“ウクライナ危機” に対して、日本のYOUTUBERたちがどのような意見を持っているのか。
それを知るために、いくつかの動画サイトを覗いてみた。
すると、いま意外なことが広がりつつあることが分かった。
というのは、「プーチンの正義」を謳うYOUTUBERたちがけっこういて、それぞれ活発なサイト運営を行っているのだ。
たとえば、「SHIMAKURA BIZch」というチャンネル名で情報発信を継続している動画。
これを発信している島倉大輔という人は、現在経営コンサルティングの会社を経営しているビジネスマンだという。
この動画で訴えられているのは、次のようなことだ。
「ほとんどの日本のメディアは、ロシアのプーチンを “悪” だと決めかかっている。しかし、そのように理解していると、世界の常識から取り残されてしまう」
このYOUTUBERは、「プーチンの戦いには、日本人の知らないしっかりした理由がある」という。
こういう論法で語られ始めると、確かに好奇心が湧く。
いったい彼は何を言おうとしているのか?
ついつい引き込まれてしまう。
しかし、動画が始まって2~3分した段階で、私はもう違和感を覚えた。
ものすごい上から目線なのだ。
「ほとんどの日本人は、メディアの一方的な情報に踊らされているだけで、本当のことを知らない。だから自分がこれからウクライナ問題の本質を教えてやる」
そういう感じの、聞き手を小馬鹿にしたような口調が延々と続く。
彼はいう。
「自分は、“ロシアが良いとか悪い” などという話にはまったく興味がない。そんなことを言ったところで意味がない。
それよりも、今起こっていることの真実を述べたい。
日本のメディアの報道を信じているほとんどの人は、ウクライナは可哀想な被害者だと思い込んでいるが、それは戦時中の “大本営発表” というニセ報道をそのまま鵜呑みにしている哀れな人たちと同じだ」
これを聞いて、腹が立った。
今ウクライナの民間人がロシアの攻撃にさらされて、たくさんの命を失っている。
一方、ロシア兵たちも、戦闘の経験のない若い兵たちを中心に多くの人間が戦死している。
そういう状況に心を痛めることもなく、この人は、
「ロシアが良いとか悪いなどという話にはまったく興味がない」
と、無慈悲に言い捨てている。
さらに、この人は、
「自分がそういうことを言うと、お前はロシアの工作員なのか?」などと頭の悪い批判を浴びせてくるリスナーが多いが、「日本人の国際政治リテラシーは驚くほど低い」と嘆く。
しかし、このような冷徹な認識から得られる “真実の話” などに、どれほどの価値があるというのか?
こういう(一見冷静な)合理性を装った説話ほど、罪の深いものはない。
ま、そこは目をつぶるとして、この人が言いたい “真実” 、すなわちウクライナ問題で本当に “悪い” のは誰なのか?
まず、そこに踏み込んでいきたい。
で、その “悪者” というのは、この動画のタイトルにもある「DS(ディープステート)」だという。
聞きなれない言葉だと思う方もいるだろうが、これは2020年のアメリカ大統領選挙(トランプ対バイデン)のときに、トランプ支持者たちが口に出し始めた言葉だ。
「影の政権」
あるいは、
「闇の政府」
とでも訳せばいいのだろうか。
その正体は、悪魔を崇拝する小児性愛者の秘密結社であり、その構成員は、児童人身売買や、児童を相手に淫らな性欲を満足させている。
そういう人間として、ジョー・バイデン、バラク・オバマ、ヒラリー・クリントン、ナンシー・ぺロスなどという民主党政治家が名を連ねている。
その背後にはユダヤ資本があり、ネオコン(新保守主義者)と呼ばれる保守層が脇を固めている。
その総本山はバチカンにあり、ローマ教皇自身が大悪魔として君臨している。
さらに彼らは、中国共産党とも手を組み、民主主義諸国の正義をくつがえそうとしている。
2020年のアメリカ大統領選において、こういう「ディープステート」勢力と戦ったのが、トランプ氏であり、彼こそがアメリカを救う正義のヒーローなのだ。
ざっとこのように説明すると、ディープステートというものがいかなる存在か、漠然としたイメージが湧くだろうか。
はっきりいうと、これは「陰謀論」である。
主張は支離滅裂だし、論理に一貫性がない。
子どもでもすぐに「何か変だぞ?」と感じる荒唐無稽な話だ。
しかし、概して陰謀論というものはそういう性格を持っている。
