1970年。
20歳だった私は、レッドツェッペリン、サンタナ、グランドファンクレイルロードなどといったROCKを聞いていた。
そういうものが “音楽” だと思い込んでいたから、アコースティックギターをチョロチョロとかき鳴らすフォークソングっぽい曲を小馬鹿にしていた。

しかし、実際には、自分でギター弾く曲はジェームズ・テイラー(写真上)の「ユー・ガッタ・ア・フレンド」だったり、キャロル・キング(写真下)の「ソー・ファー・アウェイ」だったり、ニール・ヤングの「テルミー・ホワイ」だった。

あの感覚は何だったんだろう。
夏の終わった人気のない避暑地に、ふと通り過ぎる秋の風 … という雰囲気だったのかもしれない。
その頃、好きだった70年代ソウルが、ただのディスコミュージックになってしまい、ロックは退屈になってきて、私は聞く音楽というものをなくしていた。
どういえばいいのか … 。
「ぎらぎらした緑で身を包んでいた木々がみな葉を落とし始めた」
という空漠とした気分だった。

そんなとき、ふと耳を澄ますと、ジェームズ・テイラーやキャロル・キング、ニール・ヤングらのサウンドが、舗道を浸す枯れ葉のようにひたひたと鳴っていた。
「もう秋が来ていたんだ」
と、ふと思った。
その頃、仲間とバンドを組んで、クリームのコピーをやっていた後輩と親しくなった。
そいつの外貌は、見るからに「ロック野郎」だった。
ガタイの大きい身体に縮れたロングヘアを垂らし、口元には立派なヒゲをたくわえていた。
彼が学園祭なんかで、ジンジャー・ベイカーよろしく派手なドラミングでステージを沸かすと、けっこう音楽にうるさい連中も盛大な拍手を送っていた。
そいつが一度だけ、家に遊びに来たことがある。
なんか、憂鬱そうだった。
「オレ、他のメンバーと、音楽が合わなくなってきてさ」
と、そいつはティーバックの紅茶をすすりながら、ぽつりと言う。
「どういうことよ?」
と聞くと、やにわにそいつが私のギターを取り上げ、ジェイムス・テイラーの「ユー・ガッタ・ア・フレンド」(作曲はキャロル・キング)を歌い出した。
ありゃりゃ …… お前にも「秋」が来ていたんか、… と思った。
二人して、アコースティックな曲ばかり選んで一緒に歌った。
キャット・スティーブンスの「雨に濡れた朝」とか、CSN&Yの「ヘルプレス・ホーピング」、ニール・ヤングの「ハート・オブ・ゴールド」など、シンガーソングライター系のアコースティックな曲を二人で交代しながら弾いた。
外では枯れ葉がどんどん舞っていき、弱い光が、地平線の彼方まで届きそうに、長く伸びた日だった。
ジェイムス・テイラーの歌っていた曲は、その透明な光の中を、枯れ葉といっしょに宙にたなびいていた。
ウィスキーでも、ビールでもなく、紅茶が似合う日だな … と思った。