アートと文藝のCafe

アート、文芸、映画、音楽などを気楽に語れるCafe です。ぜひお立ち寄りを。

ベックリン 「死の島」の真実

絵画批評

 

 
 誰でも、一度は見たことのある絵かもしれない。
 アルノルト・ベックリンの描いた『死の島』。 

f:id:campingcarboy:20190131000849j:plain

 不吉なタイトルだが、ベックリン自身が名付けた名前ではない。
 彼がフィレンツェにいた頃、若くして夫を亡くしたある婦人から、
 「夫を偲ぶときに夢想する絵が欲しい」
 という依頼を受けて描いた絵だといわれる。

 夫人は、画家の絵に満足し、その絵を『夢想するための絵』と呼んだ。
 しかし、絵が評判になるにしたがって、画商の間では、いつしか『死の島』といわれるようになったと伝えられている。

 ベックリンが名付けたタイトルでないにせよ、しかし、この絵に充満しているのは、まぎれもなく「死の気配」だ。
 風の動きを感じることのない、静まりきった海。
 ボートの向かう先には、墳墓を思わせる穴を穿った壁面が、いくつも顔を覗かせている。

 中央にそびえるのは、西欧では「死の象徴」とされる糸杉。
 まるで、島全体が巨大な墓石のように見える。 

 その墓石に向かって進む舟の上に、すっくと立つ白装束の人間。
 舟の前方に置かれた白い箱は、まぎれもなく棺桶である。
 … とすれば、白装束の人物は死者の縁者か、死者を冥界に搬送する黄泉の国の主か。
 あるいは、死者が自ら立ち上がり、自分が眠る「永遠の床(とこ)」を眺めているのか。

 すべてが謎だらけで、この世の理屈では解き明かせない “あの世の論理” に満ちた光景が、ここには広がっている。
 
 ベックリンが生きたのは、文字通り「世紀末」といわれる19世紀の末だが、この絵には、その厭世的な世紀末気分が横溢しているばかりではなく、来たるべき20世紀のシュールレアリズムの気配すら漂う。

 暗く、陰鬱で、不気味な絵でありながら、実はかなり大衆に受けた絵でもあった。
 20世紀になると、この恐ろしい静寂に満ちた世界には「癒し」をもたらす効果があるとされ、一時は、普通の一般家庭の居間にその複製がずいぶん飾られていたという。
 有名なエピソードとしては、“挫折した美術家” であるヒットラーがこの絵を特別に愛好し、総統時代の執務室に飾られていたという話もある。

 

 この絵の人気の秘密は、先ほど言ったように、頭から身体まで衣で包んだ人物が、いったい誰なのかということに尽きるように思う。

f:id:campingcarboy:20190131000931j:plain

 顔が見えないので、よけい想像力がかき立てられるのだが、私にはだいたい想像がつく。

 こんなふうに衣をかぶった人物は、この世でたった 1人しかいない。
 ちょっと振り向かせてみよう。 

f:id:campingcarboy:20190131000952j:plain

f:id:campingcarboy:20190131001005j:plain

f:id:campingcarboy:20190131001037j:plain

水木しげるの「ねずみ男
 
 たぶんベックリンは、この人物の正体を知られたくないために、あえて後ろ向きに立たせたに違いない。