凄いドラマだよな。
ヒマラヤを越えていくツルたちの話。
夏の間、モンゴル高原で暮らすアネハヅルという鳥は、冬が近づくと、仲間同士が編隊を組んで、暖かいインドに旅立つ。
その中には、生後3ヶ月ほどの若鳥たちのグループもいる。
彼らは、大人たちとは日にちをずらし、エサをたらふく食べて体に脂肪をつけ、山越えを乗り切る力を蓄えてから、大人たちの後を追う。
途中、最大の難所といわれるのが、8,000m級の山々が聳え立つヒマラヤだ。
コースはいろいろあるようだが、ダウラギリの横をかすめるルートが地元の人たちからよく観察されるらしい。
ダウラギリの高さは8,167m。
彼らは、これを越えていくのである。
あのか細い足と、薄い羽しか持っていない連中がだよ。
もちろん、力まかせに挑んでいくわけではない。
時に羽ばたき、時に羽根を休めて滑空し、そして山を超える上昇気流を探し出して、それに乗りながら高度を上げていく。
状況を巧みに読みながらの頭脳戦でもあるのだ。
このとき、V字型の編隊を上手に維持していくのがコツ。
鳥が羽ばたくとき、羽根の左右から螺旋状の空気流が発生する。
その空気流をうまく利用すると、その後ろを飛ぶ鳥は、羽根を動かす力を抑えることができる。V字編隊を組むと、それが効率よく行われるらしい。カーレースでいう「スリップストリーム」のようなものかもしれない。
もちろん、先頭の鳥には負担がかかる。
だから、先頭の鳥に疲労が見えてくると、体力を温存した仲間が次々と交代し、グループの牽引役を務める。
この話は、昔NHKの『ワイルドライフ』という番組で観て知った。
そのときは、編隊飛行を統率するリーダーの力が試されるという話を聞いた。
最大の問題は、山を超えるときに、上昇気流にうまく乗れるかどうかなのだという。
ダウラギリの周辺は、強い乱気流が渦巻いていて、風の方向が瞬時に変わる。
鳥たちにとっては、いよいよ正念場だ。
しかし、複雑な乱気流の中には、真上に向かって上昇する風もある。
その上昇気流に乗れたグループだけが、無事ヒマラヤを越えられる。
いっぽうその風の動きを見逃したグループは、山頂近くの風に押し流され、2kmも3kmも後退しなければならなくなる。
そのときにV字編隊は崩れ、鳥たちの相互協力機能は低下する。
どの鳥も一様に体力を消耗し、疲労困憊のあげく、低地に舞い降りなければならなくなる。
しかし、そこでのんびりと休んではいられないのだそうだ。
アネハヅルの山越えの季節となると、脱落した群れをエサにしようとするワシやトンビのような猛禽類もふもとに集まってくるのだとか。
疲れ果てたツルの群れは、もうワシやトンビから逃げる元気すらない。
山越えの失敗は、それがその集団の死を意味する場合もある。
そんな鳥たちのドラマは、人間たちが演じるアクションドラマなどよりも、はるかに壮絶だ。
風に逆らいながら、体力のおよぶ限りチャレンジし続ける鳥たちの姿を見ていると、手のひらに汗がにじむ。
そして、ついに上昇気流を見つけ、一気に高度を上げていく鳥たちを見ていると、彼らが両手を上げて「万歳」しているように感じられてくる。
私たちの知らない場所で、今日も大自然の動物たちは、観客のいない凄絶なドラマを演じ続けている。