誰でも、オリジナリティというものに生き甲斐を感じている。
作家や映画監督のように、創りだした作品そのものが、作者のオリジナリティを訴えるものとして評価されるような仕事もあるが、そんな大それたものでなくても、「俺しかできない仕事だ」と思える部分があってこそ、人は、単純な労働でも耐えることができる。
たとえば、
「この木工のアールはコンピューターを使っても実現できない、俺だけが会得したワザだ」
なんていう職人としての誇り。
「この秘伝のタレを作るには、ニンニクとリンゴを擦り下ろすんだけど、そいつもウチの実家で採れたやつじゃないとダメなんだ」
ってな、料理人のこだわり。
そういうこだわりは、商品としての価値を生むには、かなり遠回りで効率の悪いことかもしれないけれど、それがあってこそ、労働というのは、ルーティンワークのように見えても、それに従事する人間を支えてきた。
サラリーマンとて同じこと。
会社のなかで、組織の歯車として働かざるを得ないような人であっても、自分の仕事が他の部署の活動を円滑にしているとか、自分の存在自体が、職場の雰囲気をなごやかにしている … などという自覚を持つことによって自分の存在に誇りを持てる。
それが、その人間の「オリジナリティ」だと思うのだ。
しかし、(今から15年ぐらい前の話だったけれど)、堀江貴文(ホリエモン)氏が、ある雑誌か(テレビだったか?)で行われた田原総一朗氏との対談で、
「オリジナリティなどにこだわるのはアホだ」
と言い切った。
あまりにも、見事なオリジナリティに対する否定だったので、聞いていたこちらもびっくりした。
当時のメモが残っているので、ちょっと再現してみる。
何の対談だったか忘れたけれど、トークの内容は以下のようなものだ。
【堀江】 (田原総一朗氏に向かって) 仕事になぜ「オリジナリティ」が必要なんですか? 仕事は儲かればいいだけの話なんですよ。みんな「オリジナリティ」というものをすごく大事にしているけど、そんなのアホだと思いますよ。
オリジナリティに訴えなくても、差別化する手段なんかいっぱいあるんですよ。資本力とか技術力できちっと差別化していけばいいんです。
オリジナリティなんか何一つ必要じゃないですよ。良いものがヨソにあれば、それをパクればいいだけの話なんです。たとえば、誰かが「すごいアイデアを思いついた」としますね。
しかし、世の中には同じタイミングで3人ぐらいの人間が同じことを考えているんです。
ましてや、今の情報社会では、アイデアのもとになる原料みたいなものがインターネットで一瞬にして駆けめぐっているわけでしょ。
だから、いいアイデアといったって、それは同時に100万人が思いついているかもしれない。
違いは、そのアイデアを実行に移すか、移さないかだけなんです。オリジナリティそれ自体には何の価値もない時代になったんです。
この堀江貴文氏の発言を最初に知ったとき、その合理性に舌を巻いた。
続いて、そういう時代が来たということが、そら恐ろしく感じられた。
この「殺伐とした小気味よさ」の正体がつかめずに、それ以降、ずっと居心地の悪い気分が続いた。
気持ち悪さの正体とは何だったのか?
