な匂いを嗅ぎ取ったのは、芥川賞作家の朝吹真理子1984年~)だった。

 

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 彼女はいう。

 

 「この歌の特徴は、同義反復後の歌詞がたくさん出てくるところなんですね。
 まず “川沿いリバーサイド” というのが同じ言葉の繰り返し。
 次に、“部屋のドアは金属のメタル” も同義反復でしかない。
 そもそも、“夜明けが明ける” という表現が同じ言葉を重ねているだけ。
 なぜこの歌では、同じ意味の言葉が繰り返されるのか?」

 

 朝吹は、こう説明する。

 

 「それは、ここで歌われる “2人” が、生の世界から死の世界へと移行しているからだと思うんです。
 要するに、この2人は、失われつつある “生” の手触りを確かめなければならないため、同義反復によって現実の世界を確認しようとしているのではないでしょうか」。

 

 だから、朝吹真理子は、この歌を「心中の歌」だという。
 そうでなければ、
 「♪ 狭いシートに隠れて旅に出る」
 「♪ チェックインなら寝顔を見せるだけ」
 などという不思議な言葉の意味を解明できない。

 

 狭いシートとは「棺桶」のことであり、「隠れた旅」とは、黄泉の世界への旅。
 そして、「寝顔がチェックインになる」とは、このホテル自体がすでに  “黄泉の国のホテル” なので、寝顔 すなわち死顔がパスポートになるという意味。

 

 この朝吹の発言を受けて、作家仲間の高橋源一郎もいう。

 

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 「僕もそうだと思う。“リバーサイドホテル” のリバーとは、“三途の川”のこと。今2人は、それを渡ろうとして、後ろ(生の世界)を振り返った状態なのだろう。
 だから、すべてが遠近感を失って、シュールな光景になっている」

 

 『深読み音楽会』の高橋源一郎は、今回陽水のかなりの歌に「死の気配」を嗅ぎ取っている。

 

 たとえば『あなたにお金』(2016年)という歌。
 
 「実に奇妙な歌」だと、高橋はいう。
 普通の歌詞や詩(ポエム)に「お金」という言葉はなかなか使えない。
 
 なぜなら、「お金」は、どんなロマンチックな人間も現実の世界に引き戻してしまう下世話な物であり、詩的情緒からもっとも遠い存在であるからだ。

 

 しかし、陽水は、この「お金」という言葉を最初の歌詞から堂々と使い、さらに、それをタイトルまでにしている。

 

▼ 『あなたにお金』 (2016年) 

https://youtu.be/C74h532IxrI

(ようっすいさんのカバー)

 

あなたにお金をあげたら 帰ろう
メロンを抱いて 星を見ながら帰ろう
まだまだバスは はるか遠くで揺れて
まつ毛の先を 濡らし始めたばかり

 

目の中に 星屑を散りばめて
星空に夏の空重ねて

 

空には汽車が 煙たなびき 走り
汽笛の声に 振り返りながら 帰ろう
時計の針は待ちくたびれて 外れ
静かに闇を 指し間違えて 消えた

 

 この歌で使われる「お金」という言葉が、生々しさを持たず、実に爽やかな哀愁を帯びているのはなぜか?
 … と、高橋源一郎は問いを発する。

 

 「あなたが、すでに死者だからである」
 と、彼はいう。


 つまり、ここに出てくる「お金」は、香典なのだ。

 

 だから、葬儀から帰る自分の「まつ毛の先が濡れ」、死者を乗せた汽車は、「空に浮かんで、煙をたなびかせる」。

 

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 死者はもう「生きている人間の時間」とは無縁なのだから、「時計の針は待ちくたびれて外れる」のだ。

 

 こういう高橋源一郎の解釈はそれなりに説得力を持つけれど、井上陽水がほんとうにそういうことを意識しながらこの歌を作ったかどうかは、分からない。

 

 仮にそうだとしても、陽水は自分の歌を解説するような人ではない。
 彼は、「解説すること」の味気なさから、とことん逃げようとするアーチストだ。

 
 「逃げようとする」のは、恥ずかしいからだろうし、テレもあるからだろう。
 しかし、「解説を拒む」というところにこそ、陽水の “思想” がある。
 
 その思想が、「死の匂い」をたぐり寄せるといっていい。
 多くのリスナーが「シュール」という言葉で彼の歌を理解しようとするとき、その正体は、実は「死」の予感にほかならない。 
 
 たとえば、代表的なヒット曲でもある『ジェラシー』。

 

▼ 『ジェラシー』(2013年)

https://youtu.be/idxsaGwblr8


 この歌には、
 「♪  はまゆりが咲いているところをみると、どうやら、僕らは海に来ているらしい」
 という歌詞(2番)が出てくる。
 

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 普通ならば、海に来ているかどうかは、目を凝らして、周りの風景を眺めれば一目瞭然なはずである。

 

 なのに、この歌に出てくる「僕と君」は、「はまゆり」という植物を手掛かりにしないと自分たちがいる場所が「海」なのかどうなのかも把握できないようになっている。

 

 つまり、この歌も、2人が、意識がもうろうとした状態で「入水」しようとしている状況を歌っているといえなくもないのだ。

 

 「♪  ハンドバックの留め金が外れて化粧が散らばる。波がそれを海の底に引き込む」
 という歌詞も、2人が海に沈んでいく様子をそれとなく暗示しているともとれる。

 

 このような歌に触れると、みな「シュールだ」と口をそろえて語るが、そもそも、「シュール」というのは、合理的に説明のつかない感覚を表現するときの言葉だ。

 

