アートと文藝のCafe

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人生最大のピンチ

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 人生のピンチは、何の前触れもなく、突然やってくる。

 「なんでこんなときに?」
 「なんで俺が?」
  みたいな不条理感をともなって、ピンチは、人の不幸に舌なめずりをする死の女神のように、足音も立てず、気がつくと、ひっそりと隣りにたたずんでいるのだ。

  

 俺の最大のピンチは、思い出すだけで2回ある。


 ひとつは小学校のときだ。
 休み時間、校庭の鉄棒でくるりと逆上がりをしたとき、突然訪れた。

 

 鉄棒の上で、口が閉まらなくなったのである。
 開きっぱなしのまま、口が固まってしまったのだ。
 最初は何が起こったのか、まったく呑み込めなかった。

 

 鉄棒から降りて、足を地面につけても、相変わらず口が閉まらない。
 顎(アゴ)がだらんと垂れ下がったまま、閉じようとする筋肉の意志をまったく受け付けなくなっている。

 

 声を出そうにも、ふはふはふは、と喉の奥が鳴るだけで、声が出ないのだ。

 
 「これって、アゴが外れた状態なのだろうか?」
 恐怖がじんわりと足元からこみ上げて来た。

 

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 両手でアゴを挟む。
 それをカクカクと動かしながら、骨と骨が噛み合うポイントを探してみる。
 
 しかし、なかなか見つからない。
 だんだん焦りが出てきた。
 保険教室にでも駆け込んで、誰かの助けを借りるか。

 

 そう思った瞬間、カチッという音とともに、見事にアゴが頭蓋骨に収まった。
 九死に一生を得た思いだった。
  

 

 もうひとつの絶体絶命のピンチは、社会人になってからである。


 会社のトイレで小便をすませたあとだった。

 ぷるんぷるんと飛沫を便器に跳ね散らかしながら、ズボンのチャックを上にあげた。

 

 すると、チャックが途中で動かなくなった。
 同時に、激痛が襲った。


 チャックが自分の大事なアレ なんていうんだろうか、男性の、いわゆる陰茎部とでもいうのだろうか。
 その裏側の皮をはさんだまま、チャックが止まったのだ。

 

 初期状態に戻そうと思い、チャックをもう一度下側に引いてみた。
 激痛が走る。


  が、動かない。
 皮に食い込んだチャックは、うんともすんとも言わない。

 

 押してもダメ。
 引いてもダメ。
 次第に冷や汗が垂れてきた。

 

 厳冬期の男性用トイレ。
 窓から寒風が吹き込んでくるというのに、顔が紅潮して熱くなっている。

 

 「こうなったら、もう病院へ駈け込もう !」
 というくらい気合を込めて、血が出るのも覚悟の上で、思い切ってチャックをずり下げた。

 

 「痛てぇ !」
  というほどのこともなく、あっさりとチャックは皮からはがれた。
 陰茎部を裏側にひっくりかえし、子細に皮の様子をチェックしてみたが、それほどダメッジを受けた様子もなかった。
 
 ホッと胸をなでおろす。 
 チャックを開けたまま、医者のところに飛び込むのもカッコ悪いところだったから、これも九死に一生を得たような思いだった。
  
 
 ピンチは知らないうちにやってくる。
 しかし、それを自力で乗り越えたとき、自分が一回りも二回りも大きくなったように感じる。

 

 次は何が起こるのか。
 怖いようで、楽しみだ。