アートと文藝のCafe

アート、文芸、映画、音楽などを気楽に語れるCafe です。ぜひお立ち寄りを。

「死にたいのなら一人で死ね」という言葉の不寛容さ

 神奈川県・川崎市登戸駅近くの路上で、50代男性が起こした大量殺傷事件について、落語家の立川志らく氏が語った「死にたいなら一人で死んでくれよ」という発言がテレビのワイドショーやネットで賛否両論を巻き越しているという。

 

 当然、そういう意見は過激すぎるのではないかという意見もネットで公開されたらしい。

 

 それに対して志らく氏は、
 「子供の命を奪った悪魔に対し、死にたいなら一人で死んでくれ!というのは普通の人間の感情だ」
 と説明。

 

 さらに、
 「(私の)言葉が次の悪魔を産むという(意見もある)が、なぜ悪魔の立場になって考えないといけないんだ? (子供を巻き添えにするなというのは)子供を愛している世界中の親の多くが言いたいはずだ」
 と反論したらしい。

 

 驚いたのは、この志らく氏の意見に対し、あるワイドショーでは、視聴者の6
~7割が賛同したということを伝えたことだった。

 

 それを聞いて、なんだか日本人は変わってきたなぁ と思った。
 多くの日本人が、非寛容の精神に染まってきたという気がしたのだ。

 「死にたいなら一人で死ねよ」
 という発言に共感を感じた人というのは、どういう人たちだろう。


 
 罪のない子供たちを巻き添えにした犯人に対する憤りによって、込み上げてきた怒りをそのまま表明したということは、まず分かる。

 

 しかし、「一人で死ねよ」という言葉は、巻き添えにした人たちがいるかいないかは別にしても、はっきりいえば、
 「お前なんか死んじまえ」
 と言ったに等しい。

 

 もし、仮に私がその事件を起こそうと思っていた犯人だとしたら、私は、逆にそう言い切る人間の非情さに反感を覚え、頭のなかだけにあった妄想を、本当に実現するために動き出してしまうかもしれない。

 

 この志らく氏の発言に違和感をいだいた人たちは、次のようにいう。

 
 「犯人はなぜそういう犯行に突き進んだのか。それをしっかり解明し、むしろ犯人の心を閉ざしてしまった闇の暗さに救いの手を差し伸べてあげることの方が大事だ」

 

 私もそう思う一人だ。
 しかし、そういう意見よりも、この事件に短絡的に反応した志らく氏の意見の方が世論をリードしているという話だった。

 

 社会的なテーマに対し、自分の感情のおもむくままに発言することは、確かに発言者の気持ちをすっきりさせるだろう。


 志らく氏は、義憤に駆られた自分の感情を強い言葉で言い切ったときに、精神的な高揚感をいだいていたはずである。

 

 しかし、そういう高揚感から、<他者>に対する非寛容の精神がめばえる。

   
 非寛容の精神は、相手の罪を断罪するという目的以上に、断罪する自分の快楽に酔うときに生まれる。 

 

 それは日本だけに限らないのかもしれない。
 非寛容の世界は、地球上に生まれつつあるような気もする。
  
 世界は、「移民」「宗教」「格差」などというテーマを抱えたまま、大衆の対立構図をどんどん深め、急速に非寛容の色に染まりつつある。

 

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 イギリスのEU離脱騒動も、ヨーロッパや中南米における極右勢力の台頭とそれに対する反対運動も、アメリカのトランプ支持者と反対者も、それぞれ国論を二分するような形で、お互いの支持者同士が敵対勢力を非難する「非寛容」さをむき出しにしている。

 

 非寛容とは、自分のことを100%「正義」の側に置き、敵対する勢力を「悪魔」と断定することをいう。

 

 まさに、今回の志らく氏の発想がそうである。

 

 彼は、この犯人をはっきりと「悪魔」と断定し、「なぜ悪魔の立場になって考えなければいけないんだ?」と言い放った。
 このとき、彼は自分の意見には「100%正義がある」と信じたはずだ。

 

 しかし、“100%の正義” なんてありえない。
 もし、そういうものがあるのならば、世の中に民主主義などというものは生まれていない。


 民主主義とは、50%程度の正義を、反論する人たちと議論を重ねることによって70%ぐらいの正義に持って行こうとする技術のことをいう。

 しかし、最近はそういう考察が空しくなるほどに、「自分こそ世論だ !」と勇ましく言い切る人たちが増えている。 

 

 その一つが、今回の志らく氏の
 「(犯人は一人で死ねというのは)普通の人間の感情だ」 
 と言い切る言葉に代表されている。

 

 そういう氏の発言を不自然に感じる人は少ないのかもしれない。
 しかし、自分の私的な感情が、どうして「普通の人間の感情だ」などと言い切れるのか?

 

 世界の思想や文学(そして落語)は、ずっと「自分の私的な感情にはどれだけ普遍性があるのか?」というテーマを投げかけてきたはずである。

 

 私個人は、感情に任せてこぼれ出た自分の発言を「普通の人間の感情だ」と言い切ることに、とてつもない羞恥を感じる。 

 

『雨月物語』の黄金色に輝くモノクロ映像

 この5月12日に、女優の京マチ子さんが亡くなられた。
 享年95歳。
 若い人には、この女優の名を知らない人も多いのではなかろうか。 

  

 しかし、邦画がようやく海外の映画ファンに認められるようになった時代を代表する女優として、ぜひその名を覚えていておきたい人だ。 
 

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 今回紹介したいのは、その彼女の代表作の一つ『雨月物語』。
 1953年に溝口健二監督が手掛けた大映作品である。

 

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 1950年代というのは、まさに邦画の第一期黄金時代だったかもしれない。
 黒澤明の『羅生門』(1950年)や『七人の侍』(1954年)、初代の『ゴジラ』(1954年)も同じ時期に生まれている。
 『雨月物語』も、その黄金時代の代表作に入れてよい作品だと思う。

 

 さすがに、映像表現は古い。 
 なのに、その “古さ” が、逆に美術品のような香りを伝えてくる。

 

 本物の “手触り” といっていいのか。
 長らく地中に埋もれていた高級土器を掘り出し、きれいに磨いて床の間に飾ったらこんな感じか という映画なのだ。

 

 戦国時代を扱った作品だが、村や町の風景がまず違う。
 大道具で作った建物のかなたに広がる風景からは、見事に “現代文明の匂い” が消し去られている。
 CGで作られた画像とは違う本物の “土ぼこり感” 。
 1953年の日本には、まだ戦国末期のような風景が残されていたということなのだろう。

 

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 そのことが、この映画に独特のエキゾチシズムを添えている。
 言葉で表現すれば、「戦国時代に、南蛮船に乗って日本を訪れた外国人の見た “日本” 」といったところか。

 

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 脚本のベースとなったのは、江戸時代後期の作家である上田秋成が書いた『雨月物語』という小説。
 その中に収録されている「浅茅が宿(あさじがやど)」と「蛇性の婬(じゃせいのいん)」という二つの物語を組み合わせたものだという。
 
 ともに怪異譚である。

 しかし、単なるホラー映画ではない。原作がきわめて洗練された美意識に貫かれた文学だけあって、その艶やかな香りは、映画の中にもしっかり取り込まれている。
 
 
 以下、簡単にストーリーを紹介する。
 
 戦国時代末期、琵琶湖北岸の村に暮らす百姓の源十郎は、陶芸の才を発揮し、焼物を町まで売りに行くことで生計を立てていた。
 いつものように源十郎は、妻と子を村に残し、町まで焼物を売りに行く。

 

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 町の路上で自作の焼物を売っていると、公家風の衣装を着た姫君と召使の老女が源十郎の前に立つ。

 

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 二人の女は、「いくつの焼物をまとめて買うから、屋敷に届けてほしい」と告げる。
 源十郎が屋敷を訪ねると、そのまま奥の間に招かれ、酒肴の接待を受けることになる。

 

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 そのとき、源十郎をもてなすために姫君が披露する日本舞踊が圧巻である。
 昔の上流階級が楽しんでいた、あの変化に乏しい “退屈な舞踊” が、当時はどれほど淫靡で妖艶なものだったのか。
 それをはじめて理解した気になった。

 

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 この見事な舞を披露した姫の名は「若狭(わかさ)」といい、織田信長に滅ぼされた朽木氏の生き残りだという。

 

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 美しい姫君の心づくしの接待に乗せられた源十郎は、そのまま朽木家に居ついて、“浦島太郎” 状態になってしまい、夜は屋敷内で酒を酌み交わし、昼は湖畔で陽光とたわむれて過ごす日々を繰り返す。

 

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 もちろん、この姫は幽霊である。
 しかし、源十郎にはそれが分からない。
 むしろ、幽霊だからこそ備わっている “この世のものとは思えない” 妖艶な色香に惑わされ、次第に「このまま死んでもいい」という境地に引きずりこまれていく。
 

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 この幽霊美女を演じるのが、「当代きっての美人女優」といわれた前述した京マチ子
 洋風の顔だちの人だが、それだけに、平安女性のような眉化粧を施すと、かえって妖艶さが引き立つ。

 

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 現代女優で、このような公家風眉化粧を施しながら、それでも「美女」を維持できる女優さんなんて、ちょっといそうもない。
 
 この公家風女子のメイクで登場する京マチ子の顔を見ているだけで、いい意味でも悪い意味でも、鳥肌が立つ。
 能面の目の部分だけに、人間の心が宿ったような恐ろしさがあるからだ。

 

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 女神か魔物か。
 いずれにせよ、人間界のルールとは別の生存原理を持つ「魔性の女」を京マチ子は巧みに演じる。

 

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 ある意味で、エロ映画すれすれ。
 制作陣は、かなり色っぽい映画を意識したらしく、当時公開された宣伝ポスターには、下のようなものもあったようだ。

 

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 ただ、映画のなかでは、京マチ子が肌をさらすようなシーンは一度も出てこない。
 なのに、源十郎を演じる森雅之(もり・まさゆき)と濃厚な “濡れ場” をたっぷり演じたな ということを匂わせる演出が随所に施されている。

 

 たとえば、最初に泊った日の夜が明け、朝の寝所を訪れる姫君に対し、目を覚ました源十郎は問う。
 「はて、私はどうしたんでしょう?」

 

 魔性の姫は、はじめて恋を知った少女のようにうつむき、「まぁ、何もかもお忘れになられたようで 」と恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 

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 ちらりと源十郎を振り向くときの動作はうぶな乙女のものだが、その目は妖怪の目になっている。
 おお、こわっ ‼
 でも、こういう女の怖さに男は弱いものだ。
 
 町に買い物に出た源十郎は、すれ違った旅の僧に呼び止められ、「あなたの顔には死相が出ている」と告げられる。

 

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 朽木家の姫君は、やはり魔性の女なのか?
 旅の僧から体中に経文を書いてもらった源十郎は、姫の正体を探るべく、朽木屋敷に戻る。

 

 出迎えた姫は、源十郎の体に触れるや否や、その肌に経文が書かれていることを知り、電気ショックを与えられたようにのけ反る。

 

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 「源十郎様 ‼ 、なんと恐ろしいことを
 怒りの悲しみが、姫の心を襲う。
 正体を知られ、次第に悪鬼の相貌に変わっていく姫君。

 

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 だが、その表情からは、大切なものを失う痛切な悲しさが溢れてくる。 

 

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 この映画の美しさというのは、もしかしたら、モノクロフィルムであるところから生まれてくるのかもしれない。


 白黒画面なのに、色を感じるのだ。
 実際の色よりも、さらに鮮やかで艶やか(あでやか)な色。

 

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 ブラック&ホワイトだけの世界なのだが、その玄妙な濃淡を見ているうちに、白黒画面が金糸銀糸の織り成す黄金色に輝き始める。

 

 その幻の色使いに、何度まぶしい思いをしたことか。
 ここでは「色情報」の欠如が、かえって鑑賞者の想像力を刺激し、モノトーン画面が満艦飾に光り出すというマジックが披露される。
 映画の豊かさとは、そういうものだと私は思う。

 

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 魔性の姫の正体を知り、その呪縛を断ち切って気絶した源十郎は、朝を迎え、自分が寝ていたところが荒野に打ち捨てられた焼け跡だったことを知る。

 

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 ようやく目が覚めた源十郎は、家に残してきた妻子を思い出し、焼物を売った金もなくし、無一文のまま故郷に戻る。
 (それはそれで衝撃的な結末が待っているのだけれど、ここでは触れない)。

 

 映画全般を通じて、主人公を演じた森雅之(もり・まさゆき)の演技力もたいしたものだ。
 この人、泰然とした優雅な紳士こそ似合う役者なのに、腰をかがめて歩く卑しい百姓を見事に演じきる。

 

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 動作だけでなく、百姓の心も上手に表現する。
 町の人間に対してあこがれる気持ちと、それとは裏腹にわき起こる都会人への猜疑心、嫉妬心、対抗心。
 そして、そこから生まれる百姓のずるさと、したたかさ。