 人間の精神活動で、最後まで合理的に説明できないものとして残るのが「死」である。

 人間は、「死」を語ることも考察することもできるけれど、経験することだけはできない。
 「死」がどんなものであるかを解明することは、AI にもできない。
  
 陽水の歌の「謎」は、すべてそこから降りてくる。

 

 

格差社会のトップに立つセレブたちの資産 

 現在、日本のマスコミをにぎわせているニュースのひとつに、元・日産自動車CEOカルロス・ゴーン氏の国外逃亡がある。

 

 逃亡先はレバノン
 ゴーン氏の祖父や父の故郷であり、かつ現在の(2人目の)夫人であるキャロル・ナハス女史の出身地でもある。

 

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 密出国であるから、日本はレバノン政府にゴーン氏の身柄の引き渡し請求をしたいところだが、レバノン政府は、「ゴーン氏の入国は合法であった」と強く主張し、日本の請求に応える気配はない。

 

 同政府が、ゴーン氏の引き渡しに応じないのは、ゴーン氏が所持している財産の規模がすごいからだという。

 

 ある調査によると、彼が日産のCEOを務めていた時代の年収は19億円。
 それが途切れた後でも、残った個人総資産の総額は2,300億円とか。

 

 なんと、これはレバノン政府が所持している資産の3倍ぐらいに相当し、ゴーン氏は、その財産を使ってレバノン経済を全面的にサポートすると約束。すでにレバノンへの大々的な投資を始めているとも。
 これでは、レバノン政府もゴーン氏を手放すわけにはいかなくなる。

 

 東京地検は、保釈中にゴーン氏が密出国したため、保釈金の15億円をそのまま没収したというが、2,300億円も持っていれば、15億円程度はレストランのボーイに手渡すチップの感覚であろう。

 

 しかし、上には上がいる。
 世界のお金持ちの資産を見ると、「億」の単位を超えて「兆」に至っている。

 

 ちなみに、現在の “億万長者番付” の1位に輝く「アマゾン」のジェフ・ベソス氏の推定資産は17兆円。
 2位の「マイクロソフト」のビル・ゲイツ氏の推定資産は14兆円。

 

 以下、2019年の “お金持ちトップテン” は下記の通り。

 

  ジェフ・ベソス(アマゾン) アメリ
  ビル・ゲイツマイクロソフト) アメリ
  ウォーレン・バフェット(投資家) アメリ
  ベルナール・アルノークリスチャン・ディオールルイ・ヴィトン)フランス
  カルロス・スリム・ヘル(通信事業) メキシコ
  アマンシオ・オルテガ(ザラ) スペイン
  ラリー・エリソン(ソフトウェア事業部) アメリ
  マーク・ザッカーバーグフェイスブック) アメリ
  マイケル・ブルームバーグブルームバーグ) アメリ
  ラリー・ペイジ(グーグル) アメリ

 

 以下、参考。

  ジャック・マー (アリババ) 中国
 ……
  柳井正ユニクロ) 日本
 ……
  孫正義 (ソフトバンク) 日本

  1月1日放映 TBS「サンデーモーニング」より

 

 上位に名を連ねている人たちを見ると、やはりIT 系が多い。

 

 昔は、「石油王」といわれたロックフェラー氏(1839~1937年 推定資産35兆円)、「鉄鋼王」といわれたカーネギー氏(1835~1919年 推定資産32兆円)、「自動車王」のヘンリー・フォード氏(1863~1947年 推定資産20兆円)というようなエネルギー産業や製造業の人たちが上位を占めていたが、ずいぶん様変わりしたものだ。

 

 20世紀から21世紀に向かうときの産業構造の変化が、ここから読み採れる。
 
 
 現在の “億万長者” たちの資産総額は、合わせるといったいどのくらいになるのだろうか?

 

 あるデータによると、世界のお金持ち上位26人の資産総額は、合計150兆円。
 これは下位の38億人の全資産に相当するという。


 
 すなわち、パーセントでいえば1%の富裕層が、世界の99%の貧困層の上に君臨しているという計算になる。
 要は、「格差社会」が地球規模で広がっているということなのだ。

 

 どうして、こういう世の中になったのか?

 

 経済学者の水野和夫氏(下の写真右)によると、そもそも資本主義社会がこの世に出現した1870年以来、その恩恵にあずかって「豊かな暮らし」を享受できた人の比率は、地球の全人口のうちの15%程度に過ぎなかったという。
(水野和夫&萱野稔人 著 『超マクロ展望 世界経済の真実』)

 

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 氏によると、資本主義の130年の歴史の中で、欧米などの先進国15%の人々だけが、残りの85%の人が住む地域の資源を安く購入し、自国の産業を興隆させ、その利益を享受できた。

 

 このように、そもそも資本主義というのは最初から「お金持ち」と「ビンボー人」という経済格差を前提とした経済システムだったのだ。

 

 ところが、第二次世界大戦後、経済的に大発展を遂げたアメリカを中心に、“膨大な中間層” が世界的に生まれることになった。

 
 この中間層の増大が、あたかも地球全体に繁栄が訪れた(かのように見える)一時代を築いた。

 

 しかし、戦後、アメリカのライバルとしてソ連が力を増し、イデオロギーや軍事力においてアメリカと覇を競うようになってきた。

 

 こうして冷戦時代が訪れたわけだが、1989年、ベルリンの壁が崩壊したことを機に、ソ連が解体され、社会主義陣営と資本主義陣営の競争においては、資本主義陣営が最終的勝利を勝ち取った(と思われた)。 
 
