プーチン大統領のロシア軍が隣国ウクライナに侵攻して2ヶ月が経ったが、相変わらず、各国のニュースが戦況の報告に時間を割いている。
そういう報道のなかで、
「ロシアは悪。ウクライナは善」
という単純な二分法を批判する意見が目立つようになってきた。
日本では、特に作家、映画監督、政治評論家など、周囲から「インテリ」と目されるような知的な職業に就いている人に多い。
こういう意見に、私は半分だけ同意する。
戦争の当事者たちは、どちらも「自国の正義」を拠りどころにするものだから、第三者の主観的な直感だけで真実を判断できないという見方が成立する余地は、確かにあり得る。
そういった意味で、ロシアとウクライナを「善悪二元論」で片づけることの危うさに私も気づいている。
だけど、どう考えたって、「プーチンは悪い」という直感が誤っているとは思えない。
悪いものは悪い。
少なくとも、自国の “正義” を貫くために、他国を武力で侵攻することが正しいとは論理的にも倫理的にも言えないはずだ。
20世紀の世界史を振り返ってみても、自国の勝手な主張に頼って他国に武力介入した国は、例外なく失敗し、「悪」の烙印を押されている。
ポーランドやチェコ、フランス、さらにロシアを併合しようとしたナチスドイツしかり。
中国や東南アジアに進出した大日本帝国しかり。
北朝鮮も、朝鮮半島の統合を試みたが、国連軍に38度線まで押し戻され、その後は朝鮮半島の「ならず者」的な扱いを受けている。
冷戦後ベトナムに戦争を仕掛けたアメリカも、「帝国主義」の烙印を押され、その政治的・軍事的な敗北においてトラウマを負った。
このように、軍事的に他国に侵攻した国は、ことごとく敗れ去り、最後は「悪」の汚名を着せられる宿命から逃れることはできない。
おそらく、ロシアもそうなる。
そういう「悪の滅亡」が法則化されている世の中で、ロシアのプーチン氏だけは、自分の試みは成功すると思っているのだろうか?
「思っている」と観測する意見は多い。
オーストリアのネハンマー首相は、モスクワでプーチン大統領と会談したあと、
「彼は戦争に勝っていると信じている」
と報道人に対してうんざりした表情でコメントした。
プーチン氏には独特の信念があって、それは次のようなものだという。
「EUやNATOの西側諸国は、民主主義を拠りどころにしているが、民主主義というのは、国民がわがままを言い始めると分裂してしまう。
それに対し、ロシア人は民主主義のような頼りないものを信じていないため、最後は政治的に勝利する」
彼が本当にそう明言したかどうかは分からない。
ただ、おそらくプーチン氏の理念を言葉にすると、そうなるはずだ。
現在、西側諸国が恐れているのは、プーチン氏が核戦争を起こすかどうかだということだ。
核兵器には地域限定的な「戦術核」と、広範囲なエリアを焦土化する「戦略核」の2種類がある。
もし片方が「戦略核」を使用すると、相手方もその報復として「戦略核」を放って対抗しようとする。
そのような戦略核の応酬となれば、ヨーロッパやアメリカの主要都市も、ロシアの主要都市も壊滅的な被害を被ることになる。
こういう不安は、ロシア国内でも巻き起こっているらしい。
ただし、ロシア人のなかには、世界が核被害を受ける「第三次世界大戦」を容認する声もあるという。
ある日本のテレビ番組で、ロシアの国営放送の様子が伝えられていた。
男女を含んだ数人のロシア人キャスターが討論している様子が紹介されていた。
女性キャスター 「このままでは核戦争が起こるかしら?」
男性キャスター 「西側諸国が挑発を止めないかぎり、そういう可能性はあるね」
女性キャスター 「困ったことね」
男性キャスター 「あいつらはバカだから、核の怖さを分からないみたいだ」
女性キャスター 「でも、人間はいつか死ぬのだから、私は気にしないわ」
男性キャスター 「核戦争で死んでも、ロシア人はみな天国にいける。しかし、西側の住民は、ただ “死ぬ” だけだ」
こういうやりとりが本当にあったのかどうか。
もしかしたら、これは西側諸国がたくらんだフェイクニュースかもしれない。
しかし、もし上記のようなやりとりが本当だとしたら、ロシアの国営放送の恐ろしさが如実に分かるエピソードだ。
実際、プーチン氏は「核戦争」の結末をリアルにイメージしていない可能性がある。
なぜなら、
「この世にロシアがいない世界など、生き残っても意味がない」
と、何かのついでに発言したという話もあるからだ。
この発言の真偽も、裏がとれていない。
しかし、いかにも彼が言いそうな話だ。
この究極の自暴自棄ともとれる発言は何を意味するのか?
プーチン氏が、「国家」というものを、合理的な存在として見ていないことを意味している。
彼が考えているのは、経済や政治の総合的なシステムとしての近代国家ではなく、中世人たちが考えていたような「神聖国家」である。
そのイメージには、ロシア正教的な「ルースキーミール(ロシアの世界)」という宗教的・神秘的な国家観が反映されていることは確かだが、それを支えるものとして、「朕は国家なり」という彼自身の自己肥大妄想も影を落としている。
プーチン氏は「歴史」というものに極度な関心を示し、特に、ロシア史のエピソードに関しては、歴史学者顔負けの知識を蓄積しているという。
なかでも、ピョートル大帝やエカテリーナ2世(写真下 ロシアドラマより)といったロシアの偉大さを誇示した皇帝たちの話が大好きで、自分もそれに負けない大英雄になることを夢見ているという話もある。
このように、歴史を深掘りするということは、「垂直軸の思考方法」を身に着けることを意味している。
そのとき、現実の世界地図を広げて情勢分析するような「水平軸の思考」は意識のかなたにフェイドアウトしていく。
つまり、プーチン氏にとって、現在侵攻しているウクライナという隣国は、地図を広げたときに目に入ってくる「他国」ではなく、「(これから編入される)ロシアの領土」でしかないということなのだ。
このように、ロシアという「領土」と自分が一体となったプーチン氏の思考では、「自分が理解できない世界は抹殺してもかまわない」という発想しか生まれてこない。
現在、ロシアからの「頭脳流出」が話題になっている。
海外に逃れているのは、IT 企業の経営者やその技術者だ。
グローバルな電脳世界で活躍する彼らにとって、IT にもAI にも関心のないプーチン氏が仕切るロシア世界というのは、息苦しいだけでしかない。
こういう頭脳流出がどれだけロシアの未来を貧しいものにしてしまうか、プーチン氏には分かっていないようだ。
自己肥大化願望を、軍事のみで満たそうとするプーチン氏の凋落はすぐそこまで来ている。