 

 そんな田舎者の心の動きを、森雅之は無言で演じ切るのだ。
 京マチ子といい、この森雅之といい、この時代の役者はほんとうに芸達者だとつくづく思う。

 

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 昔の映画を観ることは、ほんとうに豊かな気分にさせてくれるが、残念ながら、今のBSやWOWOWでは、その上映本数が少ないのがさびしい。

 

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正義の恐ろしさを描いた『20世紀少年』

 WOWOWで、10年ほど前に公開された映画『20世紀少年』を観た。

 

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 テレビ放映されたものは、これまでも一度か二度、部分的に観たことがある。
 でも、さほどの興味を感じなかったので、すぐチャンネルを変えてしまった。

 

 しかし、今回その三部作を改めて鑑賞し、その面白さに驚嘆した。
 なんで、こんな優れた作品を10年も見逃していたのだろうと、多少後悔した。

 

 原作は、浦沢直樹のコミックであるということは今さら触れる必要もあるまい。
 ただ、私はそのことを映画を見るまで知らなかった。
 だから、以下述べるのはあくまでも映画についての感想である。

 

 一言でいう。
 とにかく、独特の世界観をもった作品である。
 この映画の面白さは、その世界観を読み解くときのスリルにある。

 

 では、その世界観とは何か。

 

 それは、人間にとって “最も普遍的な価値” として信じられているものこそ、実はもっとも不気味なものであるという世界観である。

 

 友情
 人類の進歩と調和
 世界平和

 

 そういう誰も反論できないような “正義” が隠し持っている本質的な不気味さ。
 それを余すところなく描き切ったのが、この作品である。

 

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 ここに登場する悪役の名は、「ともだち」(写真上)。
 SF冒険映画などによく出てくる世界征服の亡者である。
 彼は、細菌兵器やロボットなどを使い、人類を滅亡させることをもくろみながら、目的を達成するまでは、むしろ人類の救世主として振舞い、絶大な支持者を集める。

 

「ともだち」という言葉の不思議な響き

 

 この悪役のネーミングから、人間同士の絆を意味する「ともだち」という言葉が、この映画ではもっとも不吉な響きを持っていることが強調される。

 

 その「ともだち」が自分の理想郷として建設するのが、東京のウォーターフロントに展開する「新・万国博覧会」のパビリオン群だ。
 それは、彼が幼少期に憧れた1970年の「大阪万博」を21世紀に再現させようという試みである。

 

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 しかし、「ともだち」が造ろうとしている新しい万博の光景は、死の都市ともいえる不気味な静寂に満たされ、その象徴的存在である「太陽の塔」(ともだちの塔)は、岡本太郎のデザインを模したものでありながら、不吉な暗さを抱えている。

 

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 「人類の進歩と調和」
 を謳った70年大阪万博のモニュメントを再現したものが、ことごとくグロテスクな様相に包まれるのはなぜか。

 

 そこに、人類の滅亡を楽しむ「ともだち」の歪んだ内面が反映されていると見ることも可能だ。

 

 しかし、もしかしたら、そもそも “人類の明るい未来” を謳った70年大阪万博そのものが異形であったということなのかもしれない。

 


70年万博に「人類の明るい未来」はあったのか?

 

 1960年代に日本が抱えた高度成長期のひずみ たとえば公害、格差社会の広がり、政治闘争の行き詰まりが生んだハイジャック事件などの新犯罪、幼児を狙った性犯罪の増加、いじめの増大、カルト的な宗教の広がりなどは、万博のような “お祭り” で癒えるものではなかった。

 

 そのような60年代末期に吹き出した様々な社会問題から目を逸らし、国策として “偽りの繁栄” を謳歌しようとしたのが、70年代大阪万博のように私には思える。

 

 当時、今は亡き国民的歌謡歌手の三波春夫が、「万博音頭」という民謡を歌って世に流行らせた。

 

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 この映画では、そのときの三波春夫をパロディ化した春波夫(古田新太)が万博PRソングを歌う(写真上)。
 その光景がなんともグロテスクなのだ。

 

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 この気持ち悪さはどこから来るのか。
 
 もちろん、それもまた、「ともだち」が企画したニセ万博のグロテスクさが表面化したものではあるのだが、私には、やはりオリジナルの70年万博そのものが内包していた “異様さ” を訴えているように感じ取れた。

 

 あの歌には、「過剰な能天気さは思考停止をうながす」というメッセージが潜んでいるように、私には思えたのだ。

 

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 映画のなかで、主人公たちが幼少期を過ごした昭和45年当時の古い街並みがたくさん出てくる。


 それは、登場人物たちの回想という形で出てくるものもあれば、「ともだち」が自らの幼少期を懐かしみ、現代にテーマパークとして蘇らせた街並みとしても登場する。


ノスタルジーというのは
本当は不気味なものなのだ

 

 しかし、「ともだち」が蘇らせた “幻の昭和” の街は、やはりどこか不気味である。
 映像的にはノスタルジックな意匠を保ちつつ、なぜか本質的な “懐かしさ” が欠けている。 

 そこには、映画『三丁目の夕日』のセットを見るような空々しさがある。

 

 つまり、こういうことだ。
 意図的に再現されたノスタルジーは、すべて本質的にウソの不気味さを引きずってしまうのだ。 

 

 この映画における映像的違和感はほかにもある。
 「ともだち」が権力を把握し、“世界大統領” になったときの政権運営を行う議事堂の異形なデザイン。

 

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 まるでインドのヒンズー寺院か、イスラム教のモスクのように見える。
 議事堂の周辺に配される無数のミナレット(尖塔)。
 それは、国会議事堂が宗教施設になったことを暗示している。

 

 しかし、それもまた現実の国会議事堂そのものが持っている宗教建築的な超越性をそのままなぞっているといえなくもない。

 


「国会議事堂」とは何か?

 

 普段われわれがテレビ映像などで眺めている国会記事堂。
 そのフォルムそのものが、実は “墓石” のスタイルであることに誰も気づかない。

 

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 このようにこの映画は、われわれが日頃気づかずに見逃しているもの多くが、実は不吉な暗号を秘めていたことを再発見させようとしている。

 

 ただ、ストーリーの展開は荒唐無稽である。
 というか、支離滅裂といってもいいかもしれない。

 

 地球上の人類を滅ぼそうとする悪役である「ともだち」が、主人公たちの幼なじみの一人であるという設定そのものが強引すぎるのだ。

 

 主人公たちの幼なじみの一人ならば、仲間の誰かが、すぐにその人物を特定できるはずである。


 なのに、たった9人しかいない仲間の誰もが「ともだち」の正体を特定できない。

 いくら人間の記憶があいまいなものであったとしても、そんなことは現実的にはあり得ない。

 

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 そもそも “ともだち” が、幼い頃に主人公たちから “ハブかれた” という個人的な恨みを「世界征服」という形ではらすという設定が飛躍しすぎていて、説得力がない。

 

 しかし、ストーリー展開の破綻と世界観の構築は別問題である。

 

 この作品は、支離滅裂なディテールを濁流のように呑み込みながら、全体像として、ものすごく強烈な世界観を提示したのだ。

 

 それは、先ほどもいったとおり、どんな人間も黙らせるような「正義」こそ、実はもっとも邪悪なものであるというテーゼだ。

 


「ともだち」教団は成功したオウム真理教である

 

 この映画では、「正義」というのは宗教であるということが明かされている。
 つまり、「正義」は人間同士の合理的な判断によって定められるものではなく、神によって人類に一方的に押し付けられる “掟” なのだ。

 

 そこには、1985年に起こったオウム真理教地下鉄サリン事件に対する人々の記憶が重なっている。


 オウム真理教の教祖麻原彰晃は、「ポア」という言葉を使い、殺人を教義のなかで「正義」の行動だと謳った。
 
 オウム信者は誰一人、教祖が下した “神の掟” に逆らうことができなかった。
 そう思って眺めてみると、映画のなかで “世界大統領” になった「ともだち」は、オウム真理教の “成功した” 姿を語っているようにも見える。

 

 オウムの麻原彰晃は、信者たちの前で数々の奇跡を行った。
 たとえば「空中遊泳」というような、写真合成によるインチキ映像ですら、信者たちには “奇跡” に見えた。

 

 『20世紀少年』の「ともだち」も、信者の前で奇跡を披露する。
 それが、世界中の信者たちの前で、暗殺されたはずの自分の死体を蘇らせることだった。

 

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 だが、暗殺された「ともだち」と、復活した「ともだち」が同一人物であるという保証はどこにもない。
 なぜなら、仮面の下の素顔を誰一人見たことがないからだ。

 


仮面を付けた者は「人間」を超えた存在になる

 

 ここに「仮面」という文化に対する作者の世界観が表出している。
 すなわち、「仮面という文化を発明した人類には真実が把握できない」というテーゼだ。

 

 人間は本質的に、仮面をかぶって身を隠す存在である。
 太古の人類にとって、祭儀に使う仮面は「人間を超える」存在になることだった。

 

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 現代においても、自分を超えた別人になりたいとき、人々は仮面をかぶる。
 サングラス、マスク、化粧などというのは、現代人が使うマイルドな仮面のバリエーションである。

 

 人が限りなく人から遠ざかっていく状態を、この作品では「ともだち」の仮面を借りて訴えていく。


 人から “遠ざかった” 人間は、神なのか、獣なのか、悪魔なのか。
 それとも、そういう概念すら超越した非存在の何かなのか?

 

 これが、「ともだち」という存在を借りて、作者が訴えたかった究極の問だ。

 

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 幼年時代の主人公たちは、後年「ともだち」として登場することになる少年に向かって、こういう。
 「お前、その不気味な仮面とっちゃえよ」

 

 そうなのだ。
 仮面が不気味なのは、その裏側に「人間」が存在しているという事実を無化してしまうからだ。

 

 仮面を眺めている人たちは、言葉に出さずとも、誰もが本質的な怖さをいだいてしまう。


 それは、仮面の向こう側に、見たこともない顔が出現する恐怖ではなく、仮面の向こう側に、何もない空間が広がっていることに対する恐怖である。

 

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 『20世紀少年』という作品は、その本源的な恐怖感まで描き切れたからこそ、多くの人々に衝撃を与えることになった。

 

冷たいバラード

 「櫛(くし)を拾うと、つき合っている人と別れることになると、昔の人はよく言ったわ」
 
 そう言って、女は喫茶店のシートに置き忘れられた誰かの櫛を、そっと自分のバッグにしまい込んだ。 

 

 半月形の古風な木の櫛だった。
 アメ色に染まって、べっ甲のようにも見える。
 若い人が使うものとは思えない。
 えり足のきれいな、和服の女性が使うとサマになりそうだった。
 
 しかし、
 「別れることになる」
 という彼女の言葉と、見知らぬ人間の使い込んだ櫛の “不吉な” 色合いが、すでに何かの符号となって、僕の心をむしばんでいる。

 
 
 「そんな縁起でもないもの、捨ててしまえばいいのに」
 
 そう言えばいいのだろうけれど、なぜか、その言葉が口から出ない。
 すでに、僕は覚悟を決めていたのだと思う。

  
 女が「別れることになる櫛」を僕の前で拾い、これみよがしに、自分のバッグにしまう。
 これほど、強烈な “別れのメッセージ” がほかにあろうか。

 
 

 

 その予兆は、いつからあったのだろう。
 もしかしたら、僕が就職活動を始めた頃からだったのかもしれない。

 

 いろいろな会社の面接を受けるために、僕が肩ぐらいまであった長髪を切った。
 それを見て、
 「まるで、『いちご白書よもう一度』の歌みたい」
 と、女は笑った。

 

 その笑いに、シレっとした侮蔑の感情がこもっていたことを、僕は嫌な感じに受け取った。
 言外に、“それがあなたの限界” というメッセージが含まれていたことを、僕は見逃さなかった。

 

 『いちご白書よもう一度』という歌に出てくる男は、就職が決まると同時に、無精ヒゲと長髪を切り、「もう若くないさ」と言い訳する。

 
 学生運動が衰退していく時代に、過去を精算していく若者の気持ちをほろ苦い甘さで包んだ曲だ。

 

 「気持ち悪い」
 その歌がはやったとき、女はそうつぶやいた。
 彼女は、その歌の歌詞に潜む安易な自己憐憫を憎んだのだろう。
 その気持ちはなんとなく理解できた。

  

 

 だが、いつのまにか僕は、その歌の主人公と同じことをしていた。

 

 「大企業と癒着した大学の経営方針には大いに問題がある」
 などと学内で議論していたくせに、就活の時期が来たときには、僕はなりふり構わず大手といわれる会社ばかり狙った。
 それを彼女から笑われて、僕は自分がただの “小者” であることを自覚した。

 

 

 

 高校の先輩と後輩。
 彼女との仲は、最初はそれだけの間柄だった。
 僕はレギュラーも取れないバスケットボール部にいて、彼女はそのマネージャーだった。

 