 勝者となったアメリカは、その同盟国と一緒に “我が世の春” を謳歌したが、一方では、アメリカの仲間であったはずの日本とドイツの産業が急成長し、経済的にアメリカを脅かすようになっていた。
 
 追い詰められたアメリカは、経済的優位を維持するために、新しい経済戦略を打ち出さざるを得なくなった。

 

 それが、製造部門からの金融部門へ軸足を移す「金融資本主義」だった。

 

 この金融資本主義を根幹に据えた経済・政治システムを「新自由主義」という。

 

 その理論的支柱となったのは、ミルトン・フリードマン(1912年~2006年)だったが、彼の唱えた経済政策を採り入れ、アメリカのプレゼンス(存在感)を再び世界に見せつけたのは、1981年に大統領に就任したロナルド・レーガン(写真下)だった。

 

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 同じころ、イギリスではマーガレット・サッチャー政権が誕生し、アメリカと同じように新自由主義的な経済政策で、イギリスの国力を復活させた。

 

 これを機に、「新自由主義」が世界のトレンドとなり、世界各国で、金融や貿易の自由化、規制緩和、企業の雇用調整(リストラ)、国営企業の民営化などが進められた。

 

 そして、これらの制度改革をうまく利用した人々から、これまでになかったような富裕層が生まれ、中間層や貧困層との格差が広がるようになった。

 

 なんていうことはない。
 世界は、資本主義の誕生した時代に戻り、その恩恵を受ける少数のお金持ちと、大多数の貧困層とがはっきりと分かれることになったわけだ。

 

 富裕層と貧困層の比率は、昔は15%と85%であったが、今は1%のお金持ちと、99%のビンボー人という比率に変わってきている。

 

 トランプ大統領の躍進、そしてイギリスのEU離脱という現象は、こういう背景から生まれてきたものだといえる。

 

 でも、今はもう眠くなったので、それ以上を述べない。
 皆様お休みなさい。

 

トランプ大統領の精神分析


 「令和」という時代の最初の正月を迎えたばかりだというのに、波乱の時代の幕開けを予感させる事件が立て続けに起こっている。

 

 その一つが、米国トランプ大統領の指示によるイランのソレイマニ司令官の暗殺。

 

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 トランプ氏は、これを、
 「アメリカとイランが戦争へ向かう危険を取り除くための行為だった」
 と正当化しているが、こういう自分だけに都合のいいメッセージをまともに信じるのは、アメリカ国内にいる岩盤支持者たちだけだろう。

  

 明らかに、この発言は、その支持者たちに対するアピールを意識したものだが、トランプ氏の意図とは逆に、中東情勢が不穏な空気に包まれたことを反映して、世界の株価は暴落。
 アメリカ国内においても、トランプ氏の行動を「暴挙」と批判する声が高まっている。

 

 世の良識派の多くは、このようなトランプ氏の動向を不安な眼差しで見つめているが、彼のこういう政治姿勢を評価する日本のジャーナリストもいる。
 政治評論のコメンテーターとして活躍している木村太郎氏だ。

 

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 木村氏は、BS-TBSの『報道1930』(1月7日放映)に出演したとき、次のように語っている。

 

 「トランプ大統領が誕生して以来、世界は安定的に繁栄している。アメリカの経済も絶好調を迎え、その恩恵を日本も受けている。
 安全保障の面から見ても、日本は北朝鮮の核開発やミサイル攻撃の脅威から免れている。
 トランプ政権が世界を不安定にしているという見方は、とんでもない過ちだ」

 

 こういう木村太郎氏の意見は、一面正しい。
 しかし、木村氏はあえて意識してか、トランプ大統領の不安定要素には目をつぶっている。

 

 トランプ氏が政治家として抱えている一番の「不安定要素」とは何か?

 

 それは、彼の “無教養” である。

 

 本も新聞も読むことなく、側近からの近況報告にも耳を傾けず、テレビニュースだけを見て世界情勢を判断しているトランプ氏に、一般人としての教養が備わるはずがない。

 

 彼は、どんな国の歴史にも興味がなく、どんな国の文化にも関心がなく、各国の首脳たちと、ひたすら経済的利益のみ議題にする交渉事だけに専念している。

 

 そのことを、「ビジネスマンとしての才能がある」と評価する声もあるが、はっきりいえば、「ビジネスマン」と「政治家」は別の生き物だ。

 

 さらにいえば、「ビジネスマン」としての能力も2流以下である。
 彼は、イラン軍司令官を殺害することで、イランから受ける報復の被害額や、その報復を抑え込むための軍事費の流出を、まったくコストに入れていない。

 

 つまり、トランプ氏には、ビジネスマンにも政治家にも要求される長期的展望というものが一切ないのだ。
 
 
 なぜ、そういう人間がアメリカという大国のリーダーになれたのか?

 

 アメリカという国の「国力」が大崩壊を始めているからだ。
 
 「国力」とは何か?

