アートと文藝のCafe

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かまやつひろし『どうにかなるさ』

 キャンピングカーの中の「独り宴会」が好きである。
 仮に泊まるところが、RVショー会場の駐車場であっても、酒と音楽があれば、窓の外の風景が無味乾燥だろうが、話し相手がいなかろうが、まったく苦痛ではない。
 

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 ただ、酒はなくても、音楽がないと、ちと淋しい。
 だから、どんな短い旅でも音楽ソースだけはいっぱい持っていく。

 

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 昔、名古屋のキャンピングカーショーに出向いたときは、今はもうなくなった長島温泉の駐車場(写真上)に泊まって、かまやつひろしの『どうにかなるさ』を何度も聞いたことがあった。 

 

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 昔、この歌を聞いたとき、日本ではじめて「日本語のカントリー&ウエスタン」が生まれたと思った。


 それほど、作曲したかまやつひろしは、カントリー&ウエスタンのエッセンスというものを、よく捉えたように思えたのだ。

 

 当時の日本語のポップスは、どんなに洋楽の意匠を盛り込もうとも、どこかで歌謡曲の匂いがポロっと表れてしまっていたが、この曲にかぎっていえば、歌詞が日本語であることを除けば、純度100%のカントリーのメロディが再現されていた。
 
 で、また歌詞がいい。
 改めて聞いてみると、実に深い歌詞なのである。
 
 こんな歌詞だ。
 
♪ 今夜の夜汽車で、旅立つ俺だよ
   あてなどないけど、どうにかなるさ
   あり金はたいて切符を買ったよ
   これからどうしよう。どうにかなるさ 

 

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主人公はどんな男なのだろう?

 
 主人公は、いったいどういう人間なのだろう?
 考え出すと、興味がどんどん膨らみ始めた。
 
 面白いのは、主人公のキャラクターだ。
 切符を買うのに、「あり金をはたいてしまい」、「これからどうしよう」とつぶやいているわけだから、彼には危機管理能力というものがまったくないことが分かる。
 
 しかし、それでもこの男は「どうにかなるさ」と開き直る楽天性を備えており、少なくとも、うつ病患者が多いといわれる現代では、ちょっと考えられないようなキャラクターだといえそうだ。

 

 それにしても、そのとき彼は、いったいいくら持っていたのだろう。
 
 今だと、青森県から山口県まで、新幹線を使っても3万円ぐらい。
 この歌が生まれた時代では、3000円といったところか。
 
 その程度の金をつぎ込んで、「使い切る」と表現するいうことは、彼の給料は、現代に換算すると月15~16万程度か?
  
 いったいどんな仕事をしていたのだろう。

 手がかりは2番の歌詞にあった。

 
 ♪ 仕事も慣れたし、町にも慣れたよ
    それでも行くのか どうにかなるさ
   1年住んでりゃ 未練も残るよ
   バカだぜ、おいらは どうにかなるさ

 

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 歌の雰囲気からは肉体系の仕事が連想されるが、ドヤ街の殺伐さも感じられないので、建設系ではないのかもしれない。
 仕事に慣れるのに1年かかっているところをみると、単純労働というよりも技術系の仕事であることも推測される。

 

 
主人公はどんな恋愛をしていたのか?

 
 住む場所は、どんなところだったのだろう。


  「町に慣れた」と言っているところをみると、そんなに複雑な大都会ではない。
 生活圏も広そうではない。
 仕事場とアパートの距離も短く、その間に居酒屋が数軒という小さな地方都市が目に浮かぶ。
 

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 気になるのは、2番のサビの部分。
 
  ♪ 愛してくれた人も 一人はいたよ
     俺など忘れて、幸せつかめよ
    一人で俺なら、どうにかなるさ
   
 まず、考えられるのは、行きつけの飲み屋のママさんとか従業員。

 そう考えるのが普通だが、この歌詞はもう少し深掘りできそうだ。

 
 気になるところは、相手が「愛してくれた」 のに、主人公が応えてやらないことだ。
 こういう場合、三つのパターンが考えられる。
 
 ひとつ。
 相手は美人でもなく、性格的にも合わなかったというケース。
 どっちかというと、男の方がストーカー的に追いかけ回されたというパターン。
 その場合は、男が逃げ出したということになる。
 