 普通は、レギュラーメンバーの方がモテる。
 しかし、彼女はなぜか、練習中も目立たず、試合のときもベンチで声を上げるだけの僕を選んだ。

 

 僕は、そんな彼女に負い目があったため、劣等感を克服するために大学に入ってからは、政治・思想を勉強する道に進んだ。
  
 ちょうど学生運動が激しくなり始めた頃だった。
 彼女は、いつのまにか私と一緒にデモに参加するようになり、同じ隊列のなかで、肩を寄せ合いながら腕を組むこともあった。

 

 僕たちは、デモのない日は学校の図書館でいっしょに本を開き、夕暮れの公園を散歩し、ビートルズのバラードをハモッた。

 

 『 Do You Want to Know A Secret 』
 『 Nowhere Man 』
 『 This Boy 』
 『 If I Fell 』

 

 小さい頃からピアノを習っていたという彼女は、ビートルズ独特の6度のハーモニーをつけるのがうまかった。

 

 

 

 「労働者の時代って、来るのかしら」
 デモ隊の前でアジ演説をしている運動家たちの話を思い出し、夜の公園のベンチに座って、空を見上げた彼女が、そう尋ねる。

 

 「さぁな。でも、資本主義の運命はもう定まったようなものだ。これからは、搾取と不平等がない時代がやってくるはずだ。 理屈ではね」
 
 僕は、運動家たちのしゃべっていたメッセージを思い出しながら、聞きかじりの思想を自信たっぷりにいう。

 

 「そうね。これからの時代のことを、もっと勉強しないとね」
 彼女の首が、僕の肩に寄せられる。

 

 

 

 そういう時代があっという間に過ぎて、今はもう社会人となった僕たち2人が、こうして向かい合っている。

 

 彼女は、今では肩パッドの入った黒のスーツが似合う女になっている。
 小さいながらも、広告代理店に勤め、自分の企画したものが認められ、大手クライアントがつくようになったという。


 その頃から、彼女の生き方が変わったように見えた。
 「尖ってきた」というのだろうか。
 着るものにせよ、身につけるアクセサリーにせよ、ドラマに出てくるヒロインのように輝き始めたのだ。

 

 あるときは、まるで上流階級の貴婦人が着るような、豪華な毛皮のコートを着て現れたこともあった。
 今までの彼女の趣味では考えられないファッションだった。

 

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 「誰かにプレゼントされたのか?」
 と、僕はほんとうはそう尋ねたかったのだけれど、そのような質問をする自分がみじめに思えて、けっきょく無言のまま彼女のコートを眺めているだけだった。

 

 

 「クルマを買ったわ」
 と、別の日にはそういわれた。
 
 「どんなクルマ ? 」
 「中古。 安かったの。でも赤くて可愛いのよ」

 

 「クルマなんか興味がなかったくせに」
 「今、それで深夜の首都高を飛ばすのが面白いわ」

 

 「あそこには、かなり怖いカーブがいくつもあるよ」
 「そういうのを走り抜けたとき、“自分に勝った” と思うの」
 
 僕は、そのとき自分のクルマをまだ持っていなかった。
 だから、じっと聞いているしかなかった。
 僕の心のなかで、どんどん知らない彼女が育っていっていくような気がした。

 

 

 一度、ドライブに誘われた。
 待ち合わせ場所に来た彼女は、まったく「見知らぬ女」に見えた。
 雑誌のグラビア広告に出てくるモデルのようだったのだ。
 

 「さぁ、乗って」
 声に挑むような響きがある。
 目が笑っていなかった。

 

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 「私、いますごく孤独」
 ちょっと前だったか、彼女がそんなことを話したことがあった。
 
 「孤独って ? 」
 
 「誰も助けてくれないの。最初は50万円とか100万円ぐらいのプロジェクトだったのに、いま私が抱えているのは、もうその10倍くらいになっているの。
 うちの社長に言われたことがあるわ。
 新人のくせに一番の稼ぎがしらだって。
 でも、企画のことで困ったことが出てきても、誰も相談に応じてくれないのよ。
 みんなライバル同士だったのね。
 上司だって、すきあらば、自分が思いついたもののようにアイデアをかっさらっていくし 。そのことに気づくのが遅かったわ」

 

 そのときの彼女は、暗い草原で牙を向く狼に見えた。

 
 だが、いま目の前にいる彼女は、そんなふうには見えない。
 眠そうな目をしばたかせて、生あくびを噛み殺し、僕の顔よりも窓の外の景色ばかり眺めている。
 
 「眠いのか ? 」
 と、僕は聞く。


 「ごめんなさい。月曜にプレゼンする企画書を作るために、昨日始発で帰ったから」
 
 いったい、どんな日常を送っているのだろう。
 テレビドラマなどに出てくるCM制作の現場の空気を毎日浴びているのだろうか。
 定時に出社して、定時に退社するような普通のサラリーマン生活を送り始めた僕にはよく分からない。

 
 
 「ねぇ、覚えている ? 」
 窓に差し込む陽射しをまぶしそうに眺めながら、彼女が言った。
 
 「同じデモの隊列にあなたがいて、機動隊の実力行使に隊列が崩されて、みな散り散りになったとき、私は倒れたの。
 機動隊やら、逃げようとした学生やら、みんな私を踏み越えて行ったの。
 でも、私、怪我一つしなかった」

 

 覚えている ?
 と彼女は、もう一度きいた。

 

 「覚えている」
 と僕は言った。

 

 「あなたが私の上に覆いかぶさって、守ってくれたから」

 

 なぜ、そんな話を今ごろ持ち出すのか。
 
 「過ぎたことだよ」
 かろうじて、そういうのが精一杯だった。

 「そうね」

 

 

 それから、長い沈黙が訪れた。
 しばらくの間、彼女はレモンソーダのストローが入っていた紙をくるくると指で丸めていたが、やがて退屈したのか、それをぽんと灰皿に捨てた。 
   
 「なに考えているの ? 」
 と僕はきいた。

 

 彼女は、僕から視線を逸らせるように窓に目を向け、
 「私、もっと勉強がしたくなったの。昔よりも今の方がもっと
 と、つぶやいた。

 

 「何の勉強さ ? 」 
 「あなたが、もう教えてくれなくなったもの」
 さびしそうな笑顔が浮かんでいた。
 
 ほとんど会話もないまま、僕たちはその喫茶店を後にした。

 


 


 弱々しい冬の太陽とはいえ、陽はまだ中天に漂っていた。
 以前だったら、
 「昼メシ、なに食う?」
 と、無邪気に食べたいもののメニューを言い争った2人だが、喫茶店を出た僕たちは、もう言葉を交わし合うほどの距離すら保っていなかった。
 
 「今日はこれで帰る」
 と “背中で語る” 彼女の後を、ただぼんやりとついて行く。
 
 歩数にして、わずか4~5歩。
 しかし、もうその距離がうまらない。
 
 思い出したように、彼女が振り向いた。
 
 「じゃ、ここで」
 
 中途半端に挙げられた彼女の手が、ふと宙に止まる。
 彼女自身も、掲げた手をどのように戻せばいいのか、戸惑っているようにも見える。
 
 「じゃ ……
 
 僕もそう言い返し、なんとか笑顔をつくった。

 

 


 
 人混みに消えていく彼女の背中を見つめながら、僕は、残された中途半端な休日をどう過ごすか、それを考えて途方に暮れている。
 
 自分のアパートに戻る前に、商店街のスーパーに寄って、牛肉の大和煮の缶詰を一つ買った。
 それをオカズに、後は米でも研いで、一人分の昼飯をつくるつもりだったが、気が変わって、酒屋で日本酒を買った。

 


 
 部屋の中には、外よりも寒々とした空気が澱んでいた。
 FMラジオのスイッチを入れ、茶碗に日本酒を注いで、首をのけ反らせながら、一気にあおった。
 
 しかし、昼間から酒を呑むという「解放感」からは遠かった。
 体と心がダルくなって、「眠りたい」という心境に早くなりたかった。
 
 そのとき、FMラジオから、まさに「眠りなさいよ」といわんばかりの曲が流れてきた。
 子守唄のようなゆるいテンポに、甘いメロディ。
 
 でも、心の奥底を冷やすような、無機質的な響きがある。
 シンセサイザーの音の膜に人の声が閉じ込められ、遠い夢の世界で流れている歌のように思える。

 僕には、それがSF映画にでも出てくる未来の音楽に聞こえた。
 
 それまで、「バラード」といえば、歌手が生の声で優しく歌い上げる音楽だと信じていた。
 しかし、その曲は、古典的なバラードから脱し、テクノロジーの冷たさを心地よいと感じる新しい時代の感性を表現していた。
 
 「バラードが変わっていたんだ」
 
 そのとき、はじめて気づいた。
 もうビートルズの『 If I Fell 』は、どこからも流れない。

 

 自分の好きな音楽ですら、とっくに自分を置き去りにして、遠いところに行っていた。

 

 人間だって、そうかもしれない。
 常に同じ場所にはとどまっていない。
 もっと早くそれに気づくべきだった。

 

 FMラジオから流れてきたバラードは、そんな自分をあざ笑うかのようでもあり 。慰めてくれるようでもあり

 

 せっかく買った大和煮の缶詰を開けることなく、曲を聞きながら、ひたすら酒をあおった。
 クールに研ぎ澄まされたバラードは、安い日本酒の “苦味” とよく合った。

 

 流れていたのは、10cc(テンシーシー)の『 I’m Not In Love(アイム・ノット・イン・ラブ)』という曲だった。
  
 それから数日経って、レコード屋に行き、僕はそのレコードを買った。
 1976年の冬の午後だった。

 

youtu.be

 

祝 たぬき様ご生誕69周年

 本日、東京都内において、たぬき様(本名 町田)のご生誕69周年を祝う記念式典が、本人および奥様を含む総勢2名という多数のご家族ご列席のもとに、盛大に行われた。

 

▼ 式典に用意された直径10メートルのバースデーケーキ。屋敷内に入らなかったため、クレーンで屋上に上げ、ドローンに付けたカメラで撮ったという

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 Wikiperia によると、町田氏は、1950年(昭和25年)4月28日生まれ。
 ご生誕後、即座に「おぎゃあ」という完全なる日本語を発語して「天童」の名をほしいままにし、0歳児でありながら「末は博士か大臣か」と当時の新聞・ラジオをにぎわせた。

 

 また、お誕生時に、お釈迦さまと同じように、右手で天を指し、左手で地を指して、
 「天上天下、唯我独尊(ゆいがどくそん)」
 とのたまわれたとも伝えられているが、この発言に関しては、本来の意味とは異なった「この世で俺さまだけが偉い」という発言に勘違いされるという批判も提出され、今風にいう “炎上” しかかったこともあった。

 

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 なお、このご生誕を祝うために、星に導かれて東方より3人の博士が来訪。
 「将来は人類を救うノーベル賞ものの大聖人か大富豪になるだろう」
 と予言したとの逸話もあるが、70年近く経った現在、そのどちらも実現に至らず。

 

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 いまだノーベル賞が実現していないことに関しては、「大器晩成なのだろう」との好意的な観測もあるが、一方で、氏の親御さんが、博士たちの来訪を謝する意味で多額の謝礼金を支払ったという情報もあり、今風にいう「振り込め詐欺」に遭ったのではないかという説も有力。

 そのため「ノーベル賞もの」という評価そのものを疑問視する声もある。

 

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 なお町田氏は、御幼少の頃には、「まことちゃんの再来」と騒がれ、マスメディアに採りあげられて評判となったが、最近の研究によると、上記の写真が撮られた頃には、楳図かずお氏の漫画『まことちゃん』はまだ誕生しておらず、時間的整合性がとれていないことが判明。
 そのため、現在、町田氏の「まことちゃん再来説」は取り下げられている。

 

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 また、今回の生誕69周年を機に、地元の人たちの間では駅前に銅像を建立したり、氏をモデルにしたゆるキャラをつくろうという話ももち上がったが、一部の市民からは、「理由が分からない」と疑問視する声や、「税金の無駄ではないか」という反対意見も提出されており、銅像ゆるキャラに関しては、現在見通してが立っていない。

 

銅像を作るためのサンプルに採りあげられた町田氏の画像。この画像そのものが「何かの誤解を招きそうだ」と反対される理由になったという説もある

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 なお、町田氏は、今度のアメリカ大統領選に向け、ドナルド・トランプ氏を相手に、大統領選に出馬する意志を固めたという報道もなされたが、「自分はアメリカ国民ではなかった」というご本人の判断により、出馬は断念されたようだ。

 
 
 氏自身の談話によると、『MHKスペシャル』という21時台の報道番組で放映される「町田の69年の歩み」という記念特番の制作が進行しているということだったが、NHKに問い合わせたところ、そういう事実はないことが判明。


 
 氏に再度問うたところ、「MHK」という局であるとのこと。
 ここ数日間、各記者が「MHK」なる放送局を捜索中だが、今のところ所在地の確認が取れていない。

 