 

 そこには、経済力も軍事力も含まれるだろう。
 目下のところ、アメリカはその二つにおいて、相変わらず、ダントツで世界をリードしている。

 

 しかし、「国力」として三つ目に挙げられる「知性の力」は、もう目を覆うばかりに地盤沈下を始めている。

 

 トランプ氏が大統領になるために掲げた政策を振り返ってみよう。
 「アメリカン・ファースト」
 「移民(難民)排斥」
 
 この二つのスローガンに興奮したプアホワイトの人々が大統領選では熱狂的にトランプ氏を支持し、それが今も岩盤支持者として彼の政権を支えているわけだが、よく考えてみると、
 「アメリカン・ファースト」とは、「世界のなかでは俺さまだけが偉い」という意味であり、「移民排斥」というのは、「ワケの分からない人種は出ていけ」という異民族・異文化への不安を表明したものだ。
  
 この二つは、「他者を排除」するという “思想” として一つに交わる。
  
 正月1日に放映されたTBSの『サンデーモーニング “幸せ” になれない時代』(新春スペシャル 分断と格差が深まる世界)という番組では、社会心理学者の加藤諦三氏に、
 「他者を排斥したいというのは、人々の幼児化が進んだことを意味する」
 と語らせている。

 

 「幼児化」というのは、大人の思考に耐えられないことをいう。
 つまり、「人間は困難な状況に接すると、無意識のうちに自我を防衛しようとして、退行現象を引き起こす」(フロイド)というのだ。

 

 今の世界は、一人の人間が自分の思考で全体を把握することができないほど複雑怪奇になっている。
 しかも、その複雑化する速度が年々早まっている。

 

 こうした状況に置かれると、人々は、身に降りかかる不安を払しょくするために思考を幼児化させ、単純な言葉を使って世界を分かりやすく説明する政治家の言葉だけを信じようとする。 
 
 それがポピュリズムの始まりで、その代表者として登場したのが、トランプ氏だ。
  
 彼は、幼児化していく支持者たちの知的コンプレックスを一掃した。

 

 大統領選を通じて、アメリカの新聞メディアはこぞって、トランプ批判にまわった。
 しかし、彼はそれを逆手に取り、「新聞が伝えるニュースはフェイクニュース(ニセ情報)だ」と言って、支持者たちから新聞を遠ざけ、代わりに自分の「ツィッター」を使って、言いたいメッセージだけを立て続けに流し続けた。

 

 彼の使う言葉は小学生レベルで、しかもセンテンスが短く、内容は扇動的だった。
 これが、さらに、支持者たちの知的コンプレックスを解消する働きを持った。

  
 こうしてみると、トランプ氏は、実にたぐいまれなる政治戦略をもっていた政治家だったのか?  と思い込む人も出てくるかもしれない。 
 
 しかし、専門家の分析によると、彼は政治戦略などほとんど持ったことがなく、ただひたすら「自分をカッコよく見せる」ことだけに神経をつかって生きてきた人だという。

 

 東洋経済ON LINE でトランプ氏を分析した岡本純子氏は、かつてこんなことをWEB上で発表していた。

 

 「トランプ氏という人は、とにかく自分が大好きな人である。彼はことあるごとに、歴代大統領のなかで、もっとも雇用を生み出したのは自分。アメリカをもっとも偉大な国にしたのも自分。いったんは地盤沈下したアメリカ経済をかつてないほど繁栄させたのも自分 というように、人々が賛美してくれることだけを期待して行動する人である」

 

 そういう傾向を持つ人を一般的に「ナルシスト」と呼ぶが、トランプ氏の場合は、その傾向が強すぎて、病的な領域に入り込んでいるとも。

 

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 アメリカの精神医学会のデータによると、精神疾患のなかには、「自己愛性パーソナリティ障害」と呼ばれるものがあるらしい。
 トランプ氏というのは、そういう診断を下されかねない人だという。

 

 この病理を抱えている人は、

  とにかく、自分の実績や人格を誇張して喧伝する傾向がある。
  限りない成功や権力欲にとりつかれる。
  人々からの過剰な称賛を求める。
  対人関係では、相手を常に利用することしか考えない。
 ⑤ 他者に対する共感をはなはだしく欠く。
  しばしば他人に嫉妬する。
  他者に対して、自分が傲慢であることを自覚しない。
  自分が批判されたときの耐性が低い(すぐ逆ギレする)

 …… いくつか省略したが、おおむね上記のような性格が目立つのだそうだ。

 

 上記の項目を見ただけでも、すべてトランプ氏に当てはまりそうな気がする。

 

 こういう精神構造を抱えたアメリカ大統領に接するとき、他国の元首はどう振舞えばいいのだろうか。
 
 まず、「教養」や「知性」をひけらかしてはだめだ。
 そういうものに欠けているトランプ氏を逆ギレさせる可能性がある。
  
 ドイツのメルケル首相やフランスのマクロン大統領は、その点でトランプ氏とそりが合わない。
 
 今のところ、もっとも相性がいいのは、日本の安倍晋三首相である。

 

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 安倍氏も、あまり本など読んでいないようだし、新聞も手に取ることがなさそうだ。
 そういった意味で、安倍さんは、現在のところ「教養」と「知性」に欠けるトランプ氏を不快にさせる要素がほとんどない。
 
 不安定要素ばかりが目立つトランプ大統領だが、日本の外交だけは、無教養な安倍さんのおかげで、多少安定しているのかもしれない。
   

ターナー、光に愛を求めて

映画批評
大英帝国の誕生を絵画で表現した男

   
2014年イギリス・ドイツ・フランス合作映画
原題「Mr. Turner」 日本公開 2015年6月

 

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知的興奮を誘う傑作

 

 美しい映画である。

 

 主人公は、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
 “人物事典” ふうにいうと、「18世紀の末から19世紀にかけてイギリスで活躍したロマン主義の画家」ということになる。


