夢のなかで、私は、長瀞(ながとろ)という土地に行くつもりでいる。
そのため、私は中央線に乗って西に向かっている。
ただ、夢のなかの “長瀞” は、埼玉県・秩父にあるあの観光地として有名な「長瀞」ではなく、私のまったく知らない土地になっている。
「長瀞とはどんな土地なのか?」
夢のなかの私は、長瀞が東京の “北西部” のどこかにある、と思い込んでいるらしく、東京の国分寺か立川あたりまで行って、そこから北に向かう電車に乗り継げば、なんとかたどり着くだろうとタカをくくっている。
やがて、電車が東京西郊外の駅に着く。
私は、行き先も確認しないまま、今度はそこから北に向かう電車に乗り換える。
ホームに入ってきたのは、濃い褐色に塗られた、見たこともないような電車だった。
驚いたことに、電車の床は、タールを塗った木の床である。
車内に吊ってある広告も、いつ作られたのか分からないほど古臭いロゴとデザインで処理されている。
どこかのローカル線であることは分かるのだが、行く先を告げるアナウンスもない。
さすがに不安になって、車内吊りの路線図を探して、「長瀞」の文字を探す。
見たこともない、聞いたこともない駅名が連なっているが、「長瀞」という文字はない。
困った …… 。
乗客に確認しようと思うが、あいにくどの車両にも人の影が見えない。
今頃になって、事前にネットなどでアクセスを確認しておかなかったことを後悔する。
せめて、「長瀞」という場所が何県なのか、そこに行くには何線に乗ればいいのかメモを作って頭に入れておくべきだったと悔やむ。
とりあえず、次の停車駅でいったん降りて、長瀞に行くための方策を考えることにする。
降りた駅にも、人影はない。
ここは何という駅か ?
白ペンキ塗りの薄い金属板に、青い明朝体の平仮名で「きたたてぼり」と書かれている。
漢字に直すと、「北立掘」とでもいうのだろうか。
いずれにしても、どこの市町村に属する駅なのかまったく分からない。
駅務室を訪ね、駅員に長瀞に行くための交通手段を聞くことにする。
曇りガラスで閉じられた窓口の奥に人影が揺れているのだが、声をかけても駅員は顔を出さない。
「長瀞というところに行きたいのですが」
「ナガトロ … ? 」
ガラスの向こうに揺れていた人の影が止まった。
こちらに気づいてくれたのかもしれない。
「ここから遠いですか ? 」
「直行する路線はないな」
「どうしたらいいですかね ? 」
「行けないことはないがね」
幸いなことに、その駅から歩いてさほど遠くないところに、長瀞行きの単線が通っている鉄道があるという。
教えられた通りに道を歩く。
牧草地なのか休耕地なのか分からない草原が続いている。
この道が正しいのか、間違っているのか …
通りすがりの人に聞いてみたいと思うのだが、あいにく、すれ違う人もいない。
近くに民家はないらしく、人の話し声も、犬の鳴き声も聞こえない。
このへんには鳥すらもいないらしく、空をかすめる生き物の気配もない。
やがて、錆びた色を見せた線路が見えてきた。
長瀞行きの単線というのは、これのことを指すのだろうが、はて、駅の姿が見えない。
線路に沿って、しばらく歩くと、何軒かの家が連なった小さな町に出た。
最近ではあまり見かけないような、古風な建物が数軒並んでいる。
人影が見えないせいか、“神さびた” 空気が漂っている。
「観光案内」の看板を掲げた小屋のようなものがある。
中に入ると、ここにも曇りガラスの窓が付いた小さな受付がある。
人がいるような気配がないのだが、いちおう声をかけてみる。
「長瀞というところに行きたいのですが」
声を聞きつけて人の影が窓に近づいてくるが、窓は開けようとはしない。
「ここまで来れば、長瀞に行く電車があると聞いたのですが … 」
「ああ、それでしたら、踏み切りを渡ったところの空き地に立っていれば、電車の運転手がお客さんを見つけて拾ってくれますよ」
女の声だった。
ただし、「電車は1日に4本なので、次の電車が来るまでちょうど2時間ぐらい待つかもしれませんね」といわれる。
案内係にいわれたまま、線路沿いをさらに歩くと、道路と線路が交差する十字路のようなものが見えた。
遮断機も警報機もないのだが、道路と線路が交差する場所はそこしかないので、おそらくそれが “踏み切り” なのだろう。
踏切を渡ると、確かに、電車が入って来れそうな広い空き地があった。
そこが “駅” らしいのだが、ホームも改札口もないので、ただの公園にしか見えない。
それでも、レールらしきものはあるので、ここが “電車の通り道” であることは間違いないようだ。
どこに立っていればいいのか … ?
一ヵ所だけ、周囲2~3mにわたり地面が人の足跡で踏み固められているところが見える。
それが、利用客が電車を待つ場所であるらしい。
それにしても、この駅は、いったい何のためにある駅なのか ?
周囲を見渡しても、民家のようなものは見えない。
薄日が射す空の下、ひたすら電車を待ち続ける。
ところで、「長瀞」というのは、どういう土地なのか。
そもそも、長瀞に、自分はいったい何をしにいくのだろう ?
それが思い出せないのだ。
「行く理由を思い出せてなくても、目的地に近づけば、案外思い出すものだ」
そう自分に言い聞かせながら、じっと電車を待つ。
いつの間にか街路灯がともり、夕暮れが迫ってきていることを教える。
周りの風景が少しずつ黒ずんでいくのに、電車はいっこうに来ない。
(以上の話は何日か前に見た夢。マイルスの 『In A Silent Way』 を聞くうちに思い出す)