アートと文藝のCafe

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パンデミックが変える世界

パンデミック(世界的流行)となったコロナウイルスは、
人類に何を教えているのか?

  

 
 自分でもいやになっちゃうんだけど、コロナウイルスの報道から目が離せない。

 
 その理由は、(大げさにいえば)今回のコロナショックが、いったい人類にとって何を意味するのか?  というテーマが頭から離れないからだ。

 

 それだけ、コロナウイルスというのは、私にとって「哲学的問題」だと思えるのだ。

 

 しかし、そういう視座でこの問題を読み解くような報道は、今まで、どこからも提出されなかった。
 でも、ついにNHKが答えてくれた。

 

 『ETV特集 パンデミックが変える世界~ 歴史から何を学ぶか ~』
 (Eテレ 2020年4月4日土曜日 午後11:00~午前0:00)

 

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 すごいなぁ、と思ったのは、現在、コロナウイルスパンデミック(世界的流行)の渦中にいるというのに、上記のタイトルを使い、この状態が終息したあとの世界、すなわち “歴史的な視点” で状況を俯瞰しようとしているところだ。

 

 そのため、ゲストには独特の歴史観を持つ人々が招かれた。

 

 すなわち、『テルマエ・ロマエ』などの大ヒット漫画で知られるヤマザキマリ女史。(写真下)。

 

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 NHKBSプレミアムの人気番組『英雄たちの選択』で司会を務める磯田道史氏。(写真下)

 

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 そして、医療人類学のオーソリティ山本太郎氏(長崎大学教授 = 写真下)。

 

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 実は途中から観たために、前半部分は見逃してしまったが、それでもチャンネルを合わせたとたん、刺激的なテーマが目に飛び込んできた。

 

 
野生動物から人間へ感染したウイルスの歴史

 

 それは、ウイルスがなぜ人間に取り付くのか?
  という根本的な話だった。

 

 そもそもウイルスというのは、野生動物が抱えていたものだという。
 最初から人間に感染するようなものではなかったのだ。

 

 磯田氏によると、ウイルスが最初に人間に取り付いたのは、1万年くらい前だという。

 
 その起源は牧畜(遊牧生活)にあった。

 

 人間が羊や牛、ヤギを飼って遊牧生活を始めるまで、羊も牛も家畜ではなく、野生動物だった。
 それらの野生動物が家畜になっていく過程で、ウイルスが人に移ったのだ。

 

 磯田氏はいう。
 「これは人類の精神史においてたいへんな脅威だったはずです。もしかしたら、それが宗教の起源のひとつになった可能性もあります」

 

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 しかし、それ以降、人類はウイルスと上手に付き合うコツをつかみ、人間の生命を脅かすような強毒なウイルスは200年とか300年といったサイクルで繰り返されるだけとなった。

 

 ところが、20年ほど前から、SARS、MERS、エボラ出血熱、ジカ熱といったように、新しいウイルスが、短期間のうちに次々と人を襲い始めた。
 これほど頻繁にウイルスが人間を脅かすようになったのは疫病学史上はじめてのことだという。


 何が起こっているのか?


 ゲストのひとり山本太郎教授は、こういう。

 

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 「今回のコロナウイルスの感染拡大は、現在の地球が抱えていた諸問題を浮き彫りにしたのだと思っています」

 

 地球は、実は深刻な問題をたくさん抱えていた。
 しかし、人々はそれを見過ごしてきたし、気づいたとしても他人事のように無視してきた。


 そのことを、コロナウイルスが警告したというのだ。

 

 どういうことか?

 

 それは、野生動物と人間の住環境が極端に近づいてきたことを意味する。

 

 
人間の経済優先思想がウイルスを招いた

 

 具体的にいうと、人間による自然環境の破壊が近年驚くほどのスピードで進んでしまったのだ。

 

 産業の排出ガスなどによる地球の温暖化。
 熱帯雨林の破壊。
 無秩序な都市開発。

 

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 これらはみな野生動物の生態系を壊し、彼らの生息域を極端にせばめていった。
 そのため、人間と彼らの生活圏が近づき、動物にしか寄生しなかったウイルスが、より棲みやすい宿主(しゅくしゅ)を求めて人間に触手を伸ばすようになったのだという。

 

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 つまり、コロナウイルスの感染拡大は、これまで「経済優先主義」で地球環境と向き合ってきた人間が自ら招いた「災い」といえなくもない。

 

 山本教授はいう。

 「今回のウイルスの蔓延は、人間が大切にしなければならないものを、もう一度見直すチャンスを与えてくれたように思います」

 

 19世紀から20世紀にかけて、人類は「経済」を最優先する思考で地球に挑み続けてきた。
 すなわち、本来なら効率化に不向きな自然環境のようなものさえ、効率的に整備するようになった。

 
 その流れが、21世紀になってより一層加速した。

 

 しかし、地球がもうその “痛み” に耐えられなくなってきた。
 もし、地球が言葉を発したら、こういうだろう。
 「人間たちよ、経済が大事なのか? それとも生命が大事なのか?」

  

 
大事なのは「経済」か、人の「命」か?