 たとえば、こんな(↓)絵が有名だ。

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ターナー作『解体のため錨泊地に向かう戦艦テメレール号』
▼ 主役のターナーを演じたティモシー・スポール

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随所に現れる風景の美しさ


 芸術家ターナーを主人公にしただけあって、映像がほんとうにきれいなのだ。
 たとえば、冒頭のシーンを飾る朝焼けの風車。

 

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 あるいは、夕陽に染まった海に浮かぶ大型帆船。

 

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 そして、森の中の静かな湖。

 

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 まさに、ターナーの絵そのものともいえるような美しい画像がいたるところに挿入されている。


 それを見るたびに、観客は息を吞む。
 「これは、はたして地球上の風景か?」と。

 

 玄妙な光と影に彩られた大自然の風景を眺めるだけで、この映画の美学的なこだわりが、鮮烈な印象をともなって観客の目に迫ってくる。 

 

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 特に、荒涼としたイギリス郊外の風景には圧倒される。


 長い間、ヨーロッパ史において、イギリスは、文明の光の届かない辺境の地でしかなかった。
 イタリアやフランスのような地中海文明の遺産をたっぷり浴びた大陸の国家に比べ、荒れた大西洋に浮かぶ島国イギリスは、風土的にもさびしい。

 

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 そんな、ヨーロッパ文明の辺境の地であったイギリスが、ターナーの生きた時代には、世界一の強国になりつつあった。


 つまり、この映画は、ターナーという画家の生きざまを素材にしながら、実は “イギリス帝国” が発展していく過程を描いた物語なのである。

 

▼ 繁栄を極めた19世紀中頃のロンドン

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イギリスの激動期を生きたターナー

 

 1837年。ターナーが62歳になったときに、ヴィクトリア女王が即位。


 この女王の治世期に、イギリス帝国はこれまでの領土を10倍以上拡大させ、地球の全陸地面積の4分の1、世界全人口の4分の1(4億人)を支配する空前絶後の大帝国を築いた。


▼ 映画に出てくるヴィクトリア女王

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イギリス世界帝国の本当の姿を描いた画家


 ターナーの作品には、海および船を描いた絵が多い。

 

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 だから、絵から受け取る印象として、大自然の猛威の前には人間も無力であるという “教訓話” としてとらえることも可能だ。


 しかし、逆に考えれば、大海に新しい活躍場所を見出したイギリスという海洋国家の不屈の精神を描いているともいえそうだ。

 

 
海を制する者が世界を制する

 

 海に進出したイギリスが、なぜ世界制覇をなしとげることができたのか。
 
 それは、海が、まだ世界の誰からも支配を受けていない “空白地帯” だったからだ。


ターナー作『嵐の近づく海景』(1803年頃)

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海は治外法権

 
 もともと海という空間には、陸の法(ルール)が通用しない。
 人類は陸上帝国の歴史だけを繰り返してきたため、海は無法地帯として放り出されていたのだ。

 

 その海を独占したのが19世紀のイギリスだった。
 つまり、世界の海は、イギリスが定めたルールによって管理される空間に変貌したのである。

 

 そして、極東やインドなどの広大なイギリス植民地からは、安価な労働力によって収穫される安価な原材料がイギリスに集まり、それが工業製品となって、今度は世界中に供給された。

 

 こうして、イギリスの首都ロンドンは、世界一の繁栄を誇る大都市となって “我が世の春” を謳歌した。
  

 

地球上の富の集積地
 

 映画『ターナー』では、後半、美術評論家ラスキンを交えた美術談議が繰り広げられるシーンが出てくる。

 
 そこで、登場人物たちの会話で交わされたテーマのひとつが、各国に生息するツグミという鳥の違いについてであった。
 
 「中国のツグミはこういう性格で、東南アジアのツグミはこういう習性がある」
 というような会話が、ターナーも列席した美術愛好家の集いの場で交わされる。

 

 このシーンの意味するものは何なのか。

 

 イギリスが世界の富の集積地となったことを表している。


 集積した富とは、「財貨」や「物産」だけとは限らなかった。
 「情報」もまた過剰なくらいイギリスに集積し、それがイギリスの自然科学の質を劇的に高めた。

 

 この時代、イギリスでは新しい学問が一気に花開いている。

 「人類学」などという学問もその一つだ。


 イギリス人たちは、世界各地に散らばった植民地の支配を強化するために、インド、中国、中近東、北アフリカアメリカなどの各民族の生活風習・文化の違いをデータ化する必要を感じていた。

 

 それが「学問」として整理され、後にフレイザーが『金枝篇』としてまとめたような「人類学」や「民族学」の形をとるようになる。

 

フレイザーの『金枝篇』の口絵はターナーの絵で飾られている

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 このような知的文化の向上は、イギリスの芸術家たちをも巻き込まずにはいなかった。

  

 

光と色の秘密が解明された時代


 1800年代に入ると、それ以前の科学的認識が一気に塗り替えられるような新しい発見・発明が次々と登場するようになる。


 特に、光・色彩などの科学的研究が飛躍的に進んだ。 

 

 1800年ハーシェルが、赤外線を発見する。
 1801年には、リッターが紫外線を発見。
 同年、トーマス・ヤングが、光の正体を「波動」だととらえた “波動説” を唱える。

 

 それまで光というものは、ニュートンの考えたように「粒子」であると信じられていた。
 それが、「波動」であるという説によって、学者の間にパラダイムシフトが起こったのだ。

 

 現在は、アインシュタインの研究(量子力学)によって、光は「波動」と「粒子」の両方の性質を持っていると説明されているが、19世紀の初頭に始まった “光の研究” は、画家たちの思想にも多大な影響を及ぼした。

 

 映画『ターナー』においては、昔からの友人であるサマヴィル夫人(写真下)がターナーの家を訪れて、彼に「光」の講義を行うというエピソードが盛り込まれている。

 

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 メアリー・サマヴィルは、天文学の分野で秀でた功績を残した女流科学者で、1826年に「太陽スペクトルの紫外線の磁性」という論文を王立協会会報に掲載し、その名をとどろかせた。

 

 映画のなかの彼女は、ターナーにプリズムを使った色や光の実験を見せ、色や光の神秘的な動きには、実は厳密な科学的根拠があると明かす。
   
   
もっと絵に「リアル」を!

