人間には、突如予期せぬ痛みが襲ってくることがある。
歯が痛い。
頭が痛い。
お腹が痛い。
痛みにはいろいろな種類があるけれど、「居ても立ってもいられない !」というほどの激しい痛みはそうやたらあるものではない。
だけど、私の場合、そういう痛みが数年に一度襲ってくる。
多いのは痛風。
これが始まると、まず歩けない。
椅子から立ち上がるだけでも痛みが全身を走る。
この場合は、「痛み止め」の座薬を使って、しばらく我慢していればそのうち症状は治まる。
もう一つの痛みは、もっとやっかいだ。
痛風の何倍も痛い地獄の症状といっていい。
「尿路結石(にょうろけっせき)」
腎臓から膀胱に至るまでの細い尿管に “石” が詰まるという症状だが、これはもう目玉がむき出しになって地面に転がり出るほどの痛みを伴う。
私の場合、中年になってから、こいつを何度か経験している。
最近は2年ほど前にあった。
家で夕食を食っているときに、異変が起こった。
みぞおちの辺りが痛み出してきたのだ。
シャツの上から触ってみると、かすかに硬くなっている。
まぁ、そのうち治るだろう … と高をくくって、食事を続行しようとしたら、次の瞬間、突然激痛となった。
夜の7時を過ぎていたので、病院はやってない。
タクシーで10分ぐらいのところに、私が肺血栓症治療のために通っている大学病院がある。
そこの緊急医療を受けるために、大通りまで必死に歩いて、タクシーを拾った。
「今、どんな症状ですか?」
と尋ねてきた窓口の看護士さんが、美人だったので、気が紛れたからよかったものの、次の医療受付で保険証などをチェックするのが男性だったので、とたんに痛さが増した。
待合室を見回すと、4~5家族ぐらいがそれぞれ家族単位にまとまって診察を待っている。
親子、夫婦などさまざま。
付き添いできた家族たちの表情は気楽そうだ。
患者本人は苦しんでいるのかもしれないが、それ以外の家族は健康体だから、顔がのんびりしている。
激痛に耐えているときは、こういうのが腹立つんだよな。
そういうお気楽家族は、テレビが流すサスペンスドラマの中で、役者が殴られて血を流しているシーンには同情するものの、病院の待合で七転八倒しているリアルな患者には無頓着。
どうかしているよ、この世の中。
ようやく、自分の診察の順番が回ってきて、インターンみたいな若い男性医師から問診を受けることになった。
美人の女医さんを期待していたのだが、出迎えてくれたのが男性だったので、さらに痛みが増した。
「今どのくらいの痛みですか? たとえば一番痛い状態を10だとすると …」
と聞かれたが、そのときすでに痛みが本格化してきたので、
「水泳中にサメに襲われて、下半身を噛み切られた痛さを10だと仮定すれば …」
などと、相手をからかう余裕もなかった。
問診のあと、血液検査、尿検査、レントゲン、MRI (磁気共鳴画像)を受けることになった。
余談だけど、私はこの「MRI」という言葉がなかなか覚えられない。
MIR とか、MTR とか、MCR とか言ってしまう。
ときどき、似たような検査器の「CT」(コンピューター断層撮影)とごっちゃになってしまうから、CRI とか、CTR とか、CIA などというときもある。
この日は、その “CIA” すら出てこなくて、家に戻ってからカミさんに「FBI」といって怒られた。
それはさておき、MRI、レントゲン、採尿・採血検査結果が出るのを待つこと1時間。
処置室の医療ベッドを貸してもらって寝ていたのだけれど、起きていた方が気がまぎれるような気がして、ベッドから起き上がる。
しかし、起きると、今度は横になっていた方がいいように思えるので、また寝る。
10秒ごとに、寝る、起きる、寝る、起きる … を繰り返した。
ラジオ体操でも、こんな激しい運動はしたことがなかったように記憶している。
ようやく先生が治療室に戻ってきて、レントゲンやMRI の画像をライティング台に張り出す。
「まずですねぇ、採血・採尿の結果は正常でした。内臓疾患から来る痛みという可能性は、今回は特に確認できませんでした」
…… ハイハイ、分かりました。
それより、結論の方を先に言って。
「次にレントゲンです。腎臓上に黒い部分が見えると思いますが、特に肥大している様子もなく、正常に機能しているように見受けられます」
…… ハイハイハイハイ ! 分かりました。
で、痛みの原因は何なのよ?
「最後はMRI です。まずこの図をご覧ください。異常なしですね。次にそれを45度回転させたのが次の図です。ここの部位もまだ異常は発見されませんでした」
…… いいから、早く痛み止めの薬を出して !!
「今度は今の画像をさらに20度ほど倒します。すると、うっすらと、ほら、何かが見えてくるでしょう? これが何であるか。もうお分かりだと思いますが、これです。この部分 …。これ、何だと思います?」
…… もう何でもいいよ。
「ピンポーン ! 石です」
…… “ピンポン” って、あ~た、別に私は「石」とか当てているわけじゃないんだよ。
まぁ、とにかく、「尿路結石」というご診断がくだされた。
石の直径は約3mm。
それが狭い尿路を通過するときに、痛みを発生させるらしいのだ。
膀胱まで落ちればもう痛みはなくなるのだが、そこに至るまでは、激痛、残尿感、発熱までをも伴うという。
結局その日はアスピリンと座薬をもらい、それらを交互に使って、なんとか痛みを紛らわすことができた。
翌日になると、薬を使わなくても痛みが取れていた。
たぶん、尿の圧力で、石が押し流されたのだろう。
石の正体は、体内に蓄積されたシュウ酸がカルシウムと結合したものらしい。
動物性タンパク質を取る人に多いのだとか。
確かに、痛みが発生したときは、豚の生姜焼きを6枚ほど食っていた最中だった。
以来、豚肉を食うときは、まずみぞおちの辺りを触りながら、硬くなっていないかどうか調べてから、食べるようにしている。