テレビの刑事ドラマなどを観ていると、よく「捜査一課」という言葉が出てくる。
警察官が主人公になるドラマでは、この「捜査一課」と名乗る刑事の方が、普通の刑事よりもカッコいい場合が多い。
聞き込み調査をするときも、定期入れみたいなものをヒラヒラと振って見せて、「捜査一課です」とかいえば、ほとんどの人は口答えすることなく、素直に対応してくれるようだ。
そこで、私も70歳になったのを機に、自分の活躍の場を広げようと思い、そろそろ「捜査一課」を名乗ってもいいのではないかと思うようになった。
「俺さぁ、今度捜査一課を始めるからな」
と、この前刑事ドラマを観たあと、カミさんにそう言ってみた。
すると、この手の会話には驚かなくなったカミさんは、読んでいる新聞から目を離すことなく、「それでいつから始めるの?」と、物憂そうな声で聞き返してきた。
こういうのは間を置いてしまうと決意がにぶるので、即断即決が大事だと思い、「今日からだよ。もう今から俺は捜査一課なの」とはっきりと告げてやった。
そのあと、台所で食器を洗いながら、考えた。
捜査一課になったはいいのだが、まず何をやればいいのか、それが思い浮かばないのだ。
そこで私は、皿を洗いながら、隣でそれを拭き取っているカミさんに聞いてみた。
「いちおう捜査一課を始めたんだけど、まず、俺に何かやってもらいたいことがあれば、遠慮なく言っていいぞ」
すると、この手の会話にあまり反応を示さなくなったカミさんだが、それでも皿を拭く手を休めることなく、うつろな表情のまま、こう聞き返してきた。
「あなたが捜査一課なら、私は何課ぐらいなの?」
意表を衝く質問に、私は、多少どぎまぎしながらも、
「そうさなぁ … 。旦那が捜査一課の場合は、妻は捜査二課ぐらいじゃないのかなぁ」
「じゃ、犬は?」
「捜査三課だろ」
その場で、わが家の捜査一課から三課までの担当責任者が決まった。
▼ 待機中の捜査三課
さて、部署は決まったのだが、犯罪が起こらない。
犯罪が起こらなければ、せっかくオープンした捜査三課までの部署が開店休業になってしまう。
現在、家族で、誰がどのようにして犯罪を発見し、誰がその調査に踏み切るか、そういうことを相談しようと思っているのだが、さすがにもう「捜査一課」という言葉を出しても、カミさんも犬も反応しなくなった。