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カラヴァッジオ 『聖マタイの招命』


絵画批評
キリストの教えを、
「思想」として理解した男マタイ
 
 
マタイはどこにいる?

 

 バロック時代のイタリア人画家カラヴァッジオが描いた『聖マタイの招命(しょうめい)』という絵には、後にキリストの弟子になるマタイという男が、キリストの要請に応じて、宗教者としての道を歩むきっかけとなったシーンが取り上げられている。

 

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 特徴的なのは、登場人物たちのファッションや風貌だ。
 キリストが生きた古代の風俗ではなく、カラヴァッジオが生きた時代の人々の風俗が採用されている。
 それも、みなカラヴァッジオの友人たちや、街でスカウトされた人たちがモデルとして使われている。
 
 そのことによって実現された徹底したリアリズムと、光と影のコントラストを強調した技法は、後のベラスケス、レンブラントルーベンスに多大な影響を与えた。

 さて、この絵の中で、はたしてマタイはどこにいるのか。
 つまり、絵に即していえば、キリストは、どの男を指さしているのか。

 

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 まず、絵の中央に描かれたヒゲのオヤジ(↓)が、
 「え、私?」
 と自分で自分のことを指差す姿に目がいく。
 

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 実際、長い間美術批評の世界では、このヒゲオヤジがマタイだと解釈されてきた。
 しかし、近年の研究では、そのオヤジのさらに左側で、キリストの招命などには無関心に、うつむいたまま、一心不乱にカネを勘定している若者(↓)がマタイだという説が浮上してきた。
 おそらく、その新説の方が正しい。

 

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 この絵は、キリストが収税所に立ち寄って、マタイに声をかけるところを描いた作品で、座っているのはみな収税所の役人たちである。
 貧乏人からも厳しく税を徴収する彼らは、当時は「罪人」と同じように、人々から忌み嫌われ、さげすまれていた。
 
 そのため、キリスト以外の宗派の宗教指導者たちは、彼らを「救われない者」と見定め、信仰者として教育することをハナっから嫌っていた。

 しかし、キリストは、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」として、収税者たちの間にも、積極的に分け入っていったという。
 
 で、マタイは、その “ありがたい” キリストの招命にもかかわらず、キリストには目もくれず、テーブルの上に散らばったカネを一心不乱に勘定しているというわけだ。
 
 カラヴァッジオは、なぜそのようなマタイを描いたのか。

 
極悪非道の無頼派カラヴァッジオ
 
 「カラヴァッジオ自身が、まさにマタイのような男だったからだ」
 という説がある。
 カラヴァッジオは、その鋭い写実主義的な技法で、「天才」の名をほしいままにした芸術家だが、当時彼を知る者たちはみな、「神の恩寵」を無視する罪深い画家だという認識を持っていた。


カラヴァッジオの自画像

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 つまり、激情型の彼は、日常生活では、問題を起こしっぱなしだったのだ。
 酒場では、しょっちゅう他のお客に議論をふっかけ、喧嘩を起こし、暴力沙汰で逮捕されることなど日常茶飯事だった。
 
 1606年には、ついに賭博の掛け金をめぐって殺人事件を起こし、ローマから逃亡。
 マルタ島に移ってからも、やはり暴力沙汰で投獄され、脱獄してシチリアナポリを転々としたと伝えられている。
 
 日常生活では、地獄の劫火に焼かれながら過ごすカラヴァッジオだが、ひとたび絵筆を取ると、同時代のどんな画家よりも「人間の真実」に迫る、恐ろしいほどリアルな世界を描き続けた。

 だから、「マタイという、キリストの招命を受けて改心するならず者のドラマは、自分以外の画家には描けない」という強い思いがカラヴァッジオにはあっただろう、と美術史家はいう。


「マタイは俺だ !」
と画家は叫んだに違いない

 

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 絵の中に描かれた、カネ勘定に励むマタイの横顔は、よく見ると、動揺しているようにも、泣いているようにも見える。
 そこには、酒に酔えば必ず暴力沙汰を引き起こす自分の弱さを悔いているカラヴァッジオ自身の姿が見える。

 

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 マタイは、結局キリストの信頼に応えられる弟子となり、その言行を「マタイ伝」として記し、後世にキリストの教えを忠実に残すことになる。
 そして、後にエチオピアで、キリストの教えを広めている最中に、当時の王の怒りを買い、刺客に殺されて殉教したと伝えられている。

 そういうマタイを描いたカラヴァッジオ自身も、人を殺した罪人として許されることなく、マラリアに侵され、短い生涯を閉じる。


「マタイ伝」の怖さ
 
 カラヴァッジオは、はたして、自分が描いたマタイという人物のことを、どれだけ知っていたのだろうか。

 「マタイ伝」(マタイによる福音書)は、キリストの最初の12人の弟子の1人であるマタイが書き残した “キリストの言葉” である。
 このような福音書は、ほかにマルコ、ルカ、ヨハネのものが残っており、全部で四つとされる。
 
 そのなかでマタイ伝は独特のスタンスを維持している。
 すなわち、イエス・キリストという人物の容赦ない激しさと、曖昧さを許さない性格がもっともはっきりと伝えられた書であるという。

 たとえば、
 「私(キリスト)が来たのは、地上に平和をもたらすためだと思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。
 私は、人をその父に、娘を母に、嫁を姑に、敵対させるために来たのだ」
 
 というような、一見、“家族げんか” を奨励するようなイエスの言葉がしっかりと明記されているのだ。
  
 イエスは、ここでいったい何を語ろうとしたのだろうか。

 すなわち、「父は父らしく子を教育しろ」、「子は子らしく、親の言うことに従え」というような、家庭内の身分上の役割をいったん捨てろ、と言っているのだ。


父や娘を捨てたときに「人間」に出会う
 
 イエスは、こう言おうとしている。
 「身分としての父や娘を棄てたときに、“人間” に出会う」
 つまり、彼は「真の教えに出会うために、いったん家族を捨てろ」といっているのだ。
 
 「人間」は、王や貴族に属しているものではなく、父や娘に属するものでもない。
 「神」にのみ属するものだ。
 イエスは、そう言いたかったのだ。

 こうして、神の前に等しく平等な存在としての「人間」を手に入れたことで、一神教はようやく成立することになる。

 「人間」という概念がのちの西洋近代で確立されていったのは、このキリストの一言が契機となっている。

 マタイは、そのことに敏感に気づいた弟子の一人であり、そのマタイを描いたカラヴァッジオも、当然それに気づいた画家の一人であった。
 

 

 ▼ 参考記事 

campingcarboy.hatenablog.com