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塔の形而上学

  

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▲ ピーター・ブリューゲルの『バベルの塔
 
 人間は、塔が好きだ。
 古くは、旧約聖書の「バベルの塔」(← 本当にあったかは不明)に始まり、エッフェル塔やら、東京タワーやら、東京スカイツリーやら、ドバイのプルジェ・ハリファやら ……


 何のためか、よく分からないけれど、とにかくみんな塔を建てるのが好きだ。
 
 だけど、なんで人間は古来よりそんなに「塔」を建てたがるのだろう?
 
 権力者の “権威” の誇示とかいう説もあるけれど、それなら、まずドッシリした安定感が必要で、不安定さを漂わせながらヒョロヒョロ伸びていく建物が必要とは思えない。
 
 スペース効率を高めるためだという人もいる。
 地価の高い大都市の場合は、フロアを積み重ねていくことで、総敷地面積を増やすことができる。
 まぁ、合理的な説明だね。
  
▼ 高層ビル

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 確かに、現代の「高層ビル」というのは、そう説明することも可能だ。
 だけど、「塔」は、「高層ビル」とは違う。
 「高層ビル」には “意味” があるけれど、「塔」には “意味” がない。
 
 「塔」というのは、その「高層ビル」が終わり、その上に「無意味な空間」が現れるところから始まる。
 
 プルジュ・ハリファの地上828mとかいう高さって、どんなに高速エレベーターを使ったって、人間が暮らす空間にはならない。
 まず、そんな高いところまで、水道とか、ガスとか、トイレや風呂とか、ライフラインを整備するとなると、とてつもないコストがかかる。
  
 周りが砂漠で、建物を建てるスペースに困らないドバイでは、そんなコストは無意味なコストだ。
 第一、地震が来たらどうなるだろう?  ってな不安は常につきまとう。
 
 トレードセンタービルを襲った9・11事件のように、飛行機が突入してきたらどうなるのよ とか思うと、もう住むなんてことは考えるだけで怖い。
 
 だから、人間が住む空間として、「塔」は意味がない。
 ホテルやオフィスがいっぱい入っているはずのプルジュ・ハリファだって、160階以降206階までは、全部機械室だっていうじゃない。
 一定以上高いところには人間は住めないってことを、建築家もちゃんと分かっているんだろうね。
  
 スカイツリーは「電波塔」として建てられたわけだけど、専門家の中には、「電波塔なら、別にあれほどの高さなんか必要ない」っていう人もいるようだ。
  

 
 では、もう一度原点に返って、
 「人間は、なぜ塔を建てるのだろう?」
 
 たぶん、そこには、「重力」への挑戦という意味があるような気がする。
 
▼ 重力への挑戦 …… ホント?

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 「重力」ってのは、物理学的には、地球上の物体が地球から受ける力のことで、 「万有引力と地球の自転による遠心力との合力」なんてよく言われるけれど、象徴的にいえば、「重力の働く場」というのは、大地に這いつくばって生きていくしかない人間の性(さが)を背負った世界のことだ。
 
 「塔」とは、その「人間の性(さが)」を超えようとする意志が、「形」をとったものだ。 

 

 要は、「人間は、どれだけ “神さま” に近づけるのか」と問う建築なんだね。
 さらに言葉を変えて言えば、「人間の知恵や技術や文明は、どこまで進化できるのか」を問う建築のこと。
  
 進化の行く末を見極めたいという衝動に「意味」はない。
 生物の「進化」に意味がないのと同じように。
 
 旧約聖書の神さまが、人間による「バベルの塔」の建設を恐れたのは、それが「意味」を持たない行為だったからだ。


 もし、人間たちが、高い塔を造って、それを集合住宅にしようとか、ショッピングモールに使おうというのだったら、神さまは見逃していただろう。
 
 しかし、「バベルの塔」には意味がなかった。
 「無意味なこと」を追求することは、「神の秩序」への冒涜である。
 それは、この世に意味を与えることを使命と考える神さまに放たれた “悪意” にすぎない。

 

 神さまは、「バベルの塔」の建設に、人間のニヒリズムをみたのかもしれない。
 (だから、キリスト教原理主義の人たちから見ると、「進化」を唱えたダーウィンの教えは、ニヒリズムに感じられるのだろう)。
  
 
 この先、「塔」はいったいどうなるのだろう。
 現在、世界で最も高いといわれるプルジュ・ハリファを超える1000m超えのビルの計画がすでに進んでいるという。

 

 きっと、これからもどんどん「塔」の高さは延長されるだろう。
 そして、いつかは力学の限界を超えて、破綻するだろう。


 
 しかし、それまで人間は「塔」の高さを伸ばし続けるだろう。
 あたかも、どこで破綻するかを見極めようといわんばかりに。