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日本の歌は「雪」と相性がいい

今週のお題「雪」

音楽批評


 日本の歌は、「雪」と相性がいい。
 演歌でも、J ポップでも、雪をテーマにした曲は名曲ぞろいである。
 J ポップ、フォーク、ニューミュージック系でいえば、まず筆頭にあがってくるのは、イルカの『なごり雪』。
 あるいは、レミオロメンの『粉雪』。
 そして、中島美嘉の『雪の華』。
 
 このなかでは、イルカの『なごり雪』が作詞的(伊勢正三・作)には群を抜いている。
 これは、少女から大人に脱皮していく女性を見つめる男性の視点で描かれた歌だが、何が切ないかというと、
 「♪ 春が来て、君はきれいになった/
     去年よりずっときれいになった」
 と認めながら、この男性が少女に対し、何も手を出せないところにある。

 「好き」ともいえない。 
 手を握ることもできない。
 再会を約束することもできない。

 「好き」といえない事情は、歌詞の奥に隠されている。
 いろいろと理由はあるのだろうけれど、そこが伏せられているところに、ほとんどのリスナーの勝手な思い入れを吸収するスペースが広がっている。

 

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  人の気持ちを萎えそうにさせる冷たい「雪」が、ここでは唯一主人公の気持ちを支えている。
 「雪よ,溶けないで」
 そういう願いのようなものが、この歌詞の底に沈んでいる。

 人間は、「春を待つ」ことの方が自然なのに、むしろこの歌は「春が来ること」の悲しみを歌っている。
 そこが、かつて一世を風靡した韓流ドラマの『冬のソナタ』の哀切感にも似ている。 


 一方、演歌に目を向けてみると、こちらも、“雪” の名作が目白押しだ。
 吉幾三のヒット曲は、たいてい「雪」もしくは「雪国」をテーマにしている。
 代表曲は、『雪国』。
  「♪ 暦はもう少しで、今年も終わりですね」
 という歌の出だしを年末に聞くと、いつも涙が出そうになる。

 

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 歌に出てくる主人公は、酒場の女性。
 店には、最後の客が一人いるだけ。
 彼女は、入り口に吊るしていた暖簾をしまい、客の隣に座ってお酌する。
  「♪ そばにいて、少しでも、話を聞いて」
 つまり、見知らぬ客に甘えたくなるほど、彼女の心はさびしさに打ちのめされている。
  「♪ 窓に落ちる風と雪は、女ひとりの部屋には悲しすぎるわ」
 
 ステレオタイプの歌詞ではあるが、こういうストレートな歌詞は、逆にどんなリスナーの気持ちにも寄り添えるので、無敵である。
 この歌詞では、戸外を舞う雪の冷たさが、無性に人の温かさ、人の優しさを引き寄せようとしている。
 これが「雨」でも「風」でも、こういう効果は出ない。 
 

 新沼謙治の歌う『津軽恋女』も、雪をうたった名曲のひとつ。
 都会に住む人間にとって、「雪」はほとんど一種類だと思われている。
 しかし、津軽では、
 「七つの雪が降る」
 とされる。

 「♪ こな雪、つぶ雪、わた雪、ざらめ雪、
     みず雪、かた雪、春待つ氷雪」

 

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  雪をこれだけ微細に鑑賞する術は、都会人にはない。
 都会人にとって、「雪」は天候の表現する言葉の一つでしかない。
 しかし、「雪国の津軽は違う」という。
 それぞれの雪に、独特の個性と美しさがある。
 これはまさに、“雪の美学” を教えてくれる歌なのだ。


 個人的にもっとも切なくなる雪の歌を一つだけ挙げるとすれば、それは吉田拓郎が歌った『外は白い雪の夜』(作詞・松本隆)である。

 

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 これは雪の夜に、別れ話を切り出す男と、それを黙って聞く女のストーリーだ。
 2人が最初に出会ったという店に女を呼び出した男は、こういう。
 「♪ 勘の鋭い君だから、
    何を話すか わかっているね」
 つまり、「傷つけあって、生きるより、
      なぐさめあって、別れよう」
 と、男は切り出すのだ。

 要は、この男は「もうお前とは別れるよ」と一方的に言い始めているわけだ。

 しかし、そういう男の言葉を覚悟していた女の対応が美しい。
 「♪ 今夜で別れと知っていながら、シャワーを浴びたの。
    哀しいでしょう?」

 ああ、もうこの一言で、この男女がどういう年月を過ごしてきたのか、それが見事に語られている。
 そして、いよいよ別れ話が煮詰まってきたとき、彼女はいう。

 「♪ あなたの瞳に、私が映る。
     涙で汚れて、ひどい顔でしょう。
     最後の、最後の化粧をするから、
     私を綺麗な想い出にして」

 そして、女はいうのだ。
 「席を立つのはあなたから。後姿を見たいから」

 こうして、誰もいなくなったさびしい店で、男が女を残して、先に退出する。
 そこにリフレインがかぶさる。
 「♪ Bye-Bye Love 外は白い雪の夜
     Bye-Bye Love 外は白い雪の夜

 “雪の別れ” を歌った秀逸な歌のひとつであると思う。