山のクリスマス
もうとっくに死んじゃったけど、俺のオフクロは、無類にクリスマスが好きだった。
戦争を体験して、物資の少ない時代を知ってた人だから、モノを大切にしていた。
だから、なんかのときに手に入れた、クリスマス用のきれいな赤い包装紙を毎年使って、クリスマスプレゼントってのを包んでくれたのよ。
それがちょっと不思議だった。
「サンタさんはいつも違うプレゼントをくれるのに、なんで包装紙だけは同じなんだろう?」
なんてね。
ま、あまり突っ込んで考えたこと、なかったけどね。
年を経るたびに、少しずつ包装紙がしわしわになっていくんだけど、味が出てきて、それも悪いもんではなかった。
もらったプレゼントにはオモチャもあったけど、絵本なんてのが多かった。
で、毛布を羽織ったオフクロの膝の上に抱かれて、さっそくそういう絵本を読んでもらう。
体はポカポカ温かいし、本は面白い。
そいつが、小さかった頃のクリスマスの楽しみだったねぇ。
『山のクリスマス』なんて本があった。
主人公の名前はハンシ。… 違ったかな。
ストーリーは忘れてしまったけど、絵が良かった。
町に住む男の子が、冬休みに、山に住んでいるお爺さんの家に行く話だったように思う。
近所の子供たちが集まって、おばあさんがクッキーなど焼いて、子供たちに振舞って。
暖炉があって、火が燃えていて、ツリーは星の飾りで彩られてキラキラしていた。
子供心に、「外国のクリスマスって豊かなんだな … 」と思った。
学生になって、さらに社会人になって、アパート暮らしを始めた俺は、クリスマスだからといって実家に寄り付くことはなくなった。
しかし、たまに家に顔を出すと、家の一角が1年中 “クリスマスコーナー” になっているわけよ。
そこには、手のひらに乗るぐらいの小さなクリスマスツリーとか、赤いキャンドルとか、天使の姿をした陶器の人形なんかが飾られていた。
そして、ボロボロになった『山のクリスマス』の絵本なんかが、そっと立てかけられていた。
おふくろは、家に寄り付かなくなった俺の、ガキの頃だけを思い出して、毎日独りでクリスマスを楽しんでいたのかもしれない。
その本はどこに行ってしまったのだろう。
オフクロが亡くなって、遺品を整理して、そのときにどこかの箱につめたまま倉庫に眠っているはずだ。
整理をしているときは、感傷的な気分など微塵もなかったのに、こうやってクリスマスが近づいてくると、無性にその本のことが気になる。
おーい、どこかのダンボールの底に眠っている 『山のクリスマス』 。
聞こえたら返事をせい。