  
 そのことを理解してからのターナーの絵には、徐々に変化が現れるようになる。
 自然光をプリズムを通して眺めると、色が波長ごとに分節されるということを知った彼は、 “科学的・分析的” に太陽光をとらえるようになっていく。

 

 このようなターナーの絵の変化を、よく “抽象画に近くなった” などと表現することがある。

 
 しかし、その見方は当たっていない。彼は抽象画などを描くつもりはなかったからだ。
 
 彼の絵がどんどん “ぼやけて” いくようになったのは、「抽象への意志」ではなく、「リアルなものの凝視」であった。
 つまり、ターナーはリアリズムというものの本質を知ったのだ。
 
 下は、有名な『ノラム城、日の出』(1835~40年頃)である。

 

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 城の輪郭は、画面中央の青い台形のシルエットとしてしか把握することができない。
 画面のなかに描かれた対象物はすべて分厚い水蒸気のベールに包まれてフォルムを失い、漠然とした “色のかたまり” に変貌している。
 
 もし、画面右下の「牛」のシルエットが読み取れなかったら、もうこの絵は20世紀に出現する抽象画の範疇に入れられてしまうかもしれない。

 

 しかし、ターナーは、現実世界をきわめて科学的・実証的に追求したつもりになっていた。
 
 彼は、すべての光をプリズムを通して波長順に配置されたように構成し、絵の中に “科学” を導入したつもりでいた。

 

 たぶん、彼には、「ほんとうの世界は、人間の目には、このように映るはずだ」という信念があったに違いない。
 
 朝の水蒸気にもやった環境の中で、もし城の輪郭が細部までくっきりと見えたとしたら、それは人間の目がとらえた「城」ではなく、人間の脳裏に去来した「城という観念」だと彼は主張したかったはずである。
  
  

 
人間は、見慣れた物を実は見ていない

 
 「リアリズムの本質は非親和化にある」
 という言葉がある。

 
 非親和化。
 つまり、見慣れていたはずのものを “よそよそしい” ものに変えてしまうことをいう。
 
 なぜ、それがリアリズムの本質かというと、我々は、いつも見慣れているものを、実は見ていないからだ。
 
 見慣れた物というのは、視覚がその対象に慣れ親しんでしまったために、頭のなかで「観念」として処理され、意識の引き出しに無造作に仕舞われてしまったものをいう。
 
 だから、見慣れたはずの物というのは、改めてじっくり見てみると、それが日ごろ思っていたものとは異なる、なんとも奇怪な姿をしていることに気づく。
 
 そのときに、我々の目は、ようやくその物のリアルな実相にたどり着いたことになる。

 

 ターナーが自分の絵画で追求したかったことは、それであった。
 彼はそのとき、それまでの古典絵画と決別したのだ。
 
 対象に明確なフォルムを与えて、安定した構図のなかに収めた古典絵画は、ターナーにとっては、人間が「頭のなかの “観念” で処理した絵画」に過ぎなかった。

 

 そうではなく、「目の前にある現実の世界を見よ ! それは色と光の強烈なせめぎあいから生まれる感性の乱舞ではないのか?」
 ターナーが言葉をあやつる文学者であったなら、たぶんそう言いたかったに違いない。

  

 

テクノロジーの変化が芸術をも変える

 

 映画の後半、新しい商売として街に生まれた “写真館” に行って、ターナーが自分の写真を撮ってもらうシーンが登場する。

 
 写真技師たちが、カメラを設定している間、ターナーは彼らに質問を向ける。

 

 「このカメラで、戸外の景色も撮れるのか?」
 技師が答える。
 「もちろん撮れますとも。私はナイアガラの滝をこのカメラで撮りました」

 

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 それを聞いて、ターナーがつぶやく。
 「なるほど。これからの画家は、スケッチブックではなく、カメラを抱えて旅に出ることになるんだな」

 

 彼は、そこで新しいテクノロジーの出現が、芸術表現をも変えていくことを理解する。  

   
  
人々の世界観を変えた蒸気機関
 

 ターナーは、カメラというテクノロジーにも大いなる関心を示したが、さらに驚いたのは、蒸気機関車というテクノロジーだった。


 この映画のハイライトとなるのは、彼がその姿を絵画のなかに描くところである。

 

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ターナーが描いた蒸気機関車 『雨、蒸気、速度、グレート・ウェスタン鉄道』(1844年)

 

 雨の中で、蒸気を上げ、テムズ川にかかるメイドンヘッド橋を疾駆してくる蒸気機関車
 映画のなかでは、それは下のような画像として登場する。

 

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 この蒸気機関車を見つめるターナーの表情は、まるで天空を駆ける “神々の戦車” でも見たような、畏れと感動に満ちたものになっている。

 