それは、堀江氏の見事な説得力と、そういう理屈に説得されたくない “古い自分” の葛藤からくるものであった。
たぶん、彼はそのとき、新しい時代に必要なビジネスマインドのようなものを表現したかったのだと思う。
ただ、それを主張するときのホリエモン氏の口調には、人を不愉快にさせるようなトゲがあった。
「分からないやつはアホだ!」
というような驕り高ぶった態度が見え見えだった。
さらに、彼は続けて、こうも言った。
【堀江】 会社は儲けるための組織なんですから、(自分の会社の)社員の能力はすべて「数字」で判定しています。“忠誠心” などといったって、ゴマすっていれば誰だって良く見えるじゃないですか。
しかし、数字はウソをつきません。
だから、経営者は数字だけを管理していれば、それ以外のものに気をつかわなくてもすむんですよ。
基本的に、これがその当時の企業に導入されはじめた「成果主義」という考え方だとよく分かった。
もちろん、そういう理屈も、理論的には正しいと思った。
しかし、この発言のなかに漂う殺伐とした空気に対して、当時は( … そして今でもそうだが)そうとうな違和感を感じた。
このときの彼の発言は、1990年代末期から2000年代にかけての日本の経済システムの変換点を示す意見だといっていい。
つまり、資本主義経済の流れが、モノづくりを中心とした製造業主体の経済から、金融をベースにした投資家たちの経済に変貌していったことを物語っている。
この話をしていたときのホリエモン氏は、金融ビジネスのライブドアの事業を進めていた頃だった。
当時のマスコミは、彼のことを、IT 産業のヒーローとして扱っていたが、ライブドアは先駆的なテクノロジーで脚光を浴びたわけでもなく、新しいビジネスモデルによって注目を集めたわけでもなく、買収によって傘下におさめた金融部門にその収益の大半を頼っていた会社だった。
こういう会社が急成長を遂げるには、自社の株価上昇率を「看板」に、周りの有望な企業を次々と買収していくしかない。
そのため、何が行われたか。
それが、当時話題になったあの「粉飾決算」だった。
一般的に、金融ビジネスというのは、実体がない。
もちろん、金融取り引きを行うためには、金融工学や専門的な法律知識が必要で、そのためには、高度な数学の修得や法学知識が必要とされる。
だから、金融ビジネスは、合理的な因果関係のロジックに貫かれた世界だと思われることが多い。
しかし、現実はそうではない。
むしろ、合理的な数学理論で把握できない世界といっていい。
1990年代のはじめ、ヘッジファンドの象徴的人物と目されたジョージ・ソロスはこういっている。
「マーケットというのは、論理的でも自然に均衡するものでもなく、極端な乱高下を繰り返す “カオス(混沌)” だ。そして、そのカオスの中心にあるのは理論ではなく、群衆心理だ」
これが、金融経済が世界のマーケットを動かし始めた時代(1980~90年代)の「不安定な空気感」の正体である。
この時代、企業買収・合併が常態となったアメリカでは、すでに現場と経営陣は完全に切り離されていた。
エリートたる経営陣は、会社の現場と交流を図るなどという気持ちもなく、巨額の報酬を求めて、次から次へと企業を渡り歩いていった。
だから、経営陣と現場の交流が希薄なアメリカ流経営では、社員を「成果主義」で測るしかなかったのだ。
このアメリカ型経営学が「グローバル・スタンダード」として世界を席巻し、90年代には日本にも上陸する。
そして、社員の能力を成果主義で測る考え方を普及させて、労働というものに備わっていた個人の誇りや、こだわりや、思い入れを払拭した。
▼ 2005年の第44回衆議院議員総選挙で、ホリエモン氏は“落下傘候補” として広島県から出馬する。結果的に落選したが、彼がこのとき訴えたのが、小泉純一郎&竹中平蔵が進めようとしたアメリカ流の市場原理主義政策だった。
ホリエモン氏の「オリジナリティ不要論」というのも、基本的にこういう新・自由主義的なビジネススタイルを反映したものである。
だが、そういうビジネス観は、本当に正しいのか?
彼が言うように、「仕事は儲かればいいだけの話」ならば、オリジナリティなどにこだわる必要もなかろう。
しかし、「オリジナリティ」というのは、現在の社会ではまだ、(古風な表現を使えば)人間のプライドを支える価値となっている。
「これは俺にしかできない仕事だ」という自覚は、たとえその個人の錯覚であっても、その個人のアイデンティティとなりうる。
ホリエモン氏は、経営者の立場から、社員を「機能」として評価する目で人間を見ているが、その下で働かされる社員にしてみれば、「俺は会社の歯車ではないぞ」という意地がある。
社員というのは、経営者や上司から、
「お前の仕事はお前しかできないよな」
という評価をもらってこそ、やる気を起こすものだ。