今はフリーランスになったが、前いた職場には、けっこう「金融ビジネスのお誘い」みたいな電話がかかってきた時期があった。
「町田部長はいらっしゃいますか?」
… などと尋ねられると、“部長” とか “編集長” などと肩書きがあっても、けっきょく部下のいない私が、直接電話を取っていたわけで、
「はい、私ですが」
… などと言おうものなら、
「いやぁ、町田さんですかぁ! その後お変わりありませんか? お元気そうなお声でよかったぁ」
お前だれだよ?
「◯◯です! △△証券の◯◯ですが、覚えていらっしゃいますか?」
覚えてねぇよ。
「以前、資産運用のお話で、お電話にて失礼させていただいた◯◯です」
知らねぇよ。
結局こちらから、「いま接客中なので、失礼します」
… ってな感じで、電話を切らざるを得ない。
この手の電話は、交換を通す場合は、
「町田君いる?」
みたいな口調で話してくるらしい。友達を装って取り次がせようとするわけだ。
で、本人に替わると、手のひらを返したように、
「いやぁどうもぉ! 突然のお電話でさぞや驚かれたこととは思いますが、ホントお忙しいところ、たいへん恐縮でございますが … 」
と、平身低頭な対応にとって変わる。
… おめぇさっき「町田君いる?」とかいって電話してきたろ?
こっちは知ってんだぞ。
いっとき、先物取り引きの勧誘が集中することがあった。
ちょっと、話を聞いていると、
「大豆、トウモロコシ、砂糖などが、おいしい投資の対象になる」などと説明してくれる。
投資のからくりなどには全く無知なので、相手が何を話してくれても、さっぱり解らない。
「… まぁ、またの機会にお願いします」
と、こちらから電話を切ることになる。
その後が、面白い!
10分後ぐらいに、また同じ人から電話。
「町田ぶちょぉー! 大変なことになりましたぁ! たった今入った情報で、△△地方の大干ばつでトウモロコシが高騰中! いやぁ千載一遇の好機ですよぉ! とにかくこの情報を、真っ先に町田さんにお知らせしたいと思いましてぇ」
俺が何人目の “真っ先” なんだよ。
で、さっきとはうって変わって、電話の向こう側があわただしい。
途切れることなく電話のコール音が鳴り響き、絶叫する女性の声が聞こえる。
まるで爆弾テロにでも巻き込まれたような雰囲気だ。
「ハリー、ハリー!」なんていう英語が、なかなか効果的なタイミングで入っている。
「町田ぶちょぉー! 聞こえてますかぁ? トウモロコシが …… 」
… ポップコーンにでも化けたのかい?
たぶん、そういう “あわただしさ” を効果音として流す装置でもあるんだろうな。
浮気のアリバイ作り用に、受話器の周りで「居酒屋の音」とか「パチンコ店の音」などを流すテープがあるとか、聞いたことがあるし。
とにかく、無味乾燥な私の職場に、突然ドラマが割り込んできた感じで、この手の電話は大いに気分転換になる。
こういう電話をかけてくる方々は、「直接お会いしたい」というのが通例だ。
「このたび、この地区を担当することになりました◯◯です。元気なだけが取りえの不調法者ですが、ひとつ、その元気な顔を見てやろうとお情けをいただきたく思い、これからそちらにお邪魔します」
来なくていいよ。
「今日の午後、ちょうど御社の前を通るのですが、部長いらっしゃいますか?」
いねぇよ。
… でも、こういう人たちは、きっと毎日厳しいノルマに責めたてられて、一件でも多く実績を作りたいんだろうな。
ご本人にとっても、ストレスの多い仕事なんだろうと思う。
だから、無愛想に断ると可哀想な気もする。
そこで、この手の電話は次のように処理していた。
「町田部長はいらっしゃいますか?」
「あいにく町田は、昨日から海外出張なんですが …」
と、秘書のようなふりをして、私が答える。
「お戻りはいつぐらいでしょうか?」
「1ヵ月後の予定になっております」
「そうですかぁ … 。では日を改めて … 」
これなら、相手も傷つかない。
夜遅くかかってくる電話の場合は、
「町田部長はいらっしゃいますか?」
「はぁて …。この会社の社員はみな帰られたようですなぁ」
「部長は、明日はお見えになりますかね?」
「さぁ …。ワシはただの用務員でね、たまたま見回りに来て、この電話を取っただけなんですわ」
… と答えるのも、当の “町田部長” である。
たまに感じの悪い電話だと、
「町田部長さんいる?」
「あいつ夜逃げしたんや。あんただれや? 居場所知ってるんなら、教えろや、こら!」
いろんな役をこなすので、けっこう忙しい。