アートと文藝のCafe

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刺青という劇的表現

 
 名古屋のキャンピングカーショーを取材に行くとき、必ず泊まっていたのが、三重県桑名市にあった「オートレストラン長島」(写真下)だった。

 

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 残念なことに、2017年に閉館になってしまったが、名古屋のショーが終わった夜は、自分のキャンピングカーでここに泊まるのが楽しみだった。

 なにしろ、そこには24時間営業の食堂とコンビニがあったし、朝の7時まで入れる温泉があった。
 その昔は、中華食堂もあった。

 

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 ま、文句のつけようもない便利な休憩施設なんだけど、この温泉に浸かっていると、ときどき異形のナリをした人々が入ってくることがあった。

 

 空に昇る龍とか、観音菩薩とか、滝を昇る鯉なんかが飛び跳ねている背中を持った人たちがお風呂に入ってくることがあるのだ。

 

 「タトゥー」という外来語よりも、「刺青」という和の響きを持った言葉が似合う模様入りの肌。
 「ドライブイン」とはいいつつ、トラックドライバーの比率が高い場所だったので、自然とそうなったのかもしれない。

 

 もちろん、一目見ただけで、“あっち系” の人ではないことはすぐ分かるし、そういう人たちが、怖い目つきで周りを威嚇したりすることはまずないんだけど、やっぱ、隣のコインロッカーにシャツを投げ込む人の背中で、いきなり不動明王がカッと目を見開いたりすると、ギョッとした。

 

東映ヤクザ映画の菅原文太の刺青

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 そういう人だって、風呂に入るときは、たいてい穏やかな顔つきになっているもんだが、やっぱこちらがジロジロ見過ぎると、いつなんどき「おめぇ、オレの背中にハエでも止まっているというんかい?」なんて凄まれそうで、怖いなぁ とか思ってしまうのだ。

 

「いえいえハエどころか、毛虫やらムカデやら、ゴキブリでも止まっていそうで
 なんて言ってしまったら、
「てめぇ、そいつはゴキブリではなくサソリよ。おまぇ、オレのサソリをよくもゴキブリ扱いにしてくれやがったな」
 とか凄まれたらどうしよう などと思ってしまうため、片目にゴミでも入ったように装って、もう一つの目を薄く開けて、こっそり盗み見る。

 

▼ 同じ刺青でも『緋牡丹博徒』のお竜さんの刺青は色っぽい

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 背中に龍や鯉を “飼っている” ような人たちというのは、柔和な顔つきをしていても、(気のせいかもしらんが)どこかでアウトローの凄みが漂う。

 

 どういう経緯で、彫り物人生を歩むようになったかは知らないけれど、やっぱり 「お断り」 を謳う温泉やプールは多いだろうし、まず公務員とか大手企業みたいな世間体を大事にする固い仕事には就けない。

 

 当然、それを知った上での覚悟があっただろうから、
 「オレの人生はてめぇで落とし前を付けるから、お前ら外野の人間につべこべ言わせないぜ」  
 という無言のメッセージが、そういう人の背中に漂っている。

 

 目立ちたいのに、人の視線を拒否する精神。

 

 そういう相反する心がぶつかり合うときの緊張感が、そこにはみなぎっている。

 

 だから、やっぱそれは「劇的」なのだ。
 こっちの心にも、「怖いけど、見たい」という相反する力が生まれるからだ。

 

 実は、そういう彫り物おじさんがお風呂に入ってくるのを、密かに楽しみにしていた。
 若者が、遊び半分で腕に入れたタトゥーなどには興味がないけれど、背中全面を牡丹が覆うような見事な彫り物というのは、めったに見る機会がない。
 だから、そういう人が来ない日は、ちょっとガッカリした。

 

 一度だけ、見事な「滝を昇る鯉」を掘ったおじさんの背中を見たことがあった。
 これは忘れられない光景だった。

 
 彫った絵柄も美しかったが、何よりも、おじさんの背中が広くて、たくましく、まるで筋肉の動きをともなった “アート” であった。
 
 湯煙の中で、さりげなく半目を開き、こっそりそれを見物した。
 ちょっと、禁断の風景を眺める気分だった。 

  

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 そういう彫り物をこわごわと眺めた後、自分のキャンピングカーに戻ってドアの鍵をばっちり閉め、酒を飲みながら高倉健さん(↑)の歌う『網走番外地』などを聴く。

 

 ♪ 春に、春に追われし、花も散る

   きす(酒)引け、きす(酒)引け、きす(酒)暮れてぇ


 酒がどんどんうまくなる。

 

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 オートレストラン長島がなくなったのは、さびしい限りだ。