 若い頃(写真下)は、政財界の表裏の大物を密かに護衛するSPの仕事をしていたという噂もあったが、近年、それとは逆に、地元の反社会勢力の “若頭” ではなかったのか? という情報も浮上。
 
 本人は沈黙を保っているので、確認が取れていない。

 

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NHK『平成万葉集』にみる日本人の短歌ブーム

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 「平成」という時代もあと数日というときに、NHK制作の『平成万葉集』(BSプレミアム)という番組が放映された。

 

 俳優の生田斗真吉岡里帆が、素人の短歌を中心に拾い上げて朗読し、かつ実作者を訪ねてインタビューするという企画で、何回かに分けて放映されたようだが、私が観たのは、そのうちの4月24日分。
 
 いやぁ、びっくり !
 現代日本で、短歌がこれほどまでに若い人たちに浸透していたとは驚きであった。
 
 今回のテーマは「女と男」。

 

 キャッチタイトルどおり、「恋愛」を採り上げた作品もあったが、思春期を迎えた若者が「性」を意識するきっかけとなった気持ちの変化を観察するような歌が目立った。
 
 短歌を始めたばかりだという2人の女子高生の歌がすごかった。

 

 メモを取ったわけではないので、歌の内容まで再現できないが、1人の少女は、10代の後半を迎え、自分の身体が少しずつ大人の肉体になっていくのを不安な眼差しで眺めつつ、一方で「大人の性」への期待が膨らむ微妙な心理を巧みに歌っていた。

 

 もう一人の少女は、異性に下着を脱がされることを想像し、相手の動作に「優しさ」を期待しつつも、相手の激しい衝動がそこに感じられることも渇望する。

 

 二人とも性体験はゼロ。
 もちろん付き合っているような男子生徒も存在しない。
 だから、妄想といえば、妄想。
 しかし、そこには熱量が感じられる。

 

 そういう歌には、「危うさ」と「たくましさ」が同居するときの美しさがある。
 それを「若さ」というのだろう。

 

 彼女たちは、若者が日常的に使うラインやツィッターのような伝達手段では伝えきれない情報があることを、「歌」を通じて把握していると思った。

 

 つまり、「おのれの心」というものを、誰かに あるいは自分自身に伝える手段を確保したのだ。

 

 二人とも、短歌に出会うべくして出会ったという気がする。
 もし、こういう出会いがなければ、鋭い感受性に恵まれた少女たちがゆえに、世の中を殺伐としたものと捉えて傷ついていたかもしれない。
 

 文学作品のなかで、なぜ短歌が親しまれるようになってきたのか。 
 
 小説を書くには忍耐力が必用
 詩(ポエム)というのは、ちょっとお洒落すぎる。

 

 短歌と似たようなジャンルでは俳句もあるが、俳句は、なんだか天才的なひらめきが要求されるように思える。
 なにしろ、五・七・五の17字で勝負しなければならない俳句は、言葉を “切り捨てる” 鬼にならなけば挑戦できない。

 

 その点、五・七・五・七・七と、31文字まで余裕のある短歌は、俳句よりも幾分 “間口” が広そうに思える。

 

 そもそも、五・七・五・七・七というリズムは、日本語のリズムの原型を成している。
 言葉をリズムとして感受することは、脳の活性化をうながす。

 

 つまり、短歌をひねるのは、日本人にとって、生理的快感でもあるのだ。


 そんなことを感じつつ最近つくった自作の歌を何首か披露したい。
 へへへ である。
 (↑ 照れ笑い) 


サンショウウオを 見ていた妻が振り返り 
私に対して放った一言 「似てる」

 

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われ老けて タカハタミツキ と ヒロセスズ
アリムラカスミ と ツチヤタオ 名前と顔が一致せず


 

朝早く、会社にでもいくつもり? 
それはイヤミか 定年のオレに

 


婦人向け下着売り場から目を逸らす 
妻の視線を感じたゆえに

 


ツマミなし 一杯だけのコップ酒 
外れ馬券がまだ捨てられず

 

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新緑の林にたたずむブロンズ像
動物園の喧騒もそこには届かず

 


原っぱの木漏れ日浴びて まどろむブランコ 
児らを待ちつつ 退屈そう

 


この算数 どうして正解出せないの 
子供と一緒に怒られる俺

  

  

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眠りが忍び寄る

 仕事中にパソコンを見ているときも、居間でテレビを観ているときも、突然こっくりと居眠りをする私である。
 
 もちろん、すぐに目が醒める。
 しかし、いつのまにか、再びうつらうつらしている。
 
 年をとるということは、生活の中に、「眠り」が忍び寄ってくる回数が増えることをいうのかもしれない。
 
▼ 眠る人 1

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 「眠り」は「小さな死」ともいう。
 その眠りが、頻繁に日常を浸すようになるということは、刻一刻と、死が、緩慢な足取りながらも、確実に近づいてきているということなのだろう。
 
 で、この居眠り。
 なんとも奇妙なものをもたらす。

 

▼ 眠る人 2

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 眠りに入る瞬間に、思考回路が突然ビッ! と別の配線につながるのか、日頃考えたこともないような、すごいアイデアが生まれることが多いのだ。
 
 「今までそんなことを考えたこともなかった! 使えるぞぉ!」
 と、小踊りするようなアイデアがひらめくわけである。
 
 しかし、それを詳しく思い出そうとすると、実は、跡形もなく消えている。
 残っているのは、“すごいことを考えた!” という「感覚」だけなのだ。
 
 これはただの「夢」なのだろうか。

 

▼ 眠る人 3

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 夢の中では、合理と非合理の境界が崩れる。
 人間が覚醒しているときに知覚する “遠近法” が壊れ、見るモノ触れるモノが、現実世界と異なる距離感や素材感を獲得する。
 
 その夢の体験が、日頃は考えたこともないような斬新なアイデアを思いついたという “感覚” として、脳の片隅に漂うのかもしれない。

 

 早い話が、「錯覚」である。
 
 若い頃は徹夜がきいた身体も、年をとると睡魔をはねのける力が乏しくなる。
 どんな場所でも、どんな時間帯でも、意地きたなく眠りこける。
 そして目が覚めるたびに、「すごいアイデアを思いついた!」という感覚だけが蓄積していく。

  

▼ 眠る人 4

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 だが、その感覚には、「実態」がない。
 現実的には、何一つ新しいものを生み出すわけではない。
 
 「いいアイデアだったんだが、またそれを実現する機会を失った ……
 
 何もかも枯渇したのに、まだ、どこかに秘められている(はずの)自分のポテンシャルに対する未練だけが残る。
 
 老いるとは、そういう形で、少しずつ社会と乖離(かいり)していくことなのかもしれない。
 
 
いい歌ができたと起きてペンもつも

夢のごとくに消えてしまえり

 

 

 

七歳までは神の内

 一番最初にお化けを見たのは、3歳ぐらいのときだった。
 いま住んでいる町に越してくる前。
 古びた町の古い一軒屋の中で、両親と伯母と4人で暮らしていた頃だ。

 

 一軒屋といっても、今の感覚でいえばスラム街のバラック。 
 柱はみな黒塗りながらハゲだらけ。わずかに広がる庭に面した縁側は敷き板が腐りかけ、その隙間から下の地面が見えていた。
 庭には茫洋と雑草が生い茂り、いつも荒野の風にさらされているようだった。

 

 しかし、当時はみんなそんな家屋に住んでいたので、うちだけが貧乏というわけではなかった。

 

 間取りは6畳ほどの居間と、父親の書斎兼応接間。
 あとは、床が抜けそうに頼りない板敷きの台所。

 

 台所では、そこだけは“文化的”ともいえるタイル張りの流しの上を、しまりの悪くなった水道栓から漏れる水のしずくが、ぽたりぽたりと眠そうな音を立てていた。
 
 娯楽はラジオぐらいしかない時代。
 それも深夜などにはもう雑音すら入らない。
 ラジオが終わると、居間に布団を敷いて、みんな一斉に寝る。
 静かな夜の時間が長い暮らしをしていたのだと思う。
 
 夜中に目が醒めた。
 小さな裸電球の灯りの下で、両親と伯母の立てるかすかな寝息が部屋の底に澱んでいた。
 
 一人起きているのは寂しいので、また眠ろうと思い、目をつぶる。
 しかし、眠気は遠くに去っている。

 

 気配を感じた。

 

 4人しかいない部屋の中に、何かが潜んでいる気配が漂っている。
 生きているものが発する気配ではない。
 闇の底から、空気の裂け目をぬって這い上がり、そっとたどり着いたものが、この部屋にいる。

 

 思い切って目をあけると、カビで煤けたような天井板の木目がゆっくりと輪を描き始めていた。

 

 その輪が、海峡の渦巻きのように次第に勢いを増してくる。

 

 怖くて、布団を口元あたりまで引き上げた。
 もう眠れない。

 

 思い切って、また目を開ける。
 異変など何も起こっていないことを確認するつもりで、ことさら目を大きく見開いた。

 

 木目の渦巻きは、今や天井全体を飲み込みそうだった。

 隣りに寝ている母親を起こそうかと迷った。
 しかし、体が硬直して、声が出ない。

 

 そのとき、部屋の奥に置かれた箪笥の上から、手が伸びた。
 老人の皮膚に似た枯れた木立のような腕が、箪笥と天井の隙間からするすると伸びてきて、こっちに向かって「おいでおいで」を始めたのだ。

 

 揺れる腕は、あたかも渦巻く天井に上がって来いとでもいわんばかりに、しつこく私を誘ってくる。

 

 絵本などでお化けの話をさんざん聞かされたりしたが、よもや本物に遭遇するとは思ってもいなかった。


 童話では、こういうとき、魔物を退散させるための呪文を唱えることになっている。

 

 しかし、自分はその呪文を覚えていない。
 あの手が、寝ている自分のところまで迫ってきても、それを追い払うすべがない。

 

 もう目をつぶることができない。
 目を閉じれば、すぐにも自分はその腕に抱きすくめられ、どこか知らない世界に連れて行かれることは必至であるように感じられたからだ。

 

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 でも、いつのまにか寝た。
 眠ることができたのは、極度の恐怖で神経が消耗しきったからだと思う。

 

 あのときほど、朝の到来がありがたく感じられたことはない。
 朝日が部屋に差し込む平凡な日常が始まり、私はようやく胸をなでおろすことができた。

 

 「入眠時幻覚」、あるいは「脳内物質の代謝異常」。
 今なら、そんな言葉で自分を納得させることができる。

 

 知覚訓練が十分になされていない幼児のやわな神経がもたらせた一瞬の幻影であることは分かっている。

 

 しかし、箪笥の上から伸びてきた枯れた腕のなまなましい映像は、いまだに脳裏から消えない。
 
 昔は、「七歳までは神のうち」という言葉があった。


 それほど、幼児の死亡率は高く、無事に成人することが「祝い事」の対象となるような時代を、人類は長く持った。

 

 七歳までの生命をまっとうし得なかった子どもたちは、みな天井から伸びてくるあの枯れた腕に抱きすくめられたのだろうか。 
 

 

穂村弘の文章は最高だ

文芸批評  
理屈では語れない文章


 「短歌ブーム」という話も聞く。


 特に、これまで短歌と縁がなさそうな若い人が、最近関心を持ち始めているとも。

 

 新元号の「令和」という言葉が万葉集から採られたというニュースがこれほど脚光を浴びたのも、その底辺には現在の “短歌ブーム” が多少は反映しているという気もする。

 

 で、そういう若者の短歌ブームを支えている人の一人に、穂村弘さんがいる。
  
 私は昔からこの人の書いている文章が大好きで、ずっとフォローしていた。
 今の私の生理にいちばん合っている文章を書く人だと思っている。

 

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 彼の文章の何に惹かれるのか。
 有名な短歌がある。

 

 「酔ってるの? あたしが誰かわかってる?
  ブーフーウーのウーじゃないかな」
  (※ ブー、フー、ウーはオオカミと戦う3匹の子ブタの名前)

 

 こういう短歌をつくる人である。

 
 現在彼は、『ダ・ヴィンチ』誌の「短歌ください」という読者からの短歌募集コーナーで人気を集めているが、私はそのもっと前、『週刊文春』に連載している「私の読書日記」で、最初にこの人の文章に触れ、ファンになった。


 「私の読書日記」というのは、書評のページである。

 
 穂村さんのほかに、鹿島茂さん、立花隆さん、酒井順子さんなどそうそうたる執筆陣が持ち回りで担当するコーナーで、穂村弘さんの担当は月に1回ぐらいしか回ってこない。

 

 でも、この穂村さんの採り上げる書籍がたまらなくいいのだ。

 

 まず、目を付ける本が少し変わっている。
 他の書評陣が、まじめに文学や社会学、哲学などの本を取り上げるのに対し、穂村弘が取り上げる本は、漫画、童話、写真集など多岐にわたっている。
 だけど、みな独特の視点に貫かれていて、いつも読んでいてハッとする。