事実関係が混乱している方が、かえっていろいろな人の嗜好にフィットしやすいからだ。
2020年のアメリカ大統領選では、そういう陰謀論を吹聴する集団として「Qアノン」というグループが注目を集めた。
この「Qアノン」は、アメリカだけにとどまらず、日本でも信者を増やし、それに感化された人々が、わざわざアメリカに渡って、(選挙権もないくせに)「トランプ支持」を地元のアメリカ人に訴えた。
では、この陰謀論と今回の「ウクライナ問題」は、どう結びついてくるのか。
それに関して、「SHIMAKURA BIZch」という動画を管理している島倉大輔氏は、自作動画の解説を次のように進めていく。
ロシアのプーチンは、アメリカのディープステートとつながっていた東欧の地盤を壊滅させようとして今回ついに動き出した。
ウクライナ国内では “反ロシアキャンペーン” を張るディープステート勢力が台頭し、ナチスと同じような犯罪的政権を打ち立てて、ウクライナ領内の親ロシア住民を虐殺するという暴挙に出た。
その実行部隊となったのが、ディープステートがつくった “ヤクザ集団” たち。
(プーチンはこれをネオナチと呼ぶ)
ネオナチは、テロを行う技術に長け、人民に麻薬に流行らせ、敵対する者を容赦なく殺戮する。
その背後には、アメリカのネオコン(新保守主義)がいる。
ネオコンはアメリカの軍事産業と結託しているから、いくらでもネオナチ集団に最新の武器を提供する。
そうすれば、そのこと自体がアメリカの武器商人たちを潤すことになる。
ウクライナでは、このネオナチが「反ロシア」の旗印に結集し、あらゆる犯罪に手を染めている。
プーチンは、この運動がこれ以上広がらないよう、ついに立ち上がった。
つまり、プーチンの敵は「ウクライナ」という国ではない。
彼が相手にしているのは、ウクライナ国内の「ネオナチ」グループであり、これをウクライナから一掃するまで、プーチンは手を引かない。
だからこの戦いには終わりがない。
以上が「SHIMAKURA BIZch」島倉大輔氏の解説である。
この解説、どこか怪しくはないか?
まず、プーチンが戦っているというネオナチの母体である「ディープステート」なるものが、はたして存在するのかどうか。
島倉氏は、詳しい説明もないまま、いきなり「ディープステート」なる概念を持ち出してくるが、「陰謀論」を分析するどんな学者や識者からも、この「ディープステート」という組織が実体をもったものであるという証明はなされていない。
次に、ウクライナのネオナチが、親ロシア派住民を虐殺したという事実はあったのか?
これについては、ある文献によると、ネオナチ的組織がウクライナにあったというのは事実であるらしい。
だから、ウクライナ東部では、彼らが親ロシア派住民と小競り合いをした可能性はあったかもしれない。
しかし、ロシア側が「ウクライナ侵攻」の理由にしたような「大量虐殺」が行われたという事実はない。
この件に関しては、OSCE(欧州安全保障協力機構)が立ち会って調査し、何もなかったことを確認している。
もし、ロシア側の主張が本当ならば、国連の常任理事国であるロシアは安全保障理事会で提訴すればよかったはずだ。
しかし、ロシアはそれをしていない。
提訴するに足る確固たる証明ができないと踏んだからだろう。
このように、ウクライナ危機の本質を、「プーチンとネオナチ」との戦いだと主張するYOUTUBEは、まだほかにもある。
及川幸久氏の「THE WISDOM CHANNEL」である。
この動画を主宰している及川氏(幸福実現党の外務局長)もまた、「日本のマスコミは偏向報道である」という視点でプーチンの戦いを解説している。
彼は、ロシア軍によるウクライナ人民への無差別攻撃というのは、実はフェイクニュースだと言い切る。
たとえば、「プーチンが侵略した」ということを訴えるイギリスの新聞の写真そのものが、2018年のどこかのガス爆発を伝えるときの画像がそのまま使われているという。
さらに、「ウクライナの都市に落とされたロシア側のミサイル」という映像を取り上げ、これもロシア侵攻よりもそうとう以前に撮られた別の爆発画像だと指摘する。
つまり、ウクライナ側が受けている “無差別攻撃” というニュースそのものが何者かによって捏造されているのではないかという視点を彼は提出するのだ。
では、何者がこのようなフェイクニュースを流しているのか?
