【山本勘助】(上) お屋形様、浮かぬ顔していらっしゃいますな。
【武田信玄】(下) そちの気のせいだ。ワシは楽しんでおる。ほら、庭の紅葉を見てみよ。良い眺めじゃろう。
【勘助】 日頃紅葉などに興味を持たれないお屋形様が、また今日はどうして庭など眺めておいでなのです?
もしや、NHKの大河ドラマ『麒麟が来る』に出てくる明智光秀や織田信長の評判を気に病んでいらっしゃるのではございますまいな(笑)。
【信玄】 そちは、ちと口が過ぎるぞ。あのドラマはワシのライバルである織田信長が滅ぶ話を描いておるのじゃ。だから、ワシはむしろ愉快な気持ちでいる。
それにあのドラマはそろそろ終わるぞ。
【勘助】 まぁ、そうではありますが、…… 本来ならお屋形様が、信長や家康を撃ち滅ぼすような脚本でもよろしかったと思いますがな(笑)。
【信玄】 そんなことは特に気にはしておらん … が、目障りではあるのぉ。
【勘助】 何が … でございましょう?
【信玄】 明智光秀という男、決してあのように眉目秀麗ではないわ。
【勘助】 これはしたり! 役者の演じる光秀役に、お屋形様が本気で関心を示されるとは(笑)。いつものお屋形様とは思われませぬ。
【信玄】 ワシは、あの役者の顔を見ていると、興が削がれると言ったまでじゃ。
実際の光秀があのようなイケメンであろうはずはなく、それこそ歴史の冒涜じゃ。
【勘助】 気になさいますな。明智ごとき武将などしょせん裏切り者でございます。後世のウワサもかんばしからずと。
それよりも、お屋形様が数々の武勲を上げられたことは、後世の歴史家が見逃すはずはございません。
【信玄】 ほんとうにそう思うか?
【勘助】 もちろんでございます。特に、上杉謙信と戦った「川中島の戦い」などは、戦国の合戦の白眉として後世の歴史を学ぶ者が称賛することでしょう。
【信玄】 待て待て。勝ったとはいえ、ワシは馬上から謙信に斬りつけられたのじゃぞ。
【勘助】 ご心配なく。しょせん、謙信が単騎突入してきたというのは負け戦の腹いせ。
一軍の将が、あのような軽挙妄動の振る舞いを起こすこと自体、頭の弱さを知らしめているようなものでございましょう。
【信玄】 そう決まったわけでもないぞ。後世、あの謙信の振る舞いを講談などに採り入れてはやし立てる講釈師が出るに決まっておる。斬りつけられたワシは、いい面(つら)の皮じゃ。
【勘助】 そこを堪えたからこそのお味方の大勝利。お屋形様のご威光が薄れることなどありますまい。
【信玄】 ところで、勘助。そちは何でここにおる? 川中島の戦いで死んだのではなかったか。
【勘助】 そのようなことを、あまり気にする読者もおりますまい。「信玄公」といえば、この「勘助」。2人揃ってこそ、武田の伝説というものが維持されるのでございます。
【信玄】 そのようなものかのぉ … 。
【勘助】 「信玄餅」に「勘助饅頭」。きっとこれが、後世にまで当地の土産物として残ることでございましょう。
【信玄】 「餅」として残ったとてしょうがないわ。この正しき信玄の姿を、どれだけ後の世に残すことができるのか、それを思うと、気も晴れぬわ。
なにしろ、ここ最近、このワシを主役としたドラマがさっぱり作られなんだわ。勘助、ゆゆしきことぞ。
【勘助】 何を申される。かつてはNHKの大河ドラマ『風林火山』にご出演なされたではないか。
【信玄】 あれはそちが主役ぞ。このワシは、引き立て役じゃったわ。
【勘助】 ならば、黒澤明の『影武者』がございましたぞ。
【信玄】 何を申すか。あれこそ「影武者」が主役の映画。本物のワシなど、ほとんど出んかったわ。