▼ 『きっとあの人は眠っているんだよ』 (河出書房新社 2017年発行)
 「週刊文春」で現在も連載中の「私の読書日記」の一部を収録した穂村弘さんのエッセイ集。

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 彼のとらえている世界を紹介するためには、ある程度長い引用にならざるを得ない。
 要約するのが難しいのだ。

 
 理屈っぽい話ならすぐに要約できる。
 理屈をこねるということは、物事を抽象化することだから、その内容はごく短い言葉に翻訳することができる。

 

 しかし、穂村弘さんの読書日記は、書物の中の要約できない部分を見つめている。
 つまり、人間が生きていくときに遭遇する出来事の中から、抽象化できないものを拾っているのだ。

 

 
この世の秩序をはみ出した人たちを見つめる視線

 

 たとえば、平田俊子さんの『スバらしいバス』という本を紹介する文章はこんな感じだ。

 

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 ―― 『スバらしいバス』(平田俊子 幻戯書房)を読む。
 バス好きの著者がさまざまな路線のバスに乗りまくるエッセイ集である。
 この本の「あとがき」には、小学校低学年の女の子たちのエピソードが記されている。

 (以下は平田さんのオリジナル文)

 

 「(小学生の)二人は並んで(バスに)腰掛けて仲良くおしゃべりをしていたが、いくらも乗らないうちに降車ボタンを押して降りていった。


 窓から見ていると、二人はかたわらの歩道をバスの進行方向に走り出した。笑いながら、バスと競争するように。

 

 この子たち、もしかして …… 。

 

 ある予感がして二人を目で追いかけた。
 環七は混んでいて、バスはのろのろ運転だ。女の子たちは歩道を走り続ける。


 次のバス停でバスがとまると、思った通り、その子たちは息を切らして、また乗り込んできた」
  
 
 著者の平田俊子さんの「あとがき」から、この小学生の女の子たちのエピソードを拾い出した穂村弘さんの感性は鋭いと思う。


 まったく何の変哲もない、ほとんどの人が見逃してしまうようなエピソードなのだ。

 

 しかし、この光景を目にした平田俊子さんが感じたものを穂村さんも理解し、著者の視点に共感している様子がびんびんと伝わってくる。

 
 
 作者の平田俊子さんは、小学生の女の子たちを突拍子もない行動をとらせるバスという乗り物の不思議さを見抜き、評者の穂村さんはその女の子たちが “この世の秩序” の外に出たことを見逃していない。

 

 穂村さんは、その女の子たち評して、
 「二人の行動は健全でも合理的でもない。でも、純粋な遊びの塊のような “この子たち” は、はた迷惑な天使のように輝いている」
 と語る。
 
 
健全でも合理的でもない。だからこそ面白い

 

 同じ平田俊子さんの『スバらしいバス』という本から、穂村さんは次のような文章も拾っている。

 

 ―― 「なまぬるい風が吹く夏の夜だった。中野駅の近くで用事をすませたあと、家まで歩いて帰ろうとしていた。

 

 夜の九時を少し過ぎていた。駅の北口を歩きながらバスターミナルをふと見ると『江古田の森』いきのバスが停まっていた。


 江古田に森なんかあったっけ? フォンテンブローの森とかシャーウッドの森みたいなものが江古田にあるんだろうか」

 

 こんな疑問に取り憑かれた「わたし(平田俊子)」は、このバスに吸い込まれるように乗ってしまう。夜九時過ぎに、女性が一人で、「江古田の森」という言葉に惹かれて。
 
 その行為は健全でも合理的でもない。でも、だからこそ面白い。

 
 そんな「わたし」の心理を  “異次元への憧れ”  といったら大袈裟だろうか。世界の裏側か隙間にふっと紛れてしまいたいというような感覚かもしれない。

 

 その気分を味わうには、電車よりも車よりもバスがいい、というのはわかる気がする。

 どこに連れて行かれるのかわからないバスに乗って、うねうねと道を曲がりながら、未知の風景を眺めるときめき、その間の「わたし」は、世界の健全性や合理性の網の目から解き放たれているのだ。
 (以上引用終わり)

 

 穂村弘さんという歌人は、日常生活のなかにふっと現われるエアポケットのような時間と空間を見つけ出すのがうまい人なのだ。

 

 
素面(しらふ)って不思議だ …
  
 アル中と戦う漫画家の吾妻ひでお氏の作品に接したときの印象を、穂村さんはこう書く。

 

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―― 「真夜中に近所のローソンで、珈琲と牛乳とタイカレーの缶詰と『失踪日記2アル中病棟』(吾妻ひでお)を買ってしまった。

 

 吾妻ひでおの過去の作品を知っている読者なら、そりゃ面白いに決まっていると思うのだ。

 

 この作品には電気ポットが突然話しかけてきて一晩中説教されるとか、衝撃的なエピソードがごろごろ出てくる。

 

 でも、いちばん印象に残ったのは、ごく普通の町角の、奇妙に丁寧に描き込まれた景色だ。その中に立った主人公の口からこんな言葉が飛び出す。

 

 『素面(しらふ)って不思議だ … 』
 
 えっ、と思う。一般的な常識では『素面』の方が普通だろう。

 

 でも、アルコールに慣れた脳には『素面』の世界が不思議に感じられるのか。丁寧に描かれた日常風景の中で、こう云われると、なんだかこちらの現実感までぐらぐらしてくる。

 世界のリアリティのレベルが、実はまったく便宜的なものだってことが直観されるのだ。

 (以上引用終わり)

  

  

 自分のアル中の苦しみを笑いに変えて、読者を楽しませる吾妻ひでお氏の漫画から、特に「素面ってすごい」という言葉をつかみだしたのは、さすが歌人だと思わざるを得ない。

 

 “ふつうの人” が見逃すような日常性の裏にひっそりとたたずむ世界。

 つまり、穂村さんがいうところの「合理的でも健全でもない」世界へ視線が向かってしまうことは、もう歌人(詩人)の宿命なのだ。

 

 世間では、たわいもなく「感動して、元気をもらい、号泣してしまう」人たちがメジャーだというのに、穂村さんはこっそりとそれに背を向ける。
  

 

「ふつう」との戦いは、「悪」との戦いよりも厳しい 

 

 松田青子作・ひろせべに画という『なんでそんなことするの?』(福音館書店)という童話に関する書評は、そのことについて触れている。

 

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 作品のなかで、主人公の男の子を取り巻く友だちたちは、次々とこんなことをいう。
 
 「トキオくん、変だよ。そんなぬいぐるみを持っているなんておかしいよ。それは女の子のもんなんだよ」

 

 「ぼくたち男なんだから、ぬいぐるみを持っているのはおかしいよ。ぼくのお父さんも言っていたよ。それはおかしいって」

 

 「あとさ、そのきたないぬいぐるみにバイキンがついてたらどうするの? クラスみんながバイキンに感染しちゃうかもよ。セキニンとれるの? トキオくん。ぼく、トキオくんのことを思って言っているんだよ。これはユウジョウだよ」
 
 
 童話のなかで繰り広げられる “トキオ君の友だち” たちのセリフを読んで、穂村弘さんは自分が言われているかのように苦しくなってくる。

 
 そして、こう書く。

 

 ―― 「ふつう」との戦いは、「悪」との戦いよりもずっと厳しい。「ふつう」との戦いにおいては、いつの間にか、こちらが 「悪」にされてしまうからだ。特に一人で多数の「ふつう」と戦うのは恐ろしい。

 

 「ふつう」でないことにを見つめたときの衝撃。そこから想像力を働かして、未知のものへと接近していくときの面白さを、穂村さんは上手に描く。
 
 
リアルな体験とは不条理に満ちたもの

 

 『やっぱり月帰るわ、私、』(インベカオリ★ 赤々舎)という写真集への書評にそれを見ることができる。

 

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 (以下引用)
 ―― (この写真集には)やばそうなオーラをまとった女性たちの写真が沢山収められている。事故に遭いそうな、事件に巻き込まれそうな、何かしでかしそうな、彼女たち一人一人の佇まいに目が釘付けなる。

 

  「高橋一紀に告ぐ
  私は漫画家になりました。 
  電話に出ろ !! 」

 

 こんな看板を高々と頭上に掲げてアスファルトの路面に立つノースリーブ&ハイヒールの女性がいた。

 

 タイトルは『人の道』。

 

 「告ぐ」と「出ろ !! 」の間に挟まれた「なりました」の丁寧語がたまらない感じだ。ちなみに看板は手書きではない。

 

 うーん、と思う。
 
 いったいどんな事情があるんだろう。高橋一紀という人が、おまえが漫画家になったら電話に出てやるよ、とでも約束したのだろうか。

 何がなんだかわからない。

 ただわかるのは、この女性の思いがとんでもなく濃いってことだ

 (以上引用終わり)

 

 ここで大事なことは、穂村さんが「何がなんだかわからない」と言っていることだ。

 

 これは、意味不明のものに遭遇して、思考停止になったことを意味しているのではない。

 そうではなく、この言葉は、むしろ思考が活発に動き出していることを伝えている。
 それを「好奇心」という言葉に置き換えてもいいのかもしれない。

 
  
 穂村さんは、ここで “リアルなもの” に触れたのだ。

 
 リアルなものに触れるとは、それまでの経験からは理解できないような “真実” をまのあたりにすることだ。

 

 人間は、身の回りのものを何でも見ているように思い込んでいるが、実は自分の理解できるものしか見ていない。
 
 理解できないものは、感覚器官としての目では捉えていても、脳がそれを把握していない。

 

 穂村さんの “脳” は、「告ぐ」と「出ろ !! 」の間に横たわる 「なりました」という丁寧語の不条理を察知したのだ。


 彼は、そこに「謎」を発見したといっていい。

 

 つまりは、「謎」を見出したときに、穂村弘さんの感性はヴィヴィッドに働くらしい。
 まさに、「謎」こそ詩の本質であるかのように。

 

 
ミステリーと詩は双子なんじゃないか

 

 だから、彼は『オーブラウンの少女』(深緑野分 東京創元社)の書評欄で、こんなことを書く。

 

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 ―― 優れたミステリーには、現実的な論理で説明できるとは思えないような謎が鮮やかに解かれる快感がある。

 

 だが、本作の場合、それで終わりにはならない。
 一つの謎が解かれることによって、世界とそこに存在する人間に関するさらに深い謎が生まれている。

 

 我々が生きているのはこんなにもとんでもない場所だったのか、という驚き。

 本を閉じた後も、底知れない生の深みにくらくらするような感覚が残る。
 
 自分が惹かれるミステリーはどれも皆、同様の構造をもっていることに改めて気づかされた。

 一つ目の謎が解かれても、二つ目の謎は永遠に残される。

 
 このタイプの永遠の謎を秘めた作品が、私には「ミステリーの姿をした詩」のように思えるのだ。

 

 ミステリーと詩とは双子なんじゃないか。

 (以上引用終わり)

 

 この穂村弘さんの文章を読んで、私は自分が日ごろから言いたかったことがプロの手によって、簡潔に、そして鮮やかに描き出されていると思った。
 だから、この人の書評が読める『週刊文春』は、貴重な雑誌なのだ。
 
 
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頑張った若者の話

 電車の中というのは、一種の “公共の場” であるわけだが、最近、どんどんプライベート空間化しているような気がする。

 

 まず、通勤前に、車内で朝ご飯を食べている人たちが増えた。
 「食べる」といっても、おにぎりとかサンドイッチのたぐいだが、スマホなど見ながら、みな平気でむしゃむしゃ口を動かしている。

 

 お化粧している女子も増えた。
 すっぴんで乗り込んできて、10分ぐらい席に座っている間に、さっさと顔を仕上げてしまう。

 

 肉まんじゅうのようなふわふわした皮膚に、やがて、目と眉がくっきりと描き込まれ、鼻の下あたりには、鮮やかな唇が出現する。
 その手際よさには、感心することが多い。

 

 スマホなどに熱中してしまったために、無防備に振舞ってしまう人たちもいる。


 この前、電車に乗って、前の座席を見ていたら、熱心にスマホを覗き込んでいる青年がいた。

 

 新作ゲームソフトを買ったあとに、メイド喫茶などに寄ってきた感じの、大人の世界の汚れを知らない風の青年だ。


 何をしているのかは、よくは分からない。
 ゲームか何かなのだろうか?
 そうとう熱中している。
 
 青年の人差し指が、鼻の奥に向かった。
 右側の小鼻が、グイッと広がった。

 

 彼は、どうやら自分の右手が、鼻の中の掃除を始めたことに、自分で気がついていないようだ。
 どうする気なのかな
 人差し指が、ついに何かを探り当てたようだ。
 
 「あ
 見ている私の方が、息をのんだ。

 

