アートと文藝のCafe

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女が男を蹴っ飛ばす時代

 
 それにしても、なんざんしょうねぇ。
 私なども、もうじき70歳の大台が近づくようになりまして、つらつらと思うのですけれど、ここ最近の世の中の変わりようがすさまじくてですねぇ、もう私などは、どう考えたらいいのか分からないような時代になってまいりましたねぇ。

  

 いえいえこれは老人の繰り言ですので、あまり気にとめることもなく聞き逃してくだされば結構なんですが、なんていうんでしょうねぇ 最近のお嬢さま方の元気の良いこと。

 

 まぁ、私どもの若い頃は “ケンカを売る” というのは男の世界のものであって、女性の方がケンカを売るということがあったとしても、それは相手も女性である場合に限られていたように思っていたんですけれども、最近は違うんですねぇ。

 

 女が男にケンカを売る。

 

 そういう光景が日常化されてきた感じがいたしまして、もう、私などは唖然としてしまうわけですが、そういうのは、今の日本ではもう当たり前なんでしょうかねぇ。

 

 え? 何の話か? って。
 いえいえ、これはね、電車の中で見かけた光景なんですけどね、もうずいぶん前の話になりますけど、ちょうどまだ寒さの厳しい2月の始め頃のことでしたかね。

 

 千葉県の幕張で大きなキャンピングカーのショーがあるというので、それを見物しようと思って、電車に乗っていたときのことなんですよ。

 

 通勤ラッシュも一段落して、席もぽつぽつ空いてるという、まぁ、のどかな時間帯の電車だったんですが、 私の前にね、若い女性の方が座っておりましてね、

 
 … どういうお仕事なのか … まぁ、飛び込みの販売セールスか何かのお仕事なんでしょうね。伝票とか地図を交互に眺めて、いろいろ段取りを思案されていたようなんですわ。

 

 それがねぇ、ちょうど大きな川を越えたあたりの駅でしたっけねぇ、扉が開いて、一人の若い男性が飛び込んで来られたんですわ。
 でも、ちょっと勢いがつきすぎたのか、その男性が座っておられた若い女性の足でも踏んでしまったようなんですわ。

 

 その男性は というとね、野球帽などをかぶった遊び人風の方でね、あまり礼儀作法などに頓着されないという風情の方だったんですよ。
 それでも、若い女性の足を踏んだということが分かったので、
 「すいません」
 と、小声で謝ったようなんですわ。

 

 しかし、そのあとがすごかったんですよ。
 その女性、何と答えたと思います?

 

 いえいえ、答える代わりにね、いきなり足をグルリと回して、その男性のすねを思いっきり蹴り上げたんですわ。
 バキッ! と音が出るくらいの勢いだったので、正面に座っていた私もビックリしちゃいましてね。

 

 

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 しかし、あまりにも意表を突いた女性の行動に、蹴られた男性の方も、きょとんとしているわけなんですわ。
 一瞬、何が起こったのか分からなかったんでしょうねぇ。

 

 まぁ、なんていうんでしょうねぇ、その男の人、しばらく呆然とその女性の顔を見つめておりましたけれど、
 「これは怒ったことを相手に伝えた方がいいぞ」
 と、ようやく脳から発した意志表示の伝達が顔の神経につながったのか、目に怒りの色を浮かべて、女性ににらみつけたんですわ。

 

 で、男性がその女性の横顔に視線を向けていることが、気配で伝わったんでしょうなあ。
 その女性、はじめて男性の方に顔を向けましてね、

 「なんだよ、ウザいなぁ」

 もうドラマのセリフみたいにドスの利いた男言葉で返したんですわ。

 

 まぁ、見ると普通のOLさんなんですよ。
 それもちょっと美人でね。


 少し目がきつそうという印象はありましたけれど、別に、背中に入れ墨彫って、角刈りの男性に貢いでいるという風情でもないし、会社からしっかり1ヶ月単位でお給料を頂いている感じの、どこにでもいるようなお嬢さんなんですね。

 

 ところが、口を開くと、出てくる言葉がすごいんですわ。
 「汚らしい目をこっちに向けるなよ。うるせぇんだよ」

 

 こうなると、男性の方が気後れしてしまうんでしょうかね。

 

 「何も蹴ることはないだろ。ちゃんと謝ったじゃねぇかよ」
 と、男も言葉に凄みを利かせようとしているのは分かるんですが、多少声がうわずっているんですよ。

 

 それに対して、若いお嬢さんの方が迫力あるんですね。

 「てめぇがトロいから、人の足踏むんだろ。反省しろよ、コラ!」

 

 もう、字ズラだけ読むと ねぇ、これ眉に剃りを入れた突っ張り兄ちゃんのセリフですよね。
 それが、まだ24~25というきれいな女性の口から出てくるというのが、なんざんしょうねぇ 、もう劇画の世界というか、アニメの世界というか。

 

 「だからといって、蹴ることはねぇだろ。やりすぎだろ」
 男の方も必死なんですけど、どうも、言葉に力がないんですよ。もう気後れしているのが分かるんですね。

 

 それに対して、女性のなんと雄弁なことか。
 「蹴られるようなノロマが何いってやがんでぇ。いちいちウザイんだよ。腐った魚みたいな目でドロンとにらむんじゃねぇよ」

 

 男同士だったら、ここで胸ぐらのつかみ合いということになるんでしょうけれど、まぁ相手が女だということで、男の方もこらえたんでしょうな。

 

 しかし、言論戦となると、言葉の “手数” では負けるな と男の方も分かったようで、その後しばらく、彼も「目に力を込めて」、一生懸命女性の横顔をにらみ付けていたんですが ……

 

 まぁ、この勝負は女性の一本勝ちですな。

 

 そのお嬢さんは、男なんて眼中にないという落ち着いた表情で、さっきまで没頭していた伝票と地図のにらめっこを始めたんですわ。
 もう鮮やかなほど「お前なんかこの世に存在しない」というシカトぶり。

 

 普通、素人は、ケンカを収めようとするときの方が、逆に動揺を漂わせてしまうんですね。

 
 ところが、彼女には一切それが見えないのね。
 感情のないロボットのようなシレっとした顔つきに戻っているんですね。
 こりゃ、相当ケンカ慣れしているな と思ったんですけどね。

 で、その若い男性はというとですね、「こりゃ勝負あった」と思ったんでしょうなぁ。


 次の駅が来ると、さっとホームに降りちゃいましたよ。

 

 もちろん座っている女性は何事もなかったように、去っていく男を完全無視。

 かくして、幕張に向かう電車は、また元のお昼前ののんびり感を漂わせた平和な電車に戻ったわけですけど、ま、驚いちゃいましたね。最近の若い女性の度胸の良さには。

 

 まぁ、こういう女性の方々が増えてきた日本の社会というのは、…… どうなんざんしょうねぇ。
 こういう現象は、日本がたくましくなっていくことの前兆なのか、それとも荒廃していくことの予兆なのか。

 

 もう年老いた私などには、そこのところの判断が本当につかなくなってしまいましたねぇ。