アートと文藝のCafe

アート、文芸、映画、音楽などを気楽に語れるCafe です。ぜひお立ち寄りを。

頑張った若者の話

 電車の中というのは、一種の “公共の場” であるわけだが、最近、どんどんプライベート空間化しているような気がする。

 

 まず、通勤前に、車内で朝ご飯を食べている人たちが増えた。
 「食べる」といっても、おにぎりとかサンドイッチのたぐいだが、スマホなど見ながら、みな平気でむしゃむしゃ口を動かしている。

 

 お化粧している女子も増えた。
 すっぴんで乗り込んできて、10分ぐらい席に座っている間に、さっさと顔を仕上げてしまう。

 

 肉まんじゅうのようなふわふわした皮膚に、やがて、目と眉がくっきりと描き込まれ、鼻の下あたりには、鮮やかな唇が出現する。
 その手際よさには、感心することが多い。

 

 スマホなどに熱中してしまったために、無防備に振舞ってしまう人たちもいる。


 この前、電車に乗って、前の座席を見ていたら、熱心にスマホを覗き込んでいる青年がいた。

 

 新作ゲームソフトを買ったあとに、メイド喫茶などに寄ってきた感じの、大人の世界の汚れを知らない風の青年だ。


 何をしているのかは、よくは分からない。
 ゲームか何かなのだろうか?
 そうとう熱中している。
 
 青年の人差し指が、鼻の奥に向かった。
 右側の小鼻が、グイッと広がった。

 

 彼は、どうやら自分の右手が、鼻の中の掃除を始めたことに、自分で気がついていないようだ。
 どうする気なのかな
 人差し指が、ついに何かを探り当てたようだ。
 
 「あ
 見ている私の方が、息をのんだ。

 

 鼻の奥から引き出されてきた人差し指が、ミミズの半身ほどの、実に見事なエモノを捕らえたのだ。


 なにしろ、反対側の席に座っている私からもはっきり見える大きさだから驚いてしまった。
 
 この段階で、彼ははじめて、自分が行っていた行為の意味を把握したらしい。自分の人差し指の先を見つめ、ようやく事の重大さに気づいたようだ。
 
 私と目が合った。
 とっさのことで、私も目をそらすタイミングを失った。
 私は、青年のバツの悪さが手に取るように分かるから、なんだか可哀想になった。
 
 しかし、ここからが試練を乗り越えて、たくましくなる大事なチャンスだ。
 がんばれ青年!
 苦境を克服して、立派な成人となれ。
  
 まず、私ならどうするか。
 いろいろ考えた。

 

 順当な方法なら、とりあえずティッシュなどを取り出して、指先の物をぬぐい取り、何気ない風を装って、ポケットなどにしまい込む。
 
 それが、最も穏便な処理方法であるが、ティッシュを持ち合わせていないということもありうる。

 

 そうなると、よくある手は、ゴニョゴニョと指先で転がして、少しばかり乾燥させ、人目が切れた時を見はからって、ポンと弾き飛ばす。
 まぁ、大自然のなかにいるのなら、それも許されるだろう。
 
 しかし、ここは電車の中だ。
 それに、目の前に、私というしっかりした観察者がいる。

 

f:id:campingcarboy:20190422232932j:plain

 
 次の光景を、私は一生忘れることはないだろう。

 

 青年は、一瞬目をつぶって覚悟を決め、人差し指ごと、ペロッと口にしゃぶってしまったのである。

 

 あっぱれ! というか、見事というか、信じられないというか。
 
 悲惨な光景ではあったが、周囲に迷惑をかけないという彼の覚悟に、「男」を感じた。
  

 
 「今日は、見事なものを見たよ」

 
 と、家に帰ってカミさんに、少しリアルに現場を再現しながら話したのだけれど、途中まで聞いていたカミさんは、
 「いやな話しないで !」
 と、突然ティッシュの箱を投げつけてきた。

 

 どうして、女というのは「男気」というものを理解しようとしないのだろう。