最近のニュースを見ていると、アメリカにおける黒人と白人の人種対立が激化している様子が伝わってくる。
黒人音楽を通じて黒人文化に親しみを感じてきた私には辛い話だが、今回のコロナ禍が、黒人と白人の労働環境の違いを浮き彫りにしてしまったような気がする。
こういう差別意識は、昔からあった。
私も一度だけ、アメリカでその一端を覗き見したような経験があった。
もう50年ほど前の話だ。
日本で手に入らないR&Bのレコードを買い付けるために、サンフランシスコとロサンゼルスに行ったことがあった。
日本で、「R&B」を聞かせる店を開きたかったのだ。
そんな店を営業しながら、黒人音楽のレコードなどに付いてくるライナーノーツなどを書く。
それが、20代を迎えたばかりの自分の夢だった。
「こりゃ人間が歩く街じゃないや」
初めてのロサンゼルス。
いやぁ、びっくり。
飛行機が機首を下げて空港に近づくにしたがって、それこそ地平線のかなたまで「街」が広がっている。
それも、「整然」という言葉がぴったりの、超人工的な雰囲気なのだ。
見ていると、平屋の家屋が多い。
2階以上の建物を見つける方が難しい。
土地が広いということは、そういうことか … と思った。
予約していたホテルに着いて、ますます面食らった。
ダウンタウンまで歩いて、きままにレコードショップを探す。
…… そんなことができるような街ではなかった。
ホテルの玄関から外を見回しても、「人」が歩いていない。
路地というものがない。
すべてが「メインストリート」なのだ。
動いているのは自動車だけ。
ヒューマンスケールで造られた日本の都会とは違って、ここは徹底的に「自動車のスケール」で都市計画が進められた街であることが分かった。
ようやく見つけたライブコンサート情報
それでも、とにかく「黒人音楽」の匂いのする場に近づきたかった。
ロビーに、その日のイベントスケジュールのようなものを掲載したニュースペーパーらしきものが置かれていたので、それをむさぼるように読んだ。
「ボビー・ウーマック&オージェイズのジョイントコンサート」
それが本日「グリークシアター」というところで開かれる。
かろうじて、そう読めるインフォメーションを見つけた。
…… でも、どう行ったらよいのか。
▲ ボビー・ウーマックの74年のヒットアルバム。「ルッキン・フォー・ア・ラブ・アゲイン」。 初めて買ったボビーのレコード
▲ オージェイズ「裏切り者のテーマ」。これも擦り切れるくらい聞いた
白人の運転手を怒らせる
タクシーを呼ぶことを思いつき、慣れない英語で電話をかけて、イエローキャブを頼んだ。
そして、エントランス前に横付けになったイエローキャブに乗り込んで、運転手に「グリークシアター」と、行き先を告げた。
温厚そうな白人の運転手は、とても親切に、
「そりゃいい場所だね」
と喜んでくれた。
「何のコンサートがあるのかね? ブラームス? ドビッシ-?」
クラシック音楽が好きな運転手だったのかもしれない。
… この東洋人の若者は趣味がいい … ぐらいに思ってくれた気配がある。
「ボビー・ウーマックとオージェイズだ」
と答えると、彼はそれが分からない。
「コンポーザーなのか? アーチストなのか?」
と尋ねてくる。
「ブラック・コンテンポラリー・ポップミュージック」
と答えてしまって、まずい! と感じた。
彼の顔つきがこわばったのである。
「ここから先は自分で歩いてくれ」
やがて、グリークシアターとおぼしき建物が見えてきた。
… なるほど。
確かに、日頃はクラシックコンサートでも開いていそうな格式高い建物だった。
ところが、入り口が近づいてくるにしたがって、道路のあちこちに野放図にたむろする黒人たちの姿が増えてくる。
ガムをくちゃくちゃ噛みながら、ストリートダンサーよろしくステップを踏む黒人青年。
人目も気にせず、抱き合ってキスしあう黒人カップル。
地べたに座って、無心にハンバーガーをむさぼっている人間もいる。
運転手の口から、次第に呪詛に満ちた言葉がこぼれるようになった。
はっきり聞き取れたわけではないが、
「こいつら、こんな神聖な場所を汚しやがって」
… みたいな感じの言葉が、運転手の口からはき捨てられた。