 鼻の奥から引き出されてきた人差し指が、ミミズの半身ほどの、実に見事なエモノを捕らえたのだ。


 なにしろ、反対側の席に座っている私からもはっきり見える大きさだから驚いてしまった。
 
 この段階で、彼ははじめて、自分が行っていた行為の意味を把握したらしい。自分の人差し指の先を見つめ、ようやく事の重大さに気づいたようだ。
 
 私と目が合った。
 とっさのことで、私も目をそらすタイミングを失った。
 私は、青年のバツの悪さが手に取るように分かるから、なんだか可哀想になった。
 
 しかし、ここからが試練を乗り越えて、たくましくなる大事なチャンスだ。
 がんばれ青年!
 苦境を克服して、立派な成人となれ。
  
 まず、私ならどうするか。
 いろいろ考えた。

 

 順当な方法なら、とりあえずティッシュなどを取り出して、指先の物をぬぐい取り、何気ない風を装って、ポケットなどにしまい込む。
 
 それが、最も穏便な処理方法であるが、ティッシュを持ち合わせていないということもありうる。

 

 そうなると、よくある手は、ゴニョゴニョと指先で転がして、少しばかり乾燥させ、人目が切れた時を見はからって、ポンと弾き飛ばす。
 まぁ、大自然のなかにいるのなら、それも許されるだろう。
 
 しかし、ここは電車の中だ。
 それに、目の前に、私というしっかりした観察者がいる。

 

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 次の光景を、私は一生忘れることはないだろう。

 

 青年は、一瞬目をつぶって覚悟を決め、人差し指ごと、ペロッと口にしゃぶってしまったのである。

 

 あっぱれ! というか、見事というか、信じられないというか。
 
 悲惨な光景ではあったが、周囲に迷惑をかけないという彼の覚悟に、「男」を感じた。
  

 
 「今日は、見事なものを見たよ」

 
 と、家に帰ってカミさんに、少しリアルに現場を再現しながら話したのだけれど、途中まで聞いていたカミさんは、
 「いやな話しないで !」
 と、突然ティッシュの箱を投げつけてきた。

 

 どうして、女というのは「男気」というものを理解しようとしないのだろう。
  
  

「東ベルリンから来た女」という映画の美しさ

映画批評
『東ベルリンから来た女』
  
 映画は途中から観るものではない、と分かっていても、テレビで放映されている映画の場合は、往々にして途中から観ざるを得ないものがある。

  

 たまたま観た1シーンがものすごく印象的で、「いったいどんな話なんだろう ?」 と思っているうちに、だんだん引き込まれてしまい、けっきょく最後まで観てしまう映画がある。

 

 BSシネマでやっていた『東ベルリンから来た女』(2012年制作)が、そんな映画のひとつだった。 

 

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美しい「謎」が連続するストーリー

 

 白衣を着た女が、静かな部屋の中を物憂げに歩いている。
 病院のようだ。
 女は女医なのだろうか。 

 

 だとしたら、女が歩きまわる部屋は、彼女のために用意された病院の研究室みたないものかもしれない。
 目尻と頬のところにシワが寄っているところを見ると、若い女ではない。
 美人ではあるが、そうとう疲れているようだ。
 

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 女の顔には、不安と憂愁の影が浮かんでいる。
 時々、窓のカーテンを開けて、外を見る。
 夕暮れの淋しい光に満たされた、石畳の中庭が広がっている。
 人影は見えない。

 

 女の謎めいた表情。
 監視カメラでも潜んでいそうな無機質な部屋。
 何者かが、視界の外にひっそりとたたずんでいる気配を漂わせる中庭。
 もう、それだけで、ただならぬ空気が伝わってくる。
 
 画面を構成する光は、渋い。
 くすんで、沈んでいるのに、光の粒子がツブだっているような鮮やかさがある。
 フイルムカメラの時代に、日本のフジフイルムやさくらフイルムではなく、コダックを使うと、こんな色だった。
 
 そのアナログ感が、画面全体を古典絵画のような色合いに染め上げる。
 陽の当たるところは、明るく、優しく。
 影の部分は、もわっと霞んで、愁い(うれい)を帯びる。

 


ヨーロッパ映画特有の “渋さ”

 

 これはぜったいアメリカ映画ではないな、と思った。
 100m先の遠影ですら、クローズアップしたかのような鮮明さで写し撮るハリウッド娯楽大作にはぜったい出てこない映像なのだ。

 

 劇中、音楽もほとんどない。
 つまり、観客が簡単に感情移入できるいちばんの要素である音楽が、意図的に遠ざけられているのだ。

 

 代わりに、木立をゆする風の音、人の息遣い、野菜を切る包丁の音などが、静けさの奥から忍び寄ってくる。

 

 普段は聞き逃してしまうような「生活の音」の一つひとつが、やがて観客に向かって、何かを物語り始める。

 

 風の音は、頼るべき人を持たないヒロインの孤独を。
 人の息遣いは、緊張感を強いる人間関係を。
 包丁の音は、すでに遠ざかってしまった懐かしい家庭の幸せを。

 

 
ベルリンの壁があった時代の緊張感を再現

 

 最初はどういう映画か分からないながらも、観ているうちに、少しずつ話の背景が理解できるようになってきた。

 

 舞台は、ベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツであり、主人公の女医が、どうやら西ドイツに脱出しようとしているらしい というところぐらいまで把握できるようになった。

 

 なるほど。
 この女は、脱出の計画が誰かに漏れないかどうかを警戒しているのであり、画面に漂う不安と憂愁の影は、監視されているかもしれない彼女の緊張感が投影されたものなのだな、ということがだんだん分かってくる。
   
 そうなると、彼女に好意を寄せている同僚のヒゲモジャ医師ですら、「もしかしたら、秘密警察の密命を帯びた監視役か?」と怪しく感じられてくる。

 

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 そういった意味では、観ていて心が休まることのないサスペンス映画なのだが、そこには、どことなく不条理感が漂う。

 
 というのは、ヒロインの女医そのものが、いったい何を考えているのか、にわかに観客には分からないことがあるからだ。

 

 周りの人間がみな謎。
 そして、肝心のヒロインそのものが謎。

 

 この謎めいた雰囲気が、映画全体に妖しい美しさを撒き散らす。
 それは、サスペンス小説が隠し持つ「いつかは解き明かされる謎」ではなく、絵画がはらんでいる「永遠に解けない謎」の匂いに近い。


どの映像もまるで絵画のタッチだ

 

 実際、どんな画面にも、絵画のタッチが潜んでいる。
 登場人物たちが生活を営む部屋には、どことなくフェルメールの光と影が満ちている。

 

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 町を離れた郊外に広がる美しい森は、ベックリンの描く幹の色と葉の色に彩られている。

 

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 なによりも、絵画との類似点に驚いたのは、ヒロインの後ろ姿が、まさにハンマースホイの描く「後ろ向きの婦人」の背中そのものだったこと。
 そして、そこには不思議なエロティシズムが漂う。
 

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 髪型が似ているのか。
 うなじの形が似ているのか。
 … というよりも、映画の画面に漂う空気が、ハンマースホイの描く「時間が止まったような静寂」に満たされている。
 

ハンマースホイ 「背を向けた若い女性のいる室内」

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 さらに、西側諸国に比べて、遅れた医療機器しかないような貧しい病院の風景は、どことなく、ハンマースホイの『ストーブのある室内』の廊下に似ている。

 

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 いかにもヨーロッパ映画
 2012年の作だというのに、映像そのものが、西側諸国の繁栄から取り残された、1980年当時の寂しい東ドイツの匂いを伝えてくる。

 

 しかし、そこに現れる風景は、みな美しい。
 市民を厳しく監視する抑圧国家に残された美しい町と自然。
 この皮肉。

 

 監督のクリスティアン・ペツォールトは、観客にその矛盾の意味を考えさせるために、この映画を撮ったようにも思えてくる。

 

 
余韻とは、物語が終わったところから
ひっそりと始まる「別の物語の予感」のことである。

 

 ヒロインは、患者を捨てて、自由と繁栄が約束された西側に脱出するのか。
 それとも、医師としての責務とプライドを選んでこの地にとどまるのか。

 

 しかし、とどまったとしたら、そのとき彼女を待ち受けているのは、どんな運命か。
 予測のつかない方向に、ドラマは収れんしていく。

 

 最後のシーンに、私は明るいハッピーエンドを感じた。
 しかし、一緒に観ていたカミさんは、彼女に振りかかる運命に暗いものを感じた。
 どちらの感じ方が正しいとはいえない。
 観る側が、それを選び取らなければならない。

 

 逆にいえば、そこにこの映画の “深み” がある。
 その “深み” を、別の言葉でいえば、「余韻」ということになる。

 
 余韻とは、物語が終わったところからひっそりと始まる「別の物語の予感」のことである。  
  

 

日本人の心を劇的に変えた「平成」

今週のお題「平成を振り返る」

昭和的な幸福感と決別した時代

 
 平成という時代は、一言でいうと、世界経済のグローバル化に翻弄され、昭和の時代に日本が蓄えたさまざまな資産をすべて喪失した時代だったといえる。

 

 劇作家の宮沢章夫によると、
 「(平成は)日本人が昭和の頃まで維持していた幸福感のようなものが失われた時代だった」という。

  

 彼は、NHKEテレで放映された『ニッポン戦後サブカルチャー史』という番組の最終回(2016年6月19日)で、次のように語った。

 

 昭和が戦後を迎えた頃から、日本は高度成長の時代に経済的な繁栄を謳歌し、常に右肩上がりの成長を経験してきた。

 未来は明るい !
 というのが、昭和の日本人の合言葉であり、“明るい希望” を象徴する代表的な国際イベントである「70年大阪万博」において、戦後の繁栄は頂点を極めた。

 80年代に入ってからも、「バブル(泡)」という危うい豊かさでありながら、日本は戦後最大の “カネ余り社会” を実現。誰しもが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の夢に酔いしれた。

 

 「その多幸感のようなものが、すぅーっと消えていったのが、平成である」
 と、宮沢はいう。

 

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「昭和」という “戦艦大和” の沈没を眺めた平成人

 

 そう考えると、「平成」というのは、日本を世界ナンバーワンの経済大国に押し上げた “昭和的な生産構造” が、あたかも「戦艦大和が沈没するかのように」大海に呑み込まれた時代であったかもしれない。

 

 確かに、戦争だけは起こらなかった。
 平成天皇は、「平成」という時代に、一度も対外戦争がなかったことを喜ばれていた。


 明治や昭和という時代に比べ、平成は戦争を経験しなかったという意味では平和な30年であった。

 

 しかし、その30年は、ある意味、戦争以上の深刻な危機を迎えた時代だった。

 

 
1990年代に日本はガラリと変わった

 

 悲惨な状況のピークは、1990代の末に訪れる。
 そのことを示す次のような数字がある。
 
 国内の新車販売台数は、1996年(平成8年)がピークだった。
 日本全国のガソリンスタンドの数も、1994年(平成6年)がピークだった。

 

 『少年ジャンプ』は、1995年(平成7年)に653万部の発行部数を記録し、世界最大の漫画雑誌になったが、2008年(平成20年)には278万部に下がった。

 

 就業者数も、団塊の世代が働き盛りだった97年(平成9年)が労働人口のピークだった。
 雇用者の平均賃金も、97年を上限とすれば、2010年(平成22年)にはその約15%まで低下した。

 

 このように数値として見る限り、90年代半ばには日本のマーケットがのきなみ縮小していく様子が浮かび上がってくる。


 それに呼応し、90年代の後半になると、労働人口も賃金体系も縮小していった。

 

 なぜ、そういうことが起きたのか。
 その背景にあるものは、世界経済のグローバル化であった。

 

 
グローバル資本主義は世界経済をどう変えたのか?

 

 では、グローバル経済の時代になると、地球上にどういう変化が起こり始めたのか?

