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『フランス絵画の精華』展

 
 東京富士美術館(東京都・八王子市)で、『フランス絵画の精華』という展覧会が開かれている(2020年1月19日まで)。

 

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 フランス絵画のもっとも華やかな17世紀から19世紀の作品が集められており、
 「ヴェルサイユ宮殿美術館、オルセー美術館大英博物館スコットランド・ナショナル・ギャラリーなど20館以上の美術館の協力を得て、成立した企画展である」
 という。

 

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 17~19世紀といえば、イタリア・ルネッサンス美術の影響がフランスで花開き、端正な古典主義絵画や典雅なロココ絵画を経て、勇壮なロマン主義絵画へと向かう “美術の黄金時代” ともいえる。

 

 「芸術といえばフランス」
 という文化風潮は、この時代につくられたといっても過言ではない。

 

 今回の展示作品を貫くコンセプトは、“人間” 。
 
 それ以前のヨーロッパ絵画は、宗教画を中心に発展してきた。
 つまり、「神の偉業」や「キリストの受難」、「聖母マリアの慈愛」などがテーマだった。

 

▼ ※ 参考 中世ヨーロッパの聖母子像 (この絵画が展示されているわけではありません)

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 このような宗教画の流れから脱して、「人間」を主役に置いた絵が登場したのが、イタリア・ルネッサンス


 そして、それをさらに庶民的文化にまで広げ、主題の多様さを追求したのが、この展覧会で企画された『フランス絵画の精華』展である。

 

 だから、ここには、ギリシャ神話や聖書などに題材をとりながらも、基本的には、人間の生々しさ、崇高さ、美しさなどがしっかり描かれた作品群が集められている。

 

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 個々の画家の名前を列挙してみると、まさに “巨匠” のオンパレードといっていい。

 

 二コラ・プッサン
 クロード・ロラン
 アントワーヌ・ヴァトー
 フランソワ・ブーシェ
 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
 ドミニク・アングル
 テオドール・ジェリコー
 ウジェーヌ・ドラクロワ ……

 

 書店の美術書コーナーにいけば、それぞれ分厚い1冊の作品集が用意されている著名な画家ばかりである。

 

 もちろん、今回の展覧会では、誰もが一度は観たような、これらの巨匠のポピュラーな作品が集まっているわけではない。

 
 しかし、逆にいうと、こういう大画家たちの偉業のなかで、あまり知られていない名品に接する良いチャンスであるともいえる。

 

▼ ニコラ・プッサン 『コリオラヌスに哀訴する妻と母』

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 この企画展のパンフレットには、「印象派誕生前夜」という言葉が何回か使われている。


 主催者がその言葉を使ったのは、今回の作品展では、日本人がことのほか好きな印象派が生まれてくる背景を見てもらう、という意向があったのだろう。

 

 日本人の絵画愛好家の多くは、マネ、モネ、セザンヌルノワールゴッホゴーギャンなど、印象派やその流れをくむアーチストの作品を好む傾向がある。

 

 そういった意味では、この『フランス絵画の精華』展に登場する二コラ・プッサン、クロード・ロラン、アントワーヌ・ヴァトー、フランソワ・ブーシェといった人たちは、日本人には今一つなじみがないかもしれない。

 


 しかし、ある意味、彼らの絵は、マネ、モネ、ルノワールゴッホなどよりも “分かりやすい部分” がある。
 そこには「見た通りのもの」が描かれているからだ。

 すなわち「人間」である。

 

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 愛らしい少女のポートレート
 威厳を漂わす上流階級の紳士の肖像画
 予備知識を持たずに観ても、そこにどんな人物が描かれているかが一目で分かる。

 

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 それがいったいどういう人たちなのか。
 各絵画の横には、必ず親切な説明書きが添えられているので、絵と照らし合わせて読めば、さらに理解が深まる。

 

 もちろん、風景画であっても、必ずそこには人間の姿が描かれている。

 

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 登場人物のなかには、西洋の神話や歴史から引用される登場人物もいるが、基本的には、
 「これは愛し合っている男女だな」
 とか、
 「高貴な出の淑女だな」
 など、観たまんまの推測がそのまま通用する。

 

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 さらに、そういう解釈を助けるためのヒントも、絵の中にはしっかり用意されている。

 

 たとえば、画面にキューピッドが登場すれば、それは、男女の「愛」をテーマにした絵という意味だ。

 

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 同じように、犬が出てくれば、それは「忠義」や「忠誠」をテーマにした絵。

 蛇が出てくれば、サタンの誘惑が描かれたものなどと推測することができる。
  
 この時代(17~19世紀)の絵というのは、そのような “お約束事” の上に成立していた絵であった。
 

  
 そういう “お約束事” から作品を解放したのが、19世紀後半から登場してくる印象派だ。

 

 印象派というのは、「人間」の描写よりも、「自然科学」の見地を重視したグループだといっていい。
 19世紀末から、ヨーロッパ先進国では、世の自然現象を科学的・合理的に研究する学問体系が確立された。

 

 そういう近代の自然科学から得た知識を絵画に採り入れたのが、印象派という芸術運動だった。

 

▼ ※ 参考 印象派のモネ 『印象・日の出』 (この絵は展示されているわけではありませ)

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 だから、印象派の絵画というのは、当時の工学や色彩学の最先端知識に基づいて追及されたものだといえる。

 

 それに対し、この『フランス絵画の精華』展では、「人間をめぐる物語」が主題になっている。
 つまり、“理科系絵画” の印象派に対し、こちらは “文芸系絵画” といっていい。

 

 フランス革命前夜、パリのベルサイユ宮殿では、文学や芸術に造詣の深い哲学者、文学者、画家などを集めたサロンが催され、そこでは日々文芸の香りの高い会話が交わされた。

 

 そういうフランス宮廷の文化や教養が、この展覧会の作品すべてに横溢している。
 そこに、今日のわれわれの基礎的教養を培ったものの原型を見ることが可能である。

 

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