音楽批評
山口一郎氏の曲から伝わる
「心地良い違和感」
テレビで、日本のロックグループ「Sakanaction サカナクション」のライブ映像を見たことがある。
面白い世界観を表現したステージだと思った。
このバンドのリーダー山口一郎氏には、10年以上も前から注目していた。
日本の若手ロックバンドのなかで、唯一「アーティスト」という称号を与えられる表現者であるように思っていた。
昭和文学っぽい歌詞の魅力
とにかく、歌詞がすごいのだ。
彼がつくる曲は、すべてが “文学している” といっていい。
それでいて、難しい言葉はない。
平易な言葉に、深い意味を持たせている。
作詞家としての能力は抜群だと思う。
山口一郎氏の存在に気づいたのは、NHK(Eテレ)の音楽トーク番組『ザ・ソングライターズ』だった。
佐野元春氏がホストを務め、その当時の話題のミュージシャンや作詞家をゲストに招いて日本の音楽を語るという番組で、山口一郎氏はその12回目(2010年)に登場していた。
偶然それを見ていた私は、山口氏が話す一語一語に引き込まれるのを感じた。
そのことを、かつて別のブログに書いたことがある。
当時の自分はこんな記事(↓)を残している。
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(2010年 9月19日)
『ザ・ソングライターズ』のなかで佐野元春さんが、山口一郎さんの作った歌の歌詞を朗読した。
聞いていて、ちょっと驚いた。
現代を生きる若者の心情を歌っているようでいながら、そこに “昭和文学っぽい” しょっぱさが加わっていたのだ。
単語のひとつひとつが、字義どおり使われていない、… というか、ひとつの言葉に、ものすごく多様な意味が込められている。
優しい言葉が、鋭利な刃物のような怖さを内包している。
ぶっそうな言葉の奥に、ふるえる魂のおののきが宿されている。
ひと言でいうと、“引っかかる” 歌詞なのだ。
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その番組を観終わった後、Wikipedia などのネット情報を通じて山口一郎氏のことを調べてみた。
1980年、北海道の小樽市生まれ。
お父さんの影響を受けて、小さい時から、「明治の短歌」や「昭和の詩」を愛してきたという。
そのため、子供時代の愛読書が石川啄木や寺山修司の短歌、吉本隆明の詩。さらに宮沢賢治の童話だった。
幼い頃から、そういう “昭和文学” になじんできただけあって、山口氏の言語感覚には独特の嗜好性がある。
「愛」という言葉が嫌い
たとえば、「好きな言葉は?」という佐野元春氏の質問に対し、すかさず返された答が、
「夜」
「では、嫌いな言葉は?」
「愛」
聞いていて、ため息が出るほど共感した。
「愛」という言葉が嫌いだという感性は信頼できる。
なにしろ、ドラマでも歌でも、最近いちばん安っぽく流布している言葉が「愛」だからだ。
そのひと言さえ使えば、一応なんでも丸く収まってしまう呪文の言葉。
誰も異論を唱えることのできない「愛」。
しかし、その言葉を安易に使ってしまえば、「説法」なら格好は付くが、「詩」にはならない。(ギャグにはなるが … )
「センチメンタル」こそ「リアリティ」
また、対談中、彼がよく「センチメンタル」という言葉を口にするのが意外でもあり、新鮮でもあった。
たとえば、彼は、
「(北海道時代には)自分の中にあるセンチメンタルを共有できる人が周りにいなかった」
という。
「センチメンタル(感傷的)」という言葉は、時としてネガティブな響きを帯びる。「甘い」とか「めめしい」、「感情におぼれる」というニュアンスを秘めた言葉として使われることが多い。
だが、山口氏の口からこぼれ出る「センチメンタル」は、「リアリティ」の同義語であるように思えた。
普通の人が「めめしい」と感じるものの中に、むしろ人間の真実があるとでもいわんばかりに。
「夜」と「君」でつくられる歌詞
山口一郎氏の曲がどんなものか。
実際に聴いてみると、その特徴がよく分かる。
下は、NHKが取り上げたライブでも演奏されていた『バッハの旋律を夜に聴いたせいです』という曲。
いかにも、彼らしい世界観が投影されている。
キーワードは、やはり彼の大好きな言葉である「夜」。
その夜を象徴する仕掛としての「月」。
そして、彼の歌には必ずといっていほど登場する「君」といわれる人物。
この三つの言葉が、まさに一幕劇に登場する3人の役者のように、妖艶な役割を与えられ、濃密な寸劇を繰り広げる。
▼ サカナクション - 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』
(MUSIC VIDEO) BEST ALBUM「魚図鑑」
いろいろな解釈を可能にする詞であるが、全体的に謎めいた匂いが漂っていて、サカナクションらしいミステリアスな雰囲気が伝わってくる。
難しいものは美しい
YouTubeを探してみると、山口氏の最近のインタビューを収録した動画がいくつか見つかった。
その一つで、彼はこんな発言をしている。
「僕らは音楽でも本でも、難しいものこそ価値があると思い込んでいた世代なんですね。
たとえば本ならば、最初は難しくて理解できないものでも、何度も読んでいるうちに突然理解できる瞬間がやってくる。それが高揚感を生んだりする。
だから、(自分は) “難しいものこそ美しい” と思える感覚を持っているんです。
ところが、今の子たちって、そういう期待の持ち方をしていないように感じます」
そのため、
「東京でメジャーデビューするときに、自分が感動してきた “美しくて難しいもの” をいかに多くの人に伝えられるかということが、たいへんな課題でした」
という。
テクノロジーが与える感動
彼は、その課題を解決する手法として、テクノロジーの力を利用する。
NHKが放映したライブステージは、艶やかなライトショーを展開しながら、会場の四方にスピーカーを巡らした6.1ch方式で行われていた。
そこには、“光と音” が高度に融合した最新テクノロジー空間が出現していた。
「人間の新しい感情を発掘するものとしてテクノロジーは大事なものだと考えています。
人間は、見たこともないもの、はじめて触れるものに感動するんですね。そのときに感じる “心地よい違和感” が人間の感動の源泉になると思っています」
と山口氏。
「心地よい違和感」 ……
いい言葉だと思った。
「クリエイティビティ」というものの本質をずばりと衝く表現だと思う。