及川氏もまた、
「それを行っているのがウクライナ政権の中枢に居座るネオナチだ」
という。
ゼレンスキ―政権の周りには、ネオナチ集団がびっしりと群がっており、それが反ロシア的行動をとるように、ゼレンスキ―大統領に迫っている。
そこに目を付けたのが、アメリカのネオコンで、東欧圏における「反ロシア」政策を強化するために、政権内のネオナチ集団をサポートするようになった。
ウクライナ東部における親ロシア派住民の虐殺なども、彼らネオナチの仕業である、と及川氏は語る。
ここまでは、最初に紹介した島倉大輔のYOUTUBEとほとんど同じである。
及川氏も、ネオナチが行った親ロシア派への大量虐殺行動を規定事実のように語る。
しかし、それがどこから出たデータなのか、何を根拠にした説なのか、はっきりとした言葉で証明しようとしない。
この事件に関しては、(繰り返しになるが)国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)や、OSCE特別監視欧州評議会を含むいくつかの国際機関が調査したが、ロシアの主張を裏付ける証拠を発見することはできなかったという。
それを例にとり、国連のグテーレス事務総長は、東ウクライナでネオナチによるロシア系住民への「ジェノサイド(大量虐殺)」が行われたとするプーチン大統領の主張を一蹴。
この地域に侵攻したロシア軍は「平和維持部隊」などではないとの認識をはっきり示している。
それにしても、日本で “ブーチン擁護” を繰り返すYOUTUBERたちの主張には驚くほど似たところがある。
彼らがともに問題視しているのは、「ディープステート」という闇組織。
そして、その影響下で暗躍するアメリカのネオコン。
ネオコンのサポートを受けて、犯罪の実行部隊として活動するネオナチ。
ウクライナ問題でプーチンの姿勢に理解を示すYOUTUBERたちの主張は、まさにその点で共通している。
さらにいえば、ロシア軍がウクライナに侵攻しているのは、みな「ディープステート」という闇組織との戦いだと断じているところが同じだ。
すなわち、彼らは自説の展開をまったく「陰謀論」に依拠している。
そのことの是非をここでは問わない。
「プーチン擁護」の根拠を陰謀論から援用しようが、それはそのサイトの運営者の自由だから、他人が非難したところで始まらない。
ただ腹立たしいのは、彼らが、「これぞウクライナ問題の真相だ!」などと提示する “のんきさ” 、あるいは “無神経さ” だ。
あんたたちが、インテリぶったしたり顔で、YOUTUBEのカメラの前でしゃべっている間に、ウクライナの民間人は殺戮され、歴史的な文化施設は破壊され、ロシアの若い兵たちは戦死している。
「プーチンが戦争を始めた意味は何か?」
などと分析する時間があるんだったら、少しでも早くこの戦争を終結させるための知恵を絞れよ。
今は、一人でも多くの日本人が、ウクライナ・ロシア戦争を終結させるために、声を出しているときなのに、こういう “のんきな” YOUTUBEを発信し続けている人たちに対し、「この動画を見て、プーチンに同情するようになった」などと無邪気な反応を示す読者も増えている。
いいのか? それで … 。
なお、島倉氏が管理する「SHIMAKURA BIZch」というYOUTUBEは下記で閲覧できる。
及川幸久氏の「THE WISDOM CHANNEL」は下記で。