アートと文藝のCafe

アート、文芸、映画、音楽などを気楽に語れるCafe です。ぜひお立ち寄りを。

「うでまくら」(日暮し)で歌われた世界の終わり

 

f:id:campingcarboy:20211123013036j:plain

▲ 日暮し

 

 人間にとって、いちばん恐ろしいのは「恋愛の終焉」の場に立ち尽くすことである。

 

 もちろん、戦争や災害、食糧難による飢餓は恐ろしい。
 「今は細々と食っていけるけど、明日は食えなくなるかもしれない」という経済危機や雇用危機の方が、確かに「失恋」より深刻かもしれない。

 

 しかし、世の文学者や心理学者がいうように、恋愛が「自我の投影」であるならば、自我を投影した相手が自分から離れていくことは、すなわち自我の崩壊であり、いってしまえば「この世の終わり」である。

 

 一人の人間が、薄暗い部屋の中で、電灯もつけずに「失恋」を噛み締めるとき、地球温暖化の不安も、金融危機も、雇用不安も、ウイルス汚染も、身の周りの社会的事象が、すべて頭の中から消えている。
  
 そして、そのとき沸き上がる妄想は、ときに、相手を殺そうという意志に発展するかもしれず、あるいは、自分の生を、自分で絶つ決意につながるかもしれない。

 だから、失恋をテーマにした歌は、時として、鬼気迫るような「怖さ」を宿すことがある。

 
 そのことを端的に表現した歌がある。

 70年代に活躍していた「日暮し」というフォーク・グループが歌った『うでまくら』(1979年)という曲だ。

 

f:id:campingcarboy:20211123013123j:plain

  
 日本語で歌われた曲のなかで、これほど怖い歌を、私はほかに聞いたことがない。
 ここには、恋愛の終わり、いわば「この世の終わり」が、それらしい言葉など一言も使わずに歌い込まれている。

 

 

 歌詞は、次のようなものだ。

 

♪   ねえ、あなたの話は寂しくて
  雲の切れ間から、雨さえポツン
  ひとつここらで、話題を変えて
  昔のことでも話しませんか

 

  不意に巻き起こる、遠い日の影
   忘れられない、あの暑い日に
  あなたの腕枕で見た空の青さ

 

  あなたの心がもう見えない

  ひとつここらで、指切りはいかが
  あの頃のふたりに戻れるように

 

  さっきから話は、尻切れたまま
  流れる人波、あなたはうわの空


   水しぶき上げて、車が通る
   飛びよけた私から、あなたがこぼれた

 

  あなたの腕枕でもう一度だけ

 

  夢を見させて、愛の眠りで
  あなたの心が見えるように

    作詞・作曲 武田清一

  
 日暮しのサウンドの特徴は、透明度の高い叙情性にある。
 ヴォーカルを務める榊原尚美の声質に依るところが大きいのだが、高原の林の隙間から眺める湖のような、純度の高い清涼感が彼らの持ち味となっている。


  
 それは、時として、望郷の念に人を駆り立て、時として、異国の空の下を旅するような新鮮なときめきを呼び覚ます。
 彼らの歌には、常に前方に向かって開かれた世界が描かれている。

 

f:id:campingcarboy:20211123013326j:plain

 

 だが、この『うでまくら』で歌われた世界は、見事に閉じられている。
  
 歌詞を読んで分かるとおり、これは、男の気持ちが分からなくなった女性の立場をうたった歌だ。
 かつてあれほど愛しあった二人の記憶は、今はどこにいってしまったのか という「絆の喪失」がテーマになっている。

 

f:id:campingcarboy:20211123013349j:plain

  
 しかし、二人の関係は、まだ終わったわけではない。
 あくまでも、「相手が去りつつある」という予感だけが、影のように漂っているにすぎない。


 だが、実は、こういう状況がいちばん苦しいのだ。

 

 相手は、まだいる。
 自分の目の前に。

 

 しかし、その相手は、声は出しても、語ってはくれない。
 瞳はあっても、自分を見ていない。
 触っても、冷たい彫刻のようになっている。

 

f:id:campingcarboy:20211123013415j:plain

 

 主人公の女性は、たまりかねて、言う。
 「ねぇ、あなたの話は寂しくて」

 

 何が寂しいのか?


 それは、彼の話が、コミュニケーションとしての会話ではなくて、沈黙を埋めるためのモノローグになっているからである。

 

 声だけは発しているが、そこには、語るべき相手に気持ちを届けようという意志がない。
 それは、女にとって、ラジオから流れ出るアナウンサーの声を聞いているようなものだ。


  
 それでも彼女は、“人の形をしたラジオ” に向かって、必死に語りかける。
 「ひとつここらで、指切りはいかが?」

 

 何を誓うために、指切りをしようというのか。

 

 「あの頃のふたりに戻れるように」

 しかし、彼女には、自分が求めている「指切り」そのものが、すでに空しいことに気がついている。

 

 ♪ 流れる人波、あなたは上の空
 水しぶき上げて、車が通る
 跳びよけた私から、あなたがこぼれた

 

 こぼれる とは、もはや人間の存在を示す動詞ではない。
 男が、ついに 「物」 になった瞬間が、そこに描かれている。

 

 ここには、血のぬくもりを失った “異形の物体” が、じわっと浮上するときの 「不安」 が歌われている。

 

 かつて愛した相手が、ただの「物」に変わる。
 「世界の終わり」とは、このことを指す。

 

 日暮しにしては珍しい、いや、日暮しだからこそ表現できた、哀しく、恐ろしい歌であるように思う。