スケール感にあふれる
壮大な宇宙ロマン
諸星大二郎の『暗黒神話』を、また読み返す。
何度読んでも、面白い。
ストーリーが分かっていても、絵を観るだけで楽しい。
歴史、古代神話、考古学、宇宙科学という取り合わせによって描かれる彼の宇宙ロマンは、とてつもなくスケールが大きく、奥行きもある。
『暗黒神話』のテーマは宇宙の終わりである。
主人公は、古代文明が滅亡していく過程を調べるうちに、どの文明の終焉にも、ある共通した特徴が現れていたことを知る。
その「特徴」をたどっていくと、今われわれの住む世界が、最終的な破滅に向かっていることが推理されてくる。
では一体、何が宇宙を破滅させようとしているのか?
本書は、太古の恐竜を死滅させ、地球上の古代文明や古代国家を滅亡させ、今なお地球を壊滅させようとする “スサノオ” の秘密に迫ろうとする。
スサノオとは、あの日本神話に出てくるスサノオノミコトのことだが、実はこの神様は、日本神話だけに登場したのではなかった。マヤやインダス文明のような謎の滅亡を遂げた文明には、その終焉を示唆する文献や出土品にすべてスサノオの影が刻印されていた … というわけである。
驚くべきスサノオの正体
ストーリーの後半部は、このスサノオの正体を解明することに費やされていく。
それまで考古学的な遺物や古代史の文献に小さく閉じこめられていたスサノオの存在が、そこで一気にドドドォっと宇宙規模に拡大していくときのスケール感がすごい。
最初に読んだとき、私などは、思わず「おおぉぉ!」と声を上げてしまった。
これは、マンガでなければ描けなかったパノラマ感であり、かつ、諸星大二郎でなければ創造できなかったビジュアルだろう。
スサノオが、宇宙空間を滅ぼす巨大なブラックホールのごときものであることを暗示するところなどは、光瀬龍のSF小説『たそがれに還る』や『百億の昼と千億の夜』などを下敷きにしている雰囲気もある。エンディングも謎めいた部分が残り、それが余韻につながる。
古代中国モノはどれも傑作ぞろい
この人の作品では、ほかに『諸怪志異』の連作や『無面目・太公望伝』なども好き。
『碁娘伝』(↓)なども夢中になって読んだ。
一番好きなのは、やはり『孔子暗黒伝』だ。
古代中国や古代インドの呪術めいた風俗が、豊かな想像力と緻密な描写力によって鮮やかに描き出されている。
これだけ、緻密な歴史絵巻を繰り広げながら、諸星大二郎が、一度も中国を旅した経験がないというのも面白い。
すべて、美術書や歴史書から得られる情報を基に作画されたのだという。
天才にとっては、実際の現場に立ち会うよりも、書籍という限定された世界で得られる情報の方が、はるかにイマジネーションを膨らますことができるのかもしれない。
画風はおどろおどろしくて、不気味。
人体描写などは、ときどき稚拙さのせいでバランスが崩れて見えるようなところもある。
でも、構図の取り方や、遠景・近景を適切に組み合わせたコマ割りのバランスがすごく美しい。
うまい絵ではないが、味がある。
1コマだけ取り出して、額縁に入れて、部屋に飾っておきたくなるような絵だ。
毎晩、寝床に入ってから、眠くなるまで気に入った部分を少しずつ読む。
閉じたまぶたの裏側に、暗黒星雲をも巻き込んだ広大な宇宙が広がっていく。
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