スポーツ・ライブ「エキサイティング大合戦 姉川篇」
【司会】 皆さんおはようございます。「エキサイティング大合戦」の時間がまいりました。
今日は「織田・徳川連合軍」対「浅井・朝倉連合軍」による姉川の合戦を実況中継したいと思います。
解説には、『週刊 合戦ファン』の編集長で、武蔵野歴史大学の准教授でもあられる田貫(たぬき)先生をお迎えしております。
先生おはようございます。
【田貫】 はい、おはようございます。
【司会】 先生、今日の対戦はですねぇ、武田信玄と上杉謙信の戦った川中島の第4戦以来のですね、久しぶりの大規模な合戦となりましたが、天候にも恵まれ、絶好の合戦びよりとなりましたね。
【田貫】 ええ。見事に晴れ渡った空で、ほんとうに気持ちがいいですねぇ。
【司会】 しかし、その澄み切った空の下では、必勝態勢で臨んでいる両軍の緊張した空気がみなぎっています。
ねぇ、先生。こういう大部隊が正面きって向かい合うという戦いは、なかなかそう簡単に実現しないものなんでしょうね?
【田貫】 そのとおりです。総動員した兵力が正面切ってぶつかり合う大開戦というのは、珍しいケースかもしれませんね。
大合戦になれば、たとえ勝っても兵力の損傷は避けられないわけでね、本音をいえば、どちらも全面衝突は避けたいわけですね。
しかし、今回はどちらもここで決戦を挑まなければ、この後の政治・軍事的展開がないという思いは同じでね。今回はやむを得ずの全面衝突になったと思いますがね。
【司会】 なるほど。…… 現在、早朝の午前5時を迎えたばっかりですが、すでに両軍の布陣は完了しており、姉川を挟んで、北に織田・徳川軍、その南側に 浅井・朝倉軍が布陣を終りまして、両者ともに戦闘開始の合図を待っているという緊迫した状態になっております。
… ええ、それでは両軍のスターティング・ラインナップを紹介します。まず織田・徳川軍ですが、こちらは全軍を12段に分けて構えております。
第1陣は坂井政尚の部隊。
第2陣が池田恒興の部隊。
そして第3陣が木下藤吉郎の部隊。
以下、柴田勝家、 明智光秀、 稲葉一鉄の部隊と続いております。
そして、織田軍12段の左翼には 徳川家康率いる三河軍団が控えるという布陣です。
一方、浅井・朝倉軍の布陣は、右翼に朝倉軍、左翼に浅井軍が陣取り、浅井軍の第1陣を 磯野丹波守が受け持ち、こちらは全軍が一丸となって密集する、いわゆる魚燐の陣を展開しております。
兵力は、織田・徳川軍が2万5千。対する浅井・朝倉軍1万8千。
兵力的には織田・徳川軍が優位に立っておりますが、士気においては両軍ともに気合が入っている様子で、どう決着がつくか、まったく予断を許さない状況になっております。
さて、田貫先生、この両軍の布陣をどう思われますか?
【田貫】 面白いのはですねぇ、今ちょうど徳川軍には朝倉軍、そして織田軍には 浅井軍が向き合う形になっていますけれど、これって、両者とも少ない軍勢が多い軍勢と向き合うという形なんですね。
徳川軍5千に対して、朝倉軍1万。いっぽう織田軍2万に対して浅井軍8千。
両方がですねぇ、少ない部隊で敵の多い部隊を迎え撃つという布陣ですが、このあたりが今後どういう展開になるのか、非常に興味深いところですね。
【司会】 そうですね。さて、伝令の役目を務める母衣(ほろ)武者の動きも活発になってきて、どちらが先に動き出してもおかしくはない状況になってきました。
ここで、織田軍の本陣の様子をレポートしてみたいと思います。ええ、織田信長の本陣には木村レポーターがおります。
木村さん、木村さん、織田軍営の様子をどうなっておりますでしょうか?
【木村記者】 はい、木村です。ただいま私はですねぇ、織田信長の本陣がある龍ヶ鼻(りゅうがばな)におります。
今日は、朝からすでに陽射しが強く照り付けておりましてですね、そのせいか、もうセミがジンジンとうるさいほどの、鳴き声をあげております。
私のいる50m先にはですね、織田信長が指揮を採る陣幕がありまして、白地に「木瓜」を染め抜いた陣幕が張りめぐらされておりまして、いかにも織田本営がここにあるという威厳をあたりに漂わせています。
先ほど 黒の南蛮塗りカサを被った織田信長が中に入っていく様子が見えました。
これほどの大決戦の前だというのに、織田信長の衣装は予想外に軽装で、白いユカタビラにですね、五三の桐の紋様を抜いた薄茶色の羽織をはおっただけという、まるで花見にでも出かけるようなスタイルで陣幕に詰めております。
陣幕の中は意外と静かで、人の話し声もあまり聞こえてきません。
すでに作戦会議は終了してですねぇ、各人がそれぞれに持ち場に散って待機している状況で、今は静かに戦端が開かれるのを待っているだけと思われます。
ええ、陣幕の周りにはですね、ものものしい甲冑で身を包んだ警護の武士達が鋭い目つきで警戒しておりまして、ちょっと報道陣も近づけない状況です。
織田信長の本陣からの中継を終ります。
【司会】 はい、木村さんありがとうございました。
それでは、本日の第3陣を勤めることになった木下藤吉郎部隊のところにバッキー記者が行っております。
そのバッキー記者とマイクがつながったようです。
バッキーさん、バッキーさん、木下部隊の状況をお伝えください。
【バッキー記者】 はーい。私は今、木下部隊の中でその先頭を受け持っている蜂須賀小六大将の隣にいます。
こちらはですねぇ、先ほど主だった部隊長を集めた軍議が催されてですね、参謀役の竹中半兵衛を囲んで、個々の作戦が言い渡された模様です。
部隊長の蜂須賀小六さんに ちょっとお時間を頂いておりますので、簡単なインタビューを行いたいと思います。
「蜂須賀さん、今のご心境はどうでしょう?」
「それがし、先ほどより味方の陣形をうかがうに、左手先鋒には徳川殿の堅陣にて、われらの前方は坂井、池田の備えにござりますれば、まず何の心配もなきものと存知たてまつります」
「はぁ、それで、今日の戦いの目標をどこにおかれておりますか?」
「ハハハ、それがしがごときは、取るに足らぬ武辺者にて、目指すべきものなど特にあらず。
ひたすら武辺の技を競い、運良く一命ながらえば、ただただ浅井の本陣をめざし、久政の首取るまでにござりまする」
「分かりました。武運長久をお祈り申し上げます」
蜂須賀小六さんでした。
【司会】 バッキーさんありがとうございます。
ところで、今ですね、どうやら浅井軍の前衛部隊が姉川を渡河しはじめた模様です!