それに比べ、負け戦で名の売れた真田幸村のような武将を堺雅人が演じたり、戦国武将としては影の薄い黒田官兵衛を岡田准一が演じたりして、それぞれ評判をとっておる。
【勘助】 真田幸村も黒田官兵衛も小物でござる。
【信玄】 信長はどうじゃ? あやつは『信長の野望』などというゲームの主役を務め、いい気になっておるぞ。
このままでは、武田は、織田家、明智家にも真田家にも後塵(こうじん)を拝すことになろうぞ。
【勘助】 ならば、ここで後の世に残す大きな業績をつくらねばなりませぬな。
信長は、市場経済の先駆者などといわれ、一時は経営者向けの経済誌などの主役として引っ張りだこに成り申し、近代日本の創始者のごとき扱いを受けておりまする。
また謙信も、「義」に生きる爽やかな武将として再評価も高いとか。
お屋形様も、ここらで後の世の評価を万全なものとするセールスポイントをアピールするのが肝要と心得ます。
【信玄】 それ、それよ勘助。先ほどより、ワシはそのことを勘案しておったのよ。
そちが見たワシの美点とは何か。ざっくばらんに申してみよ。
【勘助】 信長、謙信になきもので、お屋形様だけが有している最大の力は、常人が逆立ちしても太刀打ちできぬ、その冴え渡った「智謀」でございましょう。
【信玄】 智謀か …。 『チボー家の人々』、マルタン・デュ・ガール。
【勘助】 …………………………。
【信玄】 どうした勘助。何か反応してみよ。
【勘助】 …… いや、申し訳ございませぬ。ちと聞き逃したようでございます。
【信玄】 そちは、今がっかりしたような顔をしたが、他に良き思案がなきと思ったゆえか?
【勘助】 いえいえ、良き思案が生まれましたでござりまする。
【信玄】 言うてみよ。
【勘助】 思えば、我らの旗印は『風林火山』。これを売り込もうではございませぬか。
【信玄】 どのように?
【勘助】 風、林、火、山。これ、みな「自然」を意味しておりまする。次の世は、アメリカの頭領バイデン殿が国を率いるようになり、パリ協定とかいう約定に馳せ参じるとか。
おそらく世を挙げて「環境問題」が大きく審議されることになりましょう。
【信玄】 なるほど。環境問題か。
【勘助】 そこで、先手を打ち、この『風林火山』を「自然の恵みを尊重する」エコロジーの旗印として、後の世に訴えかけてはいかがでござろう。
【信玄】 おお、それは妙案だの!
【勘助】 すなわち、まず「風」。これは風力発電を得んがための標語となす。
次なる「林」は、森林保護をめざしたるもの。
「火」というのは、石油や石炭といった化石燃料に頼ることなく、薪や炭といった天然資源によるエネルギーの獲得を訴えるもの。
そして、「山」とは、健康のための登山を奨励するがためのもの。
このように宣伝すれば、お屋形様の先見性を、否が応でも後世の者どもが認めることになりましょうぞ。
【信玄】 そちはなかなかの知恵者じゃのぉ。さすがは武田家の軍師じゃ。
【勘助】 なんの。お屋形様の頭の中にあるお考えを、この勘助、厚かましくも取り出しただけでござる。勘助一人では、とてもこのような知恵は回りかねまする。
【信玄】 しかし勘助、どのような形で、そのことを後の世に訴える所存ぞ。
【勘助】 それを書き留めた書状を頑丈なる大箱に収め、「武田の埋蔵金」と偽って、後世の者たちが発見するまで、地中に埋めておくというのはいかがでござろう。
【信玄】 なるほど。「隠れ軍資金」というウワサのみ流しておけば、後の世の者たちが、血なまこになって探し回るであろうな。
勘助、良き知恵を出したものよ。これで武田は安泰じゃ。