▼ アトリエに帰り、さっそく蒸気機関車を描き上げるターナー

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 ターナーが、蒸気機関車に見たものは何だったのか。
  
 彼が目にしたのは、神を中心に回っていた「神学的な世界」が、「科学技術的な世界」に変わる瞬間であった。

 
 言葉を変えていえば、それは「資本主義」であり、「近代」だった。

 

 多くの科学史家たちは、蒸気機関の登場する前と登場した後では、人間の世界観がまったく変わったと指摘する。

 

 たとえば、文化人類学者のレヴィ=ストロース(1908~2009年)は、蒸気機関が登場する前の前近代的社会を「冷たい社会」と定義し、それを「時計」という比喩で表現した。

 つまり、(蒸気機関が登場する前の社会は)時計のように、静的で、円を描くように、規則正しく循環していく社会だった。

 

 それに対し、蒸気機関がもたらした社会は「熱い社会」であり、循環するのではなく、どこまでもまっしぐらにばく進する社会であった。

  

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 まず、蒸気機関の登場によって、人々は工場の立地条件が変わったことを理解した。
 それまでは、大きな動力が必要なときは、水力や風力に頼るしかなく、そのため、物を生産する工場は、自然に恵まれた都市郊外に分散する傾向にあった。

 

 しかし、蒸気機関が普及すると、工場経営者は、水力や風力に頼らない動力を得られるようになったため、都市に工場を集中させるようになった。

 

 工場の都市集中化は、そのまま労働力の集中化につながり、かつエネルギー原となる石炭貯蔵の集中化を招いた。

 
 このように、蒸気機関はイギリスの産業構造を変えることによって、景観も人口構成もドラスティックに変えていった。

 

 のみならず、人々の「思想」も変えた。
 マルクスニーチェフロイトなど、“20世紀の思考” を築いた19世紀の人々は、意識すると否とにかかわらず、蒸気機関の “力動感” を前提とした知的パラダイムの上に自分の思想を構築した。 

 

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 ターナーは、画家として、無意識のうちに、「資本主義」の本質を1枚の蒸気機関車の絵の中に封じ込めたのである。

 

生タヌキと遭遇

 
 これは昨年(2019年)の話である。

 

 11月の末。
 小雨の降る夜に雨ガッパをはおり、自転車を漕いで、家から500mほど離れたコンビニまで飲み物を買いに出たことがある。


 時間は夜の0時を回り、深夜の1時ぐらいになっていたと思う。

 

 住宅街を真っ直ぐ抜ける道の奥に、小動物のシルエットが見えた。
 ネコの姿とは微妙に違う。

 

 近づくと、タヌキだった。
 2mほどの距離で、見つめ合うことになった。
 目の周りが黒いので、まぎれもなくタヌキだ。

 

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 わが町に60年以上住んで、野生のタヌキに遭遇したのははじめてのことだった。
 
 この時期、野生のイノシシやら、クマやら、サルたちが冬場のエサを求めて住宅街に出没するというニュースが相次いでいた。

 

 だから、民家がぎっしり建て込んでいる住宅街のど真ん中に、見慣れぬ動物がうごめいていてもおかしくはない状況であったが、それにしても、タヌキの出現には意表を突かれた。

 

 そいつはしばらく道路のはしをチョロチョロ歩いていたが、やがて「キャウン」と一声ほえてから、もと来た道を戻っていった。

 

 暗くて見えなかったが、その先に、もう一匹いたような気もする。

 2匹は、こそこそと仲良く闇の中に消えた。

  

 でも、いったいどこから出てきたのだろう?

 周囲には林もなければ、森もない。

 
 ここから1kmほどの距離に、巨大な池を有した広い公園があるが、仮にそこから来たにせよ、この住宅街まで来るには、2車線の広い道路を横断しなければならない。

 

 タヌキは臆病な動物で、自動車のヘッドライトを浴びただけで、気絶してしまう(これをタヌキ寝入りという)くらいだから、深夜になっても車の往来が激しいその道を渡ってくるとは考えにくい。

 

 となると、どこかの古い屋敷の軒下などに潜り込み、昼はひっそりと寝て暮らしているのだろうか?

 

 エサはどうしているのか?
 冬は寒くはないか?
 夏は暑くないか?
 散歩中の犬に追われることはないのか?
 野良ネコから、ネコパンチを受けたりすることはないのか?
 子供の教育はどうしているのか?
 
 人ごと というかタヌキごとながら、いろいろと心配してしまう。

 

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 ネット情報によると、現在、東京都内にはタヌキが1,000匹ぐらいいるという。
 いずれも、林の中や、古民家の床下や、空の排水溝の奥などで暮らしているらしい。
 ミミズのような虫から木の実まで。
 肉食のキツネと違い、タヌキは雑食だから、都市生活を苦手としていない。
 彼らは知る人ぞ知るアーバンアニマルなのだ。
   
  
 翌日、近所の井の頭動物園までタヌキを見に行った。
 コンクリートで固められた獣舎のなかに、確かにいた。

 だが、寝ていた。
 夜行性なので、昼間は体を丸くしてずっと寝ているという。

 

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 タヌキの名前は「ポン」というらしい。
 たぶん男性。
 2009年に杉並区で保護された個体だとか。

 

 仲間に「リン」という女性がいたらしいが、2019年の4月から療養生活に入り、11月22日に死亡したという。

 

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 1人残された「ポン」。
 なんだか可哀想だ。

 

 そういえば、私がタヌキを住宅街で見たのも11月の終わり。
 あれは、その頃亡くなった「リン」の霊だったのだろうか。
 私がブログネームを「たぬき」としているばっかりに、
 「どんなヤツなのだろう?」
 と顔を見にきたのかもしれない。

 

 真夜中に 住宅街に出るタヌキ 夫婦か親子か体を寄せて

 

人類はなぜネズミを可愛いと思うのか?

