アートと文藝のCafe

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虫料理の話

 昔、キャンピングカーで北信州の立ち寄り温泉に行ったときのことだった。

 

 駐車場にキャンピングカーを止め、「さぁ、風呂にでも入ろうか」とお風呂セットを手にして、エントランスドアから出た。
 
 ドアを開けた音に驚いたのか、すぐ近くの木に止まっていたセミが、宙高く飛び上がった。

 

 セミの姿が、大空の小さな点になろうとしたとき、山から急降下してきたカラスが、まっしぐらにセミに追いつき、パクっと飲み込んだ。

 

 見事な空中ハンティング。
 セミにしたら、何が起こったのか分からないうちに、カラスの胃袋に飲み込まれたというわけだ。

 
 それを見ていて、ふと感慨が湧いた。

  
 「セミっておいしいのだろうか?」

 

 日常的な意識がそこでスパっと断ち切られ、今まで想像したことのない、新しい食生活に対するイメージが広がった。
 
 セミは食べたことがない。
 あまり食べたいとも思わない。
 しかし、中国の山奥には、セミの唐揚げという料理があって、食べた人によると、
 「カリッとした口あたりで、海老の頭を天ぷらにしたような味だった」
 という。
 
 しかし、昆虫を食べる文化というものは、日本にもある。
 イナゴの佃煮や、蜂の子料理などは有名だ。
 
 ただ、基本的に、欧米には「虫を食べる」食文化がないから、欧米料理が日本に入ってくるようになってからは、日本においても、虫料理は発達しなかった。

 

 ヨーロッパに虫料理が普及しなかったのは、熱帯雨林に囲まれた地域と比較すると、針葉樹林の多いヨーロッパには虫が少なかった という地域的な問題に過ぎないという人もいる。


 ヨーロッパでも、地中海に沿った古代ギリシャ古代ローマでは、セミの唐揚げを食べていたという文献が残っているという。
 
 現在ヨーロッパに残っている “虫料理” は、フランス料理のエスカルゴ(カタツムリ)ぐらいか。
 エスカルゴは、元来泥臭い生物だが、にんにくとバターを効かせて泥の匂いと味を薄めるとおいしい。食感はコリっとしていて、貝に近い。
 
 しかし、足と羽のある昆虫には、なかなか食指が動かない。

 
 足の先にギザギザしたトゲが付いていたり、黒光りする羽があったり、あるいは粉っぽい羽があったりすると、口の中に入れたときに、…… あのギザギザの足や、セロファンのような薄い羽が、ノドにひっかかるような気がする。
 それを想像しただけで、もう、胃がキュッと半分くらいに縮まる。

 

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 ま、そういう拒否反応は、たぶんに視覚的なものから来るのだろう。


 子供の頃は、好奇心が強いから、身の回りにいる猫や犬と違った形態を持つ虫に興味を感じる。

 しかし、大人になると、そのあまりにも人間や哺乳類と “異なる形態” が、だんだんおぞましく思えるようになってくる。
 
 だから、人間と異なる形態の代表格であるゴキブリが、“神聖なる” わが家に顔を出すと、野山で見る以上に、おぞましく感じられてしまうのだ。

 

 特に、あの黒々と油の乗ったような背中が、家具の隙間などに隠れてしまうと、自分の家なのに、家そのものが、もう自分たちでは管理できない別世界になってしまうような気がする。
 それほど、あの薄べったい背中は、気味が悪い。
 

 
 でもやがて、そういう虫を、人類が常食するような時代が来るのかもしれない。
 
 栄養学的にいうと、虫はなかなか理想的な食材なんだそうだ。
 例えば、蛾のさなぎや幼虫は、その乾燥重量の50%がタンパク質であり、ミネラル類にも富むという。

 

 さらに、加熱することで雑菌等の問題もなくなるので、食糧不足が深刻になってくると、人口孵化させた「養殖蛾のさなぎ」などがスーパーやコンビニで売られるようになるかもしれない。
 
 ただ、そのパッケージに、生々しい蛾のイラストが描かれると、ちょっと抵抗を感じる人が多いだろう。
 だから、チャーミングでコケッティッシュな、イラスト化された “蛾美人” などが登場することになる。
 
 そのうち、カニチャーハン、エビチャーハンと並んで、蛾チャーハンとかも登場するかもしれない。

 イタリアンでは、蛾のさなぎスパゲティ・トマトソースだとかが人気メニューになる可能性もある。

 

 そのうち、寿司のネタとしても登場するだろう。
 「大将! 蛾の軍艦ね!」
 とか。
 
 で、「大将! 今日の蛾は、甘みと酸味のバランスがちょうどいいねぇ! 舌に載せるとトロけそうだね」
 「そうですよ、これアマゾンの “蛾牧場” から航空便で取り寄せた極上モノですから」
 「なるほど! やっぱり違うねぇ」
 
 … とかいう会話になるのかなぁ。