 

 その仕組みは、以下のようなものだ。


 まず、IT 技術の進展により、情報のグローバル化とテクノロジーグローバル化が結合し、先進国の製造業においては国内に大規模な工場を維持する必要がなくなってきた。

 

 製造業は、発展途上国の工場に、デザイナーが手掛けた精密な図面データをメールで送るだけでよくなった。

 

 そうすれば、人件費の安い途上国の工場で、そのとおりの製品ができあがってくる。
 それに、ブランドのタグを付けて売る。

 

 国内の賃金が高くなってきた先進国の製造業は、みなこのように海外の工場と契約を結んでアウトソーシングするか、もしくは工場機能を海外に移転して、コストをおそろしいほど圧縮するコツを会得した。

 

 デザインも工場機能も、みな外注。
 本国に残る事務職も非正規社員で十分。

 

 職種によっては、人間が操作していたものをロボットに代行させる。
 社員はどんどん減らして大丈夫。
 それでも仕事を引き受けるのは、安い給料で働く移民だけとなる。

 

 当然、先進国においては失業者が増える。


 仕事があっても、安い賃金しか支払われない仕事しか残っていないので、先進国の労働者たちは、低賃金で働く移民に職を奪われる。

 

 こうして、巨大企業の経営者と一般庶民の経済格差は、どんどん広がっていく。

 

 これがいま世界の先進国で起こっている経済の実態だ。

 

 しかし、格差社会の広がりは、人々の意識を産業構造の変革に向かわせるのではなく、「移民反対」という “分かりやすい” 形の政府批判に収斂していく。

 

 アメリカでは、その声がトランプ大統領の支持を強固にし、ヨーロッパでは右派勢力の台頭につながっている。

 

 
すべての始まり “冷戦の終結” だった

 

 このような、世界がグローバル経済の渦に巻き込まれた最大のきっかけは、1989年に起きた “ベルリンの壁の崩壊” であった。


 つまり、冷戦構造の終結である。

 

 その2年後の1991年には、ソビエト連邦が解体する。

 

 それによって、社会主義圏と自由主義圏に分かれていた二つの経済領域が一気に相互浸透を進め、東西に分かれていた勢力が “世界市場” という共通の舞台で競合する時代が訪れた。

 

 実は、日本における平成のスタート(1989年)は、まさにこの時期とぴったりと重なっている。

 
 言葉をかえていえば、日本の平成とは、世界がグローバル経済化された時代の始まりを宣言した元号であったのだ。  

  

 
「弱肉強食」経済の復活

 

 冷戦構造の崩壊とは、別な言い方をすれば、冷戦以前の世界の復活である。
 その世界とは、どんな世界か。

 

 それは、社会主義諸国家が誕生する以前の「弱肉強食」的な資本主義勢力同士の争いが再発する世界にほかならない。

  
 社会主義という対立軸を失った(なぎ倒した)資本主義は、もう社会主義の理念を恐れる必要がなくなった。

 

 それまで、“経済的な平等”、“貧富の差の廃絶” などを謳って労働者の意識を引きつけてきた社会主義に対し、資本主義側は “自由” や “個人の尊厳” という理念を掲げて対抗してきたが、もうその必要がなくなったのだ。

 

 資本主義は地球上の勝利者となって、天に向かって咆哮する “恐竜” となり、世界はジュラ紀白亜紀に戻った。 

 

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新自由主義」は人の思考様式まで変えた
 
 この “露骨で野蛮な資本主義” のことを、別名「新自由主義」という。

 

 新自由主義(ネオ・リベラリズム)とは、80年代に、アメリカのレーガン大統領およびイギリスのサッチャー首相が領導したアングロサクソン流の市場操作のことで、グローバル化を前提とした金融政策、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などを進めることによって、世界経済をダイナミックにドライブさせようという経済政策を指す。

 

 現在、この新自由主義的な経済政策に疲れた人たちが、ようやく反旗をひるがえすようになった。

 
 その流れが、アメリカのトランプ大統領の登場に始まり、EUでは右派勢力の台頭という形をとった “反グローバル運動” である。

 

 しかし、グローバル経済がもたらしたアメリカ流の学問の傾向は、あいかわらず世界を覆っている。

 


人間の心を計量化する思想の台頭

 

 では、アメリカ型の学問スタイルとは何か?

 

 それは、「人間」を計量分析的な手法で捉える学問である。


 つまり、個々の人間の「内面」とか「精神」に踏み込まず、人間を “群れ” として考え、大まかな傾向によってグループに分けて、数の多さ・少なさで人間のタイプを識別していくような考え方である。

 

 こういう考え方が主流になると、心理学や精神医学においても、人間の個性や才能はすべてステレオタイプ化された「分類項目」に仕分けられるようになり、人間はただのマーケット分析の対象になっていく。

 

 確かにそれは、市場規模を広げていくためには好都合の “人間観” であった。
 
 こういう人間観が確立されるにしたがい、ドイツの精神分析学をはじめ、ヨーロッパ的な学問は、「19世紀的なパラダイムから脱出できない旧態依然たる思想」というレッテルを貼られることになった。

 

 アメリカは、経済ブロックとしてのEUに脅威を感じていたから、文化的な潮流としても、ヨーロッパ的な伝統を打ち崩していく必要があったのだ。

 


80年代をリードしたフランス哲学の凋落

 

 このアメリカ流学問スタイルの影響力が強まるにしたがって、一時一世を風靡したフランス現代哲学の影響力が一気に失われるようになった。

 

 サルトルに始まって、ミシェル・フーコー、デリタ、ドゥールーズらを輩出したフランス哲学は、80年代までは世界の知的シーンを領導したが、それは、アメリカとソ連が対立した冷戦時代に、そのどちらの世界観にも与さない “第3極” を目指すというスタンスが新鮮だったからだ。
 
 しかし、そのフランス哲学の潮流も、冷戦が終結し、世界の2極構造が崩壊していく過程で目指すべき3極目を失い、沈黙していった。

 

 
「人間」を “人造人間” として捉える思想の登場
 
 代わりに世の中の知的資産を受け継いだのは、テクノロジー研究である。


 人間という存在を、サイボーグやアンドロイドと同じ視点で眺めるという考え方が世の中をリードするようになった。

 

 2000年代からは、脳科学の研究が進み、遺伝子工学が禁断の扉を開け、医療テクノロジーの進歩によって、人間がミュータントとも、サイボーグとも呼べるような新しい「身体」を持つ可能性が世の中の常識を変え始めた。

 

 SF映画ではすでにおなじみになった人間のサイボーグ化が、現実生活にも浸透し始めたのだ。

 

 それは、人類の輝かしい “進歩” でもあるかもしれないが、同時に、それは人類がはじめて体験するカオス(混沌)ともいえるだろう。

 

 最新テクノロジーを駆使した肉体改造によって生まれた新しい「私」は、今までの「私」と同じなのか? それとも別物か?

 

 この分野では、すでに映画『ブレードランナー』、アニメ『イノセンス』、漫画『ヘルタースケルター』などによって、さまざまな思考が繰り返されてるようになった。

 

 そう思うと、平成の終わりは、ちょうど「新しい人間観の前夜」を意味するのかもしれない。

 

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ザ・ローリング・ストーンズのブルースまでの長い旅

ザ・ローリング・ストーンズ展 5月6日まで開催

 

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 5月6日まで、東京の「TOC五反田メッセ」で、「ザ・ローリング・ストーンズ展」が開かれている。
 
 それを記念して、4月19日(金)には、彼らの最新CD『HONK』も発売された。
 
 この『HONK』は、これまでの彼らのヒット曲の大半が網羅された36曲入りのベスト盤で、ストーンズの半世紀を振り返るには最適なアルバムかもしれない。

 

 だた、私がここで取り上げたいのは、その『HONK』ではなく、2016年にリリースされた彼らのブルースアルバム『ブルー&ロンサム』である。

 

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 『HONK』のなかにも、このアルバム収録曲の一部が取り上げられているが、やはりブルースに関してはアルバムを通して聞いて、多くの人がその “コク” をたっぷり味わってほしいと思っている。 

 


彼らはようやくブルースを手に入れた !
 
 で、
 「ようやく !」
 …… と、私は言いたいのだ、このアルバムに関しては。

 「ようやくブルースにたどり着いたな」
 というのが、聞いたときの正直な第一印象だ。

 

THE ROLLING STONES - Everybody Knows About My Good Thing (Blue and Lonesome)

youtu.be

 
▼ デビューアルバムのジャケット

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 ザ・ローリングストーンズに関しては、私はデビューアルバムから買っていた。
 1964年にリリースされたファーストアルバムに収録された曲は、

 

  I Just Want to Make Love to You  (Willie Dixon)
  Honest I Do  (Jimmy Reed)
  Mona (Bo Diddley)
  I’m a King Bee  (James Moore)

 

 など、ブルースのオンパレード。
 さらに、

  Carol (Chuck Berry
  Can I Get a Witness  (Brian Holland/Lamont Dozier 他)
  Walking The Dog (Rufus Thomas)

 といったロックンロールやR&Bで埋め尽くされていた。


 いわば、大半が黒人音楽のカバー集といえるようなアルバムだったのに、当時の私は、ザ・ローリング・ストーンズの演奏からはまったく “黒っぽさ” を感じなかった。

 

 ずっと後になってもこの思いは変わらず、ストーンズサウンドのルーツを解説するときに、必ず音楽評論家たちがいう、
 「彼らの原点は黒人ブルースにある」
 という話を、ほとんど信用しなかった。

 

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▲ 若い頃のストーンズ

 

 
ブルースに失敗したからこそストーンズサウンドがある

 

 これに関して、チェスレコードの創始者であるレーナード・チェスの息子マーシャル・チェス(↓)は、BSの音楽番組で、面白いことを言った。

 

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 それは、次のような言葉だ。
 「ストーンズは、黒人ブルースをやろうとしたが、それができなかった。だから、結果的に “ストーンズサウンド” を確立させることができた」

 

 ストーンズのメンバーは、1964年にブルースの聖地であるシカゴに渡った。

 
 このとき、当時の彼らにとってはアイドル的な存在であったマディー・ウォーターズやチャック・ベリーが在席していたシカゴのチェスレコードに寄り、そこでレコーディングを体験している。

 

 当時の顛末をレーナード・チェスの息子であるマーシャル・チェスが観察している。


 後に、マーシャル・チェスは、ストーンズとずっと行動をともにすることになるが、彼らをからかうときに必ずいう言葉があるそうだ。

 

 それが、
 「あんたたちは、チェスレコードがつくり出すような黒人のサウンドを追求しようとしていたが、ついに成功しなかったね (笑)、だから逆に今のあんたたちがあるのさ」
 というセリフ。
 
 これは言い得て妙だと思った。

 

 
ミック・ジャガーの声質はブルース向きではない

 

 もし、彼らがもっと器用で、黒人ブルースやR&Bの真似が上手だったら、案外1970年代ぐらいに消えていたかもしれない。
 
 白人なのに黒人音楽が好きなグループだったら、60年代から70年代にかけて、イギリスにはいっぱいいたからだ。

 

 しかし、ストーンズは、黒人音楽への情熱とリスペクトは溢れるほど持っていたにもかかわらず、黒人のサウンドを真似することが不得手だった。

 

 特に、ミック・ジャガーのボーカルは、声の調子をどう調節しようとも、黒人の声質に近づくことができず、「ミック・ジャガー」という人間のボーカル以外の音を出せなかった。

 

 「だからこそ成功した」
 というのは、マーシャル・チェスの言う通りである。
 
 “下手くそ” (?)な、ブルースコピーバンドとして誕生したザ・ローリング・ストーンズの54年目のブルースアルバムが、この『ブルー&ロンサム』。

 

 実は、ストーンズのオリジナル曲が1曲もないブルースのフルコピーアルバムというのは、これが初めてであるという。

 

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 「もともと、今回はブルースアルバムなど作る気はなかったんだ」
 と、ギタリストのキース・リチャーズ(↑)はいう。

 


やっぱり彼らはブルースをリスペクトしている!

 

 オリジナルのニューアルバムをつくる “準備体操” として、みんなが練習しなくても演奏できるブルースで “肩慣らし” をするという意図しかなかったとか。

 

 そうしたら、みんなブルースに熱中してしまい、次から次へとブルース曲を演奏し続けることになった。

 

 「そうやってレコーディングしたものを聞いてみたら、これアルバムになるじゃないか !」
 という話になった、とキース・リチャーズは語る。
 
 今回のアルバムを聞いた私も、「ようやくストーンズがブルースを手に入れたな」と思った。 

 
 彼らの体内を駆け巡っていた黒人ブルースの血流が、息遣いとして吐き出されるのに、53年かかったのだ。

 

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 (写真 左から)
 チャーリー・ワッツ 77歳
 キース・リチャーズ 75歳
 ミック・ジャガー 75歳
 ロン・ウッド 71歳

 

 たいしたジジイたちだ。
 
 私が、彼らのアルバムを初めて買ったのは17歳のとき。
 そのとき、ミック・ジャガーは23歳だった。

 
 私もまた、彼らと53年付き合ったことになる。
 
 

 
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『燃えよ剣』に描かれたテロリストの美学

 司馬遼太郎の人気小説『燃えよ剣』の映画化が決まり、2020年に公開される予定だという。
 
 主人公の歳三を演じるのは、岡田准一
 近藤勇役は、鈴木亮平
 沖田総司役には、Hey ! Say ! JUMPの山田涼介。

 

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 ほか、芹沢鴨伊藤英明
 土方とからむ女性役には、柴咲コウ

 

 う~む ……
 人気キャストをずらりと並べた映画といっていい。

  


今の人は昔の新撰組評価を知らない

 

 時代がずいぶん変わったもんだ と、私などは思う。


 今の若い人は、みな土方歳三近藤勇という人物に、爽やかで颯爽とした “サムライ” のイメージを重ねているんだろうな。

 

 しかし、私の少年時代だった1950年代当時、「新撰組」といえば悪の代名詞だった。

 司馬遼太郎が『燃えよ剣』を描いた1967年においても、土方歳三は主役でありながら、ダークヒーローとして登場したのだ。

 

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▲ 『燃えよ剣

 
 実際、写真を見るかぎり、新選組幹部の近藤勇土方歳三も、平然と人を斬ってきた人間の凄みを漂わせている。

 