 

 その問は、いまマスメディアのなかでも盛んに議論されている。
 コロナの感染拡大で、都市封鎖などがテーマになると、必ず「人命が大事か、経済活動が大事か」ということが論議される。

 

 都市を封鎖し、各企業を臨時休業し、繁華街の店舗の営業も禁止すれば、確かに人の往来はなくなるので、コロナ感染によって死ぬ人間は減る。

 

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 しかし、そのことによって経済活動も停滞し、倒産を余儀なくされる企業も出てくる。

 

 そうなると、経営者のなかには、巨額の借金の返済などに首が回らなくなり、自殺に追い込まれる人も現れる。

 

 だから、コロナがいくら蔓延しても経済活動を停止してはいけないという意見も根強く存在する。

 諸外国でも、ブラジルの大統領などはそう言い続けている。

 

 日本でも、政府や自治体の土日の外出自粛要請などが出されると、サービス業の場合は客足が途絶えてしまい、営業不振を心配する経営者が多くいる。


 特に、東京都では、小池都知事が都民に夜間の外出自粛を呼びかけて、バー、キャバレーなどへの入店を避けるように通達したため、それを恨む事業者も多い。

 

 「しかし、イタリアの国民は違う」
 というのは、イタリア在住の漫画家ヤマザキマリ氏である。

 

 イタリアの経済的な落ち込みは、日本よりもっとひどい。
 ベネチアも、ミラノも、フィレンツェも、イタリアの諸都市は観光資源によって稼いでいるので、街が封鎖され、観光客の足が途絶えると、ホテルも店舗も観光案内人も完全な無収入状態になる。それこそ自殺まで考えなければならない人も出てくる。

 

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 しかし、彼らはそのギリギリのところで、
 「人の命とお金はどっちが大事か?」
 と考え、「お金より命が大事」という結論を出す。

 

 なぜなら、
 「人間は命さえあれば、とりあえず生活を立て直すことができる。しかし死んだら終わりだ」
 とイタリア人はみな考えるという。

 

 
いま必要なのは「とにかく死ぬな!」という言葉

 

 このヤマザキ氏の意見に、磯田氏も賛同する。

 

 彼はいう。
 「外出自粛などの要請が出ると、サービス業の事業主のなかにはホームレスになるか自殺するか、というところまで追いつめられてしまう人さえ出てきます。
 だから、そういう人たちに対し、国や自治体やメディアが力強いメッセージを出していく必要があります」

 

 それはどういうメッセージか?

 

 「とにかく死ぬな」と。
 「今はまだ対応に時間がかかっているが、おカネのことは必ずなんとかするから」
 という強い呼びかけが、今こそ必要である、と磯田氏はいう。

 

 「サービス業などの皆さんは、今さぞ苦しんでいらっしゃるでしょうけれど、しかし、ここで堪えないと、その先はもっと苦しくなる。そのことを政府も自治体もメディアも、はっきり伝えていくしかないですね」
 そう語る磯田氏自身も苦しそうだ。

  

 
 こういう緊迫した状況を個人がどう把握するかということも、きわめて大事なテーマとなる。
 
 多くの人は、「情報が足りない」という。
 「特に、政府が事態をどう掌握しているのか、それを伝える情報が圧倒的に足りない」
 そう指摘する人は多い。

 

 しかし、ヤマザキマリ氏は、
 「情報よりももっと大事なものがある」
 という。

 

 それは「想像力」だ。

 

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「想像力」は「情報」にまさる

 

 彼女はいう。
 「情報が多ければ、“世界” がよく見えるというのは単なる勘違いです。
 情報には、“情報操作” という言葉があるように、私たちの手に負えないバイアスがかかっているものもあります。
 極端にいえば、フェイクニュースもまた立派な “情報” として流通しているわけです」

 

 そういう怪しげなものが混じり合った情報から、「何が真実なのか?」と探し出すことは、実はたいへん難しい作業だ、と彼女はいう。

 

 そのとき、「真実」に近づく “力” となるものが、「想像力」である。

  
 
 番組の途中から登場するウイルス学の河岡義裕教授(東京大学 = 写真下)も、ヤマザキ女史の意見に賛同する。

 

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 彼はいう。

 「新型コロナウイルスの感染拡大は、実はもっと早い段階で防ぐことができたはずなんです。
 つまり、中国の武漢で新型ウイルスの感染が広まっているという情報が発信された段階で、世界各国の政府や医療機関はその危険性に対してもっと注意すべきだったんです」

 

 確かに、今回のコロナウイルスは、過去に例がない新しいものだったから、それが人類にどれほどの脅威を与えるものなのか、各国はもっと深刻に向き合ってよかったはずだ。

 しかし、欧米諸国はもとより、隣国の日本でも、最初は “対岸の火事” として無関心を決め込んだ。

 

 「それこそ想像力の欠如です」
 と河岡教授はいう。

 

 人々の想像力が貧しい状態は、コロナの脅威がこれだけ蔓延した今でも変わらない。
 
 「もし人々にまともな想像力があれば、今の時期に人の密集地に遊びに行こうなどとは思わないはずですから(笑)」

 

 
「国」を守るという意味が変った
 
 番組後半で、磯田氏が印象に残るようなことを発言した。

 

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 「とにかく、“国を守る” という意味が、今回ガラッと変わった」
 というのだ。

 

 19世紀から20世紀にかけて、国を守るというのは、近代兵器をそろえ、軍備を増強して、他国から攻められても軍事行動で勝つということを意味していたと彼はいう。

 

 しかし、今回のコロナウイルスは、国と国同士の戦いとは別に、どの国家においても共通の “敵” というものが存在することを浮かび上がらせた。

 

 そのときの “武器” となるのは、ジェット戦闘機や航空母艦ではなく、人工呼吸器や「ECMO」と呼ばれる人工心肺装置だということも分かった。

 

 つまり、コロナショックは、「国が国民を守る」という意味をあらためて問い直す契機となった、と磯田氏は語る。

 

 以上のような意見を聞いていると、どれも納得のいく内容だと感じた。

 

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 やはり、NHKの番組企画力はすごい。
 昨年の参議院選挙で、「NHKをぶっ壊そう!」と叫ぶおバカな政党が生まれたが、何を血迷っていたのか、いまだに理解できない。

 

 

 今回の記事は、各氏のトーク内容を録音をしてフォローしたわけではないので、文中の談話は多少意訳になっているところもあります。

 

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