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陰謀論はウイルスである

  
 アメリカ大統領選も、選挙から3週間経って、ようやく決着がつく気配が見えてきた。

 トランプ氏がいまだ敗北を認めないまでも、国家の機密情報などを次期大統領のバイデン氏に移行させることを同意したことによって、ようやく一連の騒動に終止符が打たれる模様だ。

 

 しかし、それとは別に、いまメディアが関心を示している大統領選の話題に、もう一つのテーマが浮上してきている。

 それは、
 「アメリカ国民の間で、なぜ “陰謀論” がこれほど大きな影響力を持ったのか?」
 ということだ。

 

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 これについて、慶應義塾大学渡辺靖教授が、『文藝春秋2020 12月号』において「米大統領選を揺るがすQアノンの正体」という原稿を寄せている。

 

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 また、BS-TBSの『報道1930』(11月23日)では、『誰かが裏でアメリカを操っている 「陰謀論」』というタイトルで、国際基督教大学の森本あんり教授、慶應義塾大学の中山俊宏教授らをゲストに招き、アメリカ大統領選で浮上した陰謀論について語り合っている。

 

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 陰謀論といえば、トランプ支持者の間に広まった「Qアノン」が代表的なものとされるが、陰謀論そのものは最近話題になったものではない。
 1770年代から、ずっとアメリカ社会を覆ってきた問題だという。

 

 そこには、アメリカという国を支える人々の「特殊な思想」、「特殊な信仰心」などが絡んでいる。
 それを抑えておかないと、アメリカという国の真実を把握することはできない、と識者たちはいう。

 

 「報道1930」という番組では、アメリカの陰謀論の歴史を簡単に紹介していた。

 

 最初に、陰謀論らしきものがアメリカに登場したのは、1770年頃。
 世界制覇をもくろむ「フリーメーソン」という秘密結社が、アメリカの中央政府を操っているというデマだった。

 

 これはそのうち沈静化したが、1850年代になると、カトリック信者がプロテスタント信者を追い払おうとしているという陰謀説が広まった。
 これも次第にデマだということが分かり、そのうち下火になった。

 

 さらに時代が下り、1950年になると、マッカーシーという共和党上院議員が、「共産主義者アメリカ政府の転覆を図っている」と議会で訴え、またたく間にそのデマを国中に広めた(マッカーシズム)。

 

 このデマもやがて沈静化したが、「共産主義」に対するアメリカ人の恐怖はいまだに根強く残り、それが今回の大統領選でも、「民主党共産主義からアメリカを守る」というトランプ氏の主張を説得力のあるものにした。

 

 最近の陰謀論で有名なのは、「ディープステート」という考え方。
 これは、
 「今のアメリカは、闇の国家(ディープステート)に支配されており、それが国民をむしばんでいる」
 というもの。

 

 そのディープステートを組織しているのは、民主党のリベラル派議員や財界の金持ち、ハリウッドの大物スター、そして大手メディアの記者など。
 彼らは児童の人身売買や性的虐待に関わっており、自分たちだけの快楽にふけっているというのだ。

 実は、これが最近話題になっている「Qアノン」という “陰謀論信者” たちの主張だ。

 

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 こういうデマは、2016年頃からささやかれるようになったが、2020年にトランプ氏の二期目の大統領選が過熱するようになってから、
 「トランプこそディープステートと戦う救世主だ」
 という主張がトランプ支持者たちの間で広まり、トランプ氏を神格化する原動力となった。

 

 正常な神経を持った人には、このニュースの怪しげなところを即座に見抜けるだろうが、この情報を信じたトランプ支持者は選挙戦の後半、ますます過激になっていった。

 

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 その手の主張のなかには、
 「新型コロナウイルスは、トランプをおとしめるために、リベラル派の科学者が作り上げたものだ」
 とか、
 「コロナウイルスは、中国の生物兵器だ」
 などという “トンデモニュース” がまことしやかに入り交じり、ネットからネットへと、人から人へと、ものすごい勢いで拡散した。

 

 このような、Qアノンを中心とした人々が訴える「ディープステート」という陰謀論にはそれなりの根拠がある、と語るのは慶応義塾大学の中山俊宏教授だ。

 

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 「そもそも最初から、アメリカ人は連邦政府を信じていない」
 という。

 

 西部開拓時代、五大湖の岸に上陸し、そこから幌馬車を買って西へ旅した人たちが信じたのは、自分の家族とその周辺にいる仲間だけだった。

 