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近藤勇 画像
 
 勇の写真からは、ドーベルマン土佐犬といった、戦う番犬の獰猛さが感じられ、歳三の写真には、優男の風貌を裏切るように、唇の端に酷薄そうな微笑みが浮かんでいる。
 

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土方歳三 画像
 
 はっきりいうと、彼らの顔は怖い。
 「人ひとりの命は、地球より重い」と教える戦後ヒューマニズムの世界で暮らしてきた我々とはまったく異質の倫理を生きていた人間たちの顔に見える。

 


訓練されたテロリスト集団「新撰組
 
 司馬遼太郎は、『燃えよ剣』ではっきりと新選組がテロ組織であることを謳っている。

 

 彼らは、「勤王派」の人間であればみさかいなく斬りまくり、仲間に対しては、粛正という恐怖政治で組織を鍛え上げた。

 

 その戦闘方法や粛正方法も、相手の油断に乗じた不意打ちや騙し討ちが多く、しかも、その計画は狡知を搾り出して周到に練られたものばかり。
 そういった意味で、今風にいえば、彼らは高度に訓練された「テロ組織」だった。

 

 このような陰湿さに、組織内の人間は長く耐えられるものではない。

 当然、隊を脱走する者もたくさん出てくる。


 隊の規律を守るため、歳三は、「剣の暴力」を神聖化して組織の団結を維持し、隊士の不満を「恐怖の力」で押さえつけようとした。

 つまり、脱走だけで、切腹が言い渡された。
 

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新撰組結党の 「精神」 を表す 「誠」 の文字
 
 このような歳三のメンタリティを説明するために、司馬さんは、歳三が百姓の出身であったことに着眼する。

 

 
武士の剣法とは違う百姓の剣法
 
 武士に生まれつかなかった “卑しい百姓” は、いかにしたら武士になれるのか。

 

 歳三は、
 「人を斬ること。闘いに勝つこと」
 だけに専念できる殺人マシンと化すことに、その答を求めた。
 
 彼は「武士道」を掲げながらも、実際の戦闘においては、百姓のケンカの延長として武術を捉えていたという。

 

 田畑の水争いなどで互いに権利を主張しあうとき、百姓同士の争いは陰惨を極める。
 田んぼのあぜ道に隠れて、いきなり後ろから棍棒で殴りかかる。
 卑怯だろうが、ずるかろうが、勝者としてその場に立ち尽くした者が「正義」だ。
 
 歳三は、そのようにして自分流の「武士道」を築き上げていく。 
 本物の武士たちが行う剣術道場での立ち会いなどは、歳三にすれば典雅なスポーツにしか見えなかった。
 
 「人を斬るための剣を持ちながら、今の武士たちは、剣を自分たちのステータスを満足させる飾りのように思っていやがる」
 
 歳三にもし教養があれば、彼はそうつぶやいただろう。

 

 そしてさらに、
 「今の時代では、武士という言葉は単なる “階級” を意味しているに過ぎず、 “戦士” であることを意味していない」
 と弁舌を奮ったに違いない。
 
 ただ、歳三の考える武士は「斬り合いに強い男」というイメージを超えるものではなかったから、「美学」にはなっても「哲学」にはならない。
 

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▲ 剣
 
 人を斬ったことによって、どんな世界が実現するのか。
 そういう哲学的かつ政治的な省察は、歳三の頭の中には生まれない。

 

 彼は、自分が斬った薩長浪士たちが頭に描くような「日本国改造アイデア」など、おそらく一度たりとも考えたことはなかったろう。
 
 そもそも、武士の時代が終わろうとしていた時代に、武士になろうということ自体、とてつもないアナクロニズム(時代錯誤)である。
 司馬遼太郎はそこに歳三や新撰組の悲劇を見た。

  

 
寡黙こそ、歳三の美学
  
 
 しかし司馬さんは、同時に「時代の流れに逆らっても、おのれの信じる道を曲げない男」として歳三を描いた。
 
 彼は、歳三の冷酷さに「意味」を与えたのだ。
 
 『燃えよ剣』の中の歳三は、自分の想う武士道を守るために、世間の悪評が重なることを恐れることなく、一番の汚れ役・嫌われ役を進んで引き受けていく。
 
 そして、そのことを、歳三は誰にも弁明しなかった。
 はなっから他人の理解などを求めないのだ。
 
 弁舌に酔う勤王派の志士たちに対し、自分は、
 「黙して語らず。ただ斬るのみ」
 という男を演じ続ける。

 

 そこには、
 「理屈は人をなまらせる」
 という偏狭な信念に裏打ちされた、歪んだ精神がある。
 
 しかしながら、その偏狭な信念がもたらせるヒリヒリするような緊張感と、その緊張感を糧として生き抜く男の「美学」は伝わってくる。
 

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栗塚旭さんがテレビドラマ 『燃えよ剣』 で演じた土方はカッコよかった

  

  
坂本龍馬と逆の道を歩んだ歳三

 

 結局、私がこの『燃えよ剣』に感動したのは、それまでは「悪の権化」に思われてきた男にも、別の角度から光りを照射すれば、そこに「美学」があることを発見したからだ。
 
 この小説の魅力は、負から正へ、邪から聖へと鮮やかに転換を遂げるときのダイナミズムにある。
 
 だから、土方歳三のことを、最初から「まばゆいヒーロー」としてイメージしている人たちには、この逆転の輝きが見えないだろうと思う。
 
 司馬遼太郎が、この『燃えよ剣』を書き始めたのは、司馬さんの人気を確定した小説である『竜馬がゆく』の連載の真っ最中だった。
 
 時代に対する鋭い洞察力を持ち、日本の進むべき道へのグランドデザインを描き、人に愛され、人を愛することを知る坂本龍馬
 龍馬と歳三は、何から何まで対極にいる人間同士だ。
 
 司馬さんが本当に描きたかったのは、坂本龍馬の方だったろう。
 ところが、書いているうちに、正反対の道を選んだ歳三への好奇心がつのって仕方がなかったのではなかろうか。
 

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坂本龍馬 画像
 
 光の下にさらされた物には、常に「影」がある。 

 幕末の激動期。
 竜馬という人間に「陽光」が当たり、彼の存在感がますます輝いていくのと歩調を合わせるように、ダークな世界を目指した歳三の「影」も濃さを増していく。

 

 
五稜郭に死に場所を求めて
 
 歳三の真骨頂が発揮されるのは、むしろ新撰組が崩壊してからだった。

 鳥羽伏見の戦いにも敗れた新撰組と幕軍は、北海道まで逃れ、五稜郭に立てこもる。
 
 しかし、官軍と幕府軍の戦いは、もう結末が見えていた。
 戦うための「大義」も、もう幕府軍からは奪われていた。
 
 にもかかわらず、歳三は、わらじと羽織を捨てて、ブーツとフランス風の軍服に着替え、武士のシンボルであった髷まで切り落として、官軍に最後の決戦に挑む。
 
 歳三は、「死に場所」を求めていた、と司馬さんは書く。
  
 彼は彼なりに、これまで斬り殺してきた無数の薩長浪士、そして粛清してきた隊士たちに、自分もまたその後を追う形で、落とし前をつけようとしていたという。
  

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新撰組 隊旗
 
 最後の決戦の日。
  「函館政府・陸軍奉行」
 という肩書きを持つ歳三は、その肩書を使わず、官軍の前で剣を抜き放ち、
  「新撰組副長、土方歳三!」
 と名乗りをあげる。
 
 そして、それを聞いた官軍は “白昼に龍の蛇行を見たごとく” 恐れおののいた ことになっている。
 
 事実は少し違うらしいけれど、司馬さんの描く歳三の心意気は、読者の胸を打つ。 
 
 
 坂本龍馬の死は、悲惨な死に方ではあったが、神に召されて命をまっとうしたという宿命性が感じられる。

 

 しかし、土方歳三の死は、自殺に近い意味のない死に方である。
 ただし、そこには強烈な美しさがある。
 
 日本人は、こういう死に方に弱い。
 

 

司馬遼太郎 参考記事 

campingcarboy.hatenablog.com

 

 

 

平成最後に「場末」を眺める

 「場末」って、好きだ。
 
 BASUE ……
 
 今、この言葉はどれほどまで機能しているんだろうか。
 ひょっとして、もう「死語」なのかな。
 若い人は、もうこういう言葉を知らないんじゃないか?

 

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 「街の中でも、目抜き通りから少し外れた、さびれた場所」
 … っていうような意味なんだけど、色としてはくすんでいて、カタチとしては崩れていて、音としては歪んでいて、照明でいえば、蛍光灯じゃなくて、もちろんLEDなんかじゃなくて、「裸電球」という感じ。
 
 男が立ちションベンしていても、誰もとがめない場所 っていうのかな。

 

 『白い幻想』とか、『チャコの店』とか、『ムーランルージュ』なんていう昭和丸出しの看板を掲げた古めかしいスナックが並んでいて、いずれもスツールに5人座れば満席となるようなカウンターの奥で、化粧の濃い70過ぎぐらいのおばあさんが、物憂そうに煙草を吸いながら客を待っている感じ。
 
 いいよねぇ。
 オレ、そういう場所がこの上もなく好きなの。
 
 で、ときどき、男だか女だか分かんねぇ化粧の濃い女装の人間がドアの外で客待ちしていてさ。
 「兄さん、1時間2千円でいいから、飲んでかない?」
 とか、声かけられてよ。
 
 「千円しかねぇよ」
  とでも言おうもんなら、
 「バカやろー、金のねぇビンボー人がうろうろする場所じゃねぇよ!」
 とか怒鳴られたりね。
  
 
 昔は、そんな場所でよく飲んだ。
 隣りには、シワシワのスーツに折り目の消えたスラックス履いたサラリーマンがさ、カウンターに頬つけて居眠りしててよ。

 

 「ケンちゃん、もう朝の5時だよ。このまま会社いくんかい?」
 なんてママさんに小突かれたりしててさ。
 
 そんな場所が街から少しずつ消えていって、どこもかしこも清潔になっていって。
 街がどんどんつまらなくなって。

 

 だから、街を歩いていて、「場末」の匂いを嗅ぐと、やっぱり元気になる。
 昔は新宿の一角に、まさに “THE バスエ ” という場所があった。
 「国際劇場」という映画館があったところだ。
 そこでは、ずっと “ポルノ映画” やっていた。
 
 「アダルト」じゃなくて、言葉の響きもなつかしい「ポルノ」だよ。
 

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 2012年頃までかなぁ、その映画館はそこに現存していたわけよ。
 当時もうパソコンでアダルト無修正画像が見られるような時代になっていて、いったいどういう人が入るんだろう って、入り口前にしばらく立ち尽くしてしまったこともあったな。

 

 入っていく人は誰もいなくて、出てくる人も誰もいなくて。
 階段の奥は、しんと静まりかえっていてさ。
 

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 そういうたたずまいを見ているだけで、もう「幻の映画館」っていう感じでさ。
 中に入ると、映画なんてやってなくて、妖精や妖怪がパーティでもやってんじゃねぇの?  って、無類に想像力を刺激されたこともあった。

 
  
 この「国際劇場」の方には入ったことはないけれど、東映のヤクザ映画をやっていた「新宿昭和館」の方にはよく通った。

 

 『仁義なき戦い』シリーズなんてのは、みんなそこで観たんじゃなかったかな。
 40年以上も前の話だけど。

 

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 うだつの上がらないサラリーマンたちがさ、誰も待っていない家に帰ってもしょうがねぇ ってんで時間をつぶしているような映画館でさ。(オレもその一人なんだけど)

 

 で、みんな前の席に足を乗せて、寝そべるように画面を見てんのよ。
 「禁煙」なんて表示が意味もないくらい、館内には煙草の煙が充満していてさ。

 

 でも、そういう環境で見る『仁義なき戦い』シリーズは美しかった。

 

 松方弘樹も、小林旭も、文太も、室田日出男も、みんな暗い艶やかな声で、アウトローの生き様を歌うのよ。
 そんな声に惚れたね。

 

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 で、映画がハネると、「元気」もらって、近くの居酒屋で一人でコップ酒あおってさ。
 
 そろそろ終電だ ってんで店を出て、ホテル街の方に消えていく男と女の背中を横目で見ながら、アパートに帰るために、駅の方に向かってね。

 

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▲ 昔よく通った居酒屋。新宿「千草」。まだあったんだね 
 
 この前、久しぶりに、昔「国際劇場」があったところをうろうろして、そんな時代を思い出した。
 
 昔からそういうエリアを歩くのが好きなの。
 「ワイルドサイド」 っちゃ少しおおげさだけど、「Take a walk on the wild side」って、ほらルー・リードが歌うじゃない。
 
 あんなニューヨークのようにカッコよかねぇけどさ。
 新宿の一角には、どこか和風のワイルドサイドが、少しだけ残ってんのね。 

 

 日なたに出ると、日光で殺菌消毒されちゃいそうな男と女が闇に消えていくような街って、いいよね。
 

 ▼ walk on the wild side

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