突然、クルマが止まった。
運転手は、苦虫を噛みつぶしたような顔で振り返った。
「ここから先は進みたくない。歩いてくれ」
私は、まだ入口までかなりの距離がある場所で、クルマから降ろされた。
「お前、何しに来たんだ?」
会場に足を踏み入れて、また驚いた。
席を埋め尽くしていたのは、みな黒人ばかり。
白人の姿などどこにも見ることがなく、ましてや、黄色い肌の東洋人は私一人しかいない。
その私を見る彼らの目が怖い。
黒人たちが猜疑心と敵意を抱くと、どのような目つきになるのか、私ははじめて知った。
しかし、私は音楽だけを純粋に楽しみに来たのだから、とにかくそれが彼らに伝われば、猜疑心と敵意に満ちた視線も変るだろうと開き直った。
本場のライブで知った本物のコール&レスポンス
案の定、私が、ただのソウルミュージック好きの人間だと分かったとき、彼らの対応が変った。
手拍子のリズムが違う、という。
日本人がよくやる4拍子の手拍子ではなく、8拍子。
つまり倍テン。
そのリズム感をつかめたとき、周りの連中が、それだけで、ウォーっと盛り上がった。
「ヘイユー・ホェア・ユー・フローム?」
「トーキョー」
「オゥ、リアリー?」
いきなり丸太みたいにぶっとい腕が私の肩に絡みつき、私の身体は、即座に会場全体のうねりに巻き込まれた。
ステージでは、ボビー・ウーマックがマイクをひらひら振り回しながら、くちゃくちゃ喋っている。
バックミュージシャンは、とろとろ音を流しているのに、いっこうに歌が始まらない。
「5年前、俺はある女にホレたんだ」
ボビーが甘い声でうなる。
すると、私の斜め前にいた女が、突然立ち上がって、
「イッツ・ミー!」
と叫ぶ。
すると、ボビーがその女に視線を合わせ、
「やぁ、元気だったか?」
と答える。
「お前を得るために、俺はいろんな男とケンカしたぜ」
そうボビーがいうと、別の席から、
「負けていたのは、いつもお前だったな」
と、男が笑う。
ああ、本場のコンサートはこういうものか …… と思った。
コール&レスポンス。
ライブ会場におけるミュージシャンと観客のコミュニケーションの取り方の一つをそう呼ぶ。
特に、黒人音楽のライブで使われる言葉だ。
その背景には、ゴスペル音楽がある。
黒人教会で、牧師が、聖書の言葉などを引用して唄い始めると、聴衆が「エーイメン」とか、「ハレルヤ」などと合いの手を入れる。
そういうやり取りが、黒人音楽のライブ会場では広く浸透している。
私は、はじめて本場モノのそれに接したのだ。
「ヘイユー、この後飲みに行こうぜ」
日本でも、来日した黒人ミュージシャンのコンサートにはたくさん出かけた。
ジェームズ・ブラウン
スティービー・ワンダー
ウィルソン・ピケット
テンプテーションズ
スタイリスティックス
しかし、彼らは歌こそ唄えども、喋ることはほとんどなかった。
どうせ英語で喋っても、何も返ってくることはあるまい。
そう思っていたのだろう。
だから、コンサートも、40分か50分ぐらいで終わってしまうものがほとんどだった。
でも、この日はボビーのステージだけでも2時間近くあったような気がする。
ほとんどが、歌ではなく、客席との「コール&レスポンス」だったのだ。
オージェイズとボビーが一緒にステージに立つ頃になると、私には、たくさんの知り合いができた。
「終わったら、どこそこに行こう。今晩は飲み明かそう」
そんな誘いばかりだった。
さすがに、それには不安があったので、結局、終わるとまたイエローキャブを呼んでホテルに帰った。
「お前、誘われたヤバかったぞ!」
何日かして、当時サンフランシスコに住んでいた日本人の友だちに、その日のことをとくとくと話した。
友だちの声が、突然うかぬ調子になった。
「お前知っている? その翌日、あの会場近くでお客同士のケンカがあって、一人がナイフで刺されて死んだんだぜ。
ヤツらの中には物騒な連中もいるんだよ。旅行者をだまして身ぐるみ剥ぎ取るようなヤツだっている。
ホテルに戻れただけでも儲けものなんだぜ。白人の運転手さんの方が正解なの」
うへぇー!
なんと運の良いことか。
まぁ、知らないことは、案外いい結果を生む。
おかげで、私はいまだに、黒人音楽に対して無邪気なファンでいられる。