 今年の干支は「子(ネズミ)」である。

 

 ネズミがなぜ干支の動物に選ばれているかは諸説あるらしいが、一つは、「子供をどんどん産んで数を増やす」という特性から、「子孫繁栄」の象徴とされるらしいからだ。

 

 しかし、歴史的にみると、ネズミが個体数を増やすことは、人類の生存を脅かす不安材料でもあった。

 
 特に、人類が農耕を学んでからは、ネズミの増加によって、人類は穀物(麦・米等)を奪われるようになり、彼らは「害獣」として駆除の対象にされるようになった。

 

 しかし、そんな “悪辣なネズミ” の姿を、われわれ人類はなぜ「可愛い」と思うのだろうか。

 

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 おそらくそれは、「ネズミ様」が、われわれ人類の遠い祖先だからである。

 

 これまで人類は、長い間、霊長類の猿から進化してきたと思われてきたが、近年の研究によると、猿も含めた哺乳類がこの世で栄え始めたのは、ネズミ一派の必死な生き残り作戦の結果ということになるらしい。 

 

 なにしろ、哺乳類が活躍する前、この世は恐竜たちのパラダイスだった。
 しかし、よく知られているように、約6,500万年前に隕石の衝突で、地球上から恐竜が消えたとき、実はそれまで生きていた哺乳類の大半も死に絶えたらしい。

 

 唯一生き残ったのが、小型の爬虫類と小型の哺乳類だったという。
 そのときに生き延びた哺乳類というのは、基本的には “ネズミのグループ” で、虫を主食にして生き延びた貧弱な四つ足生物にすぎなかった。

 

 しかし、そのうち彼らは様々な進化を遂げ、驚異的な多様性を帯びるようになっていく。

 

▼ 初期の “ネズミグループ” のイラスト

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 “ネズミ一派” にそれが可能になったのは、一つは、個体の生命が比較的短いこと。
 そして、もう一つは、多産系であったこと。

 

 つまり、この二つの要素が噛み合って、突然変異の確率が高まり、より環境に適合した新種がどんどん生まれていったということになるという。

 

 その進化の果てに、猿、人類、ウマ、シカ、クジラといった雑多な哺乳類が現れるようになっていく。

 

 われわれ人類が、ネズミの姿にどこか愛嬌を感じ、害獣であるにもかかわらず “可愛い” と思うのは、彼らがご先祖様であるという事実が人間のノスタルジーをくすぐるからだろう。

 

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なぜ人類はヘビを怖がるのか?


 ところで、ネズミとは反対に、人類が本能的に恐怖を感じる生き物がいる。
 「ヘビ」である。

 

 人類に限らず、ほとんどの哺乳類は本能的にヘビを怖がる性質を持っている。

 

 これは、われわれのご先祖様だった “ネズミ一派” が、ヘビの格好のエサになり続けていたことに由来するらしい。

 

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 とにかく、ヘビは足音も立てず 足がないからなぁ エモノに近づき、頃合いを見計らって飛びかかり、小型哺乳類を一気に丸飲みする。

 

 さらに、ヘビの模様は、葉や石と見分けがつかないようになっているものが多く、近づくまで気がつきにくい。

 

 こういうヘビに対する恐怖が、小型哺乳類の独特の感受性を育てた。

 

 すなわち、視界の下の方からゆっくりと這うヘビの気配を察すると、ほとんどの小型哺乳類は、瞳孔が拡大し、心拍数が上がり、脳へのエネルギー供給が一気に増えるようになるのだという。

 

 これは、猿のような霊長類に進化した動物でも同じで、彼らも、木の上に登ってくる “くねくねと動く竿状” のモノに対しては、群れが大パニックを起こすそうだ。 

 

 一説によると、人間が飛びぬけた視覚システムを獲得するようになったのは、忍び寄るヘビを素早く見つけるために訓練されたものだともいう。
 

 このような人間のヘビに対する恐怖は、やがて単なる恐怖を超えて、崇拝や信仰の対象としてヘビを認知していくようになる。

 

 太古の昔、ヘビを信仰の対象としていた民族は世界中に存在したらしく、旧約聖書に登場するアダムとイブの話にも、ヘビが絡んでくる。

 

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 ここに登場するヘビは、人間(アダムとイブ)に知恵を授ける動物として登場する。

 
 ヘビは彼らに、楽園に植わっていた「知恵の実(リンゴ)」を食べるように勧めるが、もちろん、それは神の教えに背くことになり、ヘビの誘惑に負けたアダムとイブは楽園を追われることになる。

 

 この話は、人間は、神の約束に従うよりも、ヘビの誘惑の方を優先する生き物だということを示唆している。

 

 つまり、人類が “ヘビへの恐怖” に対抗するために、それに襲われたときの経験を語り継ぎ、逃げ延びるための知恵を磨き、脳の進化を図ってきたことをこのエピソードは語っている。

 

 すなわち、「ヘビ」は恐怖の根源であると同時に、「知恵」の源でもあったということなのだ。

 

 ネズミもヘビも、同じ干支の仲間として生きている。
 もちろんネズミにとっては、ヘビも怖いが、天敵のネコがいないだけでもホッとしているかもしれない。