 やがてそのグループを中心に「町」がつくられる。
 そこでようやく、信じるに足る人々の数が、町の住人の規模にまで広がる。

 

 そういう「町」がいくつも集まって、「州」になるわけだが、「州」の規模にまで広がってしまうと、「町」の住人たちには、生活実感として「州」を把握することが難しくなる。

 

 その「州」の上に、「連邦政府」が君臨することになるわけだが、それは多くのアメリカ人にとっては、もう正体の分からないもの すなわち「ディープステート」そのものなのだ。

 

 そういった意味で、陰謀論が力を持つのは、基本的に、「連邦政府」の方針に関心のない地方(田舎)の人々の間である。
 
 こういう場所に住む人々には、「連邦政府」のやっていることはみなインチキ臭く思える。
 
 自由貿易の推進。
 移民の流入
 多国籍企業同士の連携。

 

 すなわち「連邦政府」が推進しているグローバリズムは、地方の労働者たちからみると、自分たちの暮らしや労働を奪う政策にしか見えなかった。

 

 実際、グローバリズムによって、工場がアメリカから他の国へ出ていったため、製造業の雇用が失われた。
 同時に英語を話さず、宗教も違う人たちが移民としてアメリカに流入してきた。

 

 こういう事態にさらされたアメリカの白人ブルーカラーからみると、「連邦政府」は信用のならない存在に思えてくる。

 

 そうなれば、「連邦政府」そのものが「ディープステート」に見えるまでには、それほど時間がかからない。

 

 白人ブルーカラーを中心に陰謀論が勢力を持つようになったのは、これまでアメリカ社会を構成していたヒエラルキー地殻変動が起きたからだという。

 

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 『報道1930』というニュース番組によると、アメリカ人たちの意識を規定してきたヒエラルキーはかつては、次のようなものだったそうだ。

 

 まず、社会の最下層に「難民」がいる。
 その次が「移民」となる。
 その上に、「白人ブルーカラー」がいて、さらに上に「白人ホワイトカラー」がいる。
 そのようなヒエラルキーの最上層に君臨するのが、白人大富豪である。

 

 このヒエラルキーのなかで、「女性」と「黒人」の社会的地位は、せいぜい「移民」と「白人ブルーカラー」の間ぐらいとされていた。

 

 ところが、1980年代以降、アメリカのグローバリズムが世界を席巻するにつれ、それまでアメリカ社会を構成していたヒエラルキー地殻変動が訪れた。

 

 「難民」、「移民」が労働力として認められるようになり、それにつれて、彼らの地位が向上した。
 それと歩調を合わせるように、「女性」や「黒人」の地位も向上した。

 

 相対的に地盤沈下を始めたのは、白人ブルーカラーだった。
 彼らは、「移民」、「女性」、「黒人」よりも下位の存在に見られるようになり、経済的にも困窮し、プライドも傷つけられた。

 

 それを “救った” のがトランプ氏だった。
 だから、白人ブルーカラーたちは、「トランプが仕事を取り戻してくれた!」と歓声をあげた。
 さらにいえば、トランプ氏は、白人ブルーカラーたちのプライドも取り戻したのだ。
 トランプ氏の神格化は、これによっていっそう強化された。

 

 陰謀論が力を得ていったのは、このトランプ氏の神格化と歩調を合わせている。

 

 トランプ氏が、大統領選挙の結果に不満を抱き、「私が選挙に負けたのは民主党が不正を働いたからだ」と氏が叫べば、それは “神の声” だった。

 

 もともとアメリカは、強固な信仰心を持つ人々が暮らす心宗教国家である。
 
 なにしろ、イギリスから、メイフラワー号に乗ってアメリカに渡ってきた最初の “アメリカ人” たちは、
 「自分たちは、汚れたヨーロッパの地を離れ、新しい大陸で神聖国家をつくるのだ」
 という理想に燃えて上陸した。

 

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 そのときすでに、自分たちの「聖なる生き方」と異なる宗教、民族、文化に対する警戒心と嫌悪感が彼らの胸の内に宿っていた。
 
 陰謀論というのは、このような “異質なもの” に対する警戒心と嫌悪感から生まれる。
 すなわち、そういう考え方が目指すものは、異物を排除するときの爽快感である。
 
 「爽快感」を求めるわけだから、陰謀論には科学も合理性も必要ない。
 
 よって、陰謀論はいつの時代にも、主張を変え、敵を変え、ウイルスのように人に取り付いてくるはずだ。