あ、動き始めてますね。
いよいよ、この夏最大の合戦といわれる姉川の戦いの火蓋が切って落とされた模様であります。
それではマイクを切り替えて、浅井軍の先鋒隊に密着している塩沢記者に切り替えます。
塩沢さん、塩沢さん、ついに朝井軍が動き始めましたね。
【塩沢記者】 はい、塩沢です。先ほど、織田勢の鉄砲射撃に呼応する形でですね、浅井側の猛将として知られる磯野丹波守の先陣が、雄たけびを上げながら、ついに突撃を開始しました。
いま私はですね、戦闘集団より10mほど後ろをですね、マイクを持ちながら追いかけているところですが、騎馬武者の走る勢いが強くてですね、時々馬のひずめに駆けられ、転びそうになっております。
私の前後は、槍を小脇に抱えた雑兵部隊が、形相も荒々しく、ときの声を上げながら、全速力に近い速さで河を渡っていきます。
すでにですね、対岸からの織田軍の鉄砲も激しさをましてですね、私の耳元にもヒューン、シューンという弾丸のかすめる音がしきりに鳴っています。
一人、また一人とですね、弾丸に貫かれて立ち止まり、そのまま 水の中に足を折ってしゃがみこむ兵士が続出していますが、ほとんどの兵はですね、倒れる仲間を振り向くこともなく、いま対岸目指して突進しています。
【司会】 塩沢さん、塩沢さん、気をつけてくださいね!
【塩沢】 はい、大丈夫でーす!
あ、撃たれました! わぁ、右肩に衝撃が …
【司会】 塩沢さん、塩沢さん、大丈夫ですか?
【塩沢】 もう … だめです。妻と子をよろしく …
【司会】 ええ、浅井軍の戦闘部隊に随行していた塩沢記者が負傷した模様です。
ええ、それでは織田軍にいるバッキー記者にマイクを切り替えます。
バッキーさん、織田軍の様子をお伝えください。
【バッキー】 はーい、いま私がいるところは、織田軍の前衛です。
こちらはですね、先ほど突撃してくる浅井軍に対して、第1陣の坂井政尚隊が しきりに鉄砲を撃ちかけて、食い止めようとしていたのですが、どうやら、浅井軍が鉄砲の射程距離内に完全に入りこんだためにですね、もう白兵戦に突入しています。
なにしろ、水に足を取られての闘いですから、両軍とも思うように身体が動かなくてですね、刀と槍を振るった体力勝負の闘いになってきている模様です。
とにかくですね、わぁ! いま私の隣にですね、すでに大きな刀を振り回した相撲取りのような浅井軍の兵士が突入してきておりまして … 、
わぁ! もうどちらが敵か味方か分からない大乱戦になっております。あぁ …!
もう「報道」の腕章もあまり効果がありません。すでに戦闘開始5分ぐらいでですね、織田軍の坂井部隊は 完全に指揮系統が混乱して、壊滅状態になっています。
そして、逃げる坂井隊の兵が第2陣の池田隊に逃げ込んできておりましてですね、もう池田隊も大混乱に陥っています。
わぁ…! 今、弓矢が私のですね、ズボンをかすってちょっと血がにじんでますね。
【司会】 バッキーさん、バッキーさん、もう結構です。そこを避難してください。
【バッキー】 はい、いま私はですね …………… 、あ、違うの、違う、私は「報道」なの!
あ、ダメ、あッ痛い、ギャーアー !!
【司会】 バッキーさん、バッキーさん? 聞こえますか? バッキーさん…
…… ちょっとバッキー記者との連絡が悪いようです。
ええ、残念ながら放送時間がそろそろ終了しそうです。
この合戦の結果はですね、今晩の「ニュース24時」でたっぷりご紹介したいと思います。どうぞそちらの方をお見逃しなく。
それでは、姉川からの実況を終わらせていただきます。先生、今日はどうもありがとうございました。
【田貫】 はい、どうもありがとうございました。
【司会】 「エキサイティング大合戦」を終ります。