絵画批評
マックスフィールド・パリッシュの絵
マックスフィールド・パリッシュという画家の絵が好きになったのは、1枚のアルバムジャケットがきっかけだった。
昔(20代半ば)、アメリカのサザン・ロックのアルバムを集めていた時期があって、『THE SOUTH'S GREATEST HITS(サザン・ロックのすべて)』というオムニバス盤を買たことがある。
1960年代から70年代にかけてのオールマン・ブラザーズ・バンド、レナード・スキナード、アトランタ・リズムセクションなどのヒット曲がずらりと並んだ “お買い得盤” だった。
収録された曲もさることながら、レコードジャケット(↓)が気に入った。
泥臭いパワーをみなぎらせた南部野郎たちのロックアルバムにはおよそ似つかわしくない、なんともクラシカルなイラストをあしらったジャケット。
そのミスマッチ感覚に惚れた。
誰が描いたのか?
ジャケット裏には、「Cover illustration Bob Hickson」というクレジットがあるだけ。
ボブ・ヒクソン
どういうイラストレーターなのか? ほかに作品はないのだろうか? と、いろいろ当たってみたが、当時、今のようなネット情報にすぐにアクセスできるわけもなく、結局手がかりがなくて、諦めた。
それからしばらく経って、この絵のタッチとよく似たイラストを集めた輸入カレンダーを見つけたので、喜んで買った。
でも、画家の名前が違う。
こっちの名前は、Maxfield Parrish(マックスフィールド・パリッシュ)。
どういうことだ?
… と疑問に感じて、ちょっと調べてみたら、こっちのマックスフィールド・パリッシュさんの絵の方が本物で、ボブ・ヒクソンのサザン・ロックのアルバムジャケットは、そのパロディ … つぅか、パクリであるらしい。
▼ Maxfield Parrish 『Day break』(部分)
▼ Bob Hickson 『The South's Greatest Hits』 (部分)
いやぁ、それにしても、このボブ・ヒクソンのデザイン(すぐ上の絵)。
本家本元のパリッシュのタッチをよく生かしている。
涼し気な木の葉。
赤茶けた岩肌の山。
ギリシャ風円柱を赤く染める樹木の影。
まさに、同一の画家が描いたとしか思えない。
こういうのは、“盗作” にならないのだろうか?
それとも、アメリカはパロディを大歓迎する国なのか。
牧歌的な憂愁
本家の方のマックスフィールド・パリッシュは、1870年にアメリカのフィラデルフィアに生まれ、1910年代から1920年代にかけて最も活躍した画家。
ネット情報によると、1930年代には、「アメリカで一番有名なイラストレーター・画家であった」らしい。1966年に94歳で亡くなっている。
たぶん幸せな生涯を貫いた人なのだろう。
そのせいか、絵に暗さがない。
▼ 『Day break』(全景)
どこか牧歌的で、のどかで、平和な雰囲気が横溢していて、それでいて、一抹のメラコリー(憂愁)が漂う。
ヨーロッパ古典絵画のようであり、それでいてアメリカン・コミックに通じる軽さがあり、芸術作品と商業デザインとの不分明な隙間を漂うような、不思議な画風だ。
ヨーロッパ画壇の「ラファエロ前派」の影響を指摘する人もいれば、アメリカ画壇の「ハドソンリバー派」の流れを汲んでいると見る人もいる。
▼ ハドソンリバー派 アルバート・ビアスタット『ヨセミテバレー』
確かに、人物造形にはラファエロ前派の雰囲気が漂い、自然描写にはハドソンリバー派との類似がある。
両者のエッセンスを統合して、それにポップな味付けをしたといえばいいのか。
かすかに漂う「俗っぽさ」が、独特のエキゾチシズムを醸し出しているところが面白い。
「永遠の時間」を絵の中に凍結
特徴的なのは「光」だ。
常に赤茶けた岩肌を照らす光。
夜明けなのか、夕暮れなのか。
いずれにせよ、1日のもっとも光の変化が激しい時間帯を狙って、それをタブローの中に「永遠の時間」として凍結させている。
最も “移ろいやすいもの” が、止まったまま動かない。
それは、言ってしまえば、「はかなさ」の凍結である。
パリッシュの絵に漂うメランコリーの秘密はそこにある。
▼ パリッシュ『Aquamarine』
荒涼とした岩肌に当たる残照の、むごいような美しさ。
涼しげな風を宿す樹木のシルエット。
この世の「快楽」と「寂寥(せきりょう)」が同一平面に混在する神話的な空間。
そこには、アメリカという国が、ヨーロッパ人にとって “新大陸” であった時代の「ワンダーランド」の気配が息づいている。