アートと文藝のCafe

アート、文芸、映画、音楽などを気楽に語れるCafe です。ぜひお立ち寄りを。

アフロヘア・ガール

 めちゃめちゃに、ブラックミュージックに凝っていた時期があった。
 20代のはじめの話だ。
 
 大学は卒業したけれど、職がなくて、アルバイトをやっていた。
 イタリアンレストランだったが、ハンバーグもカレーもあるっていう店。
 1階と2階に分かれていて、2階がレストラン。1階がスナック。
 夜の10時にレストランのレジを閉めて、その後、1階のカウンターに入ってバーテンをやる。
 
 そんな生活を繰り返しながら、貯めた金で SOUL ミュージックのレコードを集めた。

 

   Mavin Gaye     「What's Going On」
 Four Tops     「Aint't No Woman」
 Chi-Lites       「Oh Girl」
 Curtis Mayfield  「Super fly」
 AL greenn       「Let's Stay Together」
 Gladys Knight&The Pips  「Midnight Train To Georgia

 

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▼ The Four Tops 「Ain't No Woman (Like The One I've Got)」 

youtu.be

  その時代には、鳥肌が立って、血が泡立つような曲が次々とリリースされていた。

 コンサートにもよく出かけた。

 

 Stevie Wonder
 Wilson Pickett
 The Tempstations
 James Brown
 
 JBがスタンドマイクを引き寄せて、「ゲロッパ!」と叫べば、観客全員が椅子の上に総立ち。会場全体がディスコになった。
 

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 やがて、週末は青梅線に乗って、横田ベースの近くの町まで遊びに行くようになった。

 福生
 牛浜

 その二つの町には、黒人兵がたむろするバーやカフェが点在していた。 
 そういう店では、FEN でリアルタイムに流れる最新の SOUL ミュージックがかかっていた。

 カウンターのストゥールに座っている黒人兵たちに、誰かまわず質問した。
 「今かかっているのは何の曲 ? この曲好き ? 」

 
 片言の英語で聞きまくる。
 なかには面倒くさそうに、うるせぇみたいな目を向けるやつもいたが、たいていのブラックは陽気で、いろいろ教えてくれた。
 
 自分が国に残してきた恋人の写真を見せる男もいた。
 「浮気していないかと心配だ」なんてボヤく。

 そう言う舌の根も乾かないうちに、店に入ってきた日本人の女の子に向かって、
 「へーいキミコ、遅いじゃないか」
 なんて手を振るんだから、お調子者だよ、連中は。
 
 実際、黒人目当てにやってくる日本人の女の子も多かった。
 そういう子たちは、話しかけても、「ナニ ? この Jap」みたいな顔をする。
 おめぇだってジャップだろうが って思ったけど、女が目当てじゃないから放っておく。
 
 たまに黒人兵にあぶれた日本人の女の子と隣り合って話すこともあったが、基本的には「なんで黒人が素敵なのか」って話ばかり。

 
 やつらが言うには、
 「黒人は優しい。女を尊重する」
 もちろん、ベッドの上でもそうなんだそうだ。
 そんなことを、あけすけにしゃべる女もいた。 

 

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 明け方、店がハネてから、仲良くなった米兵たちとベースの中に入る。
 例のカマボコ型の兵舎が並んでいるやつ。

 
 学校の体育館を三つぐらい繋げたような、だだっ広い食堂のストゥールに腰かけ、大味なサンドイッチをほうばりながら、電車が動きだすまでの時間をつぶす。
 
 地元のツッパリ坊主 ヤンキーの日本人たちも、よく来ていた。
 ひでぇ英語なんだ、やつらの会話。
 
 「YOU ね、イエスタディ、サケ飲みすぎ。BUT、ドンマイドンマイ。TODAY ね、ホリデー」
 
 米兵が、それを聞いて愉快そうに笑う。
 そんな会話が、知らないうちに、こっちにも身についてしまう。
 
 ブラックのバーで仕入れた新曲情報のなかから、輸入版があるやつは銀座まで買いに出て、手に入れた。

 
 今度はそれをアルバイトをしているレストランのBGMとして流す。
  「イタリアン」の看板を掲げていたけれど、かまうもんかって気持ちだった。
 そういう曲が流れ出すと、客層も変った。

 

 中年夫婦や家族連れよりも、若いカップルが多くなる。
 「この曲知ってる ? バリーホワイトの『愛のテーマ』っていうんだぜ」

 
 男が、連れの女に向かって得意げに話している。
 そういう会話を耳にするのがうれしかった。
 

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 いつかは、自分の店を持つつもりだった。
 バリバリの SOUL ミュージックの店。
 出す料理は SOUL フード。
 踊れる店にするつもりはないが、片隅に小さなフロアをつくる。
 
 そのうち、アフロヘアの似合う少女が一人、常連客として通うようになる。
 … なんていうことを夢想する。

 

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 看板の明かりを落とし、その日最後のバラードをかけて、客のいなくなったフロアでそいつと踊る。
 “そいつ” がヨメさんになるはずだった。

   
   
 …… 思えば遠くに来たものだ。
 
 今は SOUL ミュージックとは何の関係もない職種のライターをやっている。
 カミさんとなったのは、カーペンターズさだまさしの好きな女だった。
 
 彼女はブラックは聞かない。
 フジ子・ヘミングなんか聞いている。
 日曜日には、それを一緒に聞きながら、豆を挽いてコーヒーを飲む。
 
 ときどき、独りになってから、Mavin Gaye や AL Green を聞く。

 

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 あの時、店を持っていたら、今どうなっていたんだろう
 ふと、とりとめもなく、考える。
 
 空想の中の、アフロの少女が、
 「それも楽しかったかも」
 と、ささやく。

 

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