 二つ。
 男の片思い。
 この場合は、 「これ以上追いかけ回すと、はっきりとフラれるな」という危機感から、相手をあきらめてしまうというケースが想定される。

 

 つまり、自分の自尊心を傷つけないように、「愛されている」という思いを維持したまま、最終的な破局から目をそらすという心の動きが想定される。
 そうなると、「俺など忘れて幸せつかめよ」というのは捨てゼリフとなる。
 
 三つ。 
 最初から、恋が成就しないことが分かっている相手。
 つまり、身分違いの女性。

 

 彼女は、良いところのお嬢さんで、高学歴で高収入の男のもとに嫁ぐことが決まっている。
 
 そうなると、歌詞で使われているボキャブラリーからして、あまり高学歴とは思えない主人公に嫁ぐことなど、親が絶対許さないということになり、それを解っている男は去るしかない。
 
 この解釈がいちばん自然であり、歌の雰囲気とも合う。
 私は、この女性は、主人公の勤める会社の社長令嬢だと推定した。
 
 たぶん、彼女には親が進めた縁談があったのだ。
 彼女は、それを破談にして、主人公と一緒になる決意を固めている。
 当然、親子の関係はこじれ、家庭も職場も収拾がつかなくなる。

 

 そういう事情を解ったからこそ、主人公は、あり金はたいて、急遽、夜汽車に乗る決意を固めたのだ。
 
 これは、カントリー&ウエスタンによくあるパターンといってもいい。 
 日本の演歌でも、“股旅もの” は、このパターンを踏襲する。
 洋の東西を問わず、古典的な人情劇の中軸を担っていたテーマである。
 

 

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人口流動が歌をつくる
 
 こういうテーマが現実性を帯びて感じられる社会というのは、どういう社会なのだろうか。
 
 人口が流動的に動いている社会である。


 カントリー&ウエスタンという音楽は、「家族や村という共同体に縛られず、旅の空の下で死ぬ男」を歌ったもので、その根底には、人口が流動的に動く開拓期の精神風土が反映されている。

 

(ただ、21世紀に入ってからのカントリーウエスタンはだいぶ変わった。共同体志向がものすごく強くなってきている。それには関しては、自分が昔に書いた記事のリンクを下に張った)

 

 20世紀初頭のカントリーウエスタンは、ふるさとを後にした若者たちの「望郷ソング」が基本になっていた。

 

 20世紀に入り、不況下のアメリカでは各地に放浪労働者がたくさん生まれ、彼らが当時インフラ整備されつつあった鉄道網を使い、日雇い労働者として全米に散らばっていったという歴史的事実も、それが当時のカントリー&ウエスタンを支えるバックボーンとなった。

 

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 このような「人が動く時代」では、「住み慣れた町」を離れ、夜汽車に乗って「あてなくさまよう」ことすら、希望であったかもしれない。
 
 世界の大衆音楽の中で、「ロンリー」とか「ロンサム」という言葉がもっとも多用されるのがカントリー&ウエスタンだといわれているが、その曲調は、どれも明るい。
 そこには、「町を去り、人と別れる」ことが新しい「出会い」を約束するという楽観主義が横たわっている。

 

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 日本も、似たような「人が流動する」時代を迎えたことがあった。
 
 『どうにかなるさ』がつくられたのは1970年。
  ということは、60年代の精神風土を色濃く反映した歌だと思っていい。
 
  
1960年代の楽天
  
 60年代というのは、「集団就職」に象徴されるような、日本全域を民族大移動が襲った時代。


 1960年から1975年の15年間のうちに、東京、大阪、名古屋の3大都市圏には、1533万人の人口が流入したという。
  
 『どうにかなるさ』という歌は、恋人と別れても、別の町に行けば、また新しい出会いがあるというカントリー&ウエスタン風の楽観主義に裏打ちされた歌なのだ。

 
  
 歌詞をつくったのは、山上路夫
 かまやつひろしの曲が先にできたのか、山上路夫の詞が先にできたのかは分からないが、両者の目指す世界がぴったり合ったという気がする。
 つまり、カントリー&ウエスタンの精神風土を、日本の土壌に置き換えた名曲だと思う。
 
 …… ってなことを考えながら、自分のキャンピングカーの中で、一人ダイネットシートにあぐらをかいたまま、グダグダと酒を飲む。
 至福の時。

 

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