絵画批評
誰でも、一度は見たことのある絵かもしれない。
アルノルト・ベックリンの描いた『死の島』。
不吉なタイトルだが、ベックリン自身が名付けた名前ではない。
彼がフィレンツェにいた頃、若くして夫を亡くしたある婦人から、
「夫を偲ぶときに夢想する絵が欲しい」
という依頼を受けて描いた絵だといわれる。
夫人は、画家の絵に満足し、その絵を『夢想するための絵』と呼んだ。
しかし、絵が評判になるにしたがって、画商の間では、いつしか『死の島』といわれるようになったと伝えられている。
ベックリンが名付けたタイトルでないにせよ、しかし、この絵に充満しているのは、まぎれもなく「死の気配」だ。
風の動きを感じることのない、静まりきった海。
ボートの向かう先には、墳墓を思わせる穴を穿った壁面が、いくつも顔を覗かせている。
中央にそびえるのは、西欧では「死の象徴」とされる糸杉。
まるで、島全体が巨大な墓石のように見える。
その墓石に向かって進む舟の上に、すっくと立つ白装束の人間。
舟の前方に置かれた白い箱は、まぎれもなく棺桶である。
… とすれば、白装束の人物は死者の縁者か、死者を冥界に搬送する黄泉の国の主か。
あるいは、死者が自ら立ち上がり、自分が眠る「永遠の床(とこ)」を眺めているのか。
すべてが謎だらけで、この世の理屈では解き明かせない “あの世の論理” に満ちた光景が、ここには広がっている。
ベックリンが生きたのは、文字通り「世紀末」といわれる19世紀の末だが、この絵には、その厭世的な世紀末気分が横溢しているばかりではなく、来たるべき20世紀のシュールレアリズムの気配すら漂う。
暗く、陰鬱で、不気味な絵でありながら、実はかなり大衆に受けた絵でもあった。
20世紀になると、この恐ろしい静寂に満ちた世界には「癒し」をもたらす効果があるとされ、一時は、普通の一般家庭の居間にその複製がずいぶん飾られていたという。
有名なエピソードとしては、“挫折した美術家” であるヒットラーがこの絵を特別に愛好し、総統時代の執務室に飾られていたという話もある。
この絵の人気の秘密は、先ほど言ったように、頭から身体まで衣で包んだ人物が、いったい誰なのかということに尽きるように思う。
顔が見えないので、よけい想像力がかき立てられるのだが、私にはだいたい想像がつく。
こんなふうに衣をかぶった人物は、この世でたった 1人しかいない。
ちょっと振り向かせてみよう。
▲ 水木しげるの「ねずみ男」
たぶんベックリンは、この人物の正体を知られたくないために、あえて後ろ向きに立たせたに違いない。