アートと文藝のCafe

アート、文芸、映画、音楽などを気楽に語れるCafe です。ぜひお立ち寄りを。

テレビニュースと現実はあまりにも違う

 コロナウイルスの感染拡大を阻止するための「緊急事態宣言」が発令されたが、感染の広がりはいっこうに止まらない。

 

 テレビを観ていると、医療の専門家たちが、このままの状態を放置すれば、日本人の80万人ぐらいが感染し、そのうち40万人ぐらいが死亡すると警告している。

 

 そのためには、「外出を自粛し、人との接触を今よりも8割ほど減らさないといけない」という。

 

 しかし、そういう行政や医療機関の要請を他人事(たにんごと)のように受け止めている人がたくさんいるようだ。

 

 あるテレビ局では、開いているパチンコ店を探して、茨城まで遠征してきた東京ナンバーのユーザーにインタビューしていた。

 「東京ではパチンコ店が閉まってしまったので、もう止むに止まれず
 とそのユーザーは答えていた。

 

 また、スポーツジムが開いている県を探して、他府県からやってきた男性は、
 「身体を動かさないと筋肉が落ちてしまうので、それを防ぐためにここまで来ました」
 とマイクに向かって語った。

 

 東京都内でゴルフ練習場で汗を流す男性は、
 「(ゴルフ場が)人と人が接触しないように、お客に距離を空けさせる配慮をしてくれているので、まぁ(コロナに)感染するリスクは低いんじゃないですか」
 と気楽に語った。

 

 そういう街頭インタビューを見ていると、日本人の危機意識は相変わらず低いままだ と、暗澹たる気持ちになる。

 「このままでは日本は滅ぶのではないか

 

 
 そういう危惧を抱きながら、恐る恐る夕方の食料の買い出しに出る。

 すると、テレビのニュース報道で流れていた光景とはまったく違った景色に接することになる。

 

 街の舗道にはけっこう人が出ている。
 それもみんな明るい顔をしている。


 スーパーの入口には、在宅勤務に切り替えたらしいご主人と肩を並べて、買い物かごを手に取った奥さんが列をなしている。

 

 大半の人は、マスクだけ着用しているが、なかには、マスクすら付けない人もいる。

 

 スーパーでも、コンビニでも、人と人との距離を取ろうとする人はほとんどいない。
 どの人の顔にも緊張感はまるでない。

 

f:id:campingcarboy:20200416232822j:plain

 

 そういう光景を見ていると、この “平和な街” の方が現実で、テレビで報道される “恐怖のコロナショック” はただの作り話ではないのか? と思えてくる。

 

 で、恐ろしいのは、いつしか私自身が、
 「世の中で騒いでいるほど、コロナってたいしたことないんだな」
 という気持ちになってしまうことだ。

 

 こういう意識の落差は、いったいどこから生まれてくるのか。

 

 テレビのなかの世界が違うのか?
 それとも、家の外に出て眺める景色の方が違うのか?

 

 ふだんはそんなことを考えたことはなかった。

 

 今までは、テレビを観たあと、そのスイッチを切り、靴を履いて一歩外に出てしまえば、今まで見ていたテレビの内容はすぐに忘れていた。

 

 つまり、テレビは「虚構の世界」。
 そのスイッチを切ってしまえば、そこからは「現実の世界」。

 

 自分は、これまでその二つを切り離して、生きていた。
 だが、このコロナ騒動で、はじめて「テレビ」と「現実」がつながった。

 

 つまり、今回、その両者のへだたりに注意が向いたということは、逆にいえば、「テレビ」と「現実」が私の意識のなかではじめてつながったからだ。

 

 そこで、大きな問題が生まれる。
 はたして、真実を伝えているのは、どっちだ?