「名画」とは何か?
この言葉が意味するものには、絵画と映画の両方があるが、とりあえず映画における「名画」を考えてみる。
感動を得られたもの。
深い印象を与えてくれたもの。
無類に面白かったもの。
…… などなど、「名画」といわれる映画を表現するときは、いろいろな言葉が用意されているが、そのなかでも、今回は “音楽の美しさ” を特徴とした映画を挙げてみたい。
1980年に公開された『ある日どこかで(Somewhere in Time)』。
それを2021年2月10日(水)に、BSテレ東で鑑賞した。
この映画、なにしろ、テーマ曲が秀逸なのだ。
楽曲としてメロディが美しいというだけでなく、映画音楽としての構成が見事。
静かなイントロから入り、得も言われぬタイミングで重層的なストリングスが絡み、そしてクライマックスへ至るプロセスで、ロマンチックでセンチメンタルな主旋律が朗々と鳴り響く。
作曲は、『007』シリーズや『野生のエルザ』など、映画音楽における数々のヒット曲を手掛けたジョン・バリー。
いわば、「映画における音楽の使い方」を知り尽くしたプロ中のプロがテーマ曲を手掛けているのだ。
だから、「この曲がどのようなシーンで使われると効果的か」という計算は鮮やかなくらい決まっている。
私が、最初この曲をどこで耳にしたのか、あまり覚えていない。
たぶん、仕事で使う車を運転していたときにカーラジオから流れていたように思う。
「ああ、きれいな曲だな」
と感激し、そのとき、フロントガラスの両脇に流れていく景色がキラキラと輝いたような記憶がある。
それがいつだったのか。
おそらく映画の公開から10年か20年ぐらい経っていたのではなかろうか。
私は、この映画が1980年に公開されていたことなどまったく知らなかった。
1980年に封切られた映画として注目していたのは、なんといっても『地獄の黙示録』であり、『影武者』であり、『ロングライダース』などであったから、『ある日どこかで』のような “軽いラブロマンス” などが意識にひっかかることはなかった。
実際に、Wikipedia などを見ても、公開当時この映画の評価はさほどたいしたものではなく、興行成績も伸び悩んだまま早めに打ち切られたという。
しかし、それから40年経った現在、この映画の評判は驚くほど高くなっている。「カルト的古典映画」として、コアなマニアが熱烈に評価しているとも聞く。
そういう高評価は、おそらく、音楽の素晴らしさに基づくものであるような気もする。
では、どのような映画なのか。
時代設定は1980年。
脚本家のリチャード・コリア(クリストファー・リーヴ)は、原稿書きに行き詰まり、気晴らしの旅に出て、豪華で古風なホテルに一泊する。
ホテルには資料館があり、その壁に美しい女性のポートレートが飾ってあった。
その写真に魅せられたリチャードは、老いたボーイに彼女のことを尋ねる。
すると、1912年に活躍したエリーズ・マッケナという女優(ジェーン・シーモア)だという。
その女性の画像に一目ぼれしたリチャードは、本物の女優に会いたくなり、タイムトラベルすることを念じて、自分に催眠術をかけると、なんと、本当に1912年の世界にスリップしてしまう。
そこでリチャードは本物の女優に出会い、二人はたちまち恋におちる。
リチャードは、1912年の世界にそのまま入り込み、彼女との愛を成就するつもりになったが、ふとした出来事がきっかけで、1980年の世界に連れ戻されてしまう。
突然夢から現実に連れ戻されたリチャード。
激しい懊悩が彼を襲う。
二人はもう一度出逢うことができるのだろうか?
…… というのが、この映画のあらましだ。
タイムスリップがストーリーのカギとなるという意味で、ジャンルでいえば、これはSF。
テーマはラブロマンスだから、「SFロマンチック・ファンタジー」ということになるのかもしれない。
はじめて、BSテレ東で、この映画をみた感想を正直に書く。
けっきょく、主役のクリストファー・リーヴという存在になじめなかった。
いい男ではあるのだが、彼の顔からは “知性” が感じられなかったからだ。
首が太くて、胸板も厚く、どうみてもスーパーマン。
つまり、脚本家には見えない男が脚本家を演じているという違和感。
それが最後まで払拭できなかった。
知的な感じというのなら、主人公リチャードの敵役として登場するウィリアム・ロビンソン(クリストファー・プラマー)の方が上。
さすが役者としての年季が違うと思った。
彼の存在が、この映画に厚みを与えていた。
ま、そうはいっても、「駄作」ではなかった。
それなりの感動はあるのだ。
結局は、「音楽」である。
主人公リチャードと、ヒロインのエリーズが心を通わせるシーンになると、ここぞ! とばかりに、例のテーマ曲が流れる。
この曲が途切れない限り、悲しい展開になっても、
「きっと感動的な再会がある!」
と期待する気持ちが生まれる。
つまり観客はこのメロディに洗脳され、各自の脳内に、勝手に感動的なシーンを思い描くようになる。
そうとう音楽に助けられた映画だといえる。
ネット情報によると、作曲家のジョン・バリーがこのテーマ曲をつくったのは、最愛の父と母を立て続けに亡くした直後だったという。
「その喪失感が自然にメロディを紡がせたのではないか」
と本人は後述しているとも。
実は、もう1曲、この映画には別のテーマソングがある。
セルゲイ・ラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』だ。
こちらは、主人公のリチャードが、写真のエリーズに惹かれていく状況を表現するときのBGMとして使われている。
もちろん、これもメロディーの美しい「名曲」だ。
数あるクラシックのなかで、この曲を選考したのは、メインテーマを作曲したジョン・バリー。
最初は、グスタフ・マーラーの「交響曲第9番ニ長調」か、もしくは「交響曲第10番」を使う予定だったらしいが、ジョン・バリーの提案により、挿入曲がこのラフマニノフの曲に変更されたとか。
その結果、とにかく甘くて、ロマンチックで、センチメンタルな名曲が2本立て続けに流れる映画となった。
映画を彩った二人の名優はもう亡くなっている。
主演のクリストファー・リーヴは2004年に逝去(享年52歳)
彼の敵役として登場し、映画に緊張感をもたらしたクリストファー・プラマー(写真下)の方は、この2021年の2月5日に亡くなった。享年91歳だった。