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イカゲームにみる格差社会

  
 朝のワイドショーで、韓国産のテレビドラマ「イカゲーム」(Netflix配信)を紹介するコーナーがあった。

 

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 「イカゲーム」というのは、(私は観たことがないが)、経済的に困窮する何百人かの人々が巨額の賞金を手に入れるために、サバイバルゲームを展開するという物語らしい。


 最後に残った勝者が莫大な賞金を独り占めするわけだが、そこに至らなかった人はみな残酷な死に方を迎えるというストーリーだという。

 

 殺伐とした暴力シーンも多いらしい。
 ただ、面白さは抜群らしく、9月に全世界で公開されてから、28日間で1億4,200万世帯が視聴したといわれている。

 

 このニュースを企画したワイドショーでは、金慶珠(キム・キョンジュ 写真下)氏が、「イカゲーム」がヒットした要因を解説していた。

 

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 こういう物語がリアルに感じられる背景には、いま世界中で蔓延している「格差社会」が影を落としているという。

 

 1980年代あたりから、どの世界においても新自由主義的な経済のグローバル化が進み、これまでになかった厳しい格差社会が生まれてきた。
 富める者は、あらゆる特権的な地位を確保し、自分の身の安定を図る。
 逆に、貧しい者は、ホームレスすれすれの生活を強いられる。

 

 そういう世の中では、ライバルがバタバタ死んでいくのをしり目に、自分一人が巨額な富を手に入れるというストーリーは説得力を持つ。
 荒っぽいやり方だが、それは一つの “敗者復活戦” だからだ。

 

▼ 「イカゲーム」の一場面

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 こういう殺伐とした「敗者復活戦」がウケる韓国社会の裏側には、何があるのか?

 

 金慶珠氏がいうには、今の韓国社会では、この「格差社会」が固定化して、そこから脱出できる人々がますます少なくなっているからだという。

 

 韓国は世界でも名だたる受験大国で、どれだけレベルの高い学校を出たかが一生を左右する。一流大学を出れば、大財閥が営む会社に就職できるし、そのまま質の高い生活水準を謳歌できる。

 

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 もちろん、そのコースに乗れなかった人は、一生 “うだつの上がらない” 生活に甘んじるしかない。

 

 まさに競争社会の宿命ともいえるものだが、問題は、そういう “出世コース” がどんどん固定されてしまい、お金持ちの家にでも生まれないかぎり、「バラ色の人生」を送ることは不可能になってきたということなのだ。

 
 受験競争に勝つ。
 (10大財閥といわれるような)一流企業に入る。
 そうすれば、贅沢な暮らしが保証され、良い縁談に恵まれて幸せな生活を築ける。

 しかし、それはお金持ちの家に生まれた人だけの特権なのだ。


 それ以外の人は、経済苦にあえぐしかなく、家も持てなければ、結婚もできない。

 

 韓国だけの話ではない。
 今の日本でもそういう傾向は強まっている。
 日本でいえば「親ガチャに外れた」という言葉になるのだろう。

 

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 もともと各家庭の間に広がる経済格差は1960~1970年代からすでにあった。
 しかし、当時そういう「格差」が人々に意識されなかったのは、その時代の日本が高度成長期を迎えていたからだ。

 

 「仕事に頑張れば、収入が増える」
 日本の多くのサラリーマン家庭は、より豊かな生活を目指して必死に仕事に精を出した。

 

 こういう時代では、「格差はいつかは解消される」という幻想を持つことができる。

 

 しかし、80年代から90年代になると、日本の企業もグローバルな競争社会の中で “儲け” を確保するため、働き手の非正規雇用化を進め、正社員とフリーター(もう死語?)の間の給料格差を増やしていった。


 やがて、バブル経済が破綻し、今度は正社員のリストラも進行していく。

 

 以来、30年以上、日本の若者はゼロ成長の時代を生きることになり、各家庭の経済格差はどんどん固定化していく。
 こうやって、「親ガチャ」が話題になる背景が整う。


 日本や韓国だけにとどまらず、東アジアの国々では、いまこのような悲惨な若者が増えている。

 

 中国では、「躺平(たんぴん)」という “生き方” を志向する若者が話題になっている。
 「躺平(たんぴん)」とは、日本語に直すと「寝そべり」。
 つまり、日々 “寝そべって” いるような暮らし方をする人たちのことをいう。

 

 毎日を無気力に過ごし、何も求めない。
 マンションも、車も買わず、消費全般に対して関心がない。
 もちろん恋愛にも興味がなく、当然、結婚する気もない。

 

 「躺平」の特徴を言葉だけで紹介すると、「だらしない若者」というネガティブなイメージしか浮かんでこないが、実は、これは今の中国政府に対する若者たちの「無言のプロテスト」だという見方もある。
 


 習近平政権の中国は、経済成長をうながすために、国民に過酷な労働環境を強いてきた。
 若者もその例外ではなく、激しい受験や過酷な就職競争にさらされてきた。

 しかし、ここに至って、「もうそういうのに疲れた」という若者たちが生まれてきたのである。

 

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 中国は、反抗する国民には容赦がない国だけに、若者たちは抗議の声をあげることができない。


 そこで、「寝そべり主義」という “だらけた態度” で、不服従の姿勢を消極的に表明し始めたと解釈する世論もある。

 

 もちろん習近平主席は、このことを問題視し、共産党の党内会議で、若者の「躺平主義」を批判するようになったという。

 

 日本や韓国の若者が、「格差社会」に対する抵抗を表明している間、中国の若者たちは、その「格差社会」を生み出す過酷な市場原理そのものに抗議しているという気もする。
 
 いずれにせよ、資本主義の無慈悲さに対し、東アジアの若者たちは抵抗